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5th ステージ
042 賠償金がっぽり作戦
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リンディエールは内心、焦っていた。
「ヒーちゃんが何も言わんのやったら、まだ準備段階や。あ~、だからか……大繁殖の時期が前倒しになったんは……」
「どういうことです?」
これに答えたのは、まさかのファシードだった。
「あらぁ。やっぱり? おかしいと思ったのよね~。大繁殖期は、それこそ五年後の計算だったのよぉ。それがズレたからなんでかと思ったわぁ」
「やんなあ。これが答えや。やから、ウチも油断しとってん」
町や領が消えるかもしれないのだ。大繁殖期については、聖皇国などに頼らずとも、魔獣や魔物に関係する研究者なら計算している。
もちろん、ヒストリアもだ。そこからリンディエールも正しく把握していた。
「どうゆうことです?」
「ん~、宰相さんは、通常の召喚師がやる召喚術について、どんだけ知っとる?」
この世界には、適性を持つものがほんの一握りだけ居ると言われている『召喚術』というものがある。
それが希少な能力である理由の一つは、同時に『従魔術』が使えなければならないからだ。
喚び出したのが、精霊の類いならばまだ良い。だが、多くは魔獣や魔物になる。その場合、従魔の契約をしなければ襲いかかってくるだろう。
元々、召喚術は従魔達を本来居る場所や特別に作り上げた空間から喚び出すための術だった。
だが、いつしか考え方が変わり、強い魔獣や魔物を喚び出して、従魔の契約をするというものになった。
その後、従魔術も仮契約のような弱いものになっていき、その場限りの契約ですぐに送還、又は討伐という形になっていった。
「術者の力量によって、強い魔獣や魔物を喚び出し、仮契約を結んで敵と戦わせることができるとしか……」
「間違っとるけど間違っとらんな」
「すみません。意味が分かりません」
そうだろうと頷く。正直だ。
「本来の……最初の召喚師と呼ばれるようになった人らの使い方とは変わってしまったんよ」
「使い方ですか?」
「『従魔術の秘伝』といわれとった。召喚術は、従魔達を元の生息地に返したり『従魔の庭』ゆう亜空間への出入りのために作られた術なんよ」
「では……従魔術ありきのものであると?」
「せや。従魔術で生まれた繋がりによって、従魔達を転移させる術やね」
「なるほど……確かに使用方法が変わってしまっていますね」
そう。そして、誤った使い方は歪みを生んだ。
「繋がりもなしに、無作為に喚び出すとな……先ず世界が抵抗するねん。転移や転移門が行ったことのある場所や目に見えとる所でないと無理なんも同じ理由や。魔法が、理解なしに発動せんのも同じやで」
この世界はきっちり辻褄を合わせる。理不尽な世界ではない。何でも可能なチートはないのだ。全て知識から理屈を得て形にする必要がある。無から有は生まれないようになっている。
「抵抗されるとなあ、術の発動が難しゅうなる。けど、発動を止められるわけやないから、力を集めようと魔素が集まってくんねん」
その場の魔素濃度は当然上がっていく。
「それで無理に推し進めようするから、そのうち、小さな綻びができるんよ。世界に穴を空けるようなもんや」
「穴…….」
想像できないのかもしれない。だが、実際に穴である。
「魔素溜まりを見たことあるか?」
これにクイントが答えるより先にファシードがピクンと顔を上げる。
「ぁ、あの中心の黒い点ねっ。あれ、穴だったのねえっ」
「せや。単に濃度が濃いんやない。穴の向こうはな……瘴気に犯された魔素に満ちとる場所や。それが世界に少なからず流れ込んでくるんよ」
「魔素が濃いから点が出来るんじゃないのねえ。点が大きくなるとぉ、魔素が濃くなるぅ?」
「そうゆうことや。まあ、そう長く空けっぱなしにはならん。世界はすぐに空いた穴を塞ごうとするでな。人が怪我した時と同じや」
「なるほど~ぉ。リンちゃぁんは本当に色々知ってるわぁ」
ファシードは楽しくて仕方がない様子だった。そして気付く。
「あらぁ? そうなるとぉ。もしかしてぇ……異世界からの召喚ってぇ、ものすごぉい大きな穴が空いちゃったりしてぇ?」
