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虚像 (一)
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中学の同級生を覚えているだろうか? 大抵の人間はほとんど忘れてしまうだろう。けど、僕は違う。小学の時から成績優秀、記憶力もけっこうある方だ。
中学の時からモテていた。女には困らなかった事は覚えている。今でも困っていないけどね。
とはいえ、俺も人間だ。十年以上も経てば忘れてしまう事もある。先生の顔、同じクラスの友達、参加した行事。これといった思いれもないので、別にいいんだけど。
唯一覚えているのは、可愛い子とその子の名前だ。特にバレンタインの日には、学年、クラス関係なく渡しに来てくれたもんだ。
可愛い子がいれば顔と名前を覚えて、後でこっそり探して連絡先を交換したもんだ。
はぁ~、懐かしい。
そんな事を考えながら、仕事から帰る途中だった。顔を上げれば、ビルとビルの間から夕日が沈むのが見える。俺はスーツの内ポケットに手を入れて、一枚のハガキを取り出した。そこには中学の同窓会の案内が書かれている。
当然、俺は参加だ。一週間後の週末、中学校の近くの居酒屋でする事になっていた。
今、俺は実家を離れ、マンションで一人暮らしをしている。仕事は親父が立ち上げた会社で、いずれは俺があとを次ぐ事になっている。
ただ、いきなり次ぐ訳ではなく、先ずは会社の事を知るために部署を転々としている。
だが、俺はいい加減うんざりしてきている。少しでも上のポストに就きたい奴等はゴマをすってくるし、上にあがる事を諦めている奴等は態度が冷たい。
良いことと言えば、女の子にモテる事だな。ちやほやされていい気分だ。
自慢だが、小学の頃からモテていた。中学の時は男とも仲が良かった。高校・大学の時もモテたのだが、さすがに男からは敬遠されたけど。
なのに、それを良しとしない連中がいて嫌味を言われる。女性が味方になって更に男たちと溝が深まり、肩身が狭いのだ。
だから、早く重役になりたいのに親父は一体何を考えているのか。
新しい部署に異動する度に冷たい目で見られるのはゴメンだ!
「あの~、すみません」
おっと、久しぶりの逆ナンだ。俺が声を掛けて持ち帰れない女性はいない。逆に声を掛けられて持ち帰れない女性もいない。つまり、百パー持ち帰れるのだ。
「金ヶ崎くん、だよねぇ?」
はて? 俺の名前を知っている。振り向くと女性が一人立っていた。名前を呼ばれたってことは知っている人だろうか?
足の先から頭のてっぺんまで視姦する。俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。肩の下まである黒くて艶のある長い髪をシュシュでまとめ、整った顔でお嬢様育ちの雰囲気がある。大人しそうでいて社交的そうで、丁寧な口調で嫌味を感じさせない。まさに俺好み、ドストライクだ。
「あれ? 人違いだったかなぁ?」
俺は呆けていたのか彼女は上目遣いで顔を覗き込んでいる。その仕草が彼女の魅力を何倍にも引き立てる。どう返事をするのが正解だろうか。
「きゃっ、ごめんなさい。私ったら、知っている人に似ていたもので。人違いみたいでぇ・・・」
彼女は元の姿勢に戻って俯いてしまった。よく見ると、恥ずかしさで顔が少し赤くなっている。白に近いピンクの肌がピンクに近づいて、更に綺麗な肌になっていて、恥ずかしがる顔も可愛いと思った。もう少しだけ、彼女の表情を黙って見ていたかった。
