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第二章:大いなる冬の訪れ
国を想う者①
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大きな謁見室の扉の前に立ち、フリージアは深呼吸を数回繰り返す。
ソルは後日紹介することにして、エイルと共にロウグの屋敷に置いてきた。ロキスも城に入ると早々に姿を消して、今は彼女とオルディンの二人きりだ。
王都グランディアはぐるりと壁に囲まれていて、東西南北に通用門がある。そこの門番に走ってもらって城には彼女達の到着を伝えてあるから、謁見室にはいつもの面々が揃っている筈だ。
刺客に狙われたのはフリージアの所為ではないとは言え、大いに心配はかけてしまったし、予定の日程も大幅に超えてしまっている。サーガの嘆きやらミミルの嫌味やら、きっと盛り沢山なことだろう。
「うう……入りたくない……」
呟いたフリージアの頭をオルディンが小突く。
「諦めろ。嫌なことはさっさと済ませてしまった方が楽だぞ」
「そうなんだけどさぁ……」
ぼやいて、フリージアはもう一度深呼吸という名のため息をついた。そうして、意を決して扉に手のひらを押し当てる。
「ただ今戻りました」
声をかけながら中に入ったフリージアの目に真っ先に入ってきたのは、椅子から立ち上がり駆け寄ってくるサーガの姿だった。
――あ、まずい。
そう思って身構えるも、殆ど体格が変わらない王妃が跳び付いてくる勢いには勝てなかった。後ろに倒れ込みそうになったフリージアを、サーガもろともオルディンが支える。
「ああ、もう、貴女って子は、本当に、もう……」
耳元で聞こえるサーガの声は、震えている。彼女の細腕のどこにそれほどの力があるのかと思うほどきつく締め付けられながら、フリージアはいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
「あの、ごめんなさい、本当に。あたしもこんな予定じゃなかったんですけど……」
フリージアの台詞に、サーガがバッと身体を離す。空色の目は濡れて煌めき、その上の優美な眉はキリリと吊り上げられていた。
「当たり前です! 先にわかっていたのなら、絶対に行かせはしなくてよ? 本当に、無事で良かった……」
「サーガ様……」
その言葉と共に、サーガのまろやかな頬を透明な滴がいくつも転がり落ちていく。
優しい笑みしか見せたことのない彼女の涙に、フリージアの胸は痛いほどに締め付けられた。この半年、常に誰かに心配をかけているような気がする。
「本当に、ごめんなさい」
フリージアの声に心の底からの気持ちが含まれていることが通じたのか、サーガの口元が微かに緩んだ。
「もう……でも、きっと、また貴女はわたくしに心配をかけてよ。ゲルダ様がそうでしたもの。――あの方は、戻ってきてくださらなかった……」
王妃の台詞は次第に囁きのようになり、彼女の口の中に消えていく。
「サーガ様」
もう二度と心配はかけません――そう言えたらいいのにと思いながら、フリージアはサーガの頬に伝う涙を見つめた。
「さて、王妃様。そろそろよろしいですかな?」
二人の抱擁に割り込んだのは、ミミルの声だ。
「あら、ごめんあそばせ」
いつも通りに生真面目な顔をしている老宰相にそう返すと、サーガはフリージアに回していた腕を解き、ふわりと裾を翻してゆっくりと王の隣へと戻っていく。と、フリージアは、彼女の細腰に見慣れぬものを認めて首をかしげた。そこに提げられているのは、短剣だ。今までサーガがそんな物を持っていたことはなかった気がするのだが。
怪訝に思っていたフリージアだったが、ミミルに声をかけられそちらに意識を向ける。
「ロウグ将軍、報告を。あなたを襲った者はどのようないでたちでした?」
ミミルの問いに、サーガがピタリと足を止めた。ちょうど、ビグヴィルとスキルナが控えている位置だ。二人に話でもあるのだろうかと横目で見つつ、フリージアは宰相に答える。
「黒い服を着ていて……あたしがここに――グランディアに来る前に襲ってきた奴らと同じだった」
「ふむ」
「一回目は、すぐに引いていったんだ。多分、あたしに毒を食らわせたからだと思うんだけど……二日後に戻ってきた時は、何が何でも今すぐ息の根止めてやるって感じだった」
「二度目の時には、急ぐ理由があったというわけですか」
「そんな感じ」
ミミルに答えながら、フリージアはまたサーガに目をやる。彼女は相変わらず立ち止まったままで、今はビグヴィルたちの方を――父親のスキルナを、ジッと見つめていた。彼もまた、穏やかな眼差しで娘を見返している。
「それで、ご自身を狙う者に心当たりは?」
「ええっと……」
心当たりは、フリージアにはある。だが、今はそれを口にしたくない。できたらその相手と二人きりで話し合いたかったのだ。
ここで糾弾すれば、取り返しがつかなくなる。黒幕が彼女の思っている人物だとしたら、その根底にあるのはきっと国を想う心だ。それならば、ちゃんと話をすれば全てなかったことにして手を取り合える筈だった。
「ロウグ将軍?」
