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1章
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私、アリア・サーナイトには前世の記憶がある。
だが、断片的にしか覚えていない。前世は16歳の女の子で普通の女子高校生だった。
ここより技術が発達していて、馬のいらない馬車とか、映像を映し出す薄い板とか不思議なもので溢れているけどこの世界にある魔法がない世界。
名前はアズって呼ばれていたこと。見た目だって今と全然違う。
前世では日に焼けて浅黒かった肌は今は陶器のように白いし、あんなに悩まされたおでこのニキビだってない。少し茶色がかった瞳は今は翡翠のような色の瞳だし、赤茶の傷んだ髪は今はつやつやのハニーブロンドだ。唯一共通しているのは胸が慎ましいことくらいだ。
まだ十歳なのでこれからの成長に期待したいところである。
「お嬢様、お支度ができましたよ」
鏡の中の自分の顔を見ながらそんなことをぼーっと思っているうちに、メイドのハンナが髪にお気に入りのグリーンにピンクの花が刺繍されたリボンを結び終えながら言った。
「ありがとう、ハンナは本当に器用ね」
にっこりと笑顔で鏡越しにハンナにお礼を言うとハンナは嬉しそうに微笑んだ。
「お嬢様だってお菓子作りがお上手ではないですか」
「私はお菓子を作るのは得意とも言えるかもしれないけれど、髪を自分で結うことはできないわ」
「お嬢様が身の回りのお支度がご自分でできるようになってしまってはハンナの仕事がなくなってしまいます」
実は服は自分で着ることができるとは言わないでおこう。ハンナは知ってしまったらショックを受けかねない。
でも、平均的な貴族の十歳ってどこまで自分でやるものなのかしら。そんなことをつらつらと考えているうちに部屋にノックの音が響きわたった。
「アリア! おはよう。迎えにきたよ、食堂まで一緒に行こう」
エヴァンお兄様が私ににこやかに笑いかけた。二つ上のエヴァンお兄様は妹の私から見てもとても美形だ。
私と同じハニーブロンドの髪に瞳も同じ翡翠の色でスッと綺麗な鼻筋に薄い唇、少し背がまた伸びて私より頭ひとつぶん高い。
いつもニコニコしていて優しいし、前世では長女だった私は兄というものに憧れていたぶんエヴァンお兄様が大好きだ。
「今日も可愛いね、リボンとお揃いにしたのかな? グリーンのワンピースが素敵だね」
エヴァンお兄様のお褒めの言葉にハンナも嬉しそうだ。エヴァンお兄様はさりげなくこうやって女性