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5章 2021年 恋の話
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「すみません。風邪を引いて具合が悪かったので母のところへ行ってました。返事ができなかったのはスマホのバッテリーが切れたからです。母のところでは充電ができなくて」
「充電なんてコンビニでできるだろ」
「外出は控えていたので」
「ったく。秘密はばらしてないから安心していいよ。だから今夜こそはデートしよう。もちろん、キスもね」
最後は小声で囁かれ、ゾッとした十羽はわざとゴホゴホと咳き込んだ。
「風邪をうつしたら悪いので、やめておきます。まだ完治してないんです。すみません」
牛丸は「チッ」と舌打ちをして近くにあったゴミ箱を蹴った。そのままつかつかと歩いて自分のデスクに向かう。どうやら今日のところは諦めたらしい。十羽は安堵した。
その日の終業後、帰りがけに図書館へ立ち寄った。
まっすぐに美術書のコーナーへ向かう。蓮也が作った椅子を見つけると、彼に再会できたような気がして嬉しくなった。全体的に色あせて細かな傷がついているものの、座り心地の良さは変わっていない。
(会いたいな……)
やはり今の蓮也に会ってみたい。
この街にいるのだろうか。なんとか探せないだろうか。
それから数日後の昼休み、事務所内では経理の藤本が、デザイナーの香坂と一緒に食後のおしゃべりを楽しんでいた。
20代後半の香坂は最近彼氏と別れたらしい。他人の恋愛話が大好きな藤本は、嬉々として話を聞き出していた。
「で? 別れた原因は? 彼氏が浮気したとか?」
クールビューティな香坂が、苦々しい表情でデスクに頬杖をついた。
「当たりです」
「うわぁ、ご愁傷さま」
小規模な事務所である。二人の会話は少し離れた席に座る十羽の耳にも届いていた。浮気されるのは辛いだろうなぁと思いつつ、ペットボトルの茶を飲む。
「でも、結果的には別れて良かったです。恋のときめきなんてとっくに消えてたし」
「そっかぁ。ときめきって、時間が経つとどうしても消えるもんね」
丸顔の藤本が残念そうに言ってクッキーを差し出す。それを受け取った香坂は思いきりかぶりつき、コーヒーで流し込んだ。
「もうやだやだ! しばらくは仕事に専念します!」
「えー、香坂ちゃんが恋愛してくれないと私がつまんないよぉ」
「なんですかそれ!」
「だって他人の恋愛話っておもしろいじゃん」
「まあ、人ごとですからね」
香坂がぷっと吹き出し、藤本もアハハと笑った。
「ねえ香坂ちゃん、次は牛丸君なんてどう? 彼、イケメンだし仕事もできるし、香坂ちゃんと年も近いじゃない」
「牛丸さんですか?」
香坂は眉間に皺を寄せ「ないですね」ときっぱり言った。
「どうしてよ」
「あの人、週末はクラブ通いしてるらしいです。私とは趣味が合わないな」
「へえ、クラブか。若いねぇ」
「ナルシストっぽい感じが、正直言って苦手です」
「わあ、牛丸君かわいそう! でもナルシストっぽいのはわかるー!」
二人はまたしても笑い合った。
ただのナルシストじゃない、もっと危険な人間なんですよ! と言いたくなったが、十羽は言葉を飲み込んだ。多分、信じてはもらえない。
「だったら、明日見君はどうよ」
藤本が楽しげに、十羽に視線を寄こした。
香坂が即座に「明日見君?」と不満げな声を漏らす。
「彼、私より美人じゃないですか。しかもひょろひょろしてて頼りなさそう。ないですね」
ざっくりと切られてしまった。香坂に限らず、十羽は女性にモテない。顔が綺麗すぎて近寄りがたいと言われる。
「香坂ちゃん、本人の前で言いすぎだよぉ」
「別にいいじゃないですか。明日見君はかわいい後輩だと思ってるんで、そういう意味では好きですよ」
嫌われてはいないようなので、ちょっと安心した。
