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第三章:助力を求めて
交流①
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久方振りに快適な寝床を与えられたにも拘らず、夜が更けてもエディにはなかなか眠気が訪れてくれなかった。眠くもないのに布団の中にいるのは、苦痛ですらある。
輾転とした末にムクリと起き出し、彼はそっと寝台を下りた。
スクートとサビエは右隣の部屋、フロアールとあの少女――ルゥナは左隣の部屋で寝ている筈だ。耳を澄ませてみても、どちらの部屋も静まり返っている。皆心地良い眠りの世界の住人になっているのだろう。
(少しうろついてみるか)
しばらく歩けば眠くなるかもしれないと、エディは扉を押し開けた。廊下には所々に灯りがともされており、月がなくとも充分に明るい。
特に目的もなく、エディはブラブラと歩き始めた。一定の間隔で設けられている窓の外には、鬱蒼と茂る木々の枝の間から、朔の闇空に無数の星々が瞬いているのが見える。何気なく外を覗きながら、彼は様々なことに思いを馳せた。
父や母は無事だろうか、国はどんな状態になっているのだろう、マギクと魔物に対する恨みつらみ、『印』には何の意味があるのだろう、そしてこれからいったいどうなっていくのか――。
そうしていて、ふとエディは、こうやってじっくりと何かを考えるのは国を出てから初めてのことだと気付く。旅の間は『考える』というよりも、ただ『思う』だけだった。
しかし、自分はあれこれグダグダものを考える性質ではないという自覚が、エディにはある。スクートやベリートに指摘されるとカチンとくるが、ちゃんと自覚はしている。
あんまり考え過ぎると、頭の中が何だかよく解からなくなってくるのだ。
考えるよりも、先に動く。エディにはその方が性に合っている。
だが、今は考えなければならないのだ。
「ああ、くそ」
ガシガシと頭をかきむしり、重いため息をついた、その時。
複雑に入り組んだ廊下の奥、縦横に交叉したところを何か白いものが横切った。通り過ぎかけて、エディは引き返す。
「あれは……」
翻った白い服の裾と長い白銀の髪の先の方しか見えなかったが、多分、いや間違いなく、あの少女だ。あんな髪の色は、そうはいない。
エディは小走りで廊下を進み、ルゥナが消えたところに急ぐ。曲がり角を覗き込んでみると、彼女はその先の分岐点でキョロキョロと左右を見比べていた。
不安そうなその横顔を見ていると、早く助けてやりたいような、その困り顔をもっと困らせてやりたいような、奇妙な気分になる。フロアールが困っていれば、エディは一も二もなく助けに入る。いや、自分よりも弱い者に対しては、誰であろうとすぐに手を伸ばしてやってきた。
(別に嫌いなわけじゃないのに……)
ベリートやスクートに対しては時々悪戯を仕掛けたくなることがあるが、それとはまた少し違う。
自分の中の理解不能な感情に困惑しながら、エディは彼女を驚かせないようにそっと忍び寄り、声をかけた。
「おい」
「!」
声もなく、ビクンと、少なく見積もって手のひら一枚分の高さ、彼女が跳び上がる。
(そんなに驚かなくともいいだろうが)
何となく面白くないエディだったが、パッと振り向いた彼女の大きく見開かれた目を真っ向から覗き込んでしまい、思わずたじろいだ。そうして、やっぱり似ている、と実感する。ルゥナの目は、先ほど窓から見た満天の星空そのものだ。まじまじ見つめられると、その中に吸い込まれてしまうような気がしてくる。
ルゥナは息を止めて目を丸くしたままエディを見つめており、一言も発しない。
彼女の目の呪縛を解くように瞬きをし、小さな咳払いを一つして、エディは口を開く。
「こんな時間に何やってんだ?」
思ったよりもぶっきらぼうな口調になってしまい、エディは内心で歯噛みする。これではまるで彼女を尋問しているようだ。
案の定、ルゥナはゆるゆると息を吐き出しながら、また視線を下げてしまう。
その夜空のような目が長い睫毛に半ば隠され、エディは苛立った。いや、それは、焦りに近いかもしれない。
何とかしなければ、と思ったら、また言葉が口を突いて出た。
