改訂版 愛のエキスと聖女さま

にしのみつてる

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第3章

転生したら教会の倉庫だった件~異世界は、今日もぬるかった~

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 日系ブラジル学校の高校2年生、タカシ・マルコス・ヤマモトと他19名の男女は、体育館の倉庫で昼寝中に異世界へ召喚された。  
 召喚の光はまぶしく、神々しい音楽が流れたが、全員寝ていたので誰も気づかなかった。

 目を覚ますと、そこはアメリキ国メルフィスのバーボネラ・クラフト蒸留所に併設された教会施設の…倉庫だった。

「え、ここ、何処?なんか教会っぽい感じよね?」
   
 ◇ ◇ ◇ ◇

「掃除するからどけって言ってんだろ!」 
 職員がモップでタカシの尻をシッシッと叩いた瞬間―― 「は?何してんの?」 

 ケンジが反射的に立ち上がり、職員の胸ぐらを掴んだ。
  「お前、俺の仲間に触れんなよ」
  「ちょ、待って…」 ドゴッ! 
「うわ、マジでヤバいって…」
  「俺、筋肉で語るタイプだから」

  職員は壁にめり込み、ケンジは腕立て伏せを再開した。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 一緒に召喚されたユウナ・クラリッサ・カワムラは、鑑定で“聖女枠”と判定されたが、召喚直後からその神聖さは微塵も感じられなかった。

「お菓子がないなら戦争よ!」
  そう叫ぶなり、ユウナは教会職員の休憩室に突撃。扉を蹴破り、棚を漁り、クッキー缶を発見すると――

「これ、鍵付きとか意味わかんないんだけど?聖女に対する冒涜じゃね?」
  職員が慌てて止めに入ると、ユウナは即座に反応した。

「触んなって言ってんだろが!」 
 バキッ! 「うわっ、ちょ、待って…!」 ドゴッ! 

「マジで殴った!?」 ゴキッ!

  「うるさい!こっちは召喚されたばっかで糖分足りてないの!」

 職員は壁にめり込み、床に転がり、クッキー缶はユウナの手に収まった。

「なに、ブッコイテンのよ」 ユウナは缶を開けながら、職員のうめき声を無視して言い放った。

「これ、神の祝福ってことで。ありがたく頂くわ」 
「ヤベテグダサイ、ヤベ……」 

 職員は血祭りにあげられたが、ユウナ本人は涼しい顔で言い張った。
「ちょっと叩いただけだし。てか、あの人が勝手に転んだんじゃね?」

 司祭が駆けつけると、ユウナはクッキーを頬張りながら言った。
「聖女に糖分を与えないとか、教会の教育どうなってんの?」

  「アダムよ…聖女とは、かくも荒ぶるものか…」

 ◇ ◇ ◇ ◇
 ケンジ・ルイス・サトウは鑑定で勇者枠だったが、魔法は一切使えず、召喚直後から腕立て伏せを始めた。  
「俺のスキルは“胸筋”だ」  
「それ、鑑定で“無”って出てたよ」

「ケンジ、3×4って何?」
「は?それって…34じゃね?」

「いや、それ数字並べただけだよ」
「うるせぇな!俺の脳内ではそうなんだよ!」

「いや、でも鑑定で“知能:低”って出てたし…」
「は?誰が低いって言った!?」

 ケンジの目がギラついた瞬間、近くにいた教会職員がうっかり笑ってしまった。

「ぷっ…勇者なのに九九もできないのか…」
「おい、お前、今笑ったよな?」
  ケンジはゆっくり立ち上がり、拳を握った。

「俺の胸筋、バカにすんなよ」
 ドゴッ!
「うわっ、ちょ、待って…!」
「うるせぇ!俺のスキルは“拳で語る”だ!」
  バキッ、ゴキッ、ズドンッ!
  職員は壁にめり込み、床に崩れ落ちた。

「ケンジ、やりすぎ!」
「反射だよ、反射。俺、反射神経だけは神レベルだから」

「それ、ただの暴力だよ…」
「違う!これは“勇者の裁き”だ!」
 司祭が駆けつけると、ケンジは胸を張って言った。

「俺、異世界でも九九は使わない。筋肉で全部解決するから」
「…アダムよ、勇者とはかくも荒ぶるものか」
 司祭様、彼は“九九を否定する者”です…」

 ◇ ◇ ◇ ◇
「ユウナ、職員さんがスキルは郵便で届くって言ってたけど、まだ来てないよな?」  
「うん、たぶん迷子になってるか、郵便番号が違ったんじゃない?」

 教会職員たちは彼らのわがままに耐えかねて司祭に訴えたが、「ルミナス様の寵児をもてなさぬとは何事か!」と逆に怒られた。  
 その結果、職員たちは司祭から全員“おやつ係”に任命され、毎日ポップコーンとジュースを運ぶ羽目になった。

「ジュースは炭酸がいいです」  
「ポップコーンはキャラメル味で」  
「あと、冷えたタオルも」

 勇者聖女ペアのうち4組は「コーラが飲みたい」と駄々をこねて、勝手に飛空船をチャーターしてで西部地域へ飛び立った。  
 途中、放牧されていた牛に追いかけられ、「牛って、牛丼みたいに意外と速い!」と叫びながら全員が迷子になった。

