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外道現る《Sideシルバー・サムライ》

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 誰かに呼ばれてダンジョンに赴くのは、今回が初めてじゃない。
 シルバー・サムライとしてしっかり活動する前に、何度か決闘を申し込まれたから。
 今みたいに誰もいないダンジョンを駆け抜けて、すれ違ったモンスターを一太刀で斬り伏せて、待ち合わせ場所に。
 そこで配信をしているらしい、腕の立つ人との一対一の決闘。
 自慢じゃないけど、負けたことはまだ一度もないんだよ。
 そういえば、あの頃から有名になり始めたんだっけ。おじいちゃんのお願いで華神一刀流のアピールをして、門下生も増えたよーな、そうじゃないよーな。

 まあ、どっちでもいっか。
 正直に言うと、もののふとの決闘が楽しくてたまらなかった。
 だから今回の呼び出しも、きっと同じようなもの。
 もしくは、もっとよろしくないもの。

 そんな風に考えている私――シルバー・サムライこと天童子菜々華が足を止めたのは、長い道の行き止まり。円形に広がっていて、木々が無造作に生えた場所。

「……シルバー・ネイバーって、まだ呼んだ方がいいのかな?」

 その奥に、武井くんがいた。
 いつもと同じ格好に、同じ獲物。違うのは、私に向ける闘気だけ。
 憎悪、執念。どちらも華神一刀流じゃよくないものだよって最初に教えるんだけどね。

「いいえ、武井と呼んでいただいていいですよ。もう、ここに来ることもないので」
「じゃあ早速、聞かせてもらえるかな。私をここに呼んだ理由を」
「……その前に、もう一度聞かせてください。僕のものに、誰よりも貴女を理解している僕のものになる考えはありませんか?」

 ふうん。やっぱり、キミの考えは変わらないんだね。

「ごめんね、さっきも言ったけどそういう風に見られないの。あと、キミが私を理解しているというなら、それこそ大きな勘違いだよ」

 武井くんの顔が、かすかに歪んだ。

「僕のものになる、なんて言ってる時点で人を理解できてない。私の隣に立つ勇気もなかったのに、独占なんてできるはずもない。キミは私を恋人や伴侶にしたいんじゃなくて、自分の元に留めておきたいだけ。ただのワガママだよ」

 今度は、今まで見たこともないほど醜悪に歪んだ。

「……今まで支えてあげたのに、その言い方はないでしょう」
「それは感謝してる。でも、駄々をこねる子供に付き合う気はないよ」

 はっきり言って、私は武井くんを恋人としては見られない。どこまでいっても大事な門下生の一人だったから。今は、もう門下生ですらないけど。
 ついでに言っておくと、私はキミから一瞬だって目を離さないよ。

「気に入らないことがあれば、柄に手を伸ばすような子は、うちの門下生にはいないから」

 刀に手をかけようとしていた武井くんが震えた。
 もう私のことが憎くて、憎くて仕方ないと、彼の目が喚いてる。

「……残念だよ、菜々華さん。貴女に生きてダンジョンから出られる最後の機会を与えたというのに、ふいにするなんてね」
「うーん、変なこと言うんだね。私を殺めるのはキミかな? それとも――」

 前言撤回。私の目は、もう彼には向いてない。

「――キミの後ろにいる人達、かな?」

 光学迷彩を剥がすようにぞろぞろと木々の陰から這い出てきた、ピエロのメイクをした人達。鎌に刀にナイフにかぎ爪などなど、真っ黒な格好に危険な武器を携えてる。
 今の今まで闘気が全く見えなかったのは、私が姿を目視しないと見えないから。ついでに言うと、おじいちゃんより気配の察知が苦手なんだよね。戦場じゃ殺されちゃうぞ、ってすっごく叱られたのも覚えてる。
 で、彼らは武井くんに何かを吹き込んだ張本人、ってところかな?
 人数は20人と、思ったよりも多いけど。

「アンダーグラウンド・エンターテインメントを知っていますか? 非合法なスキルと武器で探索者を襲撃して、その死にざまや苦しむさまをダーク・ウェブで配信する組織ですよ。現代のスナッフ・フィルム、とでも言いましょうかね」

 うーん、武井くんがあれと繋がってたんだ。
 黒鋼くんは気づいてたのかな。気づいてて、私が傷つくと思って言わなかったのかな。
 気を使ってくれるのは嬉しいけど、そこまで弱くないつもりだよ。

「もう配信は始まっていますよ。今日のタイトルは、『シルバー・サムライ、愛弟子に殺される』です。助けも来ないダンジョンの深層で、真摯な愛情を無下にした愚か者が惨殺される光景は、きっと最高同接数を達成するでしょう!」
「……決闘する時は録画禁止って、華神一刀流で教えたはずなんだけどなあ」

 呆れてはいるけど、彼がこうなったのにはきっと、私にも責任がある。
 彼の苦しみや痛みを、しっかりと理解してあげられなかった。捻じ曲がる前に、華神一刀流を受け継ぐ者としての責務を果たすべきだった。

「武井くん、抜いた刀はもう、相手を斬るまでおさめられないよ」

 引導を渡す。
 死なずとも、二度と刀を握れないように。
 ここで放っておけば、私が死んだ後も彼はアンダーグラウンド・エンターテインメントと組んで悪事を働く。一度悪に手を染めれば、嫌でも邪な行いをする。
 だったら、華神一刀流の不始末は私がかたをつけなくちゃ。
 私が刀を抜くと、武井くんとアンダー……長いや、悪党達が一斉に構えた。

「勝てると思っているのですか? 貴女を倒した毒を、武器に塗ってあるのに?」
「そっか。私を毒で襲ったのも君達……ううん、武井くんなんだね」
「貴女ほどの人が毒で倒れるかは心配でしたが、うまくいった時は最高でしたよ。あのRKが邪魔さえしなければ、僕がシルバー・サムライを助けて英雄になっていたところなんですけどねえ!」

 唾を吐いて喚く彼の顔は、英雄には程遠い。
 なろうと思った時点で英雄にはなれない。ましてや自作自演なんて、切腹もの。

「……最低だね。あと、キミの願いは叶わないよ」

 そもそも、彼は勘違いしてる。
 私のそばに立つ人は、一人だけいるんだよ?

「どういう意味です?」
「決闘なら、一対一で受けた。でも、一対多数なら、こっちにも助っ人はいるんだ」

 武井くんの顔に、焦りと驚きが浮かぶ。
 きっと、私が一人でここに来たと思ってたからだ。確かにここに来るまでは一人だったし、キミが一人でいるならこっちも単身で戦うつもりだったんだよ。
 さてと、アンダーほにゃららの人には、改めて紹介しておかないとね。

「……そいつは……!」

 彼らが見るのは、私の後ろ。
 私の陰から現れた、黒い影。



『――待たせたな、シルバー・サムライ!』

 ざん、と隣に駆け付けたのは、マスクを被った漆黒の探索者。
 私が信頼する、隣に唯一立ってくれる人――RKこと黒鋼くんです!
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