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アンダーグラウンド・エンターテインメント
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「倒したって……まさか、あの時倒れたのって、体調不良じゃないのか!?」
菜々華が頷いた。
「皆を心配させたくないからそう言ったの。でも、私は確かに一撃で倒された……多分モンスター由来の毒を含んだ矢か何かで、気絶させられたんだと思う」
シルバー・サムライを一撃で倒すのなら相当な手練れかと思ったが、そうじゃない。
配信中に、急に毒を使った攻撃を仕掛けたなら、どんな相手でもたいていノックアウトさせられるだろ。普通の人がそうしないのは、卑怯な手段だからだ。
『毒による奇襲か。誘拐を目論んだ可能性が高い』
ライドの言う通り、殺すつもりは最初からなかったのかもしれない。
「けど、俺達がそっちに向かったのに気づいて犯行をあきらめた……ってとこか?」
『そう判断してもよさそうだ。シルバー・サムライにしては不覚を取ったな』
スマホの奥の渋い顔を見て、菜々華はうなだれた。
「おじいちゃんにも同じことを言われたよぉ。戦場だったら死んでるぞ、毒を盛られても動けるように訓練しておかないからだー、って」
いやいや、今のご時世、そんな訓練をするやつがいるわけないだろ。
菜々華の実家にして配信で宣伝してる『華神一刀流』は、確か超実戦剣術を教えてるって聞いたことがある。時代錯誤もいいところだし、門下生は減ってるとか。
まあ、いくらあのシルバー・サムライと同じ道場に通えると言っても、命がけで戦うのを常に想定しろ、なんて言われちゃ無理もないか。
「ところで、なんで不意打ちを仕掛けたのがそいつらだって分かったんだ?」
「昨日の夜、こんなメッセージが送られてきたんだ」
スマホをカバンから取り出した菜々華が、それを見せてくれた。
SNSのダイレクト・メッセージには単調な文章が記されている。
“ゲーム続行”
“UNDERGROUND ENTERTAINMENT”
正直に言うと、まあ、なんだ、ダサい。
自分達の名前をわざわざ英語で書いちゃうところとか。
でも、やっている悪事は残虐そのものだ。シルバー・サムライを襲っておいてそれをゲーム扱いして、あまつさえまだ狙いを定めているなんて、到底許せるものじゃない。
「……脅迫文、か。警察とかダンジョンの自警団には相談したのか?」
「自警団には話したけど、おじいちゃんに止められちゃった。『華神一刀流』が喧嘩を売られたんだから、自分達で犯人を突き止めて成敗するべきだ、って」
「思ってたんだが、発想が武士みたいなお爺ちゃんだな」
「ナメられたら果し合い、が口癖だからね~」
こわっ。
それにしても、相手も過激というかまるで最初から華神一刀流がこういう対応をするって知ってるみたいだ。そうじゃなきゃ、普通は警察沙汰になって全員逮捕されるだろ。
――もしかして、内情を知ってるやつが一枚噛んでるんじゃないか。
「ライド、このメッセージから逆探知とかで、送信者を見つけられないか?」
菜々華に理由は教えずに、俺はライドに聞いた。
俺の問いかけに、相棒は画面の中で渋い顔をした。
『……すぐには無理だな。特殊な手段で保護されていて、情報を掴み切れない。こちらのアップデートを重ねて試してみよう。シルバー・サムライ、データをもらえるか?』
「あ、うん……えっと、あれ?」
ダイレクト・メールのデータを送ろうとした菜々華だけど、なんだかスマホの画面をぽちぽち、ぽちぽちしたまま、どうにも動かない。
そうして2、3分ほどスマホと格闘した末に、彼女は困った顔で俺を見た。
「黒鋼くん、メッセージのデータを送るのって、どうすればいいのかな……?」
「えっ?」
「実は機械に疎くって……配信もいつも、門下生の皆に手伝ってもらってるんだ~」
なんだそりゃ。かわいい。
配信環境を整えようと悪戦苦闘する菜々華を妄想しながら、俺とライドはメッセージのデータを送信するのを手伝った。
その途中、菜々華が思いついたようにぽん、と手を叩いた。