藤本が「明日見君もだめか。あーあ、誰かの恋バナ聞きたいなー」と言って退屈そうに伸びをした。そして十羽を見てにんまりと笑む。
「そう言えば明日見君は今、つき合ってる人はいるの?」
「充電なんてコンビニでできるだろ」
「外出は控えていたので」
「ったく。秘密はばらしてないから安心していいよ。だから今夜こそはデートしよう。もちろん、キスもね」
最後は小声で囁かれ、ゾッとした十羽はわざとゴホゴホと咳き込んだ。
「風邪をうつしたら悪いので、やめておきます。まだ完治してないんです。すみません」
牛丸は「チッ」と舌打ちをして近くにあったゴミ箱を蹴った。そのままつかつかと歩いて自分のデスクに向かう。どうやら今日のところは諦めたらしい。十羽は安堵した。
その日の終業後、帰りがけに図書館へ立ち寄った。
まっすぐに美術書のコーナーへ向かう。蓮也が作った椅子を見つけると、彼に再会できたような気がして嬉しくなった。全体的に色あせて細かな傷がついているものの、座り心地の良さは変わっていない。
(会いたいな……)
やはり今の蓮也に会ってみたい。
この街にいるのだろうか。なんとか探せないだろうか。
それから数日後の昼休み、事務所内では経理の藤本が、デザイナーの香坂と一緒に食後のおしゃべりを楽しんでいた。
20代後半の香坂は最近彼氏と別れたらしい。他人の恋愛話が大好きな藤本は、嬉々として話を聞き出していた。
「で? 別れた原因は? 彼氏が浮気したとか?」
クールビューティな香坂が、苦々しい表情でデスクに頬杖をついた。
「当たりです」
「うわぁ、ご愁傷さま」
小規模な事務所である。二人の会話は少し離れた席に座る十羽の耳にも届いていた。浮気されるのは辛いだろうなぁと思いつつ、ペットボトルの茶を飲む。
「でも、結果的には別れて良かったです。恋のときめきなんてとっくに消えてたし」
「そっかぁ。ときめきって、時間が経つとどうしても消えるもんね」
丸顔の藤本が残念そうに言ってクッキーを差し出す。それを受け取った香坂は思いきりかぶりつき、コーヒーで流し込んだ。
「もうやだやだ! しばらくは仕事に専念します!」
「えー、香坂ちゃんが恋愛してくれないと私がつまんないよぉ」
「なんですかそれ!」
「だって他人の恋愛話っておもしろいじゃん」
「まあ、人ごとですからね」
香坂がぷっと吹き出し、藤本もアハハと笑った。
「ねえ香坂ちゃん、次は牛丸君なんてどう? 彼、イケメンだし仕事もできるし、香坂ちゃんと年も近いじゃない」
「牛丸さんですか?」
香坂は眉間に皺を寄せ「ないですね」ときっぱり言った。
「どうしてよ」
「あの人、週末はクラブ通いしてるらしいです。私とは趣味が合わないな」
「へえ、クラブか。若いねぇ」
「ナルシストっぽい感じが、正直言って苦手です」
「わあ、牛丸君かわいそう! でもナルシストっぽいのはわかるー!」
二人はまたしても笑い合った。
ただのナルシストじゃない、もっと危険な人間なんですよ! と言いたくなったが、十羽は言葉を飲み込んだ。多分、信じてはもらえない。
「だったら、明日見君はどうよ」
藤本が楽しげに、十羽に視線を寄こした。
香坂が即座に「明日見君?」と不満げな声を漏らす。
「彼、私より美人じゃないですか。しかもひょろひょろしてて頼りなさそう。ないですね」
ざっくりと切られてしまった。香坂に限らず、十羽は女性にモテない。顔が綺麗すぎて近寄りがたいと言われる。
「香坂ちゃん、本人の前で言いすぎだよぉ」
「別にいいじゃないですか。明日見君はかわいい後輩だと思ってるんで、そういう意味では好きですよ」
嫌われてはいないようなので、ちょっと安心した。
藤本が「明日見君もだめか。あーあ、誰かの恋バナ聞きたいなー」と言って退屈そうに伸びをした。そして十羽を見てにんまりと笑む。
「そう言えば明日見君は今、つき合ってる人はいるの?」
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