促すように、ミミルがフリージアを呼ぶ。その目は炯々と光り、殆ど彼女に挑みかかっているようだ。
どうやってこの場をしのごうかと視線を彷徨わせたフリージアの視界に、とんでもない光景が入ってくる。
ソルは後日紹介することにして、エイルと共にロウグの屋敷に置いてきた。ロキスも城に入ると早々に姿を消して、今は彼女とオルディンの二人きりだ。
王都グランディアはぐるりと壁に囲まれていて、東西南北に通用門がある。そこの門番に走ってもらって城には彼女達の到着を伝えてあるから、謁見室にはいつもの面々が揃っている筈だ。
刺客に狙われたのはフリージアの所為ではないとは言え、大いに心配はかけてしまったし、予定の日程も大幅に超えてしまっている。サーガの嘆きやらミミルの嫌味やら、きっと盛り沢山なことだろう。
「うう……入りたくない……」
呟いたフリージアの頭をオルディンが小突く。
「諦めろ。嫌なことはさっさと済ませてしまった方が楽だぞ」
「そうなんだけどさぁ……」
ぼやいて、フリージアはもう一度深呼吸という名のため息をついた。そうして、意を決して扉に手のひらを押し当てる。
「ただ今戻りました」
声をかけながら中に入ったフリージアの目に真っ先に入ってきたのは、椅子から立ち上がり駆け寄ってくるサーガの姿だった。
――あ、まずい。
そう思って身構えるも、殆ど体格が変わらない王妃が跳び付いてくる勢いには勝てなかった。後ろに倒れ込みそうになったフリージアを、サーガもろともオルディンが支える。
「ああ、もう、貴女って子は、本当に、もう……」
耳元で聞こえるサーガの声は、震えている。彼女の細腕のどこにそれほどの力があるのかと思うほどきつく締め付けられながら、フリージアはいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
「あの、ごめんなさい、本当に。あたしもこんな予定じゃなかったんですけど……」
フリージアの台詞に、サーガがバッと身体を離す。空色の目は濡れて煌めき、その上の優美な眉はキリリと吊り上げられていた。
「当たり前です! 先にわかっていたのなら、絶対に行かせはしなくてよ? 本当に、無事で良かった……」
「サーガ様……」
その言葉と共に、サーガのまろやかな頬を透明な滴がいくつも転がり落ちていく。
優しい笑みしか見せたことのない彼女の涙に、フリージアの胸は痛いほどに締め付けられた。この半年、常に誰かに心配をかけているような気がする。
「本当に、ごめんなさい」
フリージアの声に心の底からの気持ちが含まれていることが通じたのか、サーガの口元が微かに緩んだ。
「もう……でも、きっと、また貴女はわたくしに心配をかけてよ。ゲルダ様がそうでしたもの。――あの方は、戻ってきてくださらなかった……」
王妃の台詞は次第に囁きのようになり、彼女の口の中に消えていく。
「サーガ様」
もう二度と心配はかけません――そう言えたらいいのにと思いながら、フリージアはサーガの頬に伝う涙を見つめた。
「さて、王妃様。そろそろよろしいですかな?」
二人の抱擁に割り込んだのは、ミミルの声だ。
「あら、ごめんあそばせ」
いつも通りに生真面目な顔をしている老宰相にそう返すと、サーガはフリージアに回していた腕を解き、ふわりと裾を翻してゆっくりと王の隣へと戻っていく。と、フリージアは、彼女の細腰に見慣れぬものを認めて首をかしげた。そこに提げられているのは、短剣だ。今までサーガがそんな物を持っていたことはなかった気がするのだが。
怪訝に思っていたフリージアだったが、ミミルに声をかけられそちらに意識を向ける。
「ロウグ将軍、報告を。あなたを襲った者はどのようないでたちでした?」
ミミルの問いに、サーガがピタリと足を止めた。ちょうど、ビグヴィルとスキルナが控えている位置だ。二人に話でもあるのだろうかと横目で見つつ、フリージアは宰相に答える。
「黒い服を着ていて……あたしがここに――グランディアに来る前に襲ってきた奴らと同じだった」
「ふむ」
「一回目は、すぐに引いていったんだ。多分、あたしに毒を食らわせたからだと思うんだけど……二日後に戻ってきた時は、何が何でも今すぐ息の根止めてやるって感じだった」
「二度目の時には、急ぐ理由があったというわけですか」
「そんな感じ」
ミミルに答えながら、フリージアはまたサーガに目をやる。彼女は相変わらず立ち止まったままで、今はビグヴィルたちの方を――父親のスキルナを、ジッと見つめていた。彼もまた、穏やかな眼差しで娘を見返している。
「それで、ご自身を狙う者に心当たりは?」
「ええっと……」
心当たりは、フリージアにはある。だが、今はそれを口にしたくない。できたらその相手と二人きりで話し合いたかったのだ。
ここで糾弾すれば、取り返しがつかなくなる。黒幕が彼女の思っている人物だとしたら、その根底にあるのはきっと国を想う心だ。それならば、ちゃんと話をすれば全てなかったことにして手を取り合える筈だった。
「ロウグ将軍?」
促すように、ミミルがフリージアを呼ぶ。その目は炯々と光り、殆ど彼女に挑みかかっているようだ。
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