「ああ、ごめんごめん。俺は金ヶ崎であってるよ」
「ああ! 金ヶ崎くんったらひどい。分かってて
黙ってたの? 人違いかと思ったじゃないのぉ」
彼女は頬を膨らませながら言った。今度は少し赤くなっている。怒らせてしまったか、と思いつつも怒った顔も可愛いと思った。
「たださ、君は俺の事を知っているみたいだけど、俺は君の事、知らないんだけど。どこかで会ったっけ?」
いくら俺が社長の息子だといっても、有名人でなくちょっと金持ちの一般人だ。街じゃ、モデルのスカウトなんて日常茶飯事だが、雑誌に載る様な仕事は一度もしたことはない。
「もう、やっぱり覚えていないじゃない。でもまぁ、仕方ないか。中学の時の話しだしぃ」
ああ、中学時代なら覚えていないのも無理ないか。でも、こんな可愛い子がいたら俺の目に止まるはず。どんなに地味な格好していても、素材が良ければ見極める事が出来る。逆にどんなに派手な格好していても、素材が悪ければ俺の目に止まる事はないと言える。
「いや~、あの頃は大変だったからな。なんせ、女の子をとっかえひっかえ―」
しまった。余計な事を言ってしまった。引いてないだろうか。
「あ~、それもそうよね。あの頃の金ヶ崎くんって、有名じゃなかったぁ?」
「有名って言うか、モテてたからね。イケメンで有名だったのは否定しないけど」
クラスいち、いや学年いち、もしかしたら学校いち有名だったと思う。俺が知らない人はいても、俺を知らない人はいない。
「よくそんなこと自分でいえるよね。まぁ、事実なんだけどねぇ」
そう言った彼女は、左手首に付けている時計に目を落とした。その仕草だけでドキッとする。 シルバーの金属ベルト、ピンクの目盛り盤にポップな数字が並んでいる。
彼女にぴったりだ。
どこのブランドだろうか?高級ブランドではなさそうだが、かといって安物でもなさそうだ。
中級ぐらいだろう。彼女からすれば高い買い物だったかもしれない。きっと、真剣に選んで、選び抜いた一品だと思う。
「やだ、もうこんな時間。長くしゃべり過ぎちゃった。そろそろ帰るねぇ」
まずい、この機会を逃したら一生後悔するかもしれない。せめて、連絡先だけでも聞き出さなければ。
「じゃあ、わたしこっちだからぁ」
と、彼女は帰る方向を指差した。
ラッキー!
彼女の帰る方向が南側だ。俺のマンションは西側。少し遠回りになるがそんなに離れてはいない。
「へぇー、そうなんだ。近くなの?」
俺はさりげなく聞いた。つもり・・・
「歩いて十五分くらいかなぁ」
「そ、そうなんだ。俺も近くだから、送って行くよ」
「でも・・・、金ヶ崎くん忙しいんじゃぁ」
「全然そんな事ない、ない。大丈夫、大丈夫だから。さ、行こ行こ」
俺は促して歩き出した。ちょっと強引過ぎただろうか。一応、同じ方向に歩いてくれているがさっきまではずんでいた会話も、今は無くなっていた。不穏な空気。なんとかせねば。
スーツのポケットをあっちこっち探っていると、ハガキがあることに気づいた。
「そういえば、同窓会の案内こなかった?」
「同窓会の案内ぃ?」
どんなのかなぁ? と聞く彼女に俺は、ポケットに入れていたハガキを渡した。彼女はハガキの両面に目を通した。
「あったかもだね。どこにやったかなぁ?」
「同じ中学なら来てるはずさ、俺は行く予定なんだけど」
彼女が来るならこんないい日はない。むしろ、二人きりの方が良い。
「そうなんだ。私も行きたいけど、日時はいつなの?」