「その通りや! それも、状態からいって、貫通した怪我とおんなじや。治るんに時間がかかる穴やでな。その間、ごっつい濃い魔素がず~っと流れ込むゆう寸法や! ヤバいやろ!」
「あはっ。ヤバいわ~。その上に千年毎の特大の大繁殖期と重なるのぉ? ヤバいわねぇ」
「あっはっはっ。もう国の一つや二つ、普通に消えてもしゃあないやんなあ。ホンマ、余計なことしてくれるで」
「本当よ~。いやぁねぇ」
あははと笑い合うリンディエールとファシード。だが、クイントや魔法師長達だけでなく、この部屋に居る者達は誰もが理解してしまった。
辺境伯夫妻と長男もだ。次第に顔色が悪くなる。
そんな中でクイントは確認する。はっきりと言葉にして。
「それは……聖皇国が間違っているんですね」
「当たり前やん。だいたい、別の世界から大穴空けてそこに人を落として連れて来るんよ? 誘拐犯な上に、器物損壊罪や。これが悪うなくて、誰が悪いゆうねん。世界中に迷惑かけるんに、自分らは正しいゆうとる。これぞテロリストや。あ~、政治上の暴力主義者ゆうんやったか。まあ、それや。どう思う?」
リンディエールも、これに気付いた時は、ロクでもない国だと思った。いつかどうにかしなければと考えたものだ。しかし、正しい認識が広がらなければ、こちらが犯罪者だ。様子を見るしかないと放置していた。
「最悪ですね。今から滅した方が世のためかと。帰ったら即行で発表します。というか……これまでも研究者が気付いて……消されてましたか」
さすがはクイントだ。察しが良い。聖皇国は良くも悪くも宗教国家。それが自分たちに都合の悪い事実ならば、神敵として討っても全く心が痛まない。
「確認はしとらんけどなあ。その線が濃厚や。ただ……今のままでは憶測でしかない。大多数の人は……その時に直面せんと信じられん生き物や。やから……今回の召喚は見送らんといかん」
ヒストリアも、出来るならばリンディエールが最悪とまで思っている乙女ゲームの舞台となる未来が来ないようにしたかった。だが、真実を話した所で聞くとは思えなかった。全て『神の御意志』で通してしまう相手だ。分かり合えるはずも、歩み寄ることすらできない。
「研究者はなあ……あくまでも『次がないように』とせんと認められんのよ。いくら画期的な考えでも、正しく未来を予見しとってもな。占い師を信じん、根拠のないものは信じられん現実主義者の難儀な所やで……」
「……その通りねぇ……」
ファシードも寂しそうに笑った。
だから研究者の多くは、自分と同じものは見えないのだと、他人を貶したり距離を置いたりする傾向にある。ある意味不貞腐れるともいう。
早急に結果を確認したがるのが大多数の人々。だが、研究とは時間がかかるもの。検証も分かりやすく目に見える結果でないと認めてはもらえないのだ。そうして、溝は深まっていく。
「せやから、今から準備するねん。オババも出て来たことやしな。先ずは、これに気付いとる研究者達を確認して保護するわ。大々的な発表は二年後。ただ、すぐに噂としては流す。一般人が肌で感じて理解するには時間がかかるでな。二年後までに『やっぱおかしい』思う所まで行けたら御の字や」
大厄災まで五年。やるべきことは多いが、やれないことはない。
「そう……ですね。一番これでまずいのは、召喚された者を消されることですか。噂程度ならば、利益を見て出してくると思います」
「打算的な国やでなあ。言い逃れできんように証拠を揃えて、追い詰めて追い詰めて……賠償金はいかほどやろうなあ?」
ニヤリと笑って見せれば、クイントの表情も和らいだ。
「存続できないくらい毟り取ってやりましょう」
「因みに、迷惑料とヒーちゃんへの慰謝料に、研究については時給計算でもらわななあ。どないやオババ、一口乗るか?」
「いいわねぇ。研究費欲しいわぁ」
「ほんならそれもや」
「受け付けるのはお金のみとさせてもらいましょうか」
「それがええ」
「そうして~ぇ」
「承知しました」
これで決まった。
「ほんなら『現実見せて賠償金がっぽり作戦』開始や。目にもの見せたんで!」
「わ~ぁ」
ファシードもパチパチと手を叩いた。
これで晩餐も終わり。クイント達が部屋を出て行くのを見送る。そして、リンディエールも自室へ戻ろうとした時。
初めて兄の声を聞いたのだ。
