らいおんはうさぎにおぼれる

トウリン

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第一部:らいおんはうさぎによりそう

守られているのは……

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 司が通う大学では、前期の試験は六月末にある。
 一週間かけてのそれがようやく終わり、天文サークルの面々は久しぶりに部室に勢ぞろいしていた。試験が終わったからというのもあるが、何より、七月下旬にある文化祭について話し合うためだ。
「じゃあ、いつも通り、やるのはプラネタリウムでいいかな」
 副部長の兼岩が、のんびりした口調でそう言った。きっと彼は、星の話さえできればそれでいいのだろう。
 と、二年の二人が顔を見合わせ、川崎の方が「はい」と手を挙げる。

「今年は人数もいるし、それに飲み食いも入れたらどうですか? 喫茶店とまではいかなくても、プラネタリウム見ながらお茶とかの方が、人が集まると思います」
 川崎の提案に、部長の飯沢が頬に手を当て考える素振りを見せる。
「そうねぇ。これだけいれば、できるかな。クッキーとかなら事前に焼いておけばいいし、コーヒー紅茶、ジュースいくつかくらいならいいかな」
「あ、あと、ちょっとしたコスプレとかはどうですか?」
 部長の許可にもう少し押せると思ったらしく、小谷がそんなことを言い出した。微妙にアヤしくなってきた雲行きに、司は内心眉をひそめる。
「コスプレ?」
「はい。メイドとか、そういうの」
 飯沢に頷き返し、小谷が一年生女子三人に目を向ける。
「ほら、今年って、ロリ系、ツンデレ系、清楚系美少女、一通り揃ってるじゃないですか。これを使わないのはもったいないですよ」
 小谷の目つきが若干アヤシイ。
「私、そういうの作るの得意なんです。絶対、似合いますって」
 興奮で上ずったその声が、この上なく司の不安を掻き立てる。
 いったい、花にどんな格好をさせるつもりなのか。

「ちょっと――」
 反対票を入れようと司は声を上げかけたが、ツートップに先を越された。
「あ、いいね、それ。いつもガラッガラでアナウンスのし甲斐がないんだけど、それならちょっとは人が入るかな」
「うんうん。いつもは地味極まりないもんね。私も今年が最後だし、少しくらいは『文化祭やった』って気分に浸りたいな」
 目を輝かせている飯沢は、完全に小谷の案を受け入れる方に傾いている。天文愛に溢れている兼岩も、星の話を聞いてくれる者が増えるならば何でも受け入れそうだ。

「おい――」
「反対です」
 もう一度異議を唱えようとした司だったが、またもや阻まれた。今度は金古だ。断固とした口調で告げて唇を引き結んだ彼女に、一同の眼が集中する。

「あ……金古さんはダメか、こういうの」
 残念そうに言った飯沢に、しかし、金古はかぶりを振った。
「私はいいですけど、花はやめてください」
 その台詞に花が目を丸くする。彼女を挟んで金古の反対側に座っている乾が、やれやれというふうにかぶりを振った。
「由美ちゃん!?」
 声を上げた花に、金古は眼もくれない。却下は当然、と言わんばかりだ。
「あんたはダメでしょ」
「そんなことないよ、わたし、やるよ?」
「ダメよ」
 重ねた花の懇願にも、金古はまったく取り合おうとしない。
 この光景を前にしながら高校の時を思い返してみると、一年はそうではなかったようだが、少なくとも二年と三年では花は裏方に徹していた。あの頃もこうやって金古が管理していたのだろうかと司は眉をひそめる。
(流石に、やり過ぎじゃないか?)
 たった今、彼も同じことをしようとしていたわけだが、他の者にやられてみて、それがおかしいことに気付かされた。

 若干気まずい思いで押し黙った司の前で、花と金古の遣り取りが続く。他の部員はそれを見守るばかりだ。
「飯沢先輩、わたしやれますから」
「花!」
「大丈夫だよ、由美ちゃん」
「大丈夫じゃないわよ。大学の文化祭なんて、どんな奴が来るか判らないでしょ!? 高校の時よりも危ないわ!」
「そんなこと言ってたら、わたし、ずっと何もできないよ。せっかくの文化祭なのに」
「模擬店を見て回ったらいいじゃない」
「由美ちゃん……でも、わたし、やりたいよ」
 お願い、と花に両手を合わせてねだられて、金古はグッと唇を噛んだ。反抗されたならともかく、こんなふうに乞われたら頭ごなしに反対するのも難しくなるだろう。彼女の中の葛藤が、目に見えるようだ。

 しばらく唇を引き結んでいた金古が、突然キッと司を見た。

「獅子王!」
「何だよ」
「あんた、ずっと花の傍にいなさいよ」
「はぁ?」
「あんたならいるだけで虫除けになるでしょ」
 司に向ける金古の眼差しで、拒否など許さないという脅しめいた意思がヒシヒシと伝わってきた。唇を尖らせた花がそんな金古をたしなめる。
「由美ちゃん、獅子王くんだってやることあるんだから、無茶言ったらだめだよ」
 花を無視して眼で圧を掛けてくる金古に、司はこっそりと溜息を一つこぼした。
「……俺はその日特にすることはない」
 その台詞は花に向けたものだ。
「獅子王くん……無理しなくていいんだよ?」
 眉根を寄せた花に、司は肩をすくめた。
「別に、無理じゃない」
 実際、花がやりたいというのならそれを叶えてやるべきだろうし、彼女を妙な格好で人前に出すなら自分の目が届くところにいてくれる方がいい。

