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第三章:助力を求めて
重圧②
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「落ち着け、エデストル」
正しき名前を口にしたラープスに、エディは更に数歩詰め寄る。
「落ち着いてなんていられるか! 今すぐ、あいつらを倒す! もうこれ以上待てるもんか! 父上の仇を取って、母上を取り戻す!」
口から泡を飛ばす勢いでがなり立てるエディを見るラープスの目が、スッと狭まった。
「余は、無駄なことはせぬ」
「……無駄?」
エディは、ヒクリと喉を引きつらせる。
「費やすものに見合った成果を得られぬことをするのは、無駄以外の何ものでもない。違うか?」
「父上や皆の仇を取って母上を取り返すのは正しい事だ! 俺は、正しい事をしようとしている!」
「それは、そなたにとって、正しい事だ。そなたにとってだけ、な。トルベスタにとっては益がない」
「そんな!」
ギリギリと歯軋りをしながらエディはラープスを睨み付けた。
火を吹きそうなエディとは対照的に冷え切っているラープス。彼の様はさながら風一つない湖面のようだ。
トルベスタの王は、淡々と続ける。
「マギ王が何を考えているのかは解からぬが、現状ではマギクと魔物の両方を相手にすることになるだろう。魔物は妙に統制が取れていると聞いている。ただの化け物の集団とは考えにくいのだ。魔物どもに知性があるのか、それとも、奴らをまとめ上げている存在があるのか――もしもそうであれば、マギクと魔物が手を組み更に侵攻してくるという可能性もある」
「だったら、尚更今のうちに叩いておいた方が――」
「戦力的にそれは正しい選択ではないな。魔物と魔法兵を相手に我が弓国だけでは圧倒的に不利だ。レジール王の二の舞になる」
ラープスの言葉は冷静で的確だった。エディは反論するすべもなく押し黙る。彼の中では、ラープスが正しいと頷く理性と、それでも我を通そうとする感情とがせめぎ合っていた。
固めた拳を震わせるエディを見るラープスの眼差しが、ふっと和らぐ。
「エデストル、シュリータへ向かうのだ」
「え?」
「魔物の襲来は、このルニア全体の危機になりつつある――かつて邪神によってもたらされた災厄のように」
「邪神?」
エディは眉をひそめてラープスを見た。彼は小さく頷き、続ける。
「そうだ。邪神についての記録が残されていれば、もう少しはっきりとしたことが言えるのだが、何しろ口伝しか残されておらぬからな。災厄がどのようなものであったのかは不明だが、あの孤島から始まったということは確かだ。そして、今回の魔物も、あの孤島から現れている。――これは偶然だと言ってよい事か?」
「それは……」
「長い間、あの島には誰も立ち入っておらず、あの島からこのルニア大陸に訪れた者もいない。あの島の内情を知る者は、誰もいない」
「だからと言って、邪神だなんて……」
「有り得ぬか?」
問われて、エディは口を噤む。
半ばお伽噺に過ぎないと思っていたものを目の前に突然突き付けられても、はいそうですかと頷けやしない。
黙り込んだエディに、ラープスは唇を歪めた。
「余とて確信しているわけではない。だが、一考の余地はあるだろう? 少なくともルニアの危機であり、英雄の末裔が集うべきではなかろうか」
「英雄の末裔……」
それは即ち、『印』を持つ者たちだ。だが、シュリータとヤンダルムは興味を持たないだろう。
エディのその考えを読んだように、ラープスが頷く。
「ディアンナ殿から援軍の要請を受けた時、余からもシュリータとヤンダルムに書簡を送った。いずれも、そんな余裕はない、という返事だったがな」
ラープスは微かに笑い、すぐにまた表情を引き締めた。
「もう一度、今度はそなたが話をしに行くのだ。エデストルの代表として、そして『印』を持つ者として」
「俺が、ですか?」
ラープスが説き伏せられなかったものを、若輩のエディにこなせるとも思えない。だが、ラープスは深く顎を引く。
