鮮やかなもの

上野たすく

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「若い奴を俺達同様に考える必要はないんじゃない?」

 階下から聞こえた、気怠げな声に心臓が跳ねた。
 如月が階段をのぼって、こちらへやってくる。
 火に油!

「お前、何しに来た? 部外者は出てけ」
「それが客に対する態度か?」

 客?
 階下から足音がする。

「ひーちゃん、喧嘩はダメだよ」

 肩掛け鞄をしたやっちゃんが階段をのぼりきり、如月の隣で息を整える。
 保が顎を引いた。

「お久しぶりです」

 微笑んだやっちゃんに、保は驚いたようだった。
 小さく何度も頷き、久しぶり、と押し殺したような声で言う。
 如月はやっちゃんにやさしい笑みを浮かべ、保はそんな如月に目を伏せて唇を伸ばした。
 やっちゃんが俺を見る。

「僕達、奥村君の講義、受けることに決めました。今日はガイダンスのために来たんです」

 僕……達?
 如月も!

「じゃあ、僕達、行きますね」

 通り過ぎるとき、やっちゃんの項にある歯の痕が目に飛び込んできて、胸が熱くなった。

「知り合いだったのか?」
「え? やっちゃん? うん」
「俺に同じことを聴かないってことは、夏川と俺が知り合いだって、知っていたな?」

 こいつ、俺のこと、試した?
 保は俯き、瞼を閉じると笑んだ。

「俺と夏川がどこで会ったか、聴いただろ?」

 保の恐怖が伝わってくる。

「聴いた」
「そうか……」
「お前が自分の中のαと戦っていたこともな」

 保の瞳が揺れ動く。

「あのさ、お前、俺に自分のこと信じろって言っていたけど、あれってさ、本当は保自身に言ったんじゃねぇの?」

 もっと自分を信じろ、と俺は保の尻を叩いた。

「人に信じろって言っといて、保自身が自分を信じらんねぇとか、何様だって感じだからな」
「庸輔は、いつも、眩しいな」
「こそばゆいこと、言うなよ」
「小さいときから、庸輔だけがくっきり見えていた。人はたくさんいるけど、俺にとっては庸輔が一番、鮮やかだった。だから、俺が俺じゃなくなりそうになったとき、頭の中で庸輔を探した」

 保の表情がやわらかい。
 俺の好きな顔だ。
 保が息をつき、一度だけ頷いた。

「あいつらも前を向いてる。俺も後ろばかり見ていられないな……」
「まずは、ありがとうって言えるようになることだな」
「…………わかった。感情の整理をする」

 じゃあ、またあとで、と保が講義室へ歩いて行く。
 その背中に微笑みかけてやる。
 俺だって同じだ。
 泥だらけになって遊んだガキんとき、裏切られたと思った中学んとき、体も心も離れていたとき、就職して再会したとき、保の色だけがはっきりしていた。
 今だって。
 俺、お前に、ずっと恋してんだな。
 見本がなくても、俺にも恋ができた。
 きっと、お前も、お前の力で、過去と向き合えるさ。
 たとえ、前例がなかったとしても……。



 完
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