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愛猫日記
彼女のコウゲキ彼のロウバイ③
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風呂から出たのはほとんど同時だったが、やはり出てからも真白の方がそれなりに時間がかかる。
一足先に部屋に戻ってきた孝一は、備え付けられている小さな冷蔵庫の中を覗いてみた。
入っているのは、ソフトドリンク、フィズ、酎ハイ、日本酒、焼酎がそれぞれ三本ずつ。
焼酎は好みでないので、日本酒の小瓶を一本取出して、孝一は風呂に入る前に真白が座っていた椅子に腰を下ろした。
ガラス戸の向こうには、小ぢんまりと整えられた日本庭園が設えられている。視線を上げると、暗くなった空にはほぼ真円に近い月が浮かんでいた。
瓶の中身がまだ半分ほど残っているうちに、真白も風呂場から戻ってくる。チラリと目を走らせると、冷蔵庫の前にしゃがみ込んでいる背中が見えた。
その手前、部屋の真ん中には布団が二組敷かれている。二人が風呂に入っている間に誰かが入ってきて用意してくれたのだろう。
あのまま風呂場で真白を抱いていたら、きっと今頃拗ねてしまって大変だったろうなと、孝一はこっそりと胸を撫で下ろした。彼は別に気にならないが、ひとしきり真白に声をあげさせて、戻ってきたら誰かが入った跡が、などとなったら、彼女にしたらショックの極みだろう。
当の真白はそのことに気付いているのかいないのか、まだ冷蔵庫の前でごそごそやっている。
(まあ、知らぬが仏ってやつだな)
そう、彼は胸の中で独りごちた。
すぐにこちらに来るだろうと、孝一はまた外の景色に目を戻して彼女を待つ。
しばらくして、微かな気配が近付いてきた。元々静かに動く真白だが、その上今は素足に畳だから、足音はほとんどしない。
孝一は、何気なく振り向く。と、彼と目が合って、真白が笑った。
その笑顔に、思わず彼は息を詰める。
何故なら、それは、いつもの、微かに口元が緩む程度の、よく見たら笑っている、というものではなかったから。
にこぉっと、さながらサラサラの粉砂糖で作った砂糖菓子が融けていくような、蕩けるような、甘い笑顔。
たいていのことには動じない孝一の心臓を鷲掴みにしてそのまま握りつぶしそうなほど強烈に愛らしい笑顔だが――激しい違和感がある。真白は、『満面の笑み』を浮かべるキャラクターではない筈だ。
「シロ……?」
立ち上がって真白の様子を見ようとした孝一よりも先に、ストンと彼女が座った――彼の膝の上に。
(おい?)
異常事態に、孝一の思考が一瞬停止した。
真白を、膝の上に『座らせる』ことはしょっちゅうだ。
だが、真白が彼の膝の上に『座ってくる』なんてことはあった試しがない。孝一の傍には居たいらしいのに、せいぜい隣に座るくらいで、彼女の方からこれほど緊密に接触してくるなんて異常すぎる。
呆気に取られている孝一をよそに、真白の手が彼の首を挟むように置かれた。クスクスと楽しげに笑う顔が近寄って、目尻に、頬に、唇に、耳元に、顎に、絶え間なく柔らかな唇が触れてくる。
「好き、コウ、大好き」
明らかにおかしい。おかしいが――嬉し過ぎる。
歌うように何度も繰り返すその囁きに、孝一は日本酒よりも酩酊感を覚えた。無意識のうちに彼の手は真白の背中を浴衣の布越しに愛撫する。
孝一は彼にしなだれかかる細い背筋を撫で下ろし、腰の曲線を包み込んだ。
途端、フルッと真白が身を震わせる。
「んぅッ」
熱を帯びた声が彼女の喉から漏れ、その声で、ハッと彼は我に返った。
(ちょっと待て。……酔う……?)
