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tetuShi

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虚像 (一)

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 中学の同級生を覚えているだろうか? 大抵の人間はほとんど忘れてしまうだろう。けど、僕は違う。小学の時から成績優秀、記憶力もけっこうある方だ。
 
 中学の時からモテていた。女には困らなかった事は覚えている。今でも困っていないけどね。
 とはいえ、俺も人間だ。十年以上も経てば忘れてしまう事もある。先生の顔、同じクラスの友達、参加した行事。これといった思いれもないので、別にいいんだけど。

 唯一覚えているのは、可愛い子とその子の名前だ。特にバレンタインの日には、学年、クラス関係なく渡しに来てくれたもんだ。
 可愛い子がいれば顔と名前を覚えて、後でこっそり探して連絡先を交換したもんだ。

 はぁ~、懐かしい。

 そんな事を考えながら、仕事から帰る途中だった。顔を上げれば、ビルとビルの間から夕日が沈むのが見える。俺はスーツの内ポケットに手を入れて、一枚のハガキを取り出した。そこには中学の同窓会の案内が書かれている。
 
 当然、俺は参加だ。一週間後の週末、中学校の近くの居酒屋でする事になっていた。
 
 今、俺は実家を離れ、マンションで一人暮らしをしている。仕事は親父が立ち上げた会社で、いずれは俺があとを次ぐ事になっている。
 
 ただ、いきなり次ぐ訳ではなく、先ずは会社の事を知るために部署を転々としている。
 
 だが、俺はいい加減うんざりしてきている。少しでも上のポストに就きたい奴等はゴマをすってくるし、上にあがる事を諦めている奴等は態度が冷たい。
 
 良いことと言えば、女の子にモテる事だな。ちやほやされていい気分だ。
 
 自慢だが、小学の頃からモテていた。中学の時は男とも仲が良かった。高校・大学の時もモテたのだが、さすがに男からは敬遠されたけど。

 なのに、それを良しとしない連中がいて嫌味を言われる。女性が味方になって更に男たちと溝が深まり、肩身が狭いのだ。

 だから、早く重役になりたいのに親父は一体何を考えているのか。
 新しい部署に異動する度に冷たい目で見られるのはゴメンだ!

「あの~、すみません」
 
 おっと、久しぶりの逆ナンだ。俺が声を掛けて持ち帰れない女性はいない。逆に声を掛けられて持ち帰れない女性もいない。つまり、百パー持ち帰れるのだ。

「金ヶ崎くん、だよねぇ?」

 はて? 俺の名前を知っている。振り向くと女性が一人立っていた。名前を呼ばれたってことは知っている人だろうか?

 足の先から頭のてっぺんまで視姦する。俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。肩の下まである黒くて艶のある長い髪をシュシュでまとめ、整った顔でお嬢様育ちの雰囲気がある。大人しそうでいて社交的そうで、丁寧な口調で嫌味を感じさせない。まさに俺好み、ドストライクだ。

「あれ? 人違いだったかなぁ?」

 俺は呆けていたのか彼女は上目遣いで顔を覗き込んでいる。その仕草が彼女の魅力を何倍にも引き立てる。どう返事をするのが正解だろうか。

「きゃっ、ごめんなさい。私ったら、知っている人に似ていたもので。人違いみたいでぇ・・・」
 
 彼女は元の姿勢に戻って俯いてしまった。よく見ると、恥ずかしさで顔が少し赤くなっている。白に近いピンクの肌がピンクに近づいて、更に綺麗な肌になっていて、恥ずかしがる顔も可愛いと思った。もう少しだけ、彼女の表情を黙って見ていたかった。

