捨て猫を拾った日

トウリン

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捨て猫が懐いた日

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 二度、三度と下唇をついばまれ、侵入してくる孝一こういちの舌を、真白ましろは殆ど条件反射のように受け入れる。彼は巧みにキスを続けながら彼女の腰をさらってベッドの上に引き上げた。

 孝一の舌は真白の口の中を丹念に、隅々まで探っていく。微かなざらつきで頬の粘膜をこすられ、舌を絡め取られると、それだけで真白の腰の辺りはゾクゾクしてしまう。
 思わず彼女が背を引きつらせるようにして身をよじると、孝一は身体をずらして真白の脚の間に膝を割り入れてきた。
「ッ」
 彼の腿が敏感なところをグイと押し上げてきて、真白はヒクリとのけ反る。唇はキスで塞がれたままで、声にならない声が喉を鳴らした。

(このままじゃ、また何も考えられなくなる)
 真白はそう思ったけれど、それが怖いのかそれを望んでいるのか、自分自身でも判らなかった。
 懸命に孝一の舌を受け入れ応えようとする真白の身体の脇を、彼の手が伝いおりていく。その感触だけでこれから何が起きるのかを予期してしまい、真白のお腹の奥がジンジンと疼き始めた。
 孝一の指先が真白の臍をくすぐり、するりとスウェットパンツの中に忍び込む。すぐには先に進まず、そのまま彼女の下腹をまさぐった。そこはちょうど子宮の上あたりで、それを確かめようとするかのように大きく温かな手のひらが押し当てられる。
 孝一の片手で、真白のお腹はすっぽりと覆われてしまう。

(気持ち、いい……)
 その温もりに、彼女はうっとりする。
 いつの間にかキスは軽いものに変っていて、唇が重ねられては離れていき、またすぐに戻ってくるのを繰り返していた。
 孝一の手の温もりが彼よりも少し体温の低い真白の肌にすっかり移ってしまった頃、彼がまた動き始める。
 いつものように柔らかな茂みをくすぐるように掻き分けて、あっという間に小さな蕾を探り当ててしまう。

「ぁんッ」
 散々快感を覚え込まされたそれはすぐに目覚め、真白の身体の奥深くを痺れさせ、蕩けさせていく。
「んん」
 親指の腹で優しくこねられれば小さな花芽は信じられないような存在感を主張し、真白の指の先までピリピリと電気のような刺激が走る。それだけでもおかしくなりそうなほど気持ちがいいのに、孝一は更に責め苦を増やしてくる。
 クチュリ、という水音。
 親指を小さな真珠に当てたまま、孝一の長い中指と薬指が真白の中に忍び込んできた。

「あ、ん……」
 声を押し殺し肩をヒクつかせる真白の耳朶をくわえ、孝一が囁く。
「もう、濡れてる」
 それを知らしめるかのように、彼女の中で二本の指がバタ足をするように動かされる。その動きはスムーズで、孝一の言葉のとおり潤滑剤が溢れていることが否応なしに思い知らされた。

「や……」
 真白の身体は、こんなにも簡単に孝一に反応するようになってしまった――ちょっといじられれば、すぐに彼を求めてしまうように。
 孝一の指は真白の感じるところを熟知していて、迷いなくそこを目指してくる。ごつごつして力強いその指がマッサージをするかのように揉んでくれば、真白の中は更に蜜を溢れさせてしまう。

「あ……ぁん」
 真白の口から、こらえきれない声が漏れる。
 もう少し、もう少しで『その時』が訪れる。
 真白の息は浅くなり、孝一の指を包み込んだ彼女の内部がそれを放したくないといわんばかりに締め付けはじめる。
 クッと真白が全身を強張らせた、その瞬間、孝一が手を止めた。

「え……」
 達する直前の真白の最奥が切なく疼く。いつもなら、そのまま頂点まで導いてくれる。けれど、真白の中にとどまったままの孝一の指は、ピタリと止まったままだ。
「な、んで……?」
 思わず呆然とそう呟いた真白の耳元で、孝一が囁く。
「俺が欲しいと言えよ」
 その言葉と共に耳の後ろに、首筋の拍動に、いくつもキスを落としてくる。
(コウ、を……? 欲しいって……?)
 そんなの、欲しいに決まっている。

 けれど。

「や……言え、ない……」
 真白はフルフルとかぶりを振る。
 と、また、指が動き始めた。真白の快感は、再び見る見るうちに高まっていく。
「ふ……ぁ、あぁん」
 先ほどよりも強烈に、快楽が込み上げてくる。
 あと、一歩。
 その手前で、また孝一が止まる。