「えぇっと、じゃあ、満場一致でメイドコス飲食サービス付きプラネタリウムでいいかな?」
 まだ硬い顔をしている金古を窺うように、兼岩がそう締めくくった。一同がそれぞれに頷く中、やはり金古は頑なに唇を引き結んだままだ。条件を出しても、腹の底では納得できていないのだろう。
 とは言え、彼女以外は賛成で、圧倒的多数であることは確かだ。
 そこからは当日までのスケジュールや何やらについての話し合いが始まったが、ふと花と金古に目を遣ると、二人は額を寄せ合って囁き合っていた。いや、口を動かしているのは専ら花の方のようだ。うつむきがちの金古に、花が何かを言っている。
 司はその様に微かに目を眇めた。

 これも高校の時には気付かなかったことだが、花と金古の関係は、花と乾との間にあるものとは、何かが違うのだ。花と金古の間には、単純な友人としてのつながり以外の、何かがあるように感じられる。
 最初は、金古が花の保護者を自任しているのかと思っていた。だが、こうやって見るに、どうもそれも表面通りには受け取れないように思われる。
 ふと、花のクラスの飲み会の時のことが司の脳裏によみがえった。金古が彼を迎えに寄越したことに対して、普通なら余計なお世話だとなりそうなものだが、花は憤慨することなく仕方がないなと苦笑していただけだった。
 確かに、心配性の金古がうるさいほどに花の世話を焼き、花もそれを受け入れている。しかしそれは、なんというか、「金古の為に花がそうしている」ようにも見えるのだ。どこがどうとは言えないが、こういう場面を目にすると、守られているのは果たして花の方なのか、良く判らなくなってくる。そして乾はと言えば、そんな二人を一歩離れたところで見守っている、そんな感じだ。

 目の前の三人の関係性に思いを巡らせる司をよそに、金古の横やりが入らなくなったミーティングは順調に進み、一時間もすれば役割分担や用意するものなどが決まった。
「じゃ、こんなところでいいかな」
 飯沢のその台詞で、司はハタと我に返る。部室の壁際に置かれたホワイトボードに目を遣ると、真っ白だったそこはびっしりと文字で埋め尽くされていた。
「各自、色々進めていってね」
 言われて自分の名前を探すと、『ウェイター』となっている。

「……俺はこれでいいんすか?」
 正直、一般的な客商売は向いていない。バイト先のガソリンスタンドでも、基本的には接客ではなく作業方面を任されているのだ。
「ん? ああ、大丈夫でしょ」
 問われた飯沢は、能天気にそう答えた。どうやら彼女の隣に座っている兼岩も異論はないらしい。
 花ほど全く抵抗なく、というわけにはいかなかったが、飯沢と兼岩もものの数回の顔合わせで司の強面に慣れてしまった。当初は引いていた小谷と川崎も、今はすっかり、だ。
 だが、彼らの方がむしろ少数派で、たいていの人間は司を遠巻きにする。ましてや初対面となれば、司が来た瞬間に席を立って出て行ってしまいかねない。
 本当に大丈夫かよと眉間にしわを寄せている司の前で、飯沢がにこりと笑う。

「や、パッと見は確かにビビるけど、なんか、宇佐美さんといるとこ見てるとさぁ……」
 ね? と同意を求めるように、飯沢は小谷と川崎に首を傾げた。
「何かね、微笑ましいよね」
「むしろギャップ萌え?」
 二年生二人組もウンウンと頷き合っている。

(どういう意味だよ?)
 司は眉間にしわを刻んだが、彼女たちがいいというなら、いいのだろう。第一、裏方をしていたら『花の傍にいろ』という金古の要求は満たせない。
「じゃあ、そういうことで、解散ね」
 兼岩の台詞と共に皆がガタガタと音を立てて立ち上がり、それぞれに言葉を交わして部室を出ていく。
 司は殿《しんがり》だったが、廊下に出ると、そこには花がいた。金古と乾は少し先を歩いている。
 花は司の前に立ち、軽く首をかしげるようにして彼を見上げてくる。ふわりと揺れる柔らかそうな髪を見ると触れてみたくなってしまうのは、多分、仔猫や何かを見たら触りたくなるのと同じようなものなのだろう。

「ごめんね、獅子王くん」
 前振りの無い謝罪に、司は眉をひそめた。
「え?」
「文化祭の……由美ちゃんが言ったこと」
「ああ」
「獅子王くんは、本番は好きにしていいんだよ? 今からでも飯沢先輩に言ったら、違うことさせてもらえると思う。由美ちゃんには内緒にしておけばいいから」
 花はそんなことを言うが、衣装担当の小谷がどんな代物を持ってくるか判らない。とんでもないのが出てきたら、イヤでも花一人にしておくわけにはいかなくなるだろう。
「俺は別に構わない」
 本当は文化祭の二日間はフルでバイトを入れるつもりだったが、今ならまだシフトの調整もできる。
「ほんとに? いいの?」
「ああ」
 もう一度頷くと、花はようやくホッと表情を和らげた。

「そっか……良かった。ありがとう」
 司の答えにふにゃりと笑った花は、金古たちを小走りで追いかけていく。

 彼はしばしその場に佇み、そして、小さく息をついた。
 いずれにせよ、アレをそこらに放置しておくことはできないなと、しみじみと思いながら。
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