秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
95 / 468
第三章 秘伝の弟子

095 バランスが大事なんです

しおりを挟む
2019. 2. 20

**********

教室に湯木が入ってきたことに気付いた高耶は、特になんの対応もしようとはしなかった。

優希が酷く怖がっていたが、校長が抱き締めているようなので大丈夫だろう。

俊哉と時島はぐっと動こうとする自分たちの体を抑えていた。高耶は優希に動かないようにと言ったのだ。自分たちも動かない方が良いだろうと判断していた。まさにそれが正解だった。

高耶は変わらず美しく軽やかに聴き惚れるほどの曲へと校歌を生まれ変わらせていく。

それが湯木には苦痛を与えるのだ。

「ぐあっ……や、やめろっっ! いい加減にっッ」

高耶の肩を掴もうと手を伸ばす湯木。その顔は般若の如く恐ろしく歪んでいた。しかし、高耶は気にしない。

ピアノの横に辿り着いた。あと数歩で手が触れるという時、窓からするりと金色の子猫が飛び込んできて湯木の前に立ちはだかった。

「っ、キショウさ……っ」

俊哉の声が聞こえた。それを合図にするように、綺翔はその姿を本来の獅子のものへと変える。

《主様に触れるな》
「っ!?」

その威圧によって、湯木は泡を吹いて後ろへ倒れてしまった。

演奏もそこでフィナーレだ。

弾き終えて大きく息をつく。それから高耶は綺翔が湯木を踏もうとしているのに気付いて止める。

「綺翔。それで遊ばないように」
《……臭い……》
「それも分かるんだが……あ……」

あっと思った時には遅かった。綺翔はその形態のせいなのだろうか。鼻が良いのだ。ここに珀豪を呼ばない理由が臭いだ。

湯木に憑いている『凝隷虫』の発する臭い。その強烈な独特の臭いに珀豪や天柳は耐えられないだろう。

そして、綺翔は思いっきり湯木を蹴り飛ばし、教室の外へと放り出してしまった。

《……臭い……》
「わかった。わかってるから、そこの窓から鼻を出してなさい」
《……諾……》

獅子の姿のまま素直に窓を開ける。そして、顎を乗せるようにして外の空気を吸い、落ち着いた。図体は大きいがその様は可愛らしい。

「……キショウさん……?」

俊哉が呆然と呟いたのを聞いてそちらへ目を向ける。

優希はジリジリと綺翔に近付いてきており、先ほどまで湯木に怖がっていたのが嘘のようだ。美しい綺翔の毛並みは、抱き着きたくなるだろう。

校長と時島は口を開けて廊下に放り出されてしまった湯木を見ていた。助け起こそうとはしないようだ。

そして、俊哉は綺翔の本来の姿を見て呆然とではなく、陶然としていた。

「カッコ可愛いとか……キショウさんのためにある言葉だったんっスね!」

綺翔がチラリと俊哉を見てからこちらへ目を向ける。意味不明だというように困惑していた。

「あいつはもうダメだ。相手にしなくていいからな」
《諾》

素早い了承だった。

そこへ窓から小鳥が入ってくる。光を放ち、部屋の真ん中で弾けると人化した常盤が姿勢正しく立っていた。

《ご報告を》
「ああ。頼む」
《はっ》

高耶は常盤から報告を受け、神の守護範囲を特定する。校長からも話を聞き、どうやらこの学校の校区内は全て守護範囲に入っているようだ。

それならば、憑かれてしまっている生徒達の家まで浄化の力が及ぶ。湯木以外の問題は大半が解決したと言って良い。

「綺翔、土地神はどうだ?」

優希に抱き着かれて動かないようにしていた綺翔は、これに顎を窓枠から外して高耶の方を向いてから答える。

《回復は五分の一程度……時間はかかる》
「そうか……とりあえずこうやって数日、浄化するのが現実的か……」

どのみち、急激な浄化はできない。土地を調整しながら土地神がゆっくりと元の力を取り戻すまで確認しなくてはならない。

「あら、なら明日も聞けるのかしら?」

校長は嬉しそうだ。完全にコンサート気分なのだろう。時島も少し期待するように見えた。気に入ってもらえたらしい。しかし、明日は予定がある。

「明日は連盟の方の仕事を一つしなくてはならないので、そうですね……五時頃までに終われば連絡します」
「そうなの? 相変わらず忙しいのねえ。わかったわ。こっちでやっておくこととかはあるかしら?」

物分かりの良い人でよかった。協力的なのも助かる。こういうことは中々ない。ただ、かなり難しい。

「コックリさんをやられなければ、恐らくこれ以上悪化することはないと思うのですが……」

やるなと言われれば、やりたくなる者もいるだろう。遊びの一環となっているものを発見し、注意するのは難しい。何より、なぜダメなのかを説明できないものだ。

「見回りを強化するっていうのも、先生達に説明するのは難しいわね……それに、強制するの良くないのよね?」
「ええ……納得できないことがよくないです」

そこで、綺翔に見惚れていたはずの俊哉が不意に提案した。

「ならあの先生使えば良いじゃん。今までもコックリさん注意してたんじゃねえの? そういうのいかにも嫌いそうじゃん?」

あの先生と言って指を差したのは、未だに廊下でノびている湯木だ。

「よくわかったわね。コックリさんが流行ってるって知ったのも、湯木先生が何度も注意していたからなのよ」
「幽霊とか、彼はそういう非現実的なものが嫌いらしい。蔦枝が言っていた『妖やコックリさんのことを極端に信じていない者』というのに恐らく湯木先生が当てはまる」