俺はハガキを見て日時を確認する。
「来週の金曜日になってるね。時間は18時からだ」
「来週かぁ、ちょっと待ってねぇ」
彼女はさげていたバックを開けて、手帳を取り出した。手帳のカバーには変わったキャラクターがいる。余り可愛いとは思えないが、彼女はこういうのが好みなのか。
メモがぎっしり挟まっているのか、分厚くなっている。彼女はページをめくり、来週の予定を確認した。
「来週は先約あって行けないなぁ」
それは残念。行かないなら俺も行かないという選択肢もあるな。それよりも、先約の方が気になる。
「そっか~、それは残念。君が行かないなら俺も行かんとこかな。なんつって」
「うふふふ、それはダメだよぉ。金ヶ崎くんは人気者だったんだから、行かないと盛り上がらないとおもうよぉ」
彼女はこっちを見て微笑んだ。可愛い。そんな表情をされたら否定なんて出来やしない。
「それもそうだな。ところで、先約って職場の飲み会かなんか?」
「取引先の方と食事を兼ねた懇談会をする事になっているの。最初は断っていたんだけど、上司が熱心に頼み込むものだから、断り切れなくてぇ。
あ~あぁ、同窓会の事をちゃんと確認していれば良かったねぇ」
取引先や上司とくれば絶対に男に違いない。多分、既婚者なんだろうけど男がいると思うとなんか腹が立つ。おまけに、変な目で見やしないか心配だ。
出来ることなら付いていって、変な事しないか見張っていたい。
しかし、俺は彼氏でも何でもない。友人ですら怪しい。
「あっ、でも早く終われば行けるかも。二次会とかあるのかなぁ?」
うぉ~、またとないチャンスだ。これを逃す手はない。
「う~ん、どうだろ。何も聞いちゃいないが多分、その場のノリでありそう。あったら連絡しよっか?」
「え! いいの」
「いいよ、いいよ。そんなのおやすい」
「お言葉に甘えて。金ヶ崎くん、ありがとうぅ」
そんな大袈裟な、と思いつつ、潤ませる瞳。
可愛いなぁ。
「じゃあ、携帯番号教えて?」
俺は携帯電話を取り出す。最新の機種だ。新しい機種が登場する度に機種変更している。
彼女もカバンから携帯電話を取り出す。きっと可愛くデコったりしているんだろうな、と楽しみにしていたのだが、思っているよりシンプルで、二つ折りの携帯電話である。
ストラップは手帳と同じキャラクターが申し訳なさそうにぶら下がっていて、所々剥げていて長く使われているのが分かる。
「ごめんねぇ、私の古いから赤外線通信とかないのぉ」
いつの時代の携帯電話なんだ? 今じゃ、液晶画面でタッチパネル、インターネット検索だった出来るのに・・・
いや、彼女はただ、昔から使っているモノを大切にする人なんだ。きっと・・・
「そ・・・、そうなんだ。じゃあ、番号教えるからかけてしてくれる」
彼女に携帯番号を言った。彼女は確認しながらボタンを押していく。ボタンを押す彼女の指はしなやかで綺麗だった。
彼女はボタンを押し終わり、通話ボタンを押すと数秒後には俺の着メロが鳴った。
すぐに鳴り止み、携帯画面を見ると彼女の携帯番号が表示されていた。
(「私の名前はー」
「ーさん?」 )
ついに彼女の携帯番号をゲットした。これをきっかけに、彼女との甘い青春が始まるのか。
(「あ! おばさん。どうしたの、こんな所でぇ」
「実はねぇ、特売の日でね、買い込み過ぎちゃったの」 )
まずはレストランで食事だな。いきなり高級店だと、気を使わせちゃうからリーズナブルでカジュアルなレストランにしておこう。