「黒鋼くん、明日のお昼ごろに、一度ダンジョンの中で会えないかな? キミの実力をもう一度見ておきたいし……もちろん、RKとシルバー・サムライって形で!」
俺達の力を確かめるってことは、模擬戦でもやるつもりかな。
これから悪党を倒すのなら、人を相手に戦う手段も教えておいてもらって損はない。
『そちらの配信に出させてもらえるとありがたい』
「お前が勝手に決めるなっての。でも、ダンジョンで会うのは賛成だ」
実際、もしも一緒に活動するなら早めに話をすり合わせておいた方がいいはずだ。
コラボという形でなくとも、ライドもこれなら納得してくれるはずだしな。
『では、合流するダンジョンの階層も今のうちに決めておこう。比較的安全な階層にしておいて、コラボという形ではなく偶然合流したという形にしておくのが安全だろう』
「それがいいな。配信中にそっちに向かえるようにしておくか」
菜々華のスマホとにらめっこしながら、俺達は明日会うダンジョンの階層を決めた。
メッセージで連絡を取り合ってもいいんだけど、彼女の機械オンチ+天然なところを考えると、門下生にとんでもない爆弾発言をかましそうだからだ。そういう点では、俺とライドの意見は、口に出さずとも合致していた。
そうして三人での打ち合わせが終わった頃、門下生のマッチョ達が屋上に入ってきた。
「姉弟子。今日の授業は終わりです、道場での稽古がありますので」
「そっか、もうそんな時間かー……またね、黒鋼くんっ!」
ちょっぴり寂しそうな顔をしていた菜々華だけど、門下生に連れられて屋上を去っていった。有名税とはいうが、配信と修行で自由がないってのも考え物だな。
でも、まさか学校のマドンナとこんな形でお知り合いになれるなんて、人生いいこともあるもんだ――なんて考えていた時だった。
「……?」
気のせいだろうか――最後に屋上を出た門下生の一人が、俺を睨んだように見えた。
ごつい連中ばかりの中で、一人だけひょろりとした生徒。当然、俺は彼を知らない。
なのにそいつだけが、俺を親の仇のように睨んでた。バタンと乱暴に屋上の扉が閉まっても、やっぱり俺には敵意を向けられる覚えがない。
『どうした、黒鋼?』
「……いや、何でもないよ」
俺はのそりと立ち上がると、屋上を出た。
嬉しいことが起き続けているはずなのに、嫌な予感が胸の奥に残っていた。
菜々華が頷いた。
「皆を心配させたくないからそう言ったの。でも、私は確かに一撃で倒された……多分モンスター由来の毒を含んだ矢か何かで、気絶させられたんだと思う」
シルバー・サムライを一撃で倒すのなら相当な手練れかと思ったが、そうじゃない。
配信中に、急に毒を使った攻撃を仕掛けたなら、どんな相手でもたいていノックアウトさせられるだろ。普通の人がそうしないのは、卑怯な手段だからだ。
『毒による奇襲か。誘拐を目論んだ可能性が高い』
ライドの言う通り、殺すつもりは最初からなかったのかもしれない。
「けど、俺達がそっちに向かったのに気づいて犯行をあきらめた……ってとこか?」
『そう判断してもよさそうだ。シルバー・サムライにしては不覚を取ったな』
スマホの奥の渋い顔を見て、菜々華はうなだれた。
「おじいちゃんにも同じことを言われたよぉ。戦場だったら死んでるぞ、毒を盛られても動けるように訓練しておかないからだー、って」
いやいや、今のご時世、そんな訓練をするやつがいるわけないだろ。
菜々華の実家にして配信で宣伝してる『華神一刀流』は、確か超実戦剣術を教えてるって聞いたことがある。時代錯誤もいいところだし、門下生は減ってるとか。
まあ、いくらあのシルバー・サムライと同じ道場に通えると言っても、命がけで戦うのを常に想定しろ、なんて言われちゃ無理もないか。
「ところで、なんで不意打ちを仕掛けたのがそいつらだって分かったんだ?」
「昨日の夜、こんなメッセージが送られてきたんだ」
スマホをカバンから取り出した菜々華が、それを見せてくれた。
SNSのダイレクト・メッセージには単調な文章が記されている。
“ゲーム続行”
“UNDERGROUND ENTERTAINMENT”
正直に言うと、まあ、なんだ、ダサい。
自分達の名前をわざわざ英語で書いちゃうところとか。
でも、やっている悪事は残虐そのものだ。シルバー・サムライを襲っておいてそれをゲーム扱いして、あまつさえまだ狙いを定めているなんて、到底許せるものじゃない。
