秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
144 / 463
第四章 秘伝と導く音色

144 自慢のピアニスト

しおりを挟む
不動産会社『稲船』歴史を持つこの会社の職員は、大半が転職組だ。それも、何度か転職した後に辿り着くという人が多い。そんなあまり長く同じ職場に留まれない者達が居つく。それは、社長の人柄が大きい。

この日、昼休憩の折、二人の男性社員が悲壮な面持ちで向き合っていた。それを見て、社長である稲船陽いなふねようが気になり、弁当とコーヒーを持ってその席に向かう。

「どうしたんだ? そんな顔で仕事はできんぞ? 気分が悪いなら帰れよ?」

この会社、普通に営業成績は良い。ただ、他の不動産が嫌がる曰く付きの物件をも受け持つ特殊な会社だ。

霊感の強い社員もおり、それらの物件のお陰で気分を悪くして早退するのも珍しくはない。それでも会社を辞めないのは、そういった体質も受け入れてくれる会社に恩を感じているからだ。

もちろん、そういった社員達には、しっかりとお守りも持たせてくれる。アフターケアも万全という、本当に変わった会社だった。それが面白くて辞めない社員も多い。

この二人も、どちらかといえばそっちの種類の社員だった。

とはいえ、今回はそういったことによるものではなかったらしい。

「それが……妻がアイドルの追っかけを始めたらしくて……」
「俺の妻も一緒です……娘まで……」
「ほぉ……それは、食費まで食い潰されんように気をつけろよ?」
「「やっぱり!?」」

二人は頭を抱えた。アイドルの追っかけはとてもお金がかかるのだ。

「どうすればいいですか!? どうやったら諦めてくれますかね!?」
「娘もなんですよ!? 家計が!」
「はははっ、いやぁ、大変だなぁ」
「「笑い事じゃないです!!」」

二人は家族ぐるみで仲が良い。二人も昔からの友人だが、妻二人も友人同士、一人ずついる娘達も友達で、家まで隣同士だ。

「もうグッズとか買ってたのか?」
「いえ……でも、待ち受けが……」
「妻と娘が嬉しそうに寄り添って立つ若い男が……これなんです」

一人がその待ち受け画面の写真を撮ったらしい。それでお互いが確認していたようだ。

それを見た陽は、目を丸くした。

「高耶君じゃないか」
「「へ?」」
「知ってるんですか?」

そんなに有名なのかと、今度は二人が驚く番だった。

「はははっ、よし! お前ら今夜ちょい付き合え」

そうして、二人を連れて陽は会社が終わってから少し食事をしてそこへ向かった。


クラブ『エルターク』


黒を基調としたお洒落で落ち着いた雰囲気のクラブだ。

「ここは会員制でな。同伴者は認められるが、二人までだ。会員はほとんどがどっかの社長だな。ここで、関係を持って会社同士の繋がりを持ったりする。俺も商談の約束とかさせてもらうよ」

二人は緊張しながら店に入る。その中には、雑誌やテレビで見たことのある社長達が確かにいた。

「おっ、稲船さんじゃないか。やっぱ、外さんなあ」
「当たり前でしょう。高耶君のステージ、二週間振りですよ?」
「だよな! いやあ、早い時間に切り上げてきて良かったよ。二時間後から相当な人数になると聞いたからね」

見渡せば、早い時間にも関わらず、かなりの人数が入っているのが分かる。

「……クラブって、こんなに人が集まるものなんですか……」
「すごいな……」

二人が感心したように呟いた。それを拾った陽は、やって来たボーイに席に案内されながら教える。

「今日は二週間振りにナンバーワンピアニストが来るんだ。それを目当てに集まっているんだよ」
「……お酒とか話しが目的ではないと?」
「社長、もしかして、そのピアニストって……」

察せられたらしいと分かり、陽はニヤリと笑った。

「そういうことだ。高耶君は、私たちにとってもアイドルなんだよ」

席に着くと、周りも高耶を待ち望んでいることが分かる。

「あ~! もうっ、今日は仕事も張り切っちゃったわ! 朝から楽しみで仕方なかったの!」
「分かるわ~、私もよ! こんなにご褒美に向かって頑張るって、子どもの頃を思い出したわ!」

楽しそうに女性達が話していた。

「今夜はお前の音楽嫌いを治してやるよ」
「騙されました……ただのクラブじゃないとは……」
「音楽による感動というものを教えてやる」
「寝ますよ」
「「「寝れるわけあるか!」」」
「っ!?」

他の人までがツッコんでいた。

「高耶君の演奏以上のご褒美なんて用意できないって思い知りなさい?」
「社長……じゃあどうしろと?」

おかしな言い合いがそこここで聞こえ、二人は混乱する。

「社長、そんなにすごいんですか?」
「こればっかりは、聞いてもらわんとな……どうすごいかとか説明できんよ」
「演奏会なんですか?」
「いや、本来は店のBGMだ。ただ、高耶君だけは完全に演奏会仕様になっていてな。連れとの会話も止まるし、食事の手も止まっちまうんだよ」
「……明らかに周りの人、その演奏を待ってますね」
「週一だったのが、少し空いたからな」

