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連載
615 伝説の……
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2017. 9. 4
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黒い獣達は、際限なく向かってくる。もう既に百や二百の話ではない。というか大抵、シェリスの広範囲魔術によって一撃で百近い数が消し飛んでいる。それをもう、何度放たれただろうか。
「あいつ、まだ平気なのか?」
シェリスは一定のリズムで掃討している。だが、それでもさすがにもうかれこれ一時間。魔力の底も見える頃だ。
ルクス自身、そろそろ一度下がらなければキツイ。そこへ、ゼノスバートとユメルがやってきた。
「ルクス、一旦下がりなさい」
「ゼノ様……」
ゼノスバートは少し休んだらしい。冒険者達は、長期戦の構えで交代で後衛に下がって休んでいるのだ。
「わかりました……」
ルクスは剣に魔力を付与していることもあり、戦果に比例する消耗があった。そうしてサルバの方を見ると、その先に見えていたウィストの黒い柱が消えているのことに気付く。
「っ、カル様……なら、こっちももうすぐか」
ウィストではカルツォーネが魔獣の発生源を何とかすると言っていた。これが解決したならば、すぐにクロノスの向かったサガンへと移動するだろう。
「よし」
後少しだと気合いを入れ、外門まで下がる。
ルクスは鞄から体力回復薬と魔力回復薬を取り出しどちらにすべきか迷う。
実は、この二つは飲み合わせが悪いらしく、両方を求めると効果が相殺されて意味がなくなるのだ。それは、ティア謹製の薬でも同じだった。
「さて、どうするか」
そうして、外門の上を見る。何かざわついているように感じたからだ。
「何かあったか……?」
多くの者が外門から身を乗り出すようにして遠くを見ているのが分かる。ルクスは状況を確認しようと上へ登った。
ザワザワとした声は、何だか怯えている。しかし、その中ではっきりとしたシェリスの声が響いた。
「まったく、これは……」
本気で困惑するようなその声音に、少々動揺する。何が起きても平然としているのがシェリスだ。そのシェリスがどうしたものかと声に滲ませるほど困惑している。どんな事態が起きたのかと、ルクスはそちらへ目を向けた。
「なっ……山?」
黒い山だ。
それがゆっくりと、それも確実にこちらへと向かってきている。木々をなぎ倒し、進むその頭には、長い数本の触手のように見えるものがある。
次第に近付いてくるそれが、明け方の薄明かりに照らされて見えるようになった。
「っ……ドラゴンっ?」
触手に見えていたのは幾つもある長いドラゴンの頭。これの正体を知っているのはシェリスしかいなかった。
「……ヒュドラですか……また厄介なものを」
「え……」
これを聞いた周りはシンと静まり返る。
「ヒュドラ……」
「あの伝説の戦いの……」
「マジかよ……」
それは、赤髪の冒険者が戦ったという伝説の魔獣。ドラゴンのように見えるが翼はなく、いく本もの首が付いている。
一説ではドラゴンの変異体だと言われ、また一説では蛇がより集まり怨念を持って誕生したものだと言われる。
毒の息を吐き、血もまた猛毒を持つ。かつて国を三日間で十以上死滅させた魔獣だ。それが、オリジナルではないとはいえ、蘇った。この恐怖は計り知れない。
「さて、どうしましょうか……」
誰もが息をのんで、シェリスの次の言葉を待つ。そこで、声が聞こえてきた。
《お~い、シェリー》
シェリスをシェリーと呼ぶのは、ティアやカルツォーネ達くらいだ。一体誰の声だったろうとルクスは眉を寄せた。
一方、シェリスはピクリと眉を上げ、ツカツカと外門の外側の壁へ向かう。そして、確認したものを見て片手で額を押さえると、心底呆れた様子で指示を出した。
「全員、一番手前の防衛戦まで下がらせなさい」
「え? で、ですが」
「ヒュドラは私達で何とかします。そこのルクス君とボランを中心に、通り抜けていくヒュドラ以外を退治していきなさい。あちらは大分勢いがなくなってきたようですし、何とかなるでしょう」
確かにヒュドラが見えてから、目に見えて魔獣の数が減った。