「……脅迫文、か。警察とかダンジョンの自警団には相談したのか?」
「自警団には話したけど、おじいちゃんに止められちゃった。『華神一刀流』が喧嘩を売られたんだから、自分達で犯人を突き止めて成敗するべきだ、って」
「思ってたんだが、発想が武士みたいなお爺ちゃんだな」
「ナメられたら果し合い、が口癖だからね~」
こわっ。
それにしても、相手も過激というかまるで最初から華神一刀流がこういう対応をするって知ってるみたいだ。そうじゃなきゃ、普通は警察沙汰になって全員逮捕されるだろ。
――もしかして、内情を知ってるやつが一枚噛んでるんじゃないか。
「ライド、このメッセージから逆探知とかで、送信者を見つけられないか?」
菜々華に理由は教えずに、俺はライドに聞いた。
俺の問いかけに、相棒は画面の中で渋い顔をした。
『……すぐには無理だな。特殊な手段で保護されていて、情報を掴み切れない。こちらのアップデートを重ねて試してみよう。シルバー・サムライ、データをもらえるか?』
「あ、うん……えっと、あれ?」
ダイレクト・メールのデータを送ろうとした菜々華だけど、なんだかスマホの画面をぽちぽち、ぽちぽちしたまま、どうにも動かない。
そうして2、3分ほどスマホと格闘した末に、彼女は困った顔で俺を見た。
「黒鋼くん、メッセージのデータを送るのって、どうすればいいのかな……?」
「えっ?」
「実は機械に疎くって……配信もいつも、門下生の皆に手伝ってもらってるんだ~」
なんだそりゃ。かわいい。
配信環境を整えようと悪戦苦闘する菜々華を妄想しながら、俺とライドはメッセージのデータを送信するのを手伝った。
その途中、菜々華が思いついたようにぽん、と手を叩いた。
「黒鋼くん、明日のお昼ごろに、一度ダンジョンの中で会えないかな? キミの実力をもう一度見ておきたいし……もちろん、RKとシルバー・サムライって形で!」
俺達の力を確かめるってことは、模擬戦でもやるつもりかな。
これから悪党を倒すのなら、人を相手に戦う手段も教えておいてもらって損はない。
『そちらの配信に出させてもらえるとありがたい』
「お前が勝手に決めるなっての。でも、ダンジョンで会うのは賛成だ」
実際、もしも一緒に活動するなら早めに話をすり合わせておいた方がいいはずだ。
コラボという形でなくとも、ライドもこれなら納得してくれるはずだしな。
『では、合流するダンジョンの階層も今のうちに決めておこう。比較的安全な階層にしておいて、コラボという形ではなく偶然合流したという形にしておくのが安全だろう』
「それがいいな。配信中にそっちに向かえるようにしておくか」
菜々華のスマホとにらめっこしながら、俺達は明日会うダンジョンの階層を決めた。
メッセージで連絡を取り合ってもいいんだけど、彼女の機械オンチ+天然なところを考えると、門下生にとんでもない爆弾発言をかましそうだからだ。そういう点では、俺とライドの意見は、口に出さずとも合致していた。
そうして三人での打ち合わせが終わった頃、門下生のマッチョ達が屋上に入ってきた。
「姉弟子。今日の授業は終わりです、道場での稽古がありますので」
「そっか、もうそんな時間かー……またね、黒鋼くんっ!」
ちょっぴり寂しそうな顔をしていた菜々華だけど、門下生に連れられて屋上を去っていった。有名税とはいうが、配信と修行で自由がないってのも考え物だな。
でも、まさか学校のマドンナとこんな形でお知り合いになれるなんて、人生いいこともあるもんだ――なんて考えていた時だった。
「……?」
気のせいだろうか――最後に屋上を出た門下生の一人が、俺を睨んだように見えた。
ごつい連中ばかりの中で、一人だけひょろりとした生徒。当然、俺は彼を知らない。
なのにそいつだけが、俺を親の仇のように睨んでた。バタンと乱暴に屋上の扉が閉まっても、やっぱり俺には敵意を向けられる覚えがない。
『どうした、黒鋼?』
「……いや、何でもないよ」
俺はのそりと立ち上がると、屋上を出た。
嬉しいことが起き続けているはずなのに、嫌な予感が胸の奥に残っていた。
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