 残りの6組は「ジェットコースター乗りたい!」と叫び、職員に詰め寄って、オランドの遊戯施設『ねずみの国』へと飛び立った。  
 園内ではポップコーンを食べながら観覧車に乗り、「これが異世界か~ぐるぐるまわっテラ~」と意味不明の言葉を叫びながら感動していた。

「司教様、勇者と聖女は知能指数が低いただの“バカ”ではないのでしょうか?」  
「アダムよ、罰当たりなことを言うではない」  
「でも、昨日は裏庭でスライムに話しかけてましたよ。“お前に真名を付けよう”って…」

 名を付けられたスライムは“ティム”と名乗り、聖女の獣魔になった。  
 ティムはその後、ポップコーン係として正式に雇用された。

 その夜、ユウナは宿舎のベッドでおねしょをした。  
「うぅ…異世界の水が冷たすぎたのよ…」  
「それ、ただの寝汗じゃない?」  
「違う!これは…神の祝福よ!」  
「それ、布団が泣いてるよ」

 その頃、空ではヒロシたちが放った無人機が『ルミナスの矢』を発射。  
 勇者と聖女のスキルはすべて封印され、レベルも永久に5に固定された。

「なんか光った?」  
「太陽の反射でしょ。それよりアイス食べようよ」  
「ティム、アイス持ってきて~」  
「ぷるぷる~」

 誰一人、スキルが消えたことに気づかず、夕方まで遊び続けた。

 翌朝、宿舎に戻った彼らは口をそろえて言った。  
「昨日、何して遊んだっけ?」  
「ポップコーン食べた」  
「俺、寝てた」  
「私は観覧車でぐるぐるしてた」
   
「ティムは?」  
「ぷるぷる~」
   
「ユウナは?」  
「…布団がちょっと…祝福された」

 異世界は、案外ぬるかった。

  
「ねぇ、お風呂は?」  
「え?シャワーならありますが…」  
「違うの!私たちお風呂!湯船に浸かりたいの!」


「異世界に来てまでシャワーだけとか、ありえない!」  
「聖女の神聖な体を清めるには湯船が必要なのよ!」  
「俺、筋肉を温めないとパフォーマンス落ちるし!」

「なに、ブッコイテンのよ」  
 ボコスカ、バキ、ゴキ……  
「ヤベテグダサイ、ヤベ……」 
 職員はまたもや血祭りあげられた……お気の毒にも

 職員たちは困惑しながら司祭に報告した。  
「司祭様、彼らが“湯船がないと死ぬ”と申しております…」  
「なんと…それは一大事だ。すぐに浴場を建設せよ!」

 こうして、教会の裏庭に急ごしらえの浴場が建設された。  
 木造の湯屋に、魔石で加熱する湯釜、そして湯温調整は水の魔石で混合栓が開発された。

「ティム、今日もいい湯加減ね」  
「ぷるぷる~」

 だが、問題はここからだった。

 浴場が完成した翌日、勇者聖女たちは町に出かけた。  
 目的は「シャンプーと入浴剤を探すことだったが……」石鹸は売っていたがシャンプーも入浴剤も売っていなかった。
   
 店に入るなり――

「これ、聖女割引ないの?」  
「勇者ポイントで半額にならない?」  
「俺たち、ルミナス様の寵児なんだけど?」

 市民たちは困惑し、店主は「申し訳ありませんが割引はありません」と丁寧に答えた。  
 するとユウナは――  
「じゃあ、これ全部“神の名のもとに”持って帰るわね」  
「俺、筋肉のためにこの石鹸が必要なんだよ!」

 騒ぎを聞いた職員が慌てて止めに入り、司祭も駆けつけた。  
「申し訳ありません!彼らはまだ常識に慣れておらず…!」  
「うちの聖女が“神の名のもとに”って言うと、ちょっと暴走しちゃうんです…!」

 市民たちは怒り心頭だったが、司祭は冷静に財布を取り出した。  
「こちら、教会からの“感謝の寄付”です」  
「あと、浴場の建設費も町の予算から出してしまったので…これも補填を…」

 こうして、すべての問題は金で解決された。

「急いで、本部から召喚魔道士を呼ぶのじゃ」
「彼らの知能が低いのは『ルシファー様の寵愛』が足りぬのじゃ」

「はっ、至急、本部に連絡します」


 その夜、浴場では――  
「この入浴剤、異世界の香りがする~」  
「俺、筋肉がふわふわしてきた」  
「ティム、湯加減どう?」  
「ぷるぷる~」

 そして、湯上がりのユウナは――  
「…あれ?布団が…ちょっと濡れてる…」  
「またおねしょ?」  
「違う!これは…神の祝福よ!」  
「それ、湯冷めじゃない?」

 翌朝、タカシは倉庫で昼寝をしていた。  
「俺、異世界で一番好きなのは倉庫の昼寝だな…」  
「異世界は、案外ぬるかった」

 
 そして今日も、教会の倉庫でタカシは昼寝をしている。  
 異世界は、今日も案外ぬるかった。

 (話終わり)
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