ジア戦記

トウリン

文字の大きさ
74 / 133
第二章:大いなる冬の訪れ

国を想う者①

しおりを挟む
 大きな謁見室の扉の前に立ち、フリージアは深呼吸を数回繰り返す。

 ソルは後日紹介することにして、エイルと共にロウグの屋敷に置いてきた。ロキスも城に入ると早々に姿を消して、今は彼女とオルディンの二人きりだ。

 王都グランディアはぐるりと壁に囲まれていて、東西南北に通用門がある。そこの門番に走ってもらって城には彼女達の到着を伝えてあるから、謁見室にはいつもの面々が揃っている筈だ。

 刺客に狙われたのはフリージアの所為ではないとは言え、大いに心配はかけてしまったし、予定の日程も大幅に超えてしまっている。サーガの嘆きやらミミルの嫌味やら、きっと盛り沢山なことだろう。

「うう……入りたくない……」
 呟いたフリージアの頭をオルディンが小突く。
「諦めろ。嫌なことはさっさと済ませてしまった方が楽だぞ」
「そうなんだけどさぁ……」

 ぼやいて、フリージアはもう一度深呼吸という名のため息をついた。そうして、意を決して扉に手のひらを押し当てる。

「ただ今戻りました」

 声をかけながら中に入ったフリージアの目に真っ先に入ってきたのは、椅子から立ち上がり駆け寄ってくるサーガの姿だった。

 ――あ、まずい。

 そう思って身構えるも、殆ど体格が変わらない王妃が跳び付いてくる勢いには勝てなかった。後ろに倒れ込みそうになったフリージアを、サーガもろともオルディンが支える。

「ああ、もう、貴女って子は、本当に、もう……」

 耳元で聞こえるサーガの声は、震えている。彼女の細腕のどこにそれほどの力があるのかと思うほどきつく締め付けられながら、フリージアはいたたまれない気持ちでいっぱいになった。

「あの、ごめんなさい、本当に。あたしもこんな予定じゃなかったんですけど……」

 フリージアの台詞に、サーガがバッと身体を離す。空色の目は濡れて煌めき、その上の優美な眉はキリリと吊り上げられていた。

「当たり前です! 先にわかっていたのなら、絶対に行かせはしなくてよ? 本当に、無事で良かった……」
「サーガ様……」
 その言葉と共に、サーガのまろやかな頬を透明な滴がいくつも転がり落ちていく。

 優しい笑みしか見せたことのない彼女の涙に、フリージアの胸は痛いほどに締め付けられた。この半年、常に誰かに心配をかけているような気がする。

「本当に、ごめんなさい」

 フリージアの声に心の底からの気持ちが含まれていることが通じたのか、サーガの口元が微かに緩んだ。

「もう……でも、きっと、また貴女はわたくしに心配をかけてよ。ゲルダ様がそうでしたもの。――あの方は、戻ってきてくださらなかった……」
 王妃の台詞は次第に囁きのようになり、彼女の口の中に消えていく。
「サーガ様」

 もう二度と心配はかけません――そう言えたらいいのにと思いながら、フリージアはサーガの頬に伝う涙を見つめた。

「さて、王妃様。そろそろよろしいですかな?」
 二人の抱擁に割り込んだのは、ミミルの声だ。
「あら、ごめんあそばせ」

 いつも通りに生真面目な顔をしている老宰相にそう返すと、サーガはフリージアに回していた腕を解き、ふわりと裾を翻してゆっくりと王の隣へと戻っていく。と、フリージアは、彼女の細腰に見慣れぬものを認めて首をかしげた。そこに提げられているのは、短剣だ。今までサーガがそんな物を持っていたことはなかった気がするのだが。

 怪訝に思っていたフリージアだったが、ミミルに声をかけられそちらに意識を向ける。

「ロウグ将軍、報告を。あなたを襲った者はどのようないでたちでした?」

 ミミルの問いに、サーガがピタリと足を止めた。ちょうど、ビグヴィルとスキルナが控えている位置だ。二人に話でもあるのだろうかと横目で見つつ、フリージアは宰相に答える。

「黒い服を着ていて……あたしがここに――グランディアに来る前に襲ってきた奴らと同じだった」
「ふむ」
「一回目は、すぐに引いていったんだ。多分、あたしに毒を食らわせたからだと思うんだけど……二日後に戻ってきた時は、何が何でも今すぐ息の根止めてやるって感じだった」
「二度目の時には、急ぐ理由があったというわけですか」
「そんな感じ」

 ミミルに答えながら、フリージアはまたサーガに目をやる。彼女は相変わらず立ち止まったままで、今はビグヴィルたちの方を――父親のスキルナを、ジッと見つめていた。彼もまた、穏やかな眼差しで娘を見返している。

「それで、ご自身を狙う者に心当たりは?」
「ええっと……」

 心当たりは、フリージアにはある。だが、今はそれを口にしたくない。できたらその相手と二人きりで話し合いたかったのだ。

 ここで糾弾すれば、取り返しがつかなくなる。黒幕が彼女の思っている人物だとしたら、その根底にあるのはきっと国を想う心だ。それならば、ちゃんと話をすれば全てなかったことにして手を取り合える筈だった。

「ロウグ将軍?」

 促すように、ミミルがフリージアを呼ぶ。その目は炯々と光り、殆ど彼女に挑みかかっているようだ。
 どうやってこの場をしのごうかと視線を彷徨わせたフリージアの視界に、とんでもない光景が入ってくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...