57 / 113
第五章:それぞれの思い
体温①
しおりを挟む
「ねえ、ピシカ」
エデストルとルゥナが連れ立って部屋を出て行った後、やんわりとした声で名前を呼ばれて、ピシカは顔を上げた。
声の主は、弓の使い手トルベスタだ。
「何?」
ピシカは床を蹴って寝台の上に跳び上がり、彼と目を合わせる。
何か異議や質問が出るとしたらトルベスタからだろうと、ピシカは思っていた。予想通りの展開に、前足を揃えて座って続く彼の言葉を待ち受ける。
トルベスタはのんびりとした口調で切り出した。
「まあ、なんで邪神がこの世界に現れたのかとか、なんで君が僕たちを助けようとしてくれるのかとか、疑問は色々あるんだけどね。率先して話してくれなかったっていうことは教える気がないのかな、とも思うんだけど……」
そこでニコリと微笑む。だが、笑みの形を作ったのは頬から下だけで、その目はピシカを貫くような鋭さを帯びていた。そんな眼差しを澄まして受け止め、ピシカはツンと鼻先を上げる。
「なら、訊く必要はないんじゃないの?」
「まあね。でも、一つだけ、どうしても確かめておきたいことがあるんだな」
「……何?」
トルベスタが一つだけ、と言うならば、その答えを手に入れるまで、きっと簡単には引き下がらないのだろう。
ピシカは微かに目を細めて、首をかしげる。
「ルゥナを、どんなふうに使う気なんだい?」
「どんなふうにって、どういう意味?」
トルベスタが言わんとしていることは、察しがついていた。けれど、どういう意味? と言わんばかりにピシカはパチリと大きく瞬きをする。それに応じて、トルベスタもニッコリと笑顔になった。
「そうだね、たとえば生贄にするとか?」
「生贄? まさか! 生贄ってことは、あの子が死ぬってことでしょう? それは有り得ないわ」
「へえ?」
即座に否定したピシカを、トルベスタはいかにも疑わしげに見つめてくる。
彼女はあからさまなため息をついて、髭を震わせた。そして、答える。
「だって、あの子は死なないもの」
「え?」
さらりと告げたピシカの返事に、その場の一同が揃って眉をひそめる。
「死なないって……でも、ルゥナは人間よね? 人間は皆死ぬものよ?」
フロアールが微かに身震いをして、言う。
ピシカはグルリと皆を見渡した。
「確かにルゥナはこの世界の人間だけど、死なないのよ。まあ、百の欠片に刻んですり潰すなり火にくべるなりしたら判らないけど、そうね、腕とかがもげたとしても、しばらくくっ付けとけばまたつながるわ」
「ウソ……」
「ホント。元々あの子の治癒能力はけた外れだったけど、それをアタシが増幅したから」
その時、「あ」とサビエが声をあげる。
「そういや、最初に彼女を見つけた時、服の腹の所にでっかい穴が開いてたよな。前と後ろに。あれって……」
「そう、アンタの腕くらいの太さの枝が貫いた痕。結構血も出てたし、普通なら死んでるんじゃない?」
「でも、ルゥナのお腹に、そんな傷なんて残ってないわ……」
ひげをヒクつかせながらのピシカの言葉に、フロアールが呆然と呟いた。
「そ、きれいさっぱり消えちゃうの。あれは、確か、怪我してから二日くらい経った頃だったかしら。アンタたちと合流したのは」
「二日……」
「意識なかったから、あの子が意図して力を使ったわけじゃないわよ。放っておいたら、治るのよ」
「でも、そんなの聞いたことないわ。癒しの術も使わず、勝手に死にそうなほどの傷が癒されるだなんて……」
「まあ、そこがルゥナの力の一番特殊なところかもね」
「だけど、仮に殺そうとしても死なないんだとしても、邪神封じにあの子がどう関わってくるってんだ?」
そう訊いてきたのはサビエだ。
ピシカは、答えようかどうしようか、一瞬迷う。迷って、結局答える方に決めた。
「……あの子の中に、邪神を閉じ込めるのよ」
「中に!? そんなことして大丈夫なのかよ」
「言ったでしょ? 邪神の力は、生き物を変質させるって。ルゥナは唯一、それを治すことができるの。アタシが力を強める前から、できてたわ。……他にもそれだけの治癒能力を持つのがいるのかもしれないけど、少なくともこの二百年のうちに見つけたのはあの子一人ね。まあ、かなり消耗するみたいだけど。今はアタシの『印』で力が増してるから、そんなに苦も無くできる筈よ。あの子が望めば、普通に暮らしていくことだってできるわ」
「本当に?」
心の底から案じている色を浮かべて、フロアールが念を押してくる。
ピシカはピンと耳を震わせ、頷いた。
「ホント」
それは、事実だ。
だが、まだ隠していることもある。
(もしも全部話したら、こいつらは何て言うのかしら?)