孝一は、先ほど真白がごそごそしていた冷蔵庫の方へと目を向ける。小型の冷蔵庫の上には、缶が三本、どう見ても中身が一滴も残っていない小瓶が一本。缶三本はフィズだろう。そして、ガラスの器には、遠目にも『大吟醸』という文字が見て取れる。
「真白、お前――ッ」
明らかに酒に酔っている真白から慌てて身体を離そうとしたけれど、そうやって開いた隙間から彼女の小さな手が入ってくる。
真白は孝一の浴衣の襟を広げるようにして、彼の素肌に触れてきた。羽がかすめるような彼女のタッチに、孝一は思わず奥歯を食いしばる。
「コウ、好き。わたしのこと、好き?」
どことなく舌足らずな口調でそう尋ねながらも、真白は彼の返事を待たずにキスをし続けた。
孝一が「止めろ」と言う間もなく真白の頭が下がり、彼の鎖骨が尖った犬歯で甘噛みされる。次いで小さな舌の先がその上のくぼみをそっとなぞると、孝一の身体のありとあらゆるところが強張った。
(ヤバい)
真白は、「外では嫌だ」と言ったではないか。このまま突っ走ってしまったら、酔いが醒めた後に激怒するだろう。
理性は、早く真白をやめさせろと声高に叫んでいる。
だが、身体は頭の言うことを聞いてくれない。彼の両手は今や彼の胸の辺りをさまよっている真白の頭を包み込んでいて、その指は彼女を促すように柔らかな耳朶を勝手にねぶってしまっている。
次第に真白の頭は下がっていき、彼女はするりと孝一の膝の上から下りる。彼の脚の間にひざまずくようにして、キスは続けられた。
小さな唇は、やがて孝一の臍の下まで到達する。
と、不意に真白の動きが止まり、そこで初めて気が付いたというふうに、ジッと彼の脚の間の高まりを見つめた。
上半身はすっかりはだけられてしまっているが、その部分はまだしっかりと隠されている。
真白の視線を感じながら、孝一は、それ以上させてはならないと思いつつ、心の片隅で期待してしまう――彼女がそこに触れてくれることを。
彼の中で理性と欲望がせめぎ合い、辛くも理性が勝利した。が、時間がかかり過ぎたようだ。
真白の肩に手を置いて彼女を遠ざけようとしたその時だった。
「真白、もうやめてお――く、ぅ」
自制心を保とうとする孝一の努力を嘲笑うように、真白の小さな手が布越しに彼のその部分を包み込んだ。親指で先端を撫でられ、一瞬にして自制心など粉々に吹き飛びそうになる。
実際、まさに瀬戸際というやつだった。
孝一は歯を食いしばり、どっしりした椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。
「コウ?」
きょとんと見上げてくる真白のその上目遣いの眼差しに再び理性をがくがく揺さぶられながら、孝一は無言で彼女を抱き上げた。
「コウ、どうしらの?」
そう訊いてくる彼女の舌は、もう完全に回っていない。目も、焦点が定まらなくなってきている。
きっと、もうすぐ寝てくれる。
(というか、さっさと寝てくれ)
孝一は真白を布団の上に下ろすと有無を言わせず掛布団で包んでしまう。そうして、その上からギュッと抱き締めた。彼女が、また動き出さないように。
「こう……?」
掛布団の縁から覗く大きな目は、物問いたげだ。
「もう寝ろ」
モソモソと身じろぎする真白を腕の力で封じ込めて目を閉じた孝一は、心頭を滅却してゆっくりと数を数え始めた。
百では変わりない。
二百でも。
五百を超えた辺りだろうか。
孝一の耳に、穏やかな呼吸の音が忍び込んでくる。
覚悟を決めて目を開けると、腕の中にあるのはすやすやと安らかこの上ない寝顔だ。
孝一は強張っていた腕を解き、身体を起こして肘をつくと、気持ち良さそうに眠る真白を見つめた。先ほどまでの行動などまるでなかったかのように、幼い子どものように無邪気な寝顔を。
「まったく」
つい、苦笑がこぼれる。
