精霊に嫌われている転生令嬢の奮闘記

あまみ

文字の大きさ
1 / 91
1章

1−1

しおりを挟む
 「好きなの」

 その言葉に頭が真っ白になった。自分の指先が冷えていく。背中につけているコンクリートの壁が冷たくてなんだか寒い。
 もう一度意を決して、改めて声の主を確認するために振り返って壁の向こうをそっと覗いた。
 やはり声の主は親友の舞花だった。舞花は頬を赤らめて目を潤ませている。
 ああ、やっぱり可愛いなあ……
 舞花のサラサラのストレートヘアが風に靡いている。小さい肩を震わせ、大きな黒目がちの瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。
 その立ち姿はまるで映画のワンシーンのようだった。
 私にないものを全部持っていて、私が一番なりたい女の子。

「アズちゃんにも言えなくて、苦しくて、でも拓巳くんに伝えくて……」

 思わぬところで自分の名前が出てきて心臓が跳ね上がる。思いを告げられている相手はこちらを背にしているので表情は窺い知れない。
 十年間ずっと見てきた背中に胸が苦しくなる。
 私がずっと大好きな男の子。ちょっと優柔不断だけど、優しくて、笑うとえくぼができる幼馴染。鼻の奥がツンとしてきてその光景からたまらず目を逸らす。
 ふと自分の足元を見ると日焼けした筋肉質の足がスカートから覗いている。テニス部の部員である自分はしょうがないと分かっていても、舞花の透き通るような肌が恨めしい。髪だってちょっとは女の子らしくポニーテールにしてても毛先は陽に焼けて赤茶っぽく染まっている。

 きっと二人は付き合うだろう。お似合いの二人だし、笑顔で「良かったね、おめでとう」って言わなきゃ。
 舞花には言いづらかったことを謝って、拓巳には茶化してみたりして。
 三人で帰ろうと思っていたけど、二人で帰った方がいいだろうし今日は一人で帰ろう。明日には二人は報告してくれるかな。
 そこまで思った途端涙が溢れてくる。

 「ありがとう、俺……」

 拓巳の言葉に集中して耳を傾けている時だった。突然私の足元から眩い光が溢れ出した。
 地面のはずなのに光の沼に入ったようにズブズブと足が沈んでいく。言いようのない恐怖に私は思わず叫んだ。

 「きゃああああ」
 「アズ!!」

 名前を呼ぶ声に振り向くと、拓巳が駆け寄り、私の腕を掴んだ。

 「拓巳!」

 身体はもうお腹の辺りまで沈んでいた。拓巳は私を引き上げようとするも、身体は底なし沼のようにどんどん沈んでいく。
 必死な様子の拓巳の額には汗が滲んでいる。

 「しっかり掴まれ! 絶対離すなよ」
 「何よこれ! 助けて!」

 後ろでは舞花が驚いた表情で立ち尽くしている。ふと、舞花と視線が合う。舞花にも救いを求めるように名前を呼ぼうとした時だった。
 舞花は私に向かって笑顔を見せた。花が綻ぶように、綺麗な顔で。だけど私が初めて見る舞花の笑顔だった。
 舞花の笑顔は何度も見ているはずなのに、背筋の凍るような笑みだった。
 親友の初めて見る表情に唖然としていると、舞花は口元だけで私にはっきりとわかるようにゆっくりと動かした。

 ─バイバイ

 口の動きが読み取れてあっと思った瞬間ずるんと吸い込まれてしまい、拓巳の手が離れてしまった。
 まるで洗濯機の中に放り込まれたようなぐるぐるとした衝撃が襲う。
 目が開けられない。恐怖で頭がいっぱいになると同時になぜか先程の舞花の笑顔と拓巳の必死な表情が浮かぶ。

 私、死ぬのかな……。

 そう思った瞬間、そこで私の意識はそこでなくなった。

 どれくらい経ったかはわからない。目が開けられなくて、夢の中にいるような感覚がする。自分の体が動かない。

 ─かわいそうに、厄介なのに付き纏われているようだ。ああ、だが珍しい守護を受けているな。

 頭の中に声が響いてくる。男の人のような優しい声。

  誰?私はどうなったの?

 ─お前は生まれ変わるのだ。

  私は死んでしまったの?

 ─そうとも言えるし、あるべきところへ帰ったとも言う。

  あるべきところ?もう元には帰れないの?

 ─ああ、その代わりと言ってはなんだがお前に力を授けよう。あらゆる困難に立ちむかえるように。お前は傍観者でいることもできるし、関わることもできる。

  どういうこと?

 ─これからお前が生まれ変わる世界は今までいた世界とは全く異なる。苦労もあるだろうがお前にはすでに守護するものがあるから守られるだろう。
 
  世界?私は生まれ変わるの?

 ─そうだ、二度目の生を謳歌せよ。時間がきたようだ。

  待って!私、まだあなたに聞きたいことが!

 ─また会うこともあるだろう。ではな。

 そして私はまた意識が遠のくのを感じた。会話した相手の名前を聞くのを忘れたと気づいた時にはもう遅かった。



 どれくらい時間が経ったのだろう。ふわふわと身体は軽い。心地よい水に浮いているかのようだ。
 暖かくて気持ちが良くて、ずっとこうしていたいようなまるでまどろみの中にいるような感覚だった。
 その時だった。突然身体が押し出される。頭がぎゅうぎゅうと締め付けられて痛みと苦しさでいっぱいになる。
 苦しさから解放されたと思ったら今度は視界が眩しさでいっぱいになった。瞼を開けるも視界がぼやけてうまく見えない。

 「奥様! 可愛らしい女の子ですよ!」

 声がしたと思ったら柔らかくて暖かいものに包まれた。

 「ああ、なんて可愛らしいの!」

 ぼやける視界に泣いている女の人の顔が視界いっぱいに映る。

 ああ、私生まれ変わったのね。


 こうして私は謎の声の言う通りアリア・サーナイトとして第二の人生を歩むことになったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

処理中です...