「俺は別に構わないが、後衛まで下がっていいのか?」
「いいんです。距離を置かないと巻き込まれます。さっさとしなさい」
「わかった……これやる」
「魔力回復薬……ティアの作った物ですか……有り難くいただいておきましょう。どのみち飲む事になったでしょうから」
そうして、階段を下りる間にルクスは体力回復薬を飲み、マーナ達の伝達によって、最後衛まで戻ってきた冒険者達と合流する。
そして、上からは感じなかったヒュドラの巨大さを実感する。まだ距離はかなりあるが、前方に見えている森を覆おうような黒い靄。足音は相変わらず聞こえず、鳴き声も聞こえない。しかし、代わりにメキメキと木をなぎ倒す音が聞こえる。
そのヒュドラの前に赤い巨体が見えた。
「マティとティア?」
そんなはずはないと思いながら、それを見つめる。後ろにいるヒュドラのせいで大きさが把握し辛いが、マティよりも一回りくらい大きいように思った。
その背に乗っている赤髪の人物は、成長したティアに良く似ていた。しかし、そこで気付く。つい最近見た伝説の人ではないかと。
「まさか……」
「ルクス。あれは誰だ? マティに乗っているようだが……」
戻ってきたゼノスバートが目を細めてその人を見る。その隣にやってきたのは、シアンとユメル、カヤルだ。
「ねぇねぇ、ルクス君。あれはマティちゃんとティアちゃん?」
「いえ……その……マティアス様かと……」
「マティちゃん?」
「いえ、奥様。マティアス様です。マティアス・ディストレア。伝説の赤髪の冒険者です」
「え? あのカル様のお友達の?」
「そ、そんなはずはっ」
シアンはそれほど驚いていないようだが、ゼノスバートは赤髪の冒険者の大ファンだ。かなり動揺している。
その時、シェリスが魔術を放つ。ヒュドラを少々足止めした。そして、拡声の魔術で声を響かせる。
『マティ。昔の奴と同じならば、再生力のない首を見つけないといけません。他を切り落としたら増えますよ』
そんなものなのかと、皆がポカンと口を開ける。
すると、同じように拡声の声が響く。
『《昔みたいに増やすだけ増やしてイソギンチャクのようにするのも面白いぞ。もう一度見たいと思ってたんだ》』
何言ってんだと皆、口は開けたままだ。
『あの時は、周りに街も村ももうなかったので遊んでも問題はありませんでしたが、ここは街の手前ですよ』
『《そんじゃ、せめてなるべく私だけでやらせてくれ。お前は街に毒が回らないように頼む》』
『……わかりました……もう死んでますから死なないとは思いますが、気を付けてください』
『《当然だな。それに、ティアの今の家族がいるんだ。被害も出させんよ》』
そんな言葉を聞きながら固まっていれば、戦闘が始まる。
ルクス達は完全に蚊帳の外だった。
**********
舞台裏のお話。
シェリス「はぁ……これは気合いを入れますか……」
マーナ「あ、あの……あれはマティちゃんではないですよね?」
シェリス「みたいですね」
マーナ「ティアさんぽく見えますけど、ティアさんじゃないですよね?」
シェリス「そうですね。あのバカは死んでも治りません」
マーナ「死ん……」
シェリス「あの時もそれなりに苦労したというのに……あれは遊んでたんですね……そうですか、そうですか……」
マーナ「あ、あの……マスター?」
シェリス「あ、念のため魔術師達に、アレは毒の息を吐くので風で空へ散らせるよう指示してください。一応はある程度散らせば、清浄な風で解毒されます。毒霧は下に溜まる性質があるので」
マーナ「わ、わかりました。それで、あの方は?」
シェリス「赤髪の冒険者ですよ。一応、あれと遊べるくらいの力量はあると保証します」
マーナ「え……ええっ!?」
クレア「それは本当かいっ!」
シェリス「……ええ……クレア、あなた何してるんです。それは私の休憩用の椅子ですよ?」
クレア「うん? 構わないだろう? あ、マスター、近くで見えるようにとかできないかい?」
シェリス「本気で見ものに回るとは……」
マーナ「え~……」
つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎
クレアママはシェリスさえ困惑させます。
こっちのママも登場です。
次回、もう一週お休みいただきます。
次は月曜11日0時です。