迫ってきた女を寝かしつける羽目になるなど、初めての経験だった。もう、二度としたくない。
孝一は頭を下げて、ぐっすりと眠りこんでいる真白の目蓋にそっと唇で触れる。右、そして左に。
と、真白の口元に浮かんでいた微笑みが、心持ち深くなった。
人の気も知らないで、呑気なものだ。
煽られるだけ煽られて放置された孝一の身体は、今も痛いほどに疼いているというのに。
「家に帰ったら、覚えとけ」
昏々と眠り続ける真白に、孝一は風呂場での台詞を繰り返した。
一足先に部屋に戻ってきた孝一は、備え付けられている小さな冷蔵庫の中を覗いてみた。
入っているのは、ソフトドリンク、フィズ、酎ハイ、日本酒、焼酎がそれぞれ三本ずつ。
焼酎は好みでないので、日本酒の小瓶を一本取出して、孝一は風呂に入る前に真白が座っていた椅子に腰を下ろした。
ガラス戸の向こうには、小ぢんまりと整えられた日本庭園が設えられている。視線を上げると、暗くなった空にはほぼ真円に近い月が浮かんでいた。
瓶の中身がまだ半分ほど残っているうちに、真白も風呂場から戻ってくる。チラリと目を走らせると、冷蔵庫の前にしゃがみ込んでいる背中が見えた。
その手前、部屋の真ん中には布団が二組敷かれている。二人が風呂に入っている間に誰かが入ってきて用意してくれたのだろう。
あのまま風呂場で真白を抱いていたら、きっと今頃拗ねてしまって大変だったろうなと、孝一はこっそりと胸を撫で下ろした。彼は別に気にならないが、ひとしきり真白に声をあげさせて、戻ってきたら誰かが入った跡が、などとなったら、彼女にしたらショックの極みだろう。
当の真白はそのことに気付いているのかいないのか、まだ冷蔵庫の前でごそごそやっている。
(まあ、知らぬが仏ってやつだな)
そう、彼は胸の中で独りごちた。
すぐにこちらに来るだろうと、孝一はまた外の景色に目を戻して彼女を待つ。
しばらくして、微かな気配が近付いてきた。元々静かに動く真白だが、その上今は素足に畳だから、足音はほとんどしない。
孝一は、何気なく振り向く。と、彼と目が合って、真白が笑った。
その笑顔に、思わず彼は息を詰める。
何故なら、それは、いつもの、微かに口元が緩む程度の、よく見たら笑っている、というものではなかったから。
にこぉっと、さながらサラサラの粉砂糖で作った砂糖菓子が融けていくような、蕩けるような、甘い笑顔。
たいていのことには動じない孝一の心臓を鷲掴みにしてそのまま握りつぶしそうなほど強烈に愛らしい笑顔だが――激しい違和感がある。真白は、『満面の笑み』を浮かべるキャラクターではない筈だ。
「シロ……?」
立ち上がって真白の様子を見ようとした孝一よりも先に、ストンと彼女が座った――彼の膝の上に。
(おい?)
異常事態に、孝一の思考が一瞬停止した。
真白を、膝の上に『座らせる』ことはしょっちゅうだ。
だが、真白が彼の膝の上に『座ってくる』なんてことはあった試しがない。孝一の傍には居たいらしいのに、せいぜい隣に座るくらいで、彼女の方からこれほど緊密に接触してくるなんて異常すぎる。
呆気に取られている孝一をよそに、真白の手が彼の首を挟むように置かれた。クスクスと楽しげに笑う顔が近寄って、目尻に、頬に、唇に、耳元に、顎に、絶え間なく柔らかな唇が触れてくる。
「好き、コウ、大好き」
明らかにおかしい。おかしいが――嬉し過ぎる。
歌うように何度も繰り返すその囁きに、孝一は日本酒よりも酩酊感を覚えた。無意識のうちに彼の手は真白の背中を浴衣の布越しに愛撫する。
孝一は彼にしなだれかかる細い背筋を撫で下ろし、腰の曲線を包み込んだ。
途端、フルッと真白が身を震わせる。
「んぅッ」
熱を帯びた声が彼女の喉から漏れ、その声で、ハッと彼は我に返った。
(ちょっと待て。……酔う……?)
