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第一幕 第一章 家にいる気はありません

057 まるで若い夫婦みたいねえ

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2019. 2. 16

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ターザはかなり怒っていた。それは、感じる雰囲気からも窺い知れる。

彼が怒るのは、カトラのためだけ。自分自身の問題ではほとんど怒らない。唯一、怒りの感情を見せるのはカトラが関わった時だけなのだ。

「お前のような多くの欲と業だけでできている者がカーラの側にいる事を許されると思っているのか?」

静かに怒るターザ。口調がいつものものと違っていた。

「わ、わたしはっ……っ」
「口を開くな」
「っんッ!?」

それで口が開かなくなった。

「目を閉じろ」
「ッ!?」

ギラギラとしていた目が閉じられる。だが、眼球は瞼の裏で忙しなく動いているのが分かった。

「ブタに指も必要ない」
「ンンッ! ンッ!?」

指先の関節が曲がり、まるでネコの手のようになる。力が入っているのかフルフルと震えていた。

ここまでくると、見ていた侯爵やカルダ達もその異常な事態に恐怖を覚えはじめていた。

「息もする必要がないかもな」
「っっッ!! っっ……ッ」

子爵は息ができなくなってもがく。だが、壁に張り付けられていて動くこともままならない。

そこでようやくカトラが口を開いた。

「殺しちゃダメだよ。ターザ」
「……息をしろ」
「ッ!!!!」

口を開けない子爵は、必死に鼻から空気を取り込む。かなり苦しそうだ。

だが、カトラはそこまで助けてやるつもりはない。ターザほどではないにしても、カトラも充分に不快な思いをしていたのだから。

ここが商業ギルドではなく、侯爵達が居なければターザを止めなかっただろう。

止められたことに少々不満そうなターザの顔を確認する。近付いていくと、自然に手を伸ばされ抱きしめられた。

そういうつもりで近付いたわけじゃないのだがと下から見上げると、ようやくいつものターザの雰囲気が戻ってきているのが感じられた。

そして、未だに喘ぐ子爵を見ることなく告げる。

「口から息をしろ」
「あっ、ひゅっ、はっ、はっ、はっ……っ」
「目を開けてこちらを見ろ」
「っ、あっ、あっ……っ」

これでもかと見せつけるように、ターザは笑みを浮かべながらカトラを抱き締めて見せる。

「わかったな? この建物を出て以降、カーラに近付いた場合、お前の心臓は止まるぞ」

目を見開いてその言葉を聞いた子爵は、理解していた。先ほどまでの強制力。手は未だに開くことができず、ネコの手のままだ。

ならば、その言葉は真実。嘘ではないのだ。

その時、彼を壁に縫い止めていた黒い針がその体の中に入っていく痛みを感じて悲鳴を上げた。

「ぐぎゃぁぁぁっ」
「声は小さく」
「っぅぅくっ」

これで子爵は大きな声が出せなくなった。そして、針が体の中に消えたことで、張り付けから解放され、床に座り込んだ。

そのまま茫然自失とはならず、男は這ってなんとか部屋から出ようと動きはじめた。この建物から出ることの恐怖はあるが、それよりもこれ以上何かを強制されてしまうことの方が恐ろしかったのだろう。

「ナワちゃん、連れてって」
《ー護衛の方の所までお届けしますー》

部屋のドアが自然に開く。外からナワちゃんが開けたらしい。ナワちゃんは分身し、男を絡め取るとそのまま引きずって行った。

再びドアが自然に閉められるというところで、外で立ち尽くしている男が目に入った。

マリウスが席を立ち、声を上げる。

「ガラドっ」
「っ、殿下……ご無事で……」

部屋の中の異常な雰囲気に、ガラドは入ることをためらっていた。

この中で最もその雰囲気を出しているであろう中心人物の一人、カトラが口を開く。

「お迎えだね。メル君とセリ君が隣にいるはずだけど」
「はっ、はい……こちらに……」

無邪気に何も知らず駆け寄ってくる双子を、カトラはターザの腕から逃れて、少し屈むようにして抱き止める。

座り込めなかったのは、ターザが後ろに回って腰の辺りに腕を回し変えたからだ。

「ん? おにいさん、はなれない?」
「おにいさん、すきすきなの?」

カトラを二人占めできなかったことに首を傾げながら抗議する双子達。

「君達も、くっ付いたら離したくないでしょ?」
「「うんっ」」
「それと一緒」
「「そっかー」」
「……」

子どもと一緒か。ならば仕方ないからくっ付けておく。子ども達に離れろとは言えないのだから。

「ふふっ、まるで若い夫婦みたいねえ」

最もこの場で復活が早かったのはギルドマスターだった。さすがに経験してきた修羅場が違うからだろう。

「そう見える? 良い目してるね」
「でしょう? 商業ギルドのマスターは伊達じゃないのよ」
「なるほどね」

どうでもいいが、挟んで話さないで欲しい。子ども達も離れないし身動きが取れない。

もう一つ言えば、今のターザは『夫』ではなく『手のかかる長男』だ。『甘える年の離れた弟達にヤキモチを妬く長男』の図だろう。

その様子を見ていた侯爵が大きく息を吐いた。

「まるで別人のようだね。どっちが本当の君なんだい?」
「ん? 俺のことを言ってるの? どっちって言われても、どっちもかな。力の入れ具合が違うだけだよ」
「ほお……」

侯爵はターザを見定めようしているようだ。唐突に現れたターザは敵なのか、味方として受け入れられるものなのかどうか。

先ほどの圧倒的なまでの威圧と命令。それがこちらに向く可能性があれば、恐ろしいことだと思っているのだ。これに気付かないターザではない。

「俺はね。カーラの為にならない者と判断したら敵になるよ。それがどこの貴族や王であっても、神にすら手出しさせる気はないんだ」
「っ……」

少しだけ振り返って見上げたターザの目は、怪しい光を宿していた。挑発的で、絶対の自信を誇るようだ。

「ターザ、侯爵はベジラブの後見になってくれたんだよ? 危害は加えないで」
「わかってるよ。なら言い換える。カーラとカーラの大事にしてる人たちのためにならないって判断したら切るからそのつもりでね」
「う、うむ……気をつけよう」

さすがは王子。侯爵なんて地位、歯牙にもかけていなかった。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、21日の予定です。
よろしくお願いします◎
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