秘伝賜ります

紫南

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第一章 秘伝のお仕事

017 失伝した技は

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2018. 1. 5

**********

朝食が終わって父母達が散策に出掛けようと計画していると、部屋に旅館の女将がやってきた。

「昨晩はご迷惑をお掛け致しました」
「いえ、たまたま知り合いでしたし、こちらこそ、勝手に対応してしまい、申し訳ありません」

話は、昨晩のピアノの件だった。あそこで高耶が対応しなくても、ホテルはそれなりにクレーム対応には力を入れていたはずだ。余計な事だったかもしれない。

しかし、女将と一緒にやってきたホテルの方の従業員も深々と頭を下げた。

「そんなっ。私共では、せめてヴァイオリンの演奏を早めて対応するくらいしか出来ませんでした」

従業員の中でピアノを演奏できる者を探しても、高耶の腕に匹敵する者はおらず、結局は不満を持たせたまま終わっただろうということだった。

「それに、あの演奏はとても素晴らしく、多くのお客様方が感動しておられました。本当にありがとうございます」
「お役に立てたなら良かった」

高耶としても、あの場で利がなかったわけではない。演奏すると同時に、あの場を浄化できたことで、その後の食事は気兼ねなく楽しむことができた。

あれがなければ、結界を張ったまま、落ち着かない食事になっていただろう。せっかくの美味しい食事が台無しになるところだったのだ。

「それで、お礼といたしまして、皆さまのお部屋のランクを上げさせていただきます」
「ここでも充分なのですが……」

どうにもお礼をせずにはいられないらしい。それだけ恩を感じているのだろう。

さすが一流というか、断る暇もないほどあっという間に部屋へ案内され、荷物を移動された。

通されたのは、間違いなくこの旅館で一二を争うくらい良い部屋だった。

「おっきなおふろがおそとにあるよっ!」
「景色がすごいわっ」
「部屋も広いなっ」
「……」

本当に良いのだろうかと高耶が確認しても、女将達は笑顔でどうぞ最終日までおくつろぎをと言うばかりだ。

騙されているのかと思えるほどの待遇だった。

「高耶、ありがとうっ」
「ありがとうねっ、高耶くんっ」
「いや……これは予想外っていうか……やり過ぎ感あるんだけど……」

ここまでのお礼は、正直重い。だが、家族が喜んでいるのだ。素直に儲けたとでも思っておこう。

「それじゃぁ、お昼ついでに散策に出掛けよう」

昼食は、朝食の時に外で食べると旅館には伝えていた。父が行きたい食事処があるようだ。

「いく~っ。おにいちゃん、はやくいこ」
「ああ」

そうして、高耶達は揃って外へ出かけた。

温泉街として栄える町は、目新しいものが多かった。けれど、ごちゃごちゃとしているわけではない。

山間のちょっと人の少ない感じや、時折見かけるポツンと立つ家。それらは景色として楽しめるものだった。

そんな中、食事処から見える場所に立派な門のある家があった。

高耶達は食事をしながら、その風情ある門を視界の端に捉え、景色を楽しんでいる。

「旧家って感じがいいね」
「ホントね。あら? あれは道着かしら?」

その門からちらほらと出てくるのは、白い道着を着た青年達だ。

「道場……」

覇気のない青年達の表情を認め、物悲しく思っていれば、そんな青年達を見送るように一人の老人が出てきた。

門の下は長い石段で、登り降りすることも稽古になりそうだ。しかし、青年達はダラダラと疲れたというようにゆっくりと階段を降りていく。それを見つめる老人も、疲れたような顔をしていた。

「……ちょっと、あそこに行ってきてもいいか?」
「あの道場に? いいけど……」

父も、老人の様子に気づいたのだろう。迷惑にならないかと思ったのだ。

「少しだけだから」

高耶は素早く立ち上がると、先に店を出てそこへ急いだ。

老人はその階段の所に座り込んでおり、話ができそうだった。高耶は階段の一番下からまず声をかける。

「こんにちは」
「っ……ああ……」

こういった老人は、気難しい者が多い。だが、高耶には慣れたものだった。本来、高耶が仕事で相手をしなくてはならないのは、こういった者達なのだから。

「そちらに行ってもよろしいですか? ここは、道場ですよね? 私も本家が道場をやっているので、気になって……」

そう声をかけると、老人は真っ直ぐに高耶を見る。

「そうか……道場を見て見るか?」
「はいっ」

声ははっきりと。いつもは適当にして目を隠している髪も上げ、丸縁メガネも外している。これで第一印象は問題ない。

あとは、階段を登る時、しっかりと筋肉を意識して動くことが大事だ。動きの一つ一つが、老人の中の高耶という人物を形作っていくのだから。

「お前さん……見た目より鍛えておるな……」
「ありがとうございます」

この時、言い訳がましく日々の稽古の事を言うのはご法度だ。

カッコつけて『最近はサボり気味で……』とは事実でもアウトになる。

「こちらではどのような武術を?」

こうして、ゆっくりと歩み寄っていくのだ。知りたいという思いを全面に出して。

「最近の若者は、根性がないのが困る。この道場も、ワシの代で終わりだろう……」
「……後を任せられる方は?」
「おらんな。奥義も失伝して久しい……戦争でな……伝えられる前に親父が死んでしもうた……もうダメなんじゃろう……」
「……」

これが残念ながら一番多い失伝の理由だ。せっかく何十、何百年と受け継いできた奥義を失くさせるのだ。

けれど、高耶の受け継ぐ秘伝の力は、そんな奥義をも救い上げることができる。

「『清牙徒手空拳』ですね」
「お前さんっ、なぜそれをっ」

それは、この道場に伝わる奥義の名前。

高耶は道場の中を見つめてその名を言い当てた。こうした神に近い場所では、武器や武具を使うものより、徒手空拳の方が多い。己の身一つで戦う事が、精神と身体を高みへと導くと信じられているのだ。

それは、決して間違いではない。

「見えますからね。大丈夫です。あなたに奥義をお伝えします。そして、いつか相応しい人物にこれを伝えましょう。それまでお預かりするのが、私の役目です」
「……お前さん……まさか、秘伝家……なのか?」
「はい。現当主、秘伝高耶です」
「本当にっ、本当に秘伝家がっ……あるのかっ……っ」
「ありますよ。この奥義……秘伝を過去より賜りましょう」

それが、秘伝家の……陰陽武道が可能にする技術なのだから。
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