(「わぁ~、こんなに沢山あると大変だったでしょう?」
「そうなのよ~、旦那は仕事だし息子達は手伝ってくれないし」 )
三回目のデートで告白をして、一年後にプロポーズだ。そして、半年後には結婚だ。
(「じゃあ、私が半分持ちますよぉ」
「いいのかい? 助かるわ~、きっと将来はいいお嫁さんになるわね」 )
ハネムーンはどこがいいか? 北の方がいいか。自然は豊かだし、景色も最高だ。しかし、水着姿も見たいな。やっぱ南か。
(「またまたぁ、そんな事ないですよぉ。荷物をちょっと持っただけでぇ」
「もういいとしなんだから、早く彼氏つくって結婚しちゃいなさいよ。じゃないと、いい男がいなくなるからね。私も少し遅かったのか、あんな旦那しか残ってなかったのよ」
「おばさんったら、もうぅ」 )
家庭的で料理が上手、子供に好かれて優しい。温かい家庭になりそう。
「ーくん? 金ヶ崎くん!」
「へ・・・?」
俺は間抜け返事をしてしまった。
「もう! ボーっとしちゃてぇ。じゃあ、私いくねぇ」
「お・・・、おう」
彼女は 「またねぇ」 と言うと、大人の男でも重いんじゃないかと思う程の袋を両手に持ち、いつの間にかいた見知らぬ中年の女性と、並んで歩いて行った。
途中、片方の袋を肩に掛け振り返り、手を高く上げて大きく左右に振った。俺も手を少し上げて振った。
彼女はまた、袋を手に持ち直すと歩き出した。その後ろ姿は、さながら母と娘の様だった。
「さ、俺も帰るか」
気がつけば、辺りは薄暗くなり、街灯がちらほらと点き初めていた。
俺はもと来た道を引き返した。何か重要な事を忘れているような気がする。歩きながら考える・・・。しかし、思い出せない。まぁ、その内、思い出すだろう。
少し歩いた所で携帯電話鳴った。確認してみると、友人からだった。
出てみると、今から飲みの誘いだ。いつもなら、断らないのだが今日は断る。だって、こんな気分のいい日はめったにない。帰って余韻に浸るのだ。
適当に理由を付けて断ると、案の定、ぶつぶつ文句を言っている。粘られるのが嫌なのですぐに通話を切った。
このての誘いは金か女である。俺は酒を飲んで酔うと、金持ちをいい事につい、知らない人の分まで支払ってしまう。結果、後の請求が百万なんて事もある。全然余裕ですけど!
あとはコンパ目的か、あるいはナンパ目的の奴らだ。俺がいれば各々好みの女の子が揃うし、街で声をかければついてくる。
で、俺のお下がりをハイエナの様に虎視眈々と待っているわけだ。プライドもへったくれもあったもんじやない。
ようするに、上部だけの付き合いをしているのだ。ただ、続けているのは、みんなが俺を持ち上げるからだ。まぁ、こんな付き合いは止めようと思えばいつだって止めれるが、低レベルな奴らを見ていると面白い。
携帯画面にはまだ、着信が一件残っていた。確認してみると知らない番号ー
ではなく彼女の番号だ。さっき番号を交換したばかりなのに、忘れていた。
少し浮かれていた様だ。忘れない内に電話帳に登録しておこう。
操作して名前の入力画面で指が止まる。
「あ・・・!」
重要な事、忘れてた、名前、聞いてない。
振り返った所で姿なんて見える訳もなく、むしろ住宅街を抜けて、人通りが多くなっている。
彼女に何回か電話をしてみたものの、つながらず留守電になってしまう。あまりしつこいと嫌われそうなので、これ以上はかけなかった。
その内、着信に気が付いてかけ直してくれるだろう。きっと今頃、晩御飯の仕度だろうか。
もしや、お風呂に入っているのでわ!