「簡単だろ? たった二言だ」
「や、だぁ……」
 切なくて、勝手に腰が揺れてしまう。けれど、やっぱり孝一は最後の一線を越させてくれない。
「俺を欲しがれよ。何がそんなに怖いんだ?」
 孝一は彼自身もつらそうな顔をして、真白の顔の脇に両手を突いて真っ直ぐに彼女を見下ろしてくる。
「俺はお前を愛してるって、言っただろ? 何がそんなに不安なんだ?」
 真白は涙が滲む目で孝一を見返した。彼の目は真剣そのもので、切り込んでくるような鋭い光を帯びている。熱を含んだ声は、それが紛うことなき真実であることを疑う余地を持たせない。
 けれど、そんな孝一に何と答えていいのか判らず、真白はただ首を振る。

「他に、どんな言葉が必要なんだよ? 何をすれば俺がお前を愛している、お前を手放したりはしないと信じてくれるんだ?」
 積み重ねられる、問い。
 真白も、その問いに対する答えが、欲しかった。
 二人の間に沈黙がずしりとのしかかる。
 と、孝一が奥歯を噛み締めているような、唸るような声になる。

「俺がお前を愛している、それすら信じられないのか?」
 彼の顔は苦しげに歪んでいて、真白の胸がキリキリと締め付けられた。
 孝一は優しい。
 一緒にいると温かくて心地よくて幸せで安心できて大事にされていると心の底から感じられて――きっとそれは愛されているということなのだろう。

 だけど。

「――愛していても、ずっと傍にいてくれるとは、限らないでしょう?」
「え?」
 震える声での真白の台詞に、孝一が眉根を寄せる。
「愛してくれていても、やっぱりわたしを置いていくんだよ」
「何故、そう思う」
「……」
 真白が黙っているほど孝一の眉間の皺は深くなる。
「お前の中にあるものを、ちゃんと言葉にしろ。理解できなかったら、そう言うから。取り敢えず言ってみろ」
 孝一は、一歩も退きそうにない。真白は、震えるため息を細く吐き出した。

 そうして、囁く。

「お母さんも、わたしのことを愛してくれていたんだって」
「お母さん?」
「そう。わたしの、本当の、お母さん」
「……手紙でもあったのか?」
 眉をひそめた孝一に、真白は首を振る。
「ううん。でも、施設の人はみんなそう言っていたの。お母さんはわたしのことを愛しているけれど、何か理由があってわたしのことを手放したんだって」
「それは……」
 孝一が口ごもる。
 彼が考えていることは、真白にも何となく判った。

 真白の言葉を否定すれば、彼女は母親に愛されていない、ただの要らなかった子になる。
 肯定すれば、彼女を愛していても冬のコインロッカーに捨てたということになる。

 それは、果たして、どちらの方がマシなのだろう。

 答えを見つけられないまま、真白は続ける。
「わたしの里親になってくれようとした人たちも、そうだった。わたしのことを好きだよって抱き締めてくれたけど、やっぱりダメだった」
 しかも、二度。
 だから、真白に何かがあるのだ。たとえ愛していようとも、傍にはいられない――いたくないと思わせてしまうような、何かが。
 そして真白は、彼女を愛してくれる人を、愛そうとしてくれる人を傷付け、悲しませてしまうのだ。その証拠に、二組目の里親は、別れ際、身を引き裂かれるように涙を流していたではないか。

「わたしを、愛してくれる必要は、ないの」
 孝一を傷付けたくない。あんなふうに泣かせたくない。
 勝手に、真白の方が好きになるから。その気持ちを抱かせてくれるだけで、それで満足できる。ただ、傍に居させてくれれば、それでいい。
 真白の喉の奥にそんな台詞が詰まって、彼女を苦しくさせる。
 そんな彼女を見つめる孝一からは、焼けつくような何かがヒシヒシと押し寄せてきた。

(コウを、怒らせた――ううん、悲しませた……?)
 そのどちらなのかは判らない。けれど、彼に何か辛い思いをさせているのは、判った。
(どうしたら、いいんだろう)
 孝一を喜ばせたい。
 彼と一緒にいると真白が感じるように、孝一にも真白といると幸せだと感じて欲しい。
(だけど、わたしには何もない)
 真白は炯々と光る孝一の眼差しから逃れるように、目を伏せる。そうしても、彼が食い入るように自分を見つめてきているのはいやというほど感じられた。