「下を向くなよ、話をしてる時はひとの目をちゃんと見ろ」
ああ、違う、もっと丁寧に言うつもりだったのに、と思ってももう遅い。
ルゥナはまたまたビクリと肩を震わせて、それでも何とか顔を上げて真っ直ぐにエディの顔を見上げてきた。明らかに怯えている。
気さくに対応しているフロアールやサビエはもちろん、かなり風当たりがきついスクートにさえ、彼女はもう少し寛いでいる。エディに対する時だけこんなふうになるのは、きっと彼の態度が悪いのだろう。
(だからって、どうしたらいいってんだよ)
胸の中でそう呻きながら、彼はむっつりと少女を見下ろした。
エディはまだ成長途中でスクートやサビエのような体格ではないが、それでもルゥナは彼よりも頭半分は低い。全体的に華奢なせいか、実際の背丈よりも小さく見えた。フロアールよりも二、三、年上だろうと思っていたが、頼りなさげな風情は時に妹よりも幼く見える。
不意に何だか妙に穏やかな気持ちになって、エディは少し声を下げた。
「別に、怒ってるわけじゃないから。こんな時間にどうしたんだ? 何か足りないものでも?」
我ながら、優しげな声が出せたとエディは思う。だが、ルゥナは相変わらずはっきりしない。いつもお守りのように抱き締めている薄紅色の仔猫の代わりに、自分の手を固く握り合わせている。
「あ……の……」
口ごもる彼女に、エディは「穏やかに、穏やかに」と自分に言い聞かせながら、続ける。
「ちゃんと言われないと解からねぇよ。言葉にしないで理解されようと思うな」
きつく言い過ぎたか、とエディは思ったが、意外なことにルゥナに怯えた様子はなく、キョトンと目を丸くして彼を見つめていた。
「何だよ?」
「え、と、……いつもピシカやソワレは、わたしが何も言わなくても解かってくれたから……そう、だよね。解からない、よね」
ポツリポツリとこぼれる呟きは、まさに「今気が付いた」という風情だ。
言わずもがなのことに感動したように頷いているルゥナにも呆れたが、それよりも、エディは彼女の口からこぼれた耳慣れない名前に気を留めた。
「ソワレって、誰だ?」
「え?」
「今、ピシカとソワレって、言っただろ?」
「あ」
どうやらルゥナ自身はその名前を口にしたことに気付いていなかったらしい。わずかに迷うような素振りを見せた後、彼女は付け足した。
輾転とした末にムクリと起き出し、彼はそっと寝台を下りた。
スクートとサビエは右隣の部屋、フロアールとあの少女――ルゥナは左隣の部屋で寝ている筈だ。耳を澄ませてみても、どちらの部屋も静まり返っている。皆心地良い眠りの世界の住人になっているのだろう。
(少しうろついてみるか)
しばらく歩けば眠くなるかもしれないと、エディは扉を押し開けた。廊下には所々に灯りがともされており、月がなくとも充分に明るい。
特に目的もなく、エディはブラブラと歩き始めた。一定の間隔で設けられている窓の外には、鬱蒼と茂る木々の枝の間から、朔の闇空に無数の星々が瞬いているのが見える。何気なく外を覗きながら、彼は様々なことに思いを馳せた。
父や母は無事だろうか、国はどんな状態になっているのだろう、マギクと魔物に対する恨みつらみ、『印』には何の意味があるのだろう、そしてこれからいったいどうなっていくのか――。
そうしていて、ふとエディは、こうやってじっくりと何かを考えるのは国を出てから初めてのことだと気付く。旅の間は『考える』というよりも、ただ『思う』だけだった。
しかし、自分はあれこれグダグダものを考える性質ではないという自覚が、エディにはある。スクートやベリートに指摘されるとカチンとくるが、ちゃんと自覚はしている。
あんまり考え過ぎると、頭の中が何だかよく解からなくなってくるのだ。
考えるよりも、先に動く。エディにはその方が性に合っている。
だが、今は考えなければならないのだ。
「ああ、くそ」
ガシガシと頭をかきむしり、重いため息をついた、その時。
複雑に入り組んだ廊下の奥、縦横に交叉したところを何か白いものが横切った。通り過ぎかけて、エディは引き返す。
「あれは……」
翻った白い服の裾と長い白銀の髪の先の方しか見えなかったが、多分、いや間違いなく、あの少女だ。あんな髪の色は、そうはいない。