俺の脳内にはシャワーを浴びる彼女の後ろ姿、白く艶のある肌、ムダのない引き締まったボディライン・・・
じゃない。これだとただの変態親父の妄想になってしまう。
もしかしたら、さっきの中年女性と晩御飯を一緒に食べているのかもしれない。
とりあえず、分かりやすい様に仮の名前を付けておこう。
何がいいか・・・、サキ、マリ、ナナ、どれもいる。ナナにいたっては三人いる。彼女を思い出す。風になびく髪の毛、華奢な身体、可愛いらしい笑顔・・・
そうだ! まるで天使の笑顔だから、すなわち天使(エンジェル)だ。
電話帳に登録して、携帯電話をポケットにしまった俺は、夜の秋風を感じながら自分の住むマンションへ足を向けた。
ー虚像 (一) 終
中学の時からモテていた。女には困らなかった事は覚えている。今でも困っていないけどね。
とはいえ、俺も人間だ。十年以上も経てば忘れてしまう事もある。先生の顔、同じクラスの友達、参加した行事。これといった思いれもないので、別にいいんだけど。
唯一覚えているのは、可愛い子とその子の名前だ。特にバレンタインの日には、学年、クラス関係なく渡しに来てくれたもんだ。
可愛い子がいれば顔と名前を覚えて、後でこっそり探して連絡先を交換したもんだ。
はぁ~、懐かしい。
そんな事を考えながら、仕事から帰る途中だった。顔を上げれば、ビルとビルの間から夕日が沈むのが見える。俺はスーツの内ポケットに手を入れて、一枚のハガキを取り出した。そこには中学の同窓会の案内が書かれている。
当然、俺は参加だ。一週間後の週末、中学校の近くの居酒屋でする事になっていた。
今、俺は実家を離れ、マンションで一人暮らしをしている。仕事は親父が立ち上げた会社で、いずれは俺があとを次ぐ事になっている。
ただ、いきなり次ぐ訳ではなく、先ずは会社の事を知るために部署を転々としている。
だが、俺はいい加減うんざりしてきている。少しでも上のポストに就きたい奴等はゴマをすってくるし、上にあがる事を諦めている奴等は態度が冷たい。
良いことと言えば、女の子にモテる事だな。ちやほやされていい気分だ。
自慢だが、小学の頃からモテていた。中学の時は男とも仲が良かった。高校・大学の時もモテたのだが、さすがに男からは敬遠されたけど。
なのに、それを良しとしない連中がいて嫌味を言われる。女性が味方になって更に男たちと溝が深まり、肩身が狭いのだ。
だから、早く重役になりたいのに親父は一体何を考えているのか。
新しい部署に異動する度に冷たい目で見られるのはゴメンだ!
「あの~、すみません」
おっと、久しぶりの逆ナンだ。俺が声を掛けて持ち帰れない女性はいない。逆に声を掛けられて持ち帰れない女性もいない。つまり、百パー持ち帰れるのだ。
「金ヶ崎くん、だよねぇ?」
はて? 俺の名前を知っている。振り向くと女性が一人立っていた。名前を呼ばれたってことは知っている人だろうか?
足の先から頭のてっぺんまで視姦する。俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。肩の下まである黒くて艶のある長い髪をシュシュでまとめ、整った顔でお嬢様育ちの雰囲気がある。大人しそうでいて社交的そうで、丁寧な口調で嫌味を感じさせない。まさに俺好み、ドストライクだ。
「あれ? 人違いだったかなぁ?」
俺は呆けていたのか彼女は上目遣いで顔を覗き込んでいる。その仕草が彼女の魅力を何倍にも引き立てる。どう返事をするのが正解だろうか。
「きゃっ、ごめんなさい。私ったら、知っている人に似ていたもので。人違いみたいでぇ・・・」
彼女は元の姿勢に戻って俯いてしまった。よく見ると、恥ずかしさで顔が少し赤くなっている。白に近いピンクの肌がピンクに近づいて、更に綺麗な肌になっていて、恥ずかしがる顔も可愛いと思った。もう少しだけ、彼女の表情を黙って見ていたかった。