孝一は、先ほど真白がごそごそしていた冷蔵庫の方へと目を向ける。小型の冷蔵庫の上には、缶が三本、どう見ても中身が一滴も残っていない小瓶が一本。缶三本はフィズだろう。そして、ガラスの器には、遠目にも『大吟醸』という文字が見て取れる。
「真白、お前――ッ」
明らかに酒に酔っている真白から慌てて身体を離そうとしたけれど、そうやって開いた隙間から彼女の小さな手が入ってくる。
真白は孝一の浴衣の襟を広げるようにして、彼の素肌に触れてきた。羽がかすめるような彼女のタッチに、孝一は思わず奥歯を食いしばる。
「コウ、好き。わたしのこと、好き?」
どことなく舌足らずな口調でそう尋ねながらも、真白は彼の返事を待たずにキスをし続けた。
孝一が「止めろ」と言う間もなく真白の頭が下がり、彼の鎖骨が尖った犬歯で甘噛みされる。次いで小さな舌の先がその上のくぼみをそっとなぞると、孝一の身体のありとあらゆるところが強張った。
(ヤバい)
真白は、「外では嫌だ」と言ったではないか。このまま突っ走ってしまったら、酔いが醒めた後に激怒するだろう。
理性は、早く真白をやめさせろと声高に叫んでいる。
だが、身体は頭の言うことを聞いてくれない。彼の両手は今や彼の胸の辺りをさまよっている真白の頭を包み込んでいて、その指は彼女を促すように柔らかな耳朶を勝手にねぶってしまっている。
次第に真白の頭は下がっていき、彼女はするりと孝一の膝の上から下りる。彼の脚の間にひざまずくようにして、キスは続けられた。
小さな唇は、やがて孝一の臍の下まで到達する。
と、不意に真白の動きが止まり、そこで初めて気が付いたというふうに、ジッと彼の脚の間の高まりを見つめた。
上半身はすっかりはだけられてしまっているが、その部分はまだしっかりと隠されている。
真白の視線を感じながら、孝一は、それ以上させてはならないと思いつつ、心の片隅で期待してしまう――彼女がそこに触れてくれることを。
彼の中で理性と欲望がせめぎ合い、辛くも理性が勝利した。が、時間がかかり過ぎたようだ。
真白の肩に手を置いて彼女を遠ざけようとしたその時だった。
「真白、もうやめてお――く、ぅ」
自制心を保とうとする孝一の努力を嘲笑うように、真白の小さな手が布越しに彼のその部分を包み込んだ。親指で先端を撫でられ、一瞬にして自制心など粉々に吹き飛びそうになる。
実際、まさに瀬戸際というやつだった。
孝一は歯を食いしばり、どっしりした椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。
「コウ?」
きょとんと見上げてくる真白のその上目遣いの眼差しに再び理性をがくがく揺さぶられながら、孝一は無言で彼女を抱き上げた。
「コウ、どうしらの?」
そう訊いてくる彼女の舌は、もう完全に回っていない。目も、焦点が定まらなくなってきている。
きっと、もうすぐ寝てくれる。
(というか、さっさと寝てくれ)
孝一は真白を布団の上に下ろすと有無を言わせず掛布団で包んでしまう。そうして、その上からギュッと抱き締めた。彼女が、また動き出さないように。
「こう……?」
掛布団の縁から覗く大きな目は、物問いたげだ。
「もう寝ろ」
モソモソと身じろぎする真白を腕の力で封じ込めて目を閉じた孝一は、心頭を滅却してゆっくりと数を数え始めた。
百では変わりない。
二百でも。
五百を超えた辺りだろうか。
孝一の耳に、穏やかな呼吸の音が忍び込んでくる。
覚悟を決めて目を開けると、腕の中にあるのはすやすやと安らかこの上ない寝顔だ。
孝一は強張っていた腕を解き、身体を起こして肘をつくと、気持ち良さそうに眠る真白を見つめた。先ほどまでの行動などまるでなかったかのように、幼い子どものように無邪気な寝顔を。
「まったく」
つい、苦笑がこぼれる。
迫ってきた女を寝かしつける羽目になるなど、初めての経験だった。もう、二度としたくない。
孝一は頭を下げて、ぐっすりと眠りこんでいる真白の目蓋にそっと唇で触れる。右、そして左に。
と、真白の口元に浮かんでいた微笑みが、心持ち深くなった。
人の気も知らないで、呑気なものだ。
煽られるだけ煽られて放置された孝一の身体は、今も痛いほどに疼いているというのに。
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