そんなの絶対に許されないと言うのだろうか。それとも、死にはしないのだからと、受け入れる?
多分、後者なのだろう。
自分達の平穏がかかっているのだから、多少は渋って見せるかもしれないけれど、結局は他に手がないならば、と言うに違いない。
(所詮、我が身が一番なのよね)
みんな、同じだわ。
心の中で嘲って、ピシカは心配そうな色を浮かべている面々を見回した。そう、ルゥナを案じているように見えても、それは自分の身が安泰なうちだけだ。他に手がないとなれば、はいどうぞと彼女を差し出すのだろう。
トルベスタと目が合うと、彼はわずかに目を細めた。
「君が真実を言っているっていう保証は、どこにあるのかな」
「それは、もう信じてもらうしかないわね。アタシは隠し事はするけど、嘘はつかないわ」
トルベスタの鋭い眼差しを真っ向から受けて、ピシカはケロリとそう答える。彼はピシカの心の中を見通そうとしているかのように、ジッと彼女に視線を注いでいた。
やがて、トルベスタがホッと小さな息をつく。
「まあ、今のところは、仕方がないか」
彼が肩をすくめてそう言った。と思ったら、それまでの笑みを掻き消して、ピシカを見据えてきた。
「いずれ、全部話してもらうよ? 僕は女の子の犠牲の上に世界を救う気はないし、エディはもっとそう思っている筈だよ。……じゃあ、バニーク、僕たちは部屋に下がろうか。フロアール、良い夢を。スクートとサビエもお疲れさま。ルゥナにもお休みって言っておいてよ」
今度はいつものような優しげな笑みを浮かべて皆にそう言うと、後はピシカに一瞥も寄越すことなく部屋を出て行った。
その背中を、ピシカは冷ややかな眼差しで見送る。
(何よ。それこそ、今だけのくせに。本当のことを知ったからって、どうしようもないんだから)
胸の中でそう呟くと、残った三人の物言いたげな視線が注がれているのを無視して、ピシカは枕の脇に丸まり目を閉じた。
エデストルとルゥナが連れ立って部屋を出て行った後、やんわりとした声で名前を呼ばれて、ピシカは顔を上げた。
声の主は、弓の使い手トルベスタだ。
「何?」
ピシカは床を蹴って寝台の上に跳び上がり、彼と目を合わせる。
何か異議や質問が出るとしたらトルベスタからだろうと、ピシカは思っていた。予想通りの展開に、前足を揃えて座って続く彼の言葉を待ち受ける。
トルベスタはのんびりとした口調で切り出した。
「まあ、なんで邪神がこの世界に現れたのかとか、なんで君が僕たちを助けようとしてくれるのかとか、疑問は色々あるんだけどね。率先して話してくれなかったっていうことは教える気がないのかな、とも思うんだけど……」
そこでニコリと微笑む。だが、笑みの形を作ったのは頬から下だけで、その目はピシカを貫くような鋭さを帯びていた。そんな眼差しを澄まして受け止め、ピシカはツンと鼻先を上げる。
「なら、訊く必要はないんじゃないの?」
「まあね。でも、一つだけ、どうしても確かめておきたいことがあるんだな」
「……何?」
トルベスタが一つだけ、と言うならば、その答えを手に入れるまで、きっと簡単には引き下がらないのだろう。
ピシカは微かに目を細めて、首をかしげる。
「ルゥナを、どんなふうに使う気なんだい?」
「どんなふうにって、どういう意味?」
トルベスタが言わんとしていることは、察しがついていた。けれど、どういう意味? と言わんばかりにピシカはパチリと大きく瞬きをする。それに応じて、トルベスタもニッコリと笑顔になった。
「そうだね、たとえば生贄にするとか?」
「生贄? まさか! 生贄ってことは、あの子が死ぬってことでしょう? それは有り得ないわ」
「へえ?」
即座に否定したピシカを、トルベスタはいかにも疑わしげに見つめてくる。
彼女はあからさまなため息をついて、髭を震わせた。そして、答える。
「だって、あの子は死なないもの」
「え?」
さらりと告げたピシカの返事に、その場の一同が揃って眉をひそめる。
「死なないって……でも、ルゥナは人間よね? 人間は皆死ぬものよ?」
フロアールが微かに身震いをして、言う。
ピシカはグルリと皆を見渡した。
「確かにルゥナはこの世界の人間だけど、死なないのよ。まあ、百の欠片に刻んですり潰すなり火にくべるなりしたら判らないけど、そうね、腕とかがもげたとしても、しばらくくっ付けとけばまたつながるわ」
