鮮やかなもの

上野たすく

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 X高校へ行けば、白石の背負っているものが、わかるかもしれない。
 けど、何事もなく、帰れる保証はない。
 俺一人ならまだしも、もしかしたら、子どもができているかもしれないんだ。
 白石は三週間後に検査薬を使えって言ってたけど、ネットで調べたら、二週間でわかる場合もあるって言うし、俺、発情してたしな。
 午後の講義も終わり、事務作業を片付け、一緒に帰ろうと誘ってくる白石に、用事があるからって謝って、俺は会社からもマンションからも遠いドラッグストアで、早期妊娠検査薬を買った。店員が女で猛烈に恥ずかしかった。
 買ったは買ったで、どこで使うか迷う。部屋には白石がいるし、外で使うのも、どうかと思うし……。
 悩みながら、繁華街を歩いていると、誰かにぶつかった。
 俺は検査薬の入った鞄を、そして、相手は一冊の本を落とした。
「すみません」
 慌てて拾おうとしたのは、俺だけじゃなく、相手の細い指に触れてしまった。
「っと、すみません」
「いえ」
 相手は若い男だった。
 彼は俺を見て、瞬きをし、本と見比べた。
 予想のつく行動だった。
 彼が持っていたのは、うちの会社が発行した参考書で、そこには講師の姿が印刷されている。
「あ……。あ……の……」
 参考書は手垢だらけで、年度も古かった。
「勉強しているんですか?」
 微笑みかけると、男は、はにかんだ。
「成果はでないんですけど、読んでると落ち着くんです」
「そうなんですね」
「あの……」
 男が手を差し出してくる。
「あ、あ……あくしゅ……、握手してくれませんか?」
 ん?
「僕、奥村先生が書いたページ、大好きなんです。例え話とか、法律の考え方とか、すごく面白くて」
 筋肉が乏しい腕が震えている。
 俺は鞄を拾い、男の手を掴んで立たせた。
「ありがとう。そう言ってもらえると、やる気が出ます」
 ほどよく、手に力を入れる。
「試験、がんばってくださいね」
 応援したつもりなのだが、男は浮かない表情になった。
「ありがとう……ございます。でも、僕、Ωだから、そんな力ないんです。本も、これじゃあ、古いって、わかっているんですが、新しいのを買えなくて。先生に激励していただいたのに、すみません」
 Ωだから……か。
 社会って色々あるけどさ、チャンスはどんな人にも、平等に与えられるべきだろ?
「名前、なんて言うんですか?」
 男が不思議そうに、見つめてくる。
「俺は奥村庸輔。名前、教えて」
 こちらの砕けた言葉遣いに、男は戸惑いながら口を開いた。
夏川弥一なつかわやいちです」
 申し訳なさそうだな、とっても。
「じゃぁ、やっちゃんだな?」
「やっちゃ? え?」
「歳は?」
「……あ、二十七」
「マジで? タメじゃん」
「あの。先生?」
「俺もΩだ」
 やっちゃんの目が大きくなる。
「Ωだからって、たぶん、たくさんのことを、諦めてきたんだな? でも、自分を諦めんのは嫌じゃね? もし、やっちゃんがよければ、一緒に勉強しないか?」
「とても、嬉しいんですが、個人レッスンなんて、とてもじゃないけど、そんなお金払えません」
「なんで、金とんの? 俺達、友達だろ?」
 ちょっとだけ、やっちゃんを掴んでいる手に力を入れる。
「それに教えるんじゃない。二人で勉強をするんだ」
 やっちゃんの顔が、わずかに明るくなった。
「は……はい。よろしくお願いします」
 手が握り返される。
 資格は、とってからが大変だけど、入り口に立って見える景色は、きっと、今より広いはずだ。
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