「ああ、ごめんごめん。俺は金ヶ崎であってるよ」

「ああ! 金ヶ崎くんったらひどい。分かってて
黙ってたの? 人違いかと思ったじゃないのぉ」

 彼女は頬を膨らませながら言った。今度は少し赤くなっている。怒らせてしまったか、と思いつつも怒った顔も可愛いと思った。

「たださ、君は俺の事を知っているみたいだけど、俺は君の事、知らないんだけど。どこかで会ったっけ?」

 いくら俺が社長の息子だといっても、有名人でなくちょっと金持ちの一般人だ。街じゃ、モデルのスカウトなんて日常茶飯事だが、雑誌に載る様な仕事は一度もしたことはない。

「もう、やっぱり覚えていないじゃない。でもまぁ、仕方ないか。中学の時の話しだしぃ」
 
 ああ、中学時代なら覚えていないのも無理ないか。でも、こんな可愛い子がいたら俺の目に止まるはず。どんなに地味な格好していても、素材が良ければ見極める事が出来る。逆にどんなに派手な格好していても、素材が悪ければ俺の目に止まる事はないと言える。

「いや~、あの頃は大変だったからな。なんせ、女の子をとっかえひっかえ―」

 しまった。余計な事を言ってしまった。引いてないだろうか。

「あ~、それもそうよね。あの頃の金ヶ崎くんって、有名じゃなかったぁ?」

「有名って言うか、モテてたからね。イケメンで有名だったのは否定しないけど」

 クラスいち、いや学年いち、もしかしたら学校いち有名だったと思う。俺が知らない人はいても、俺を知らない人はいない。

「よくそんなこと自分でいえるよね。まぁ、事実なんだけどねぇ」

 そう言った彼女は、左手首に付けている時計に目を落とした。その仕草だけでドキッとする。  シルバーの金属ベルト、ピンクの目盛り盤にポップな数字が並んでいる。
 
 彼女にぴったりだ。

 どこのブランドだろうか?高級ブランドではなさそうだが、かといって安物でもなさそうだ。
 中級ぐらいだろう。彼女からすれば高い買い物だったかもしれない。きっと、真剣に選んで、選び抜いた一品だと思う。

「やだ、もうこんな時間。長くしゃべり過ぎちゃった。そろそろ帰るねぇ」

 まずい、この機会を逃したら一生後悔するかもしれない。せめて、連絡先だけでも聞き出さなければ。

「じゃあ、わたしこっちだからぁ」

 と、彼女は帰る方向を指差した。
 ラッキー!
 彼女の帰る方向が南側だ。俺のマンションは西側。少し遠回りになるがそんなに離れてはいない。

「へぇー、そうなんだ。近くなの?」

 俺はさりげなく聞いた。つもり・・・

「歩いて十五分くらいかなぁ」

「そ、そうなんだ。俺も近くだから、送って行くよ」

「でも・・・、金ヶ崎くん忙しいんじゃぁ」

「全然そんな事ない、ない。大丈夫、大丈夫だから。さ、行こ行こ」

 俺は促して歩き出した。ちょっと強引過ぎただろうか。一応、同じ方向に歩いてくれているがさっきまではずんでいた会話も、今は無くなっていた。不穏な空気。なんとかせねば。
 スーツのポケットをあっちこっち探っていると、ハガキがあることに気づいた。

「そういえば、同窓会の案内こなかった?」

「同窓会の案内ぃ?」

 どんなのかなぁ? と聞く彼女に俺は、ポケットに入れていたハガキを渡した。彼女はハガキの両面に目を通した。

「あったかもだね。どこにやったかなぁ?」

「同じ中学なら来てるはずさ、俺は行く予定なんだけど」

 彼女が来るならこんないい日はない。むしろ、二人きりの方が良い。

「そうなんだ。私も行きたいけど、日時はいつなの?」

 俺はハガキを見て日時を確認する。

「来週の金曜日になってるね。時間は18時からだ」

「来週かぁ、ちょっと待ってねぇ」
 
 彼女はさげていたバックを開けて、手帳を取り出した。手帳のカバーには変わったキャラクターがいる。余り可愛いとは思えないが、彼女はこういうのが好みなのか。
 メモがぎっしり挟まっているのか、分厚くなっている。彼女はページをめくり、来週の予定を確認した。

