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第一章 秘伝のお仕事
035 彼女の理想とする世界
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2018. 2. 23
**********
高耶は、清雅家を後にすると、充雪と天柳の気配を追って山に入った。
「クソっ、おかしな術をかけてあるな……」
それは、陰陽術とは呼べないものだった。鬼の力を増大させる術ではある。
「これは……魔術も入っているのか……解けなくはないが……気取られるな……」
自分が近付いていると分かれば、攫われた麻衣子の身に降りかかる危機が早まるかもしれない。なるべく慎重にそこへ近付くべきだ。
時間はかかるが、なんとか進んでいく。そして、そこに辿り着いた。
《ここだ。相手は鬼渡と聞いていたが、これは魔術師の仕業だ。どうなってるんだ?》
「俺が知りてぇよ……いや、もしかしたら、鬼渡の者が陰陽師だと決め付けるべきじゃないのかもな」
《なるほど。ここへ来る途中のおかしな術はそのせいか? まるで陰陽術と魔術を中途半端に混ぜたような、気持ちの悪い状態だったろ》
「ああ。けど、あれで術者のレベルは知れた」
陰陽術も魔術も中途半端に習得した者だと思える。ならば、術者の方は高耶の敵ではない。
「鬼の封印も、まだ解けていないな。なら、さっさとあの女を引っ張り上げる」
《万が一の場合のために、オレが封印を保護する。鬼渡だけは気を付けろよ》
「おう。いくぞ」
高耶は術者の張った結界を破壊する。そして、そこにあった気配を引き上げた。
涙や涎、鼻水といったものでぐちゃぐちゃになった顔の麻衣子の手は喰い千切れていた。それを彼女が本当の意味で認識する前に素早く元に戻し、天柳に託す。連れて行く様子を目に留めることなく、高耶は怪しく歪む一点を見つめた。
「来るか」
《鬼の封印は無事だ。まずは術者だな》
高耶は一帯をなるべく広い範囲の結界で覆う。逃すつもりはないのだ。
「お前が鬼をそそのかしてる奴か」
現れたのは、セーラー服を着た少女。この辺りにある高校の制服だ。やはりあの時すれ違った源龍にそっくりな女性だった。
「何者?」
問いかけられるその声に感情が見えなかった。
「お前こそ何者だ? 鬼を解放しようとしているようだが、何が目的だ」
わざわざ聞くことでもないだろうが、聞かずにはおれなかった。
「それを聞いてどうすると?」
「あまりにも勝手な言い分なら叩き潰す」
「傲慢ね」
「鬼を味方にしてる奴に言われたかないな」
こうして会話している最中にも、鬼の力をひしひしと肌で感じる。それは異質な気配だった。
「なぜ?」
「は?」
一体何を問われたのか分からない。けれど、彼女の表情が、心底不思議だというようにしかめられた。腕を組み、右手を形の良い顎に持っていく。
「あなたは術者でしょう? 人の醜さを目に見えて知っているはず。アレに生きる価値があると?」
「……それ、本気で言っているのか?」
「本気よ? 神を尊ぶ心も忘れ、妖に恐怖する心を忘れ、お互いを思い合うことを忘れた者達……この世界は、そんな存在に食いつぶされて良いものではないわ」
「……えらい思想だな……」
こんな考えを持っているとは思わなかった。けれど、一つだけ気になったことがある。
「神に何かする気はないのか?」
「ええ。鬼達も神の領域に手を出すような愚かな考えは持っていないわ。地上に残すべき存在だと認識している」
彼女は、この世界は鬼と神が支配するべきと言っているのだ。
「へえ……けど、神の方はそれを了承するか?」
「だから、術者である選ばれた存在である私達は残ることを許されるの。鬼とも神とも共存できる。私達は特別なのだから」
「……充雪、こいつイカれてるわ……」
《そのようだな……》
確固たるビジョンを持っている者は面倒だ。自分が正しいと心から思っているのだから。考えを改めさせるのは至難の技だろう。たとえ力で屈服させたとしても、いずれ再起を図る。
「あなたは、鬼を見たことがないのでしょうね。だから、愚かにも悪しき存在だと思っている」
「そりゃぁ、鬼は人を食べるしな。悪いイメージしかない」
「人は食べられることによって鬼の血肉となり、清浄な存在として昇華されるというのに……」
「……マジで危ない奴じゃんか……」
頬が引きつる。ここまでくると異常を通り越して危険物だ。
その時、彼女から歪んだ力が溢れ出す。その足下には、いわゆる魔法陣が煌めいた。
「見るといい。鬼とはどんな存在なのか……その目で確かめてみて」
「くっ」
風が巻き起こる。それは力の奔流だ。そして、何かが引きちぎられるような音が聞こえた。それは、術者であるが故に感じられる音。