「ああ、ごめんごめん。俺は金ヶ崎であってるよ」
「ああ! 金ヶ崎くんったらひどい。分かってて
黙ってたの? 人違いかと思ったじゃないのぉ」
彼女は頬を膨らませながら言った。今度は少し赤くなっている。怒らせてしまったか、と思いつつも怒った顔も可愛いと思った。
「たださ、君は俺の事を知っているみたいだけど、俺は君の事、知らないんだけど。どこかで会ったっけ?」
いくら俺が社長の息子だといっても、有名人でなくちょっと金持ちの一般人だ。街じゃ、モデルのスカウトなんて日常茶飯事だが、雑誌に載る様な仕事は一度もしたことはない。
「もう、やっぱり覚えていないじゃない。でもまぁ、仕方ないか。中学の時の話しだしぃ」
ああ、中学時代なら覚えていないのも無理ないか。でも、こんな可愛い子がいたら俺の目に止まるはず。どんなに地味な格好していても、素材が良ければ見極める事が出来る。逆にどんなに派手な格好していても、素材が悪ければ俺の目に止まる事はないと言える。
「いや~、あの頃は大変だったからな。なんせ、女の子をとっかえひっかえ―」
しまった。余計な事を言ってしまった。引いてないだろうか。
「あ~、それもそうよね。あの頃の金ヶ崎くんって、有名じゃなかったぁ?」
「有名って言うか、モテてたからね。イケメンで有名だったのは否定しないけど」
クラスいち、いや学年いち、もしかしたら学校いち有名だったと思う。俺が知らない人はいても、俺を知らない人はいない。
「よくそんなこと自分でいえるよね。まぁ、事実なんだけどねぇ」
そう言った彼女は、左手首に付けている時計に目を落とした。その仕草だけでドキッとする。 シルバーの金属ベルト、ピンクの目盛り盤にポップな数字が並んでいる。
彼女にぴったりだ。
どこのブランドだろうか?高級ブランドではなさそうだが、かといって安物でもなさそうだ。
中級ぐらいだろう。彼女からすれば高い買い物だったかもしれない。きっと、真剣に選んで、選び抜いた一品だと思う。
「やだ、もうこんな時間。長くしゃべり過ぎちゃった。そろそろ帰るねぇ」
まずい、この機会を逃したら一生後悔するかもしれない。せめて、連絡先だけでも聞き出さなければ。
「じゃあ、わたしこっちだからぁ」
と、彼女は帰る方向を指差した。
ラッキー!
彼女の帰る方向が南側だ。俺のマンションは西側。少し遠回りになるがそんなに離れてはいない。
「へぇー、そうなんだ。近くなの?」
俺はさりげなく聞いた。つもり・・・
「歩いて十五分くらいかなぁ」
「そ、そうなんだ。俺も近くだから、送って行くよ」
「でも・・・、金ヶ崎くん忙しいんじゃぁ」
「全然そんな事ない、ない。大丈夫、大丈夫だから。さ、行こ行こ」
俺は促して歩き出した。ちょっと強引過ぎただろうか。一応、同じ方向に歩いてくれているがさっきまではずんでいた会話も、今は無くなっていた。不穏な空気。なんとかせねば。
スーツのポケットをあっちこっち探っていると、ハガキがあることに気づいた。
「そういえば、同窓会の案内こなかった?」
「同窓会の案内ぃ?」
どんなのかなぁ? と聞く彼女に俺は、ポケットに入れていたハガキを渡した。彼女はハガキの両面に目を通した。
「あったかもだね。どこにやったかなぁ?」
「同じ中学なら来てるはずさ、俺は行く予定なんだけど」
彼女が来るならこんないい日はない。むしろ、二人きりの方が良い。
「そうなんだ。私も行きたいけど、日時はいつなの?」
俺はハガキを見て日時を確認する。
「来週の金曜日になってるね。時間は18時からだ」
「来週かぁ、ちょっと待ってねぇ」
彼女はさげていたバックを開けて、手帳を取り出した。手帳のカバーには変わったキャラクターがいる。余り可愛いとは思えないが、彼女はこういうのが好みなのか。