条件の一つは湯木が関係していた。

「でしたら、あの人に見回りを任せれば抑制になります。それに、憑いている妖の影響でコックリさんに異常に反応するはずですから、発見も容易です」

きっと、既に生徒達の間では、湯木にコックリさんは見られてはならないという認識が生まれている。ならば、その湯木が頻繁に見回りをしていれば出来ないだろう。

「でも、それなら湯木先生が妖やコックリさんの存在を信じられれば状況が変わるってことでもあるわよね?」

そう。条件が一つでも欠ければ問題は解消される。これ以上悪い状態にはならなくなる。

「まあそうですが……ちょっと起きそうにないですからね。今は浄化で弱ってますから、これ以上衝撃を与えるのはよくないです」
「これも時間を置かないとダメなのね……難しいわ」
「ええ……全てにおいてバランスが大事なんです……」

面倒くさいが、常にバランスを見て物事を進めていかなくてはならない。それが陰陽道というものだ。

「すっげ、面倒くさいのな」
「はっきり言うな」

俊哉は相変わらずだ。

「ふふ。こっちは任せて。上手いこと言って湯木先生に見回りさせるとするわ」

そう言った校長は少し黒い笑みを浮かべていた。騙す気満々だ。

「ありがとうございます。仕事が終わり次第状況は見に来ますので」
「ええ。お願いするわ」

とりあえず一週間、調整のためにこのくらいの時間に訪ねると約束した。

しかし、状況は思わぬ形で悪化することになるのだ。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
今週はできればもう一話上げたいと思っています。
お待ちください。
しおりを挟む
感想 688

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

聖女は支配する!あら?どうして他の聖女の皆さんは気付かないのでしょうか?早く目を覚ましなさい!我々こそが支配者だと言う事に。

naturalsoft
恋愛
この短編は3部構成となっております。1話完結型です。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★ オラクル聖王国の筆頭聖女であるシオンは疑問に思っていた。 癒やしを求めている民を後回しにして、たいした怪我や病気でもない貴族のみ癒やす仕事に。 そして、身体に負担が掛かる王国全体を覆う結界の維持に、当然だと言われて御礼すら言われない日々に。 「フフフッ、ある時気付いただけですわ♪」 ある時、白い紙にインクが滲むかの様に、黒く染まっていく聖女がそこにはいた。

モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したことに気づいたアイナ・ネルケ。 だが彼女はヒロインではない――ただの“モブ令嬢”。 「私は観る側。恋はヒロインのもの」 そう決めて、治癒魔術科で必死に学び、気合いと根性で仲間を癒し続けていた。 筋肉とビンタと回復の日々。 それなのに―― 「大丈夫だ。俺が必ず君を守る」 野外訓練で命を救った騎士、エルンスト・トゥルぺ。 彼の瞳と声が、治癒と共に魂に触れた瞬間から、世界が静かに変わり始める。 幼馴染ヴィルの揺れる視線。 家族の温かな歓迎。 辺境伯領と学園という“日常の戦場”。 「……好き」 「これは恋だ。もう、モブではいたくない」 守られるだけの存在ではなく、選ばれる覚悟を決めたモブ令嬢と、 現実しか知らない騎士の、静かで激しい溺愛の始まり。 これは―― モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまでの物語。 ※溺愛表現は後半からです。のんびり更新します。 ※作者の好みにより筋肉と気合い…ヤンデレ落ち掛けが踊りながらやって来ます。 ※これは恋愛ファンタジーです。ヒロインと違ってモブは本当に大変なんです。みんなアイナを応援してあげて下さい!!

レイブン領の面倒姫

庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。 初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。 私はまだ婚約などしていないのですが、ね。 あなた方、いったい何なんですか? 初投稿です。 ヨロシクお願い致します~。

婚前交渉は命懸け

章槻雅希
ファンタジー
伯爵令嬢ロスヴィータは婚約者スヴェンに婚約破棄を突きつけられた。 よくあるパターンの義妹による略奪だ。 しかし、スヴェンの発言により、それは家庭内の問題では収まらなくなる。 よくある婚約破棄&姉妹による略奪もので「え、貴族令嬢の貞操観念とか、どうなってんの?」と思ったので、極端なパターンを書いてみました。ご都合主義なチート魔法と魔道具が出てきますし、制度も深く設定してないのでおかしな点があると思います。 ここまで厳しく取り締まるなんてことはないでしょうが、普通は姉妹の婚約者寝取ったら修道院行きか勘当だよなぁと思います。花嫁入替してそのまま貴族夫人とか有り得ない、結婚させるにしても何らかのペナルティは与えるよなぁと思ったので。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿しています。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

処理中です...