「そうだ」
「ですが――」
「私怨を晴らすことが、王の為すべきことではないだろう?」
「王?」
「レジール亡き後、そなたがエデストルの王だ」
ハッと、エディが息を呑む。
「そなたは、王だ」
ラープスは繰り返した。真っ直ぐにエディを見つめながら。
「エディ、怒りを捨てろとは言わぬ。だが、王としての自覚を持て。今は、判断を狂わせる感情は胸の奥底に閉じ込めておくのだ」
「ラープス王……」
「まずはシュリータに行くがよい。シュリータとヤンダルムは常に小競り合いをしている。互いしか目に入っておらぬのだ。ヤンダルムは気性が荒く、恐らく聞く耳を持つまい。先にシュリータを説き伏せヤンダルムとの戦いを止めさせ、シュリータと共にヤンダルムを説得しろ」
そんなことが自分にできるとは、エディには思えなかった。
口を開こうとした彼に、ラープスが先回りをする。
「余からも書簡がある」
その言葉でサルキーが音もなく動き、二つの包みをエディに差し出してきた。戸惑いながらも彼はそれを受け取り、握り締める。
「よいか、エディ――いや、エデストル王よ。そなたには、守り、導くべきものがたくさんある。それを忘れるな」
そう言ったラープスの目にあるのは、すでに『友人レジールの息子』に向ける色ではなかった。彼はエディをエデストルの王として見ているのだ。
「俺は……」
エディは両肩にずしりとのしかかってきた重みに言葉を失う。このトルベスタに着くまで、彼が考えていたのはとにかく父と母を助けることだけだった。そうすれば、また全て元に戻せるのだと、そう思っていた。
だが――レジールはもういない。
(王……? 俺が……?)
そう考えた瞬間、エディの身体がブルリと震える。
その重圧に、渦巻く恨みつらみも一瞬遠のいた。
ここに来たのも、国を取り戻す為の助力を得る為だったのに。
ただ、兵を借りれば国を、父を取り戻せると思っていた。
「今晩はここで休み、明日の朝早々に出立するがいい。時間は、あまりないぞ」
ラープスがそう告げる。
「はい……」
頷きながらも、エディは強大な流れに押しやられていくような無力感を覚えていた。
正しき名前を口にしたラープスに、エディは更に数歩詰め寄る。
「落ち着いてなんていられるか! 今すぐ、あいつらを倒す! もうこれ以上待てるもんか! 父上の仇を取って、母上を取り戻す!」
口から泡を飛ばす勢いでがなり立てるエディを見るラープスの目が、スッと狭まった。
「余は、無駄なことはせぬ」
「……無駄?」
エディは、ヒクリと喉を引きつらせる。
「費やすものに見合った成果を得られぬことをするのは、無駄以外の何ものでもない。違うか?」
「父上や皆の仇を取って母上を取り返すのは正しい事だ! 俺は、正しい事をしようとしている!」
「それは、そなたにとって、正しい事だ。そなたにとってだけ、な。トルベスタにとっては益がない」
「そんな!」
ギリギリと歯軋りをしながらエディはラープスを睨み付けた。
火を吹きそうなエディとは対照的に冷え切っているラープス。彼の様はさながら風一つない湖面のようだ。
トルベスタの王は、淡々と続ける。
「マギ王が何を考えているのかは解からぬが、現状ではマギクと魔物の両方を相手にすることになるだろう。魔物は妙に統制が取れていると聞いている。ただの化け物の集団とは考えにくいのだ。魔物どもに知性があるのか、それとも、奴らをまとめ上げている存在があるのか――もしもそうであれば、マギクと魔物が手を組み更に侵攻してくるという可能性もある」
「だったら、尚更今のうちに叩いておいた方が――」
「戦力的にそれは正しい選択ではないな。魔物と魔法兵を相手に我が弓国だけでは圧倒的に不利だ。レジール王の二の舞になる」
ラープスの言葉は冷静で的確だった。エディは反論するすべもなく押し黙る。彼の中では、ラープスが正しいと頷く理性と、それでも我を通そうとする感情とがせめぎ合っていた。
固めた拳を震わせるエディを見るラープスの眼差しが、ふっと和らぐ。
「エデストル、シュリータへ向かうのだ」
「え?」