「来週は先約あって行けないなぁ」

 それは残念。行かないなら俺も行かないという選択肢もあるな。それよりも、先約の方が気になる。

「そっか~、それは残念。君が行かないなら俺も行かんとこかな。なんつって」

「うふふふ、それはダメだよぉ。金ヶ崎くんは人気者だったんだから、行かないと盛り上がらないとおもうよぉ」

 彼女はこっちを見て微笑んだ。可愛い。そんな表情をされたら否定なんて出来やしない。

「それもそうだな。ところで、先約って職場の飲み会かなんか?」

「取引先の方と食事を兼ねた懇談会をする事になっているの。最初は断っていたんだけど、上司が熱心に頼み込むものだから、断り切れなくてぇ。
 あ~あぁ、同窓会の事をちゃんと確認していれば良かったねぇ」

 取引先や上司とくれば絶対に男に違いない。多分、既婚者なんだろうけど男がいると思うとなんか腹が立つ。おまけに、変な目で見やしないか心配だ。
 出来ることなら付いていって、変な事しないか見張っていたい。
 しかし、俺は彼氏でも何でもない。友人ですら怪しい。
 
 「あっ、でも早く終われば行けるかも。二次会とかあるのかなぁ?」

うぉ~、またとないチャンスだ。これを逃す手はない。 

「う~ん、どうだろ。何も聞いちゃいないが多分、その場のノリでありそう。あったら連絡しよっか?」

「え! いいの」

「いいよ、いいよ。そんなのおやすい」

「お言葉に甘えて。金ヶ崎くん、ありがとうぅ」

 そんな大袈裟な、と思いつつ、潤ませる瞳。
可愛いなぁ。

「じゃあ、携帯番号教えて?」

 俺は携帯電話を取り出す。最新の機種だ。新しい機種が登場する度に機種変更している。
 彼女もカバンから携帯電話を取り出す。きっと可愛くデコったりしているんだろうな、と楽しみにしていたのだが、思っているよりシンプルで、二つ折りの携帯電話である。
 ストラップは手帳と同じキャラクターが申し訳なさそうにぶら下がっていて、所々剥げていて長く使われているのが分かる。

「ごめんねぇ、私の古いから赤外線通信とかないのぉ」

 いつの時代の携帯電話なんだ? 今じゃ、液晶画面でタッチパネル、インターネット検索だった出来るのに・・・
 いや、彼女はただ、昔から使っているモノを大切にする人なんだ。きっと・・・

「そ・・・、そうなんだ。じゃあ、番号教えるからかけてしてくれる」
 
 彼女に携帯番号を言った。彼女は確認しながらボタンを押していく。ボタンを押す彼女の指はしなやかで綺麗だった。
  彼女はボタンを押し終わり、通話ボタンを押すと数秒後には俺の着メロが鳴った。
 すぐに鳴り止み、携帯画面を見ると彼女の携帯番号が表示されていた。

(「私の名前はー」

「ーさん?」                                       )

 ついに彼女の携帯番号をゲットした。これをきっかけに、彼女との甘い青春が始まるのか。

(「あ! おばさん。どうしたの、こんな所でぇ」

「実はねぇ、特売の日でね、買い込み過ぎちゃったの」                                 )   

 まずはレストランで食事だな。いきなり高級店だと、気を使わせちゃうからリーズナブルでカジュアルなレストランにしておこう。

(「わぁ~、こんなに沢山あると大変だったでしょう?」

「そうなのよ~、旦那は仕事だし息子達は手伝ってくれないし」                 )

 三回目のデートで告白をして、一年後にプロポーズだ。そして、半年後には結婚だ。

(「じゃあ、私が半分持ちますよぉ」

  「いいのかい? 助かるわ~、きっと将来はいいお嫁さんになるわね」  )

 ハネムーンはどこがいいか? 北の方がいいか。自然は豊かだし、景色も最高だ。しかし、水着姿も見たいな。やっぱ南か。

(「またまたぁ、そんな事ないですよぉ。荷物をちょっと持っただけでぇ」

   「もういいとしなんだから、早く彼氏つくって結婚しちゃいなさいよ。じゃないと、いい男がいなくなるからね。私も少し遅かったのか、あんな旦那しか残ってなかったのよ」

「おばさんったら、もうぅ」  )