よろしくお願いします◎
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黒い獣達は、際限なく向かってくる。もう既に百や二百の話ではない。というか大抵、シェリスの広範囲魔術によって一撃で百近い数が消し飛んでいる。それをもう、何度放たれただろうか。
「あいつ、まだ平気なのか?」
シェリスは一定のリズムで掃討している。だが、それでもさすがにもうかれこれ一時間。魔力の底も見える頃だ。
ルクス自身、そろそろ一度下がらなければキツイ。そこへ、ゼノスバートとユメルがやってきた。
「ルクス、一旦下がりなさい」
「ゼノ様……」
ゼノスバートは少し休んだらしい。冒険者達は、長期戦の構えで交代で後衛に下がって休んでいるのだ。
「わかりました……」
ルクスは剣に魔力を付与していることもあり、戦果に比例する消耗があった。そうしてサルバの方を見ると、その先に見えていたウィストの黒い柱が消えているのことに気付く。
「っ、カル様……なら、こっちももうすぐか」
ウィストではカルツォーネが魔獣の発生源を何とかすると言っていた。これが解決したならば、すぐにクロノスの向かったサガンへと移動するだろう。
「よし」
後少しだと気合いを入れ、外門まで下がる。
ルクスは鞄から体力回復薬と魔力回復薬を取り出しどちらにすべきか迷う。
実は、この二つは飲み合わせが悪いらしく、両方を求めると効果が相殺されて意味がなくなるのだ。それは、ティア謹製の薬でも同じだった。
「さて、どうするか」
そうして、外門の上を見る。何かざわついているように感じたからだ。
「何かあったか……?」
多くの者が外門から身を乗り出すようにして遠くを見ているのが分かる。ルクスは状況を確認しようと上へ登った。
ザワザワとした声は、何だか怯えている。しかし、その中ではっきりとしたシェリスの声が響いた。
「まったく、これは……」
本気で困惑するようなその声音に、少々動揺する。何が起きても平然としているのがシェリスだ。そのシェリスがどうしたものかと声に滲ませるほど困惑している。どんな事態が起きたのかと、ルクスはそちらへ目を向けた。
「なっ……山?」
黒い山だ。
それがゆっくりと、それも確実にこちらへと向かってきている。木々をなぎ倒し、進むその頭には、長い数本の触手のように見えるものがある。
次第に近付いてくるそれが、明け方の薄明かりに照らされて見えるようになった。
「っ……ドラゴンっ?」
触手に見えていたのは幾つもある長いドラゴンの頭。これの正体を知っているのはシェリスしかいなかった。
「……ヒュドラですか……また厄介なものを」
「え……」
これを聞いた周りはシンと静まり返る。
「ヒュドラ……」
「あの伝説の戦いの……」
「マジかよ……」
それは、赤髪の冒険者が戦ったという伝説の魔獣。ドラゴンのように見えるが翼はなく、いく本もの首が付いている。
一説ではドラゴンの変異体だと言われ、また一説では蛇がより集まり怨念を持って誕生したものだと言われる。
毒の息を吐き、血もまた猛毒を持つ。かつて国を三日間で十以上死滅させた魔獣だ。それが、オリジナルではないとはいえ、蘇った。この恐怖は計り知れない。
「さて、どうしましょうか……」
誰もが息をのんで、シェリスの次の言葉を待つ。そこで、声が聞こえてきた。
《お~い、シェリー》
シェリスをシェリーと呼ぶのは、ティアやカルツォーネ達くらいだ。一体誰の声だったろうとルクスは眉を寄せた。
一方、シェリスはピクリと眉を上げ、ツカツカと外門の外側の壁へ向かう。そして、確認したものを見て片手で額を押さえると、心底呆れた様子で指示を出した。
「全員、一番手前の防衛戦まで下がらせなさい」
「え? で、ですが」
「ヒュドラは私達で何とかします。そこのルクス君とボランを中心に、通り抜けていくヒュドラ以外を退治していきなさい。あちらは大分勢いがなくなってきたようですし、何とかなるでしょう」
確かにヒュドラが見えてから、目に見えて魔獣の数が減った。
「俺は別に構わないが、後衛まで下がっていいのか?」
「いいんです。距離を置かないと巻き込まれます。さっさとしなさい」
「わかった……これやる」
「魔力回復薬……ティアの作った物ですか……有り難くいただいておきましょう。どのみち飲む事になったでしょうから」
