鮮やかなもの

上野たすく

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 白石が、眠たげな男の胸ぐらを、掴む。
「お前のΩ、階段から落ちたとき、必死に腹を守っていた。今のところ、受精はしていないようだけど……。お前も習っただろ? Ωの生きる意味は繁殖だ。そんなΩが腹を庇うってことは、目的を達成したからだ。まさか、生ませるつもりないよな? Ωだ。 俺達を誑かして陥れる、忌まわしい悪魔。飼い殺してやればいいんだ」
 如月の悪意に、体が震えた。
 白石が怒りに任せて、如月を廊下へ連れ出そうとする。
 男は抵抗した。
「お前の噛んだ痕、見たぜ。番になったΩは、αに服従するしかない。希少な男のΩかぁ。何回、孕ませても堕胎させれば、すぐ、使える。法律で裁かれないし、お前は運がいいよ」
「いいかげんにしろ!」
 白石の叫びに、ビクリと体が跳ねた。
 如月は息を切らす白石を冷静に観察し、俺に視線を流してきた。
 感情の見いだせない瞳に腹を庇う。
 無意識だった。
 ほんのわずか、そうかなって疑っちまうような些細な変化だったが、如月の瞳が痛みを宿す。
 が、それは素早く、彼の瞼で覆われた。
「落ち着きなよ。俺は奥村君を、どうこうするつもりはない」
「だったら、用はないはずだ。出て行け」
「お前、Ωに突っ込んで、脳みそが退化したんじゃないか?」
 瞼をあげた如月の瞳は、また、無感情なものになっていた。
「俺がここにいるのは、偶然じゃない」
 白石の顔から血の気が引いた。
 如月は満足げに笑んだ。
「そろそろ進退を考えてよ。何度も誘われているんだろ? 俺も仕事が忙しいんだ。命令、引き受けられなくなるかもな」
 如月が白石の真横へと歩く。
「わかってるだろ? 相手がΩだってわかっただけで、孕ませたがる仲間もいる。命令される対象が俺である内に、いい返事をしておけ」
 白石は歯を食いしばり、拳を震わせるた
 如月はドアノブを握り、立ち止まった。
「そうだ、奥村君。さっき、言いたかったことだけど、俺も君の主人同様αだ。けど、君の主人と違って」
 俺を振り返り見る。
「Ωは嫌いだ」
 その冷たさに鳥肌がたった。
「俺達、二度と会わずにいられるといいね」

* * *

 開口一番、白石は謝ってきた。
 折りたたみ椅子をベッドの横に置き、腰掛けて。
「すべて、俺が悪い」
 俯いて、ひどく落ち込む白石に、俺は、だんだん平常心を、取り戻していく。
「どういうことだよ? あいつって、お前の何なんだ? 仲間がどうのこうのとか、お前、怪しい団体にでも入ってんじゃねぇだろうな?」
 白石はピシリと固まり、自嘲するように笑った。
「怪しい……。そうかもしれない。抜け出したいのに抜けられない。牢獄にいるみたいだ」
 んな言い方されたら、心細くなるじゃねぇか、バカ。
 白石の頬を思いっきり引っ張ってやる。
「いたっ。いたい。庸輔、いたい。離せって。ほんと、いたいから」
 ご要望通りに手を離した。
「しっかりしろ! 如月の言うことが正しければ、お前、親になるんだぞ。頑張るっつったの、どこのどいつだ、ハゲ。嘘ついたのか、マヌケ!」
「庸輔、厳しい」
「お前がおかしなこと、言うからだろ!」
「うん」
 白石の手が頬を包んできた。
「ごめん」
 唇が重なり、舌先が奥へ差し込まれる。
「庸輔は、もう、ちゃんと親なのにな」
 腹に温かい手がくる。
「守ってくれて、ありがとう」
 ぶわっと体が発熱した。
 白石は深く息を吐き、俺の両手を握りしめた。
「中学の血液検査で、αだと言われて、正直、ふうん、俺はαかって、血液型がわかった程度にしか、思っていなかった。両親は喜んでいたけど、何がそんなに嬉しいんだって。性別としてαに区分けされただけで、俺のレベルが上がるわけじゃない。でも、庸輔が」
「俺?」
 頷かれる。
「発情していなくても、フェロモンは常に出ている。俺はよくわからなかったけど、わかる奴には、わかるみたいで」
 俺は頬を引きつらせた。
「俺がΩだってバレてた?」
「断定まではできないようだったし、お前はβだって言っておいたから、心配いらない」
「へ?」
「本人には聞きづらかったんだろ? 校則で、性の話は禁じられていたしな。幼馴染みである俺なら、お前の性を知ってるって思ったんだろう。……知っていても、誰が言うか」
 白石の目つきが悪くなる。
 こいつ、αネタだと人格変貌するな。
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