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読んでくださりありがとうございます◎
また三日空けます。
よろしくお願いします◎
「ヒーちゃんが何も言わんのやったら、まだ準備段階や。あ~、だからか……大繁殖の時期が前倒しになったんは……」
「どういうことです?」
これに答えたのは、まさかのファシードだった。
「あらぁ。やっぱり? おかしいと思ったのよね~。大繁殖期は、それこそ五年後の計算だったのよぉ。それがズレたからなんでかと思ったわぁ」
「やんなあ。これが答えや。やから、ウチも油断しとってん」
町や領が消えるかもしれないのだ。大繁殖期については、聖皇国などに頼らずとも、魔獣や魔物に関係する研究者なら計算している。
もちろん、ヒストリアもだ。そこからリンディエールも正しく把握していた。
「どうゆうことです?」
「ん~、宰相さんは、通常の召喚師がやる召喚術について、どんだけ知っとる?」
この世界には、適性を持つものがほんの一握りだけ居ると言われている『召喚術』というものがある。
それが希少な能力である理由の一つは、同時に『従魔術』が使えなければならないからだ。
喚び出したのが、精霊の類いならばまだ良い。だが、多くは魔獣や魔物になる。その場合、従魔の契約をしなければ襲いかかってくるだろう。
元々、召喚術は従魔達を本来居る場所や特別に作り上げた空間から喚び出すための術だった。
だが、いつしか考え方が変わり、強い魔獣や魔物を喚び出して、従魔の契約をするというものになった。
その後、従魔術も仮契約のような弱いものになっていき、その場限りの契約ですぐに送還、又は討伐という形になっていった。
「術者の力量によって、強い魔獣や魔物を喚び出し、仮契約を結んで敵と戦わせることができるとしか……」
「間違っとるけど間違っとらんな」
「すみません。意味が分かりません」
そうだろうと頷く。正直だ。
「本来の……最初の召喚師と呼ばれるようになった人らの使い方とは変わってしまったんよ」
「使い方ですか?」
「『従魔術の秘伝』といわれとった。召喚術は、従魔達を元の生息地に返したり『従魔の庭』ゆう亜空間への出入りのために作られた術なんよ」
「では……従魔術ありきのものであると?」
「せや。従魔術で生まれた繋がりによって、従魔達を転移させる術やね」
「なるほど……確かに使用方法が変わってしまっていますね」
そう。そして、誤った使い方は歪みを生んだ。
「繋がりもなしに、無作為に喚び出すとな……先ず世界が抵抗するねん。転移や転移門が行ったことのある場所や目に見えとる所でないと無理なんも同じ理由や。魔法が、理解なしに発動せんのも同じやで」
この世界はきっちり辻褄を合わせる。理不尽な世界ではない。何でも可能なチートはないのだ。全て知識から理屈を得て形にする必要がある。無から有は生まれないようになっている。
「抵抗されるとなあ、術の発動が難しゅうなる。けど、発動を止められるわけやないから、力を集めようと魔素が集まってくんねん」
その場の魔素濃度は当然上がっていく。
「それで無理に推し進めようするから、そのうち、小さな綻びができるんよ。世界に穴を空けるようなもんや」
「穴…….」
想像できないのかもしれない。だが、実際に穴である。
「魔素溜まりを見たことあるか?」
これにクイントが答えるより先にファシードがピクンと顔を上げる。
「ぁ、あの中心の黒い点ねっ。あれ、穴だったのねえっ」
「せや。単に濃度が濃いんやない。穴の向こうはな……瘴気に犯された魔素に満ちとる場所や。それが世界に少なからず流れ込んでくるんよ」
「魔素が濃いから点が出来るんじゃないのねえ。点が大きくなるとぉ、魔素が濃くなるぅ?」
「そうゆうことや。まあ、そう長く空けっぱなしにはならん。世界はすぐに空いた穴を塞ごうとするでな。人が怪我した時と同じや」
「なるほど~ぉ。リンちゃぁんは本当に色々知ってるわぁ」
ファシードは楽しくて仕方がない様子だった。そして気付く。
「あらぁ? そうなるとぉ。もしかしてぇ……異世界からの召喚ってぇ、ものすごぉい大きな穴が空いちゃったりしてぇ?」
「その通りや! それも、状態からいって、貫通した怪我とおんなじや。治るんに時間がかかる穴やでな。その間、ごっつい濃い魔素がず~っと流れ込むゆう寸法や! ヤバいやろ!」
