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天童子菜々華の憂鬱《Sideシルバー・サムライ》

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「――やあぁっ!」

 ちょっと狭い道場に、鋭い声が響き渡る。
 竹刀で頭を叩かれた門下生がひっくり返って、参ったと宣言する。自分でやっておいてなんだけど、ここまでやらなくてもいいのに、ってたまに思うんだ。
 でも、『華神一刀流』を絶やさないためにも、皆に技術を伝えないといけない。
 たとえとても厳しいやり方でも、これが教えを乞う人達の糧になる。

「次の子、かかってきて! 今日は私に一太刀浴びせないと、おじいちゃんが帰してくれないよーっ!」

 そんな風に教え込まれた私――天童子菜々華の日常は、この道場かダンジョンかのどちらかにしかない。それ自体は、一度も嫌だって思ったことはないんだけどね。
 私の祖父、天童子隆元りゅうげんはすっごく強い武人だった。両親の反対を押し切って私を連れまわして、山ほど道場破りをして、びっくりするくらい山籠もりをした。おかげで私はとっても強くなって故郷に帰ってこられた。

 けど、その頃には道場はおんぼろになってた。
 誰も管理しないまま放置されてた道場は、ほんの2、3年で壊滅寸前だった。

『現代日本にこそ実戦剣術が必要じゃ! 菜々華、大和魂を燃やして再建するぞ!』
『うんっ! 華神一刀流をほどほどに復活させようね!』
『ほどほどでいいわけがないじゃろうがーっ!』
『あいたーっ!?』

 このままじゃいけないってことで、私とおじいちゃんは頭を捻った。
 そこで白羽の矢が立ったのが、『ダンジョン配信』。
 華神一刀流の名前をアピールしながらモンスターを倒せば、きっと有名になれる。私はモンスターを私の腕で斬り伏せてみたかったし、おじいちゃんはとにかく門下生を増やしたかったから、意見は合致した。
 そうしてすぐに、配信は始まった。

 するとなんでかな、あっという間に人気になっちゃった!

 モンスターをばったばったと薙ぎ倒して、たまに配信をして、皆とおしゃべりしてるだけで門下生もばんばん増えちゃった。おじいちゃんが厳しすぎて辞めちゃう人もいるけど、華神一刀流に興味を持つ人が増えるのは嬉しいな。
 あと、皆は私を天然って言うけど、正直天然だと思ったことはないんだよね。ついでになんだか世間とずれてるて言われるのも、なんだか納得いかないなあ。
 むしろしっかりしてるというか、きっちりしてるよ!

「ま、参りましたっ!」

 ただ、一つだけ寂しいのは、私と肩を並べて戦ってくれる人がいないこと。
 皆頑張ってくれるんだけど、どうにも私より強くなってくれないんだ。
 おじいちゃんも、私の相棒を探してた。「いつか華神一刀流を真に受け継ぐ者がお前の隣に立っているところを見たい」って言ってたの。

 ――だから、あの時不覚を取った私を助けてくれたRKさん。
 この人なら私の相棒になってくれるって、彼の戦いを見た時に確信した。
 まさか同じ学校にいるとは思ってなかったけど、黒鋼くんがRKさんだって分かった私は自分を抑えられなかった。彼と話して、強さの秘訣を知りたいって思ったんだ!
 そして、分かった。ライドくんもそうだけど、彼の本当の強さは、心の優しさだって。
 シルバー・サムライとして活動する私に、他の人みたいにごまをすったり顔色をうかがたりせずに、ありのままで話してくれた。私の無理な頼みを簡単に了承してくれた。
 何より、手に入れた力に溺れてなかった。まぎれもなく澄んだ心の持ち主の証拠だよ。
 彼のことを知りたいな。もっと一緒にいられたらいいなって、気づいたらそう思うようになってたんだ。

 気が付くと稽古を終えた私は、門下生の皆が帰った後、汗を拭きながらおじいちゃんのところに向かった。悩んだ時、おじいちゃんはいつも道を示してくれるの。

「ねえ、おじいちゃん。ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

 椅子に腰かけたおじいちゃんの目は、私の悩みを見抜いてるみたいだった。

「ふぅむ、誰かと親しくしたいと思っておるのう」

 おじいちゃんの目に射抜かれて、私の心臓が跳ねあがった。

「な、なんで……」
「なんで心を読まれたのかと? わしほどの達人となれば、お主のような未熟者の心を読むなど造作もないことよ。で、その答えを教えてやろう――」

 ばっと勢いよく立ち上がって、おじいちゃんは吼えた。

「段取りなど関係ないっ! 攻めて攻めて攻めまくれば、道は拓けるのじゃあぁーっ!」

 まさかのアドバイスだよ。
 おじいちゃんはいつだって絶対攻勢主義だけど、こんな時まで攻めるなんて。

「え、えぇっ!? でもでも、もう打合せしてる内容があるんだよ!?」
「いくさ場で予定通りに進むことなどあるか、バカモンが!」

 おじいちゃんの目に炎が見える。
 すごいなあ、私よりずっと本気で黒鋼くんのことを考えてくれるんだ。

「いいか、お前が言いたいことを言え、話したいことを話せ! そうすればおのずと道は開けるじゃろう! 華神一刀流の心とはっ!」

 なんて考えてる時でも、こう聞かれたら背筋を伸ばして、私も吼えるの。

「剛毅な意志と共に、おのが意志を貫く刃となれっ!」
「どういう意味か分かるか!」
「あの人ともっと仲良くなるために頑張るっ!」
「その通りじゃっ! 前置き打合せ不要、超実戦剣術の真髄をその男に見せてやれい!」

 でも、おじいちゃんのアドバイスは的確かも。
 恋愛なんて全然縁がないけど、黒鋼くんくらい素敵な人だと、どこかの野武士にかっさらわれちゃうかも。野盗は斬り捨てちゃえば話は解決するけど、恋のライバルは斬れないからどうしようもないよ。
 だったら、何事も先手必勝だよね。
 ふんすと気合を入れる私だけど、ふと気になった。

「……あれ? おじいちゃん、どうして男の人って分かったの?」
「それくらい分かるわい。楽しみにしとるぞ、菜々華よ」

 おじいちゃんはそうとだけ言って、ふすまの奥に消えていった。
 これ以上語る必要はないって意味だね。
 分かってる。武人は言葉じゃなくて、行動で示すんだ。

「よーし、何だか分かんないけど、黒鋼くんともっと仲良くなるぞーっ!」

 明日の昼には、黒鋼くんとダンジョンで落ち合う。
 その時に、もっと仲良くなれるように頑張るから――待っててね、黒鋼くん♪
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