エディは小走りで廊下を進み、ルゥナが消えたところに急ぐ。曲がり角を覗き込んでみると、彼女はその先の分岐点でキョロキョロと左右を見比べていた。
不安そうなその横顔を見ていると、早く助けてやりたいような、その困り顔をもっと困らせてやりたいような、奇妙な気分になる。フロアールが困っていれば、エディは一も二もなく助けに入る。いや、自分よりも弱い者に対しては、誰であろうとすぐに手を伸ばしてやってきた。
(別に嫌いなわけじゃないのに……)
ベリートやスクートに対しては時々悪戯を仕掛けたくなることがあるが、それとはまた少し違う。
自分の中の理解不能な感情に困惑しながら、エディは彼女を驚かせないようにそっと忍び寄り、声をかけた。
「おい」
「!」
声もなく、ビクンと、少なく見積もって手のひら一枚分の高さ、彼女が跳び上がる。
(そんなに驚かなくともいいだろうが)
何となく面白くないエディだったが、パッと振り向いた彼女の大きく見開かれた目を真っ向から覗き込んでしまい、思わずたじろいだ。そうして、やっぱり似ている、と実感する。ルゥナの目は、先ほど窓から見た満天の星空そのものだ。まじまじ見つめられると、その中に吸い込まれてしまうような気がしてくる。
ルゥナは息を止めて目を丸くしたままエディを見つめており、一言も発しない。
彼女の目の呪縛を解くように瞬きをし、小さな咳払いを一つして、エディは口を開く。
「こんな時間に何やってんだ?」
思ったよりもぶっきらぼうな口調になってしまい、エディは内心で歯噛みする。これではまるで彼女を尋問しているようだ。
案の定、ルゥナはゆるゆると息を吐き出しながら、また視線を下げてしまう。
その夜空のような目が長い睫毛に半ば隠され、エディは苛立った。いや、それは、焦りに近いかもしれない。
何とかしなければ、と思ったら、また言葉が口を突いて出た。
「下を向くなよ、話をしてる時はひとの目をちゃんと見ろ」
ああ、違う、もっと丁寧に言うつもりだったのに、と思ってももう遅い。
ルゥナはまたまたビクリと肩を震わせて、それでも何とか顔を上げて真っ直ぐにエディの顔を見上げてきた。明らかに怯えている。
気さくに対応しているフロアールやサビエはもちろん、かなり風当たりがきついスクートにさえ、彼女はもう少し寛いでいる。エディに対する時だけこんなふうになるのは、きっと彼の態度が悪いのだろう。
(だからって、どうしたらいいってんだよ)
胸の中でそう呻きながら、彼はむっつりと少女を見下ろした。
エディはまだ成長途中でスクートやサビエのような体格ではないが、それでもルゥナは彼よりも頭半分は低い。全体的に華奢なせいか、実際の背丈よりも小さく見えた。フロアールよりも二、三、年上だろうと思っていたが、頼りなさげな風情は時に妹よりも幼く見える。
不意に何だか妙に穏やかな気持ちになって、エディは少し声を下げた。
「別に、怒ってるわけじゃないから。こんな時間にどうしたんだ? 何か足りないものでも?」
我ながら、優しげな声が出せたとエディは思う。だが、ルゥナは相変わらずはっきりしない。いつもお守りのように抱き締めている薄紅色の仔猫の代わりに、自分の手を固く握り合わせている。
「あ……の……」
口ごもる彼女に、エディは「穏やかに、穏やかに」と自分に言い聞かせながら、続ける。
「ちゃんと言われないと解からねぇよ。言葉にしないで理解されようと思うな」
きつく言い過ぎたか、とエディは思ったが、意外なことにルゥナに怯えた様子はなく、キョトンと目を丸くして彼を見つめていた。
「何だよ?」
「え、と、……いつもピシカやソワレは、わたしが何も言わなくても解かってくれたから……そう、だよね。解からない、よね」
ポツリポツリとこぼれる呟きは、まさに「今気が付いた」という風情だ。
言わずもがなのことに感動したように頷いているルゥナにも呆れたが、それよりも、エディは彼女の口からこぼれた耳慣れない名前に気を留めた。
「ソワレって、誰だ?」
「え?」
「今、ピシカとソワレって、言っただろ?」
「あ」
どうやらルゥナ自身はその名前を口にしたことに気付いていなかったらしい。わずかに迷うような素振りを見せた後、彼女は付け足した。
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