 家庭的で料理が上手、子供に好かれて優しい。温かい家庭になりそう。

「ーくん? 金ヶ崎くん!」

「へ・・・?」

 俺は間抜け返事をしてしまった。

「もう! ボーっとしちゃてぇ。じゃあ、私いくねぇ」

「お・・・、おう」

 彼女は 「またねぇ」 と言うと、大人の男でも重いんじゃないかと思う程の袋を両手に持ち、いつの間にかいた見知らぬ中年の女性と、並んで歩いて行った。
 途中、片方の袋を肩に掛け振り返り、手を高く上げて大きく左右に振った。俺も手を少し上げて振った。
 彼女はまた、袋を手に持ち直すと歩き出した。その後ろ姿は、さながら母と娘の様だった。

「さ、俺も帰るか」

気がつけば、辺りは薄暗くなり、街灯がちらほらと点き初めていた。
 俺はもと来た道を引き返した。何か重要な事を忘れているような気がする。歩きながら考える・・・。しかし、思い出せない。まぁ、その内、思い出すだろう。

 少し歩いた所で携帯電話鳴った。確認してみると、友人からだった。
 出てみると、今から飲みの誘いだ。いつもなら、断らないのだが今日は断る。だって、こんな気分のいい日はめったにない。帰って余韻に浸るのだ。

 適当に理由を付けて断ると、案の定、ぶつぶつ文句を言っている。粘られるのが嫌なのですぐに通話を切った。

 このての誘いは金か女である。俺は酒を飲んで酔うと、金持ちをいい事につい、知らない人の分まで支払ってしまう。結果、後の請求が百万なんて事もある。全然余裕ですけど!

 あとはコンパ目的か、あるいはナンパ目的の奴らだ。俺がいれば各々好みの女の子が揃うし、街で声をかければついてくる。
 で、俺のお下がりをハイエナの様に虎視眈々と待っているわけだ。プライドもへったくれもあったもんじやない。

 ようするに、上部だけの付き合いをしているのだ。ただ、続けているのは、みんなが俺を持ち上げるからだ。まぁ、こんな付き合いは止めようと思えばいつだって止めれるが、低レベルな奴らを見ていると面白い。

 携帯画面にはまだ、着信が一件残っていた。確認してみると知らない番号ー 
ではなく彼女の番号だ。さっき番号を交換したばかりなのに、忘れていた。
 少し浮かれていた様だ。忘れない内に電話帳に登録しておこう。

 操作して名前の入力画面で指が止まる。

「あ・・・!」

重要な事、忘れてた、名前、聞いてない。

 振り返った所で姿なんて見える訳もなく、むしろ住宅街を抜けて、人通りが多くなっている。

 彼女に何回か電話をしてみたものの、つながらず留守電になってしまう。あまりしつこいと嫌われそうなので、これ以上はかけなかった。

 その内、着信に気が付いてかけ直してくれるだろう。きっと今頃、晩御飯の仕度だろうか。
 もしや、お風呂に入っているのでわ!
 俺の脳内にはシャワーを浴びる彼女の後ろ姿、白く艶のある肌、ムダのない引き締まったボディライン・・・
 じゃない。これだとただの変態親父の妄想になってしまう。

 もしかしたら、さっきの中年女性と晩御飯を一緒に食べているのかもしれない。
 とりあえず、分かりやすい様に仮の名前を付けておこう。

 何がいいか・・・、サキ、マリ、ナナ、どれもいる。ナナにいたっては三人いる。彼女を思い出す。風になびく髪の毛、華奢な身体、可愛いらしい笑顔・・・
 そうだ! まるで天使の笑顔だから、すなわち天使(エンジェル)だ。

 電話帳に登録して、携帯電話をポケットにしまった俺は、夜の秋風を感じながら自分の住むマンションへ足を向けた。

                                    ー虚像 (一) 終
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みんなの感想(1件)

関谷俊博
2016.08.26 関谷俊博

興味をひかれる書き出しです。鍵の付いた引き出しの比喩は上手い。今後の展開に期待します。

tetuShi
2016.09.01 tetuShi

感想ありがとうございます。つたない文章ですがヨロシクお願いします。

今後の創作の励みにしたいです。

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