陽も心待ちにしていたらしいと、その表情と声音で二人には分かった。

そして、待ちに待ったその青年が現れた。

「「「高耶く~ん!」」」
「「「待ってたぞ!」」」

周りが熱狂的に声を上げる中、二人は店の中央にある一段高くなったステージに向かう高耶を見て茫然と見惚れた。

「間違いない……」
「だよな。あの写真の子だ……」

写真に写っていた私服ではなく、きちっと決めたスーツ姿。同性であっても見惚れてしまうほど、歩き方や姿勢もカッコいいと思えるものだ。

その感覚が間違っていないのは、周りの反応を見ても分かる。

「ほれ、写真撮るなら今がチャンスだぞ」
「「はい!!」」

思わず従った。

そして、演奏が始まる。たった数秒で息を呑んだ。

店のBGMだということを無視してはいないらしく、最初の曲からムーディなゆったりとした曲だった。

だが、あれほど熱狂的に騒いでいた人々が、うっとりと目を細めていた。そして、その一曲が終わる時には、大半が静かに涙を流す。

胸にあった苦しい何かが滲み出て、消えていくような感覚があったのだ。泣いていたり、茫然としている者は、高耶の演奏に慣れていない付き人が多かった。

二人も知らぬ間に流れていた涙に驚く。

「あれ? なんで……」
「なにこれ……」

子どもじゃあるまいし、人のいる場所で涙を流すなどあり得ない。恥ずかしいと思ったその時には、次の曲が始まっており、誰もが気まずげに思いながらも静かにカバンからハンカチを取り出して目を押さえていた。

恥ずかしいと思ったはずなのに、それもいつの間にかどうでも良くなる。

不思議な時間だった。

五曲弾き終わると、高耶は静かに立ち上がって綺麗な礼をする。うるうると感動を胸に見つめる客達に笑みを向け、店の奥へ消えて行った。

それから数拍でようやく皆が声を上げた。

「っ、すごかった!」
「なにあれ、カッコ良すぎ!」
「そうだろう、そうだろう!」

興奮する二人に、陽も嬉しくなる。

周りでも同じだ。連れてきた社長達が付き人達に誇らしげに声をかけていた。

「ほらな? 一曲も聴かずに寝るお前でも、大丈夫だったろ?」
「なんなんですか、アレ! 初めてまともにピアノを聞きましたよ!」
「どうよ。これ以上のご褒美なんて無理でしょ?」
「完敗です……いい音を聴いたのに、なんだか絶望しそうです」
「やっぱりイイ!! あ~、もうっ、なんで五曲だけ!? 演奏会して欲しいわ!」
「それ思った! せめて週二にして欲しいわ!」

スピーカーから普通のBGMが流れていることにすら気付かない。盛り上がりながら三十分、お酒やツマミを取りながら過ごす。この間に商談が決まるところもあったようだ。

「そろそろ引き上げるか。次の客が入ってくるからな」
「あ、なるほど」
「譲らないとダメですね」

高耶の演奏を聞きに来た人達は多いのだ。時間で譲り合って席を空ける仕組みが自然と出来たらしい。

すれ違う者達も笑顔だ。そして、自慢できる相手として、付き人がいる。

店を出ると、二人は大きく深呼吸をした。そして、いい笑顔で振り返り、陽に頭を下げる。

「今日はありがとうございました!」
「すごく貴重な体験ができました!」
「いやいや。自慢できて私も嬉しいよ」

清々しい表情で駅までの道を歩く。

「それにしても、奥さん達はどこで高耶君と知り合ったんだろうな。仕事以外のプライベートというのは難しいんだが……」

それを聞いて二人も考える。そこで思い出したらしい。

「そういえば、娘がお兄さんにピアノを教えてもらっていると……」
「週末の勉強会にお兄さん居るかなとか言っていたような……」
「そのお兄さんが高耶君だと?」
「分かりませんけれど、知り合いでお兄さんと呼べる人は居ないはずなんで」
「まさか浮気なんじゃ……」
「おいおい……」

沈んでいく二人に、陽は苦笑する。

「ちゃんと聞いてみたらどうだ? 写真も撮ったろ?」
「なるほど!」
「それがいい!」

一気に浮上した二人は、自慢してやろうと笑い合う。それを見て陽も笑い、帰路についていく。

「そろそろ、また相談しないといかんしな……」

陽はそんな呟きを零しながら、夜の街をゆったりと歩いていった。

***********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 675

あなたにおすすめの小説

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

処理中です...