「あはっ。ヤバいわ~。その上に千年毎の特大の大繁殖期と重なるのぉ? ヤバいわねぇ」
「あっはっはっ。もう国の一つや二つ、普通に消えてもしゃあないやんなあ。ホンマ、余計なことしてくれるで」
「本当よ~。いやぁねぇ」
あははと笑い合うリンディエールとファシード。だが、クイントや魔法師長達だけでなく、この部屋に居る者達は誰もが理解してしまった。
辺境伯夫妻と長男もだ。次第に顔色が悪くなる。
そんな中でクイントは確認する。はっきりと言葉にして。
「それは……聖皇国が間違っているんですね」
「当たり前やん。だいたい、別の世界から大穴空けてそこに人を落として連れて来るんよ? 誘拐犯な上に、器物損壊罪や。これが悪うなくて、誰が悪いゆうねん。世界中に迷惑かけるんに、自分らは正しいゆうとる。これぞテロリストや。あ~、政治上の暴力主義者ゆうんやったか。まあ、それや。どう思う?」
リンディエールも、これに気付いた時は、ロクでもない国だと思った。いつかどうにかしなければと考えたものだ。しかし、正しい認識が広がらなければ、こちらが犯罪者だ。様子を見るしかないと放置していた。
「最悪ですね。今から滅した方が世のためかと。帰ったら即行で発表します。というか……これまでも研究者が気付いて……消されてましたか」
さすがはクイントだ。察しが良い。聖皇国は良くも悪くも宗教国家。それが自分たちに都合の悪い事実ならば、神敵として討っても全く心が痛まない。
「確認はしとらんけどなあ。その線が濃厚や。ただ……今のままでは憶測でしかない。大多数の人は……その時に直面せんと信じられん生き物や。やから……今回の召喚は見送らんといかん」
ヒストリアも、出来るならばリンディエールが最悪とまで思っている乙女ゲームの舞台となる未来が来ないようにしたかった。だが、真実を話した所で聞くとは思えなかった。全て『神の御意志』で通してしまう相手だ。分かり合えるはずも、歩み寄ることすらできない。
「研究者はなあ……あくまでも『次がないように』とせんと認められんのよ。いくら画期的な考えでも、正しく未来を予見しとってもな。占い師を信じん、根拠のないものは信じられん現実主義者の難儀な所やで……」
「……その通りねぇ……」
ファシードも寂しそうに笑った。
だから研究者の多くは、自分と同じものは見えないのだと、他人を貶したり距離を置いたりする傾向にある。ある意味不貞腐れるともいう。
早急に結果を確認したがるのが大多数の人々。だが、研究とは時間がかかるもの。検証も分かりやすく目に見える結果でないと認めてはもらえないのだ。そうして、溝は深まっていく。
「せやから、今から準備するねん。オババも出て来たことやしな。先ずは、これに気付いとる研究者達を確認して保護するわ。大々的な発表は二年後。ただ、すぐに噂としては流す。一般人が肌で感じて理解するには時間がかかるでな。二年後までに『やっぱおかしい』思う所まで行けたら御の字や」
大厄災まで五年。やるべきことは多いが、やれないことはない。
「そう……ですね。一番これでまずいのは、召喚された者を消されることですか。噂程度ならば、利益を見て出してくると思います」
「打算的な国やでなあ。言い逃れできんように証拠を揃えて、追い詰めて追い詰めて……賠償金はいかほどやろうなあ?」
ニヤリと笑って見せれば、クイントの表情も和らいだ。
「存続できないくらい毟り取ってやりましょう」
「因みに、迷惑料とヒーちゃんへの慰謝料に、研究については時給計算でもらわななあ。どないやオババ、一口乗るか?」
「いいわねぇ。研究費欲しいわぁ」
「ほんならそれもや」
「受け付けるのはお金のみとさせてもらいましょうか」
「それがええ」
「そうして~ぇ」
「承知しました」
これで決まった。
「ほんなら『現実見せて賠償金がっぽり作戦』開始や。目にもの見せたんで!」
「わ~ぁ」
ファシードもパチパチと手を叩いた。
これで晩餐も終わり。クイント達が部屋を出て行くのを見送る。そして、リンディエールも自室へ戻ろうとした時。
初めて兄の声を聞いたのだ。
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