まぎれもない、封印が破られる音だった。
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高耶は、清雅家を後にすると、充雪と天柳の気配を追って山に入った。
「クソっ、おかしな術をかけてあるな……」
それは、陰陽術とは呼べないものだった。鬼の力を増大させる術ではある。
「これは……魔術も入っているのか……解けなくはないが……気取られるな……」
自分が近付いていると分かれば、攫われた麻衣子の身に降りかかる危機が早まるかもしれない。なるべく慎重にそこへ近付くべきだ。
時間はかかるが、なんとか進んでいく。そして、そこに辿り着いた。
《ここだ。相手は鬼渡と聞いていたが、これは魔術師の仕業だ。どうなってるんだ?》
「俺が知りてぇよ……いや、もしかしたら、鬼渡の者が陰陽師だと決め付けるべきじゃないのかもな」
《なるほど。ここへ来る途中のおかしな術はそのせいか? まるで陰陽術と魔術を中途半端に混ぜたような、気持ちの悪い状態だったろ》
「ああ。けど、あれで術者のレベルは知れた」
陰陽術も魔術も中途半端に習得した者だと思える。ならば、術者の方は高耶の敵ではない。
「鬼の封印も、まだ解けていないな。なら、さっさとあの女を引っ張り上げる」
《万が一の場合のために、オレが封印を保護する。鬼渡だけは気を付けろよ》
「おう。いくぞ」
高耶は術者の張った結界を破壊する。そして、そこにあった気配を引き上げた。
涙や涎、鼻水といったものでぐちゃぐちゃになった顔の麻衣子の手は喰い千切れていた。それを彼女が本当の意味で認識する前に素早く元に戻し、天柳に託す。連れて行く様子を目に留めることなく、高耶は怪しく歪む一点を見つめた。
「来るか」
《鬼の封印は無事だ。まずは術者だな》
高耶は一帯をなるべく広い範囲の結界で覆う。逃すつもりはないのだ。
「お前が鬼をそそのかしてる奴か」
現れたのは、セーラー服を着た少女。この辺りにある高校の制服だ。やはりあの時すれ違った源龍にそっくりな女性だった。
「何者?」
問いかけられるその声に感情が見えなかった。
「お前こそ何者だ? 鬼を解放しようとしているようだが、何が目的だ」
わざわざ聞くことでもないだろうが、聞かずにはおれなかった。
「それを聞いてどうすると?」
「あまりにも勝手な言い分なら叩き潰す」
「傲慢ね」
「鬼を味方にしてる奴に言われたかないな」
こうして会話している最中にも、鬼の力をひしひしと肌で感じる。それは異質な気配だった。
「なぜ?」
「は?」
一体何を問われたのか分からない。けれど、彼女の表情が、心底不思議だというようにしかめられた。腕を組み、右手を形の良い顎に持っていく。
「あなたは術者でしょう? 人の醜さを目に見えて知っているはず。アレに生きる価値があると?」
「……それ、本気で言っているのか?」
「本気よ? 神を尊ぶ心も忘れ、妖に恐怖する心を忘れ、お互いを思い合うことを忘れた者達……この世界は、そんな存在に食いつぶされて良いものではないわ」
「……えらい思想だな……」
こんな考えを持っているとは思わなかった。けれど、一つだけ気になったことがある。
「神に何かする気はないのか?」
「ええ。鬼達も神の領域に手を出すような愚かな考えは持っていないわ。地上に残すべき存在だと認識している」
彼女は、この世界は鬼と神が支配するべきと言っているのだ。
「へえ……けど、神の方はそれを了承するか?」
「だから、術者である選ばれた存在である私達は残ることを許されるの。鬼とも神とも共存できる。私達は特別なのだから」
「……充雪、こいつイカれてるわ……」
《そのようだな……》
確固たるビジョンを持っている者は面倒だ。自分が正しいと心から思っているのだから。考えを改めさせるのは至難の技だろう。たとえ力で屈服させたとしても、いずれ再起を図る。
「あなたは、鬼を見たことがないのでしょうね。だから、愚かにも悪しき存在だと思っている」
「そりゃぁ、鬼は人を食べるしな。悪いイメージしかない」
「人は食べられることによって鬼の血肉となり、清浄な存在として昇華されるというのに……」
「……マジで危ない奴じゃんか……」
頬が引きつる。ここまでくると異常を通り越して危険物だ。
その時、彼女から歪んだ力が溢れ出す。その足下には、いわゆる魔法陣が煌めいた。
「見るといい。鬼とはどんな存在なのか……その目で確かめてみて」
「くっ」
風が巻き起こる。それは力の奔流だ。そして、何かが引きちぎられるような音が聞こえた。それは、術者であるが故に感じられる音。
まぎれもない、封印が破られる音だった。
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