 不意に、ギリ、と鈍い歯軋りの音が暗闇の中に響く。
 真白がハッと目を上げるのと、噛み付くようなキスに襲われたのは殆ど同時のことだった。孝一の舌が容赦なく彼女の口腔を蹂躙し、息すら奪われる。
 くらくらと目が回り始めた真白にも、彼の手が再び下腹に触れ、そして更にその先に進もうとしているのがわかった。
 今それをされたら、何も考えられなくなってしまう。

「んん!」
 真白は身をよじって孝一の唇を、手を振り切ろうとしたけれど、彼の身体がより一層強く押し付けられてきて完全に自由を奪われた。
 孝一の指が真白の潤みを確かめるように動く。それを求めるように、真白のその場所が勝手にヒクヒクと動いてしまう。
 少しも緩むことのない深いキスのせいなのか、それとも快感への期待の為か、真白の頭の中には霞が漂い始める。が、次の瞬間、突風が吹き付けたかのようにそれが引き裂かれた。

「ッ!」
 真白は唇を塞がれたまま目を剥いて息を呑む。
 挿し入れられた、孝一の指。ズクリと、今度は全く焦らすことなく、それが一気に真白の奥深くに到達する。それは彼女の一番感じてしまうところで、触れられた瞬間に下腹全体に痺れが走った。
 彼の指が動くたびに快楽が高まって、強すぎるそれを逃がそうと真白の脚が無意識のうちにシーツを掻く。
 鼓動がどんどん速くなって、全身が火照り、汗が噴き出す。孝一が掻き立てる熱に、真白の身体の奥が蕩けていく。

「ん、んん!」
 喉から溢れた悲鳴のような嬌声は、全て孝一に呑み込まれてしまう。
 不意に痙攣するように勝手にガクガクと彼女の身体が震え始めたかと思うと、今度はピンと張り詰める――そして、ふわりと宙に浮いたような気がした。

 一転して、脱力。

 真白の頭の中は空っぽで、手足にも全然力が入らない。身体の中心だけが、ヒクン、ヒクンと思い出したように収縮する。
 真白が達したのは、孝一にも判った筈だった。
 ゆっくりと唇が解放され、真白は酸素を求めて大きく喘ぐ。息を深く吸うたびに、まだ彼女の中に留まっている孝一の指が感じるところをそっとくすぐって甘く疼かせた。

 何故、そのままにしているのだろう。
 正気を取り戻しかけた頭で、真白はぼんやりとそう思う。
 彼自身の欲望も、昂ぶっている筈だった。いつもは、そうだ。
 真白の呼吸が少し落ち着き始めたところで、ようやく孝一が動き出す。けれどそれは、彼女の予想とは違っていた。

 つい先ほどまで、散々攻め立てられたその場所を、孝一の指先がゆるゆると撫でる。それだけで真白の快感に火が灯されて、あっという間に大きな炎になった。

「や……ぁ、ダメ、ダメ――ぁあッ!」
 二度目の頂点はすぐ目の前にあって、抗う余裕はなかった。触れられるだけで痺れの走るその場所を押し上げるように数回撫でられただけで、真白の奥ではいくつもの爆弾が爆ぜる

(今度こそ、おしまい)
 一度目よりも長く強烈な快楽に身を震わせながら、真白はクラクラする頭でそう思った。

 けれど。

「え……ぁ、あ……あぁん」
 三度《みたび》動き出した彼の指。すっかり真白の中と同じ温度になっているのに、敏感になった彼女の内部はそれが与える感覚を余すところなく受け止める。

 今度は、一瞬だった。
 孝一の指の腹がこすり上げた瞬間、真白は達する。
「ふ、ああぁん、ん、ぅあッ」
 抑えようとしてもこらえきれない喘ぎが、喉を突いてこぼれてしまう。
 彼女が何度身体を震わせても、孝一は攻撃の手を緩めなかった。時折落とされる触れるだけのキスはとても優しいのに、彼の手は容赦がない。

 ほんの少しの刺激で繰り返し押し寄せてくる快楽の波に耐えられなくて、真白の目尻から滴がこぼれる。孝一は舌の先でそれをすくい取ると、更に頭を下げて彼女の細い首筋にそっと歯を立てた。拍動を辿る温かくて柔らかな湿った感触が、下腹から生み出されるものとはまた別の快感をもたらす。
「ぁあ……あ……ふ」
 啼きすぎて痛む喉からこぼれたその声を最後に真白の意識がふぅっと遠のき、それきり何も判らなくなった。
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