そうして、階段を下りる間にルクスは体力回復薬を飲み、マーナ達の伝達によって、最後衛まで戻ってきた冒険者達と合流する。
そして、上からは感じなかったヒュドラの巨大さを実感する。まだ距離はかなりあるが、前方に見えている森を覆おうような黒い靄。足音は相変わらず聞こえず、鳴き声も聞こえない。しかし、代わりにメキメキと木をなぎ倒す音が聞こえる。
そのヒュドラの前に赤い巨体が見えた。
「マティとティア?」
そんなはずはないと思いながら、それを見つめる。後ろにいるヒュドラのせいで大きさが把握し辛いが、マティよりも一回りくらい大きいように思った。
その背に乗っている赤髪の人物は、成長したティアに良く似ていた。しかし、そこで気付く。つい最近見た伝説の人ではないかと。
「まさか……」
「ルクス。あれは誰だ? マティに乗っているようだが……」
戻ってきたゼノスバートが目を細めてその人を見る。その隣にやってきたのは、シアンとユメル、カヤルだ。
「ねぇねぇ、ルクス君。あれはマティちゃんとティアちゃん?」
「いえ……その……マティアス様かと……」
「マティちゃん?」
「いえ、奥様。マティアス様です。マティアス・ディストレア。伝説の赤髪の冒険者です」
「え? あのカル様のお友達の?」
「そ、そんなはずはっ」
シアンはそれほど驚いていないようだが、ゼノスバートは赤髪の冒険者の大ファンだ。かなり動揺している。
その時、シェリスが魔術を放つ。ヒュドラを少々足止めした。そして、拡声の魔術で声を響かせる。
『マティ。昔の奴と同じならば、再生力のない首を見つけないといけません。他を切り落としたら増えますよ』
そんなものなのかと、皆がポカンと口を開ける。
すると、同じように拡声の声が響く。
『《昔みたいに増やすだけ増やしてイソギンチャクのようにするのも面白いぞ。もう一度見たいと思ってたんだ》』
何言ってんだと皆、口は開けたままだ。
『あの時は、周りに街も村ももうなかったので遊んでも問題はありませんでしたが、ここは街の手前ですよ』
『《そんじゃ、せめてなるべく私だけでやらせてくれ。お前は街に毒が回らないように頼む》』
『……わかりました……もう死んでますから死なないとは思いますが、気を付けてください』
『《当然だな。それに、ティアの今の家族がいるんだ。被害も出させんよ》』
そんな言葉を聞きながら固まっていれば、戦闘が始まる。
ルクス達は完全に蚊帳の外だった。
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舞台裏のお話。
シェリス「はぁ……これは気合いを入れますか……」
マーナ「あ、あの……あれはマティちゃんではないですよね?」
シェリス「みたいですね」
マーナ「ティアさんぽく見えますけど、ティアさんじゃないですよね?」
シェリス「そうですね。あのバカは死んでも治りません」
マーナ「死ん……」
シェリス「あの時もそれなりに苦労したというのに……あれは遊んでたんですね……そうですか、そうですか……」
マーナ「あ、あの……マスター?」
シェリス「あ、念のため魔術師達に、アレは毒の息を吐くので風で空へ散らせるよう指示してください。一応はある程度散らせば、清浄な風で解毒されます。毒霧は下に溜まる性質があるので」
マーナ「わ、わかりました。それで、あの方は?」
シェリス「赤髪の冒険者ですよ。一応、あれと遊べるくらいの力量はあると保証します」
マーナ「え……ええっ!?」
クレア「それは本当かいっ!」
シェリス「……ええ……クレア、あなた何してるんです。それは私の休憩用の椅子ですよ?」
クレア「うん? 構わないだろう? あ、マスター、近くで見えるようにとかできないかい?」
シェリス「本気で見ものに回るとは……」
マーナ「え~……」
つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎
クレアママはシェリスさえ困惑させます。
こっちのママも登場です。
次回、もう一週お休みいただきます。
次は月曜11日0時です。
よろしくお願いします◎
応援ありがとうございます!
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