「魔物の襲来は、このルニア全体の危機になりつつある――かつて邪神によってもたらされた災厄のように」
「邪神?」
エディは眉をひそめてラープスを見た。彼は小さく頷き、続ける。
「そうだ。邪神についての記録が残されていれば、もう少しはっきりとしたことが言えるのだが、何しろ口伝しか残されておらぬからな。災厄がどのようなものであったのかは不明だが、あの孤島から始まったということは確かだ。そして、今回の魔物も、あの孤島から現れている。――これは偶然だと言ってよい事か?」
「それは……」
「長い間、あの島には誰も立ち入っておらず、あの島からこのルニア大陸に訪れた者もいない。あの島の内情を知る者は、誰もいない」
「だからと言って、邪神だなんて……」
「有り得ぬか?」
問われて、エディは口を噤む。
半ばお伽噺に過ぎないと思っていたものを目の前に突然突き付けられても、はいそうですかと頷けやしない。
黙り込んだエディに、ラープスは唇を歪めた。
「余とて確信しているわけではない。だが、一考の余地はあるだろう? 少なくともルニアの危機であり、英雄の末裔が集うべきではなかろうか」
「英雄の末裔……」
それは即ち、『印』を持つ者たちだ。だが、シュリータとヤンダルムは興味を持たないだろう。
エディのその考えを読んだように、ラープスが頷く。
「ディアンナ殿から援軍の要請を受けた時、余からもシュリータとヤンダルムに書簡を送った。いずれも、そんな余裕はない、という返事だったがな」
ラープスは微かに笑い、すぐにまた表情を引き締めた。
「もう一度、今度はそなたが話をしに行くのだ。エデストルの代表として、そして『印』を持つ者として」
「俺が、ですか?」
ラープスが説き伏せられなかったものを、若輩のエディにこなせるとも思えない。だが、ラープスは深く顎を引く。
「そうだ」
「ですが――」
「私怨を晴らすことが、王の為すべきことではないだろう?」
「王?」
「レジール亡き後、そなたがエデストルの王だ」
ハッと、エディが息を呑む。
「そなたは、王だ」
ラープスは繰り返した。真っ直ぐにエディを見つめながら。
「エディ、怒りを捨てろとは言わぬ。だが、王としての自覚を持て。今は、判断を狂わせる感情は胸の奥底に閉じ込めておくのだ」
「ラープス王……」
「まずはシュリータに行くがよい。シュリータとヤンダルムは常に小競り合いをしている。互いしか目に入っておらぬのだ。ヤンダルムは気性が荒く、恐らく聞く耳を持つまい。先にシュリータを説き伏せヤンダルムとの戦いを止めさせ、シュリータと共にヤンダルムを説得しろ」
そんなことが自分にできるとは、エディには思えなかった。
口を開こうとした彼に、ラープスが先回りをする。
「余からも書簡がある」
その言葉でサルキーが音もなく動き、二つの包みをエディに差し出してきた。戸惑いながらも彼はそれを受け取り、握り締める。
「よいか、エディ――いや、エデストル王よ。そなたには、守り、導くべきものがたくさんある。それを忘れるな」
そう言ったラープスの目にあるのは、すでに『友人レジールの息子』に向ける色ではなかった。彼はエディをエデストルの王として見ているのだ。
「俺は……」
エディは両肩にずしりとのしかかってきた重みに言葉を失う。このトルベスタに着くまで、彼が考えていたのはとにかく父と母を助けることだけだった。そうすれば、また全て元に戻せるのだと、そう思っていた。
だが――レジールはもういない。
(王……? 俺が……?)
そう考えた瞬間、エディの身体がブルリと震える。
その重圧に、渦巻く恨みつらみも一瞬遠のいた。
ここに来たのも、国を取り戻す為の助力を得る為だったのに。
ただ、兵を借りれば国を、父を取り戻せると思っていた。
「今晩はここで休み、明日の朝早々に出立するがいい。時間は、あまりないぞ」
ラープスがそう告げる。
「はい……」
頷きながらも、エディは強大な流れに押しやられていくような無力感を覚えていた。
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