孤塁の縁  第一章 ~出会い編~

上野たすく

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「ただし、条件がある」
 エニシは手を引き、孤の首筋に顔を近づけた。
「お前の血を分けて欲しい」
「俺のでいいなら、いくらでも」
 エニシは悲しそうに目を伏せた。
「恵んでやる相手に対して言うことじゃない」
 服をずらされ、首元に歯が当てられる。
 冷たい針を突き立てられたような痛みが、瞬時に、快楽へと変わった。
 飢えを癒すようなエニシの息遣いに、ぞくぞくする。
 孤は吐息が漏れないよう、口を手で覆った。
 この行為が、エニシにとっては血の補給であったとしても、きつくしがみつかれると腹の底から熱い感情がわき上がった。
 エニシが慎重に牙を抜く。舌が孤の肌をなぞり、そして、離れた。彼の動作すべてが体を甘く痺れさせる。孤は口を覆ったまま、涙を浮かべた。エニシはそんな孤を見て、生唾を飲み込み、何か言おうと口を開いた。辱められるような気がして、孤は太ももの横をつねり、細胞のざわめきを止めた。
「これで、俺も縁のところへ行けるな?」
 エニシは目を見開け、それから苦笑した。
「俺から離れるなよ」
 頷くと、エニシは操縦席の足下からリュック型の機械を取り出した。
「俺だけなら、ここから飛び降りたが、お前がいるからな。体力は温存しておきたい」
 彼は機械を背負い、キャノピーを上げ、孤を横に抱いた。風の影響をもろともしない力だった。
 孤はエニシの首に腕を回し、強風に耐えた。
 眼下に、人の塊が見て取れる。
「目を傷つけるとまずい。今は閉じとけ」
 返事をする代わりに、孤は素直に従った。
 なぜか、エニシがほっと胸を撫で落とした。
 その理由は、エニシが地面に足を下ろしたとき、すぐにわかった。
 大勢の武装した人々の真ん中に、手足をもがれ、首が胴体から切り離された縁がいた。
 オイルが滴り、地面に染みこんでいる。
「縁!」
 孤はエニシの腕から抜け出そうと暴れた。
 エニシは孤を抱きしめる力を強めた。
「エニシ、下ろして。縁が。縁が!」
 嗚咽混じりに叫びながら見上げた青年の顔は、とても冷たいものだった。
 彼は縁が受けた仕打ちと、それを行った人々を心から憎んでいた。
 兵達の中央にいる軍服の男が青ざめた。
 男は短髪で、腰に剣を装備している。
 エニシは男に軽蔑の眼差しを送った。
「国の第一軍隊長が任務を何度もしくじるってのは、国防の観点から言って最悪としか表現できないと思うのだが、お前はどう思う、ジル」
 ジルと呼ばれた男の、精悍な顔が歪む。
 エニシはあからさまに溜息をついた。
 孤は一瞬の風を感じた。
 気づいたときには、人々の輪を飛び越え、縁の至近距離にいた。
 周囲がざわめく。
「迎えに来てやったぞ。お前の愛しい人も一緒だ」
「…………」
 縁は無言だ。
 エニシは孤を抱いたまま、縁の頭部を手にした。
「持てるか? 無理なら」
「大丈夫。ありがとう」
 孤は縁を受けとり、両腕で包み込んだ。オイルの匂いと切断されたケーブルがピリピリとスパークしている。
「遅くなってごめん」
 縁の瞳からオイル色の涙が流れた。
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