獅子隊長と押しかけ仔猫

トウリン

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エピローグ

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 それはいつもの休憩時間のことだった。
 珍しくルーカスは席を外しており、執務室にはブラッドとケイティしかいない。
 すっかりかつての穏やかさを取り戻した時間の中、手際よく彼女が用意してくれた茶と菓子をブラッドが味わっていると、突然全てを吹き飛ばす爆弾を落とされた。

「だんな様って、結構あたしのことお好きだったりします?」

「ッ!?」
 茶が、変なところに入った。
 むせるブラッドの背中を、ケイティの小さな手が叩く。
「大丈夫ですか?」
「き、みは、いったい何を……」
 ケイティは一歩下がり両手を後ろで組んだ。そうして、ためらいがちに言う。
「最近、気付いたんです。だんな様があたしを見る目って、なんとなく父が母を見るときのと似てるなって」
 それは、似るだろう。彼女の両親は仲睦まじいというから、それはつまり、父親は妻のことを深く想っているということになる。
 似て、当然だ。
 ブラッドは手の中のカップに目を落とした。
 だが、そんなにあからさまにしていただろうか。

 グゥと返事に詰まっていると、ケイティが微かに顎を引く。
「えっと、その、ちょっと思っただけです。もしかしてって。でも、あたしの勘違いだとマズいから、念のために確認しとこうかなって……ごめんなさい、変なこと言って。何でもないです。忘れてください」
 最後の方は早口で、ごまかすような笑い混じりだ。
 否定すべきか、それとも、肯定すべきか。
 その時、ブラッドの頭の中ではいつもの三倍の速さで思考が回転していた。だが、それは八割方堂々巡りだったので、傍からは硬直しているように見えたに違いない。

 眉間にしわを刻み、唇を引き結んだ彼に、ケイティがジリ、と後ずさった。
「や、ホント、気にしないで……」
 そう言って、彼女はアハハと軽い笑い声をあげる。
 そのあまりにケイティらしくない笑い方に、ブラッドの答えが決まった。
 咳ばらいを一つする。

「勘違いでは、ない」

 彼の台詞に、ケイティがキョトンと目を丸くする。鼻先に指を突き付けられた仔猫のような顔をしている彼女から微妙に視線を逸らし、ブラッドは言葉を絞り出す。
「君のことは――――…………好きだ」
「えっと、それって、どういう意味で……?」
「……一人の人間として」
 ぎこちない遣り取りに、ケイティの眉根が寄った。
「でも、あたしの『好き』は受け取れない『好き』なんですよね、それって?」
 よく解らない、と言わんばかりに首を傾げたケイティに、ブラッドは肯定とも否定ともつかない唸り声を返した。
「どうして……あぁ、そっか。だから、人として、なんですね。女性として想っていらっしゃる方は他におられますもんね……」
 納得したようにケイティは頷いたが、その台詞に今度はブラッドが眉をひそめる。
「他に? 女性? 誰のことだ?」
 立て続けに問いかけた彼に、ケイティはほんの一瞬唇を噛み、そしてまた、彼女には似合わない笑みを浮かべる。
「ごまかさなくってもいいですよ。前に街でお見かけしました。とても親しげにされて……」
「思い当たらない」
「そんなの、ほら、栗色の髪の、可愛らしい感じの」
 ぎこちないケイティの描写に、ブラッドは思考を巡らせた。
 ブラッドが個人的に付き合いがある若い女性など、かなり数が限られている。そのうち栗色の髪で可愛らしいと言ったら――
 頭に浮かぶのは、一人だ。

 彼の表情の変わり具合を見て、ケイティが苦笑する。
「ほら、やっぱりいるんじゃないですか」
「いや、彼女はそういうのではない。確かに大事だが、多分、妹に重ねていると思う」
 ブラッドの説明に、ケイティが繰り返す。
「妹、さん」
「ああ。出会ったのも彼女の墓の前だ」
「そう、ですか」
 気が抜けたように呟いたケイティだったが、すぐに唇を尖らせた。
「でも、じゃあ、どうしてあたしの『好き』は受け取ってもらえないんですか? もしかして、前に奥さんにして欲しいとか言いでもしましたっけ? けど、そんなの、別に……本気で結婚しろとかは言わないですから。ただ、あたしがだんな様のこと好きだってことは本当のことなんだって、わかっていて欲しいだけです」
 真っ直ぐに見据えてくるケイティから、ブラッドは目を逸らす。彼女の台詞の真ん中あたりが、やけにズシリと胃に残った感じがした。無意識のうちにみぞおちの辺りに手をやりながら、彼は再びケイティを見た。

「君は、まだ若いんだ。確かに今はオレのことを想ってくれているかもしれないが、これからまだまだ出逢いがあってだな」
 大人として正しいことをしようと道理を説き始めたブラッドを、ケイティが遮る。
「ちょっと待ってください、やっぱりそこなんですか? でも、じゃあ、いったいいくつになったらあたしのこと『オトナ』って思ってくれるんですか? 三十? それとも、四十ですか?」
「何も、そこまでは……」
「でも、二十になっても子ども扱いされるなら、そういうことになるじゃないですか」
 ケイティが言い放ったその言葉の一部に、ブラッドの思考が停止する。

「え?」
「何です?」
「今、何て?」
「何って、何が?」
「その、年が……」
「年?」
「今、はたち、と聞こえたが――?」
「そうですよ」
 ケイティが、コクリと頷いた。
「半年もしたら、今度は二十一です」
 答えて、ふと何かを考えこんでから、丸い頬を紅くした。恥じらいとかではなく、恐らく、怒りによるものだろうということを、これまでの流れからブラッドは悟る。
「ちょっと待ってください、だんな様、あたしのことをいくつだと思ってたんですか?」
 真正直に答えるべきではない。それは嫌というほど判っているが、嘘偽りを口にすることができないのが、ブラッドだ。
「十五、か、六」

 束の間、部屋の中がしんと静まり返った。
 そして、ケイティがその静寂を破る。
「だんな様が引っかかってるのは、そこだけ、なんですよね?」
 そこ、とは年齢のこと、ということだろうか。
 敢えて確認することがためらわれ、ブラッドはただコクリと頭を上下に動かすだけにとどめた。
 彼のその動きをジッと見つめていたケイティは、不意にニッコリと笑顔を作った。が、終始彼に据えられた眼には笑いの欠片もない。
「よく、わかりました。じゃ、あたしは夕飯の準備がありますので」
 ケイティは深々と頭を下げたかと思うと、ブラッドが声をかける暇を与えず踵を返して部屋を出て行ってしまった。

 一人残されたブラッドは、閉ざされた扉を見つめることしかできない。
「……にじゅっさい……?」
 彼は、三年前、初めてケイティと出会った時の記憶を掘り返す。
 そう言われれば、華奢で、幼気で、愛らしくて――ほとんど変わっていない。

「――ウソだろ……」
 ケイティの耳に入ればいっそう波を荒くすることが判り切っている一言をポツリと呟き、ブラッドは、椅子の背に深々と身を預ける。

 果たして、この先どうするべきか、どうなるのか。
 ――さっぱり、わからない。

 正直言って、これは、ブラッドがこれまで遭遇した中での一番の難題だった。
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