「ウソ……」
「ホント。元々あの子の治癒能力はけた外れだったけど、それをアタシが増幅したから」
その時、「あ」とサビエが声をあげる。
「そういや、最初に彼女を見つけた時、服の腹の所にでっかい穴が開いてたよな。前と後ろに。あれって……」
「そう、アンタの腕くらいの太さの枝が貫いた痕。結構血も出てたし、普通なら死んでるんじゃない?」
「でも、ルゥナのお腹に、そんな傷なんて残ってないわ……」
ひげをヒクつかせながらのピシカの言葉に、フロアールが呆然と呟いた。
「そ、きれいさっぱり消えちゃうの。あれは、確か、怪我してから二日くらい経った頃だったかしら。アンタたちと合流したのは」
「二日……」
「意識なかったから、あの子が意図して力を使ったわけじゃないわよ。放っておいたら、治るのよ」
「でも、そんなの聞いたことないわ。癒しの術も使わず、勝手に死にそうなほどの傷が癒されるだなんて……」
「まあ、そこがルゥナの力の一番特殊なところかもね」
「だけど、仮に殺そうとしても死なないんだとしても、邪神封じにあの子がどう関わってくるってんだ?」
そう訊いてきたのはサビエだ。
ピシカは、答えようかどうしようか、一瞬迷う。迷って、結局答える方に決めた。
「……あの子の中に、邪神を閉じ込めるのよ」
「中に!? そんなことして大丈夫なのかよ」
「言ったでしょ? 邪神の力は、生き物を変質させるって。ルゥナは唯一、それを治すことができるの。アタシが力を強める前から、できてたわ。……他にもそれだけの治癒能力を持つのがいるのかもしれないけど、少なくともこの二百年のうちに見つけたのはあの子一人ね。まあ、かなり消耗するみたいだけど。今はアタシの『印』で力が増してるから、そんなに苦も無くできる筈よ。あの子が望めば、普通に暮らしていくことだってできるわ」
「本当に?」
心の底から案じている色を浮かべて、フロアールが念を押してくる。
ピシカはピンと耳を震わせ、頷いた。
「ホント」
それは、事実だ。
だが、まだ隠していることもある。
(もしも全部話したら、こいつらは何て言うのかしら?)
そんなの絶対に許されないと言うのだろうか。それとも、死にはしないのだからと、受け入れる?
多分、後者なのだろう。
自分達の平穏がかかっているのだから、多少は渋って見せるかもしれないけれど、結局は他に手がないならば、と言うに違いない。
(所詮、我が身が一番なのよね)
みんな、同じだわ。
心の中で嘲って、ピシカは心配そうな色を浮かべている面々を見回した。そう、ルゥナを案じているように見えても、それは自分の身が安泰なうちだけだ。他に手がないとなれば、はいどうぞと彼女を差し出すのだろう。
トルベスタと目が合うと、彼はわずかに目を細めた。
「君が真実を言っているっていう保証は、どこにあるのかな」
「それは、もう信じてもらうしかないわね。アタシは隠し事はするけど、嘘はつかないわ」
トルベスタの鋭い眼差しを真っ向から受けて、ピシカはケロリとそう答える。彼はピシカの心の中を見通そうとしているかのように、ジッと彼女に視線を注いでいた。
やがて、トルベスタがホッと小さな息をつく。
「まあ、今のところは、仕方がないか」
彼が肩をすくめてそう言った。と思ったら、それまでの笑みを掻き消して、ピシカを見据えてきた。
「いずれ、全部話してもらうよ? 僕は女の子の犠牲の上に世界を救う気はないし、エディはもっとそう思っている筈だよ。……じゃあ、バニーク、僕たちは部屋に下がろうか。フロアール、良い夢を。スクートとサビエもお疲れさま。ルゥナにもお休みって言っておいてよ」
今度はいつものような優しげな笑みを浮かべて皆にそう言うと、後はピシカに一瞥も寄越すことなく部屋を出て行った。
その背中を、ピシカは冷ややかな眼差しで見送る。
(何よ。それこそ、今だけのくせに。本当のことを知ったからって、どうしようもないんだから)
胸の中でそう呟くと、残った三人の物言いたげな視線が注がれているのを無視して、ピシカは枕の脇に丸まり目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる