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ちょっとした肩慣らし

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 翌日、俺はライドと一緒に、『RK』としてダンジョンのとある階層に来ていた。
 シルバー・サムライこと菜々華と落ち合う約束ではあるんだけど、それよりも先に、ダンジョンでモンスターを倒して肩慣らしをしておきたかったんだ。
 今の俺に何ができるのか、どこまで戦えるのか。
 もしもこれから人と戦うのなら、それを知っておくべきだと思ったんだ。

「――本当にいいのか、ライド?」

 ただ、驚くべきはダンジョンに入る前のライドの態度だった。仮面をつけてダンジョンを歩く俺の問いかけに、内側からライドが答えた。

『ああ、構わない。シルバー・サムライの配信に映り込む形にするだけに留めておいて、こちらからの配信はしないでおこう』

 まさか承認欲求お化けのライドが、配信をしないでいいと言ったのにはたまげたよ。
 てっきり配信はしばらくお休みにでもするのかと思ってたけど、どうやらそうでもないというのを、俺はすぐに思い知らされた。

『配信をするのは、シルバー・サムライと一緒に映ってからだ。関係性を気にする視聴者が出てきてすぐに緊急放送をすれば、接続者数が膨れ上がるからな』

 ほら、これだ。
 一昨日の夜に反省したかと思えば、またこんな企みをしてやがったわけだ。

「あのな、今回はシルバー・サムライの様子が気になって見に行ったって設定なんだからな。お互いのことは全然知らないってことを忘れんなよ」
『そこが理解できない。身バレの心配がないのだから、もっとフランクに接するべきだ』
「推測ってのはそれだけで、視聴者を不安にさせるんだっての」

 シルバー・サムライは本人が自覚しているか否かを問わず、アイドル的な売り出し方をしている。ガチ恋勢の多さがその証拠だ。
 そこにいきなり謎の仮面男が現れて仲睦まじくしてたら、どう思うか。
 俺が過激派異常者オタクだったら、住所特定して刺しに行きます。

「とにかく、友人関係をほのめかすとかはNGだ。あくまで共通の敵を倒すために手を組むって筋書きに、今回だけは従ってくれ」
『……仕方ない。今回は君に従おう』

 今回は、じゃなくて今後も従ってくれると助かるんだがな。

『ところで黒鋼、君が言っていた生徒の情報を少し調べてみた』

 小さくため息をついた俺に、思い出したようにライドが言った。
 相棒に調査を依頼したのは、俺を睨んだ門下生についてだ。嫌がらせとかそういうわけじゃなくて、どう考えても殺意に近いあいつの視線に妙な違和感を覚えたんだ。
 もしも何もおかしいところがないなら、こっちの思い過ごしってわけだしな。

「お、ありがとな。それで、どうだった?」
『本名は武井たけい喜一郎きいちろう。華神一刀流師範代に2年前から師事しているが、これといってダンジョン探索や剣術の試合で目立った戦績は残していない。天童子菜々華に強い敬慕を抱いている、という点が他の門下生と違うな』
「よく分かったな、そんなの」

 俺が驚きの声を上げると、仮面の内側に複数の画面がポップアップした。

『彼の特徴をインターネット深部まで検索してみれば、すぐに出てきた。聞くところによると、少し前まで彼女に近寄る異性を徹底的に排除していたようだ』

 現れたのは少し過激な文面と、菜々華への憧れの感情。
 文章があまりにも乱暴なので口に出すのもやめておいたが、こりゃあ確かに、俺と菜々華がちょっと会話をしているだけでも苛立つだろうな。

『それで、黒鋼。彼の情報が何の役に立つんだ?』
「ちょっと気になっただけだ。何もないと思うよ、多分な」
『ならいいが……おっと、モンスターがいるぞ』

 ライドがポップアップを消して、画面に戦闘に必要なデータを映し出した時、俺もモンスターの存在を自分の目で確認できた。
 十字路になっている通り道の左側からのそりと姿を現したのは、全身が毛むくじゃらの類人猿、ビッグフット。世界を揺るがしたUMAと同じ名前を冠したそいつの全長は3メートル、腕力は大型車をひっくり返すほど強い。
 しかも、今日挑んでいる階層が深いのもあって、相手は歴戦の個体のようだ。
 右目が抉れたそいつは俺の方を見ると、拳をバキボキと鳴らした。

『ゴオオォォッ!』

 そして雄たけびを上げると、俺めがけて突進してきた。
 きっとこれまで何度も、あの太い腕で探索者を捻り潰してきたんだろうな。

『シルバー・サムライと合流する前に肩慣らしと行こうか、黒鋼!』
「おうっ! ライド、スキル発動だ! 使う武器は任せるぜ!」

 だけど、俺達の相手をしたのが運の尽きだ。
 ライドがスキル【金属操作】を発動させると、体の内側に冷たい感触が奔った。敵の突進を避けろ、と俺が頭の中で命令すると、足が力を込めて体を跳躍させた。
 ビッグフット渾身のタックルは、むなしく空を切った。

『グゴゥ!?』

 驚くのも無理はないよな。まさか、空高く跳び上がって避けるなんて想像しないだろ。
 そして動揺して立ち止まっているのは、お前の最大のミスだ。

『今回生成したのはハルバードだ! 思い切り振り下ろして、一撃で決めろ!』

 既にライドが集めてくれていた金属の粒が、俺の背丈よりも長い槍斧――ハルバードを作り上げた。分厚くも鋭い斧の方を下に向け、俺はぐっと腕に力を込める。

「でりゃああぁーッ!」

 そうして一気に叩きつけられたハルバードは、ビッグフットの頭に食い込んだ。

『オギュグッ』

 喉の奥から絞り出すような声を最後に、ビッグフットは一切言葉を発しなくなった。俺が振り下ろしたハルバードの斧が、モンスターの体を一刀両断したからだ。
 いくら驚異的な怪物とはいえ、体を2つに分けられて生きているはずがない。
 ビッグフットはたちまち亡骸となり、ドロップアイテムを落とした。

『よし。これくらいならもう、僕達の敵ではないな』

 あまりにいきなり強くなった事実も、2日もすればもうすっかり慣れたもんだ。

「あとは俺が、ライドの力に慣れるだけだな」
『気にするな。僕ができる限り君に負担を与えないように調整しよう』
「俺だってやれることはやるさ。お前におんぶにだっこにならないよう、頑張るよ」

 ハルバードを鉄の粒へと戻しながら俺がそう言うと、今度は別の方角から、モンスターではない見知った顔が駆けてきた。

「おーい、RKさーんっ!」

 門下生を連れたシルバー・サムライがやって来た。
 ――なんだか、俺とすっかり仲が良いような雰囲気で。
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