メモがぎっしり挟まっているのか、分厚くなっている。彼女はページをめくり、来週の予定を確認した。
「来週は先約あって行けないなぁ」
それは残念。行かないなら俺も行かないという選択肢もあるな。それよりも、先約の方が気になる。
「そっか~、それは残念。君が行かないなら俺も行かんとこかな。なんつって」
「うふふふ、それはダメだよぉ。金ヶ崎くんは人気者だったんだから、行かないと盛り上がらないとおもうよぉ」
彼女はこっちを見て微笑んだ。可愛い。そんな表情をされたら否定なんて出来やしない。
「それもそうだな。ところで、先約って職場の飲み会かなんか?」
「取引先の方と食事を兼ねた懇談会をする事になっているの。最初は断っていたんだけど、上司が熱心に頼み込むものだから、断り切れなくてぇ。
あ~あぁ、同窓会の事をちゃんと確認していれば良かったねぇ」
取引先や上司とくれば絶対に男に違いない。多分、既婚者なんだろうけど男がいると思うとなんか腹が立つ。おまけに、変な目で見やしないか心配だ。
出来ることなら付いていって、変な事しないか見張っていたい。
しかし、俺は彼氏でも何でもない。友人ですら怪しい。
「あっ、でも早く終われば行けるかも。二次会とかあるのかなぁ?」
うぉ~、またとないチャンスだ。これを逃す手はない。
「う~ん、どうだろ。何も聞いちゃいないが多分、その場のノリでありそう。あったら連絡しよっか?」
「え! いいの」
「いいよ、いいよ。そんなのおやすい」
「お言葉に甘えて。金ヶ崎くん、ありがとうぅ」
そんな大袈裟な、と思いつつ、潤ませる瞳。
可愛いなぁ。
「じゃあ、携帯番号教えて?」
俺は携帯電話を取り出す。最新の機種だ。新しい機種が登場する度に機種変更している。
彼女もカバンから携帯電話を取り出す。きっと可愛くデコったりしているんだろうな、と楽しみにしていたのだが、思っているよりシンプルで、二つ折りの携帯電話である。
ストラップは手帳と同じキャラクターが申し訳なさそうにぶら下がっていて、所々剥げていて長く使われているのが分かる。
「ごめんねぇ、私の古いから赤外線通信とかないのぉ」
いつの時代の携帯電話なんだ? 今じゃ、液晶画面でタッチパネル、インターネット検索だった出来るのに・・・
いや、彼女はただ、昔から使っているモノを大切にする人なんだ。きっと・・・
「そ・・・、そうなんだ。じゃあ、番号教えるからかけてしてくれる」
彼女に携帯番号を言った。彼女は確認しながらボタンを押していく。ボタンを押す彼女の指はしなやかで綺麗だった。
彼女はボタンを押し終わり、通話ボタンを押すと数秒後には俺の着メロが鳴った。
すぐに鳴り止み、携帯画面を見ると彼女の携帯番号が表示されていた。
(「私の名前はー」
「ーさん?」 )
ついに彼女の携帯番号をゲットした。これをきっかけに、彼女との甘い青春が始まるのか。
(「あ! おばさん。どうしたの、こんな所でぇ」
「実はねぇ、特売の日でね、買い込み過ぎちゃったの」 )
まずはレストランで食事だな。いきなり高級店だと、気を使わせちゃうからリーズナブルでカジュアルなレストランにしておこう。
(「わぁ~、こんなに沢山あると大変だったでしょう?」
「そうなのよ~、旦那は仕事だし息子達は手伝ってくれないし」 )
三回目のデートで告白をして、一年後にプロポーズだ。そして、半年後には結婚だ。
(「じゃあ、私が半分持ちますよぉ」
「いいのかい? 助かるわ~、きっと将来はいいお嫁さんになるわね」 )
ハネムーンはどこがいいか? 北の方がいいか。自然は豊かだし、景色も最高だ。しかし、水着姿も見たいな。やっぱ南か。
(「またまたぁ、そんな事ないですよぉ。荷物をちょっと持っただけでぇ」
「もういいとしなんだから、早く彼氏つくって結婚しちゃいなさいよ。じゃないと、いい男がいなくなるからね。私も少し遅かったのか、あんな旦那しか残ってなかったのよ」
「おばさんったら、もうぅ」 )
家庭的で料理が上手、子供に好かれて優しい。温かい家庭になりそう。
「ーくん? 金ヶ崎くん!」
「へ・・・?」
俺は間抜け返事をしてしまった。
「もう! ボーっとしちゃてぇ。じゃあ、私いくねぇ」
「お・・・、おう」
彼女は 「またねぇ」 と言うと、大人の男でも重いんじゃないかと思う程の袋を両手に持ち、いつの間にかいた見知らぬ中年の女性と、並んで歩いて行った。
途中、片方の袋を肩に掛け振り返り、手を高く上げて大きく左右に振った。俺も手を少し上げて振った。
彼女はまた、袋を手に持ち直すと歩き出した。その後ろ姿は、さながら母と娘の様だった。
「さ、俺も帰るか」
気がつけば、辺りは薄暗くなり、街灯がちらほらと点き初めていた。
俺はもと来た道を引き返した。何か重要な事を忘れているような気がする。歩きながら考える・・・。しかし、思い出せない。まぁ、その内、思い出すだろう。
少し歩いた所で携帯電話鳴った。確認してみると、友人からだった。
出てみると、今から飲みの誘いだ。いつもなら、断らないのだが今日は断る。だって、こんな気分のいい日はめったにない。帰って余韻に浸るのだ。
適当に理由を付けて断ると、案の定、ぶつぶつ文句を言っている。粘られるのが嫌なのですぐに通話を切った。
このての誘いは金か女である。俺は酒を飲んで酔うと、金持ちをいい事につい、知らない人の分まで支払ってしまう。結果、後の請求が百万なんて事もある。全然余裕ですけど!
あとはコンパ目的か、あるいはナンパ目的の奴らだ。俺がいれば各々好みの女の子が揃うし、街で声をかければついてくる。
で、俺のお下がりをハイエナの様に虎視眈々と待っているわけだ。プライドもへったくれもあったもんじやない。
ようするに、上部だけの付き合いをしているのだ。ただ、続けているのは、みんなが俺を持ち上げるからだ。まぁ、こんな付き合いは止めようと思えばいつだって止めれるが、低レベルな奴らを見ていると面白い。
携帯画面にはまだ、着信が一件残っていた。確認してみると知らない番号ー
ではなく彼女の番号だ。さっき番号を交換したばかりなのに、忘れていた。
少し浮かれていた様だ。忘れない内に電話帳に登録しておこう。
操作して名前の入力画面で指が止まる。
「あ・・・!」
重要な事、忘れてた、名前、聞いてない。
振り返った所で姿なんて見える訳もなく、むしろ住宅街を抜けて、人通りが多くなっている。
彼女に何回か電話をしてみたものの、つながらず留守電になってしまう。あまりしつこいと嫌われそうなので、これ以上はかけなかった。
その内、着信に気が付いてかけ直してくれるだろう。きっと今頃、晩御飯の仕度だろうか。
もしや、お風呂に入っているのでわ!
俺の脳内にはシャワーを浴びる彼女の後ろ姿、白く艶のある肌、ムダのない引き締まったボディライン・・・
じゃない。これだとただの変態親父の妄想になってしまう。
もしかしたら、さっきの中年女性と晩御飯を一緒に食べているのかもしれない。
とりあえず、分かりやすい様に仮の名前を付けておこう。
何がいいか・・・、サキ、マリ、ナナ、どれもいる。ナナにいたっては三人いる。彼女を思い出す。風になびく髪の毛、華奢な身体、可愛いらしい笑顔・・・
そうだ! まるで天使の笑顔だから、すなわち天使(エンジェル)だ。
電話帳に登録して、携帯電話をポケットにしまった俺は、夜の秋風を感じながら自分の住むマンションへ足を向けた。
ー虚像 (一) 終
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興味をひかれる書き出しです。鍵の付いた引き出しの比喩は上手い。今後の展開に期待します。
感想ありがとうございます。つたない文章ですがヨロシクお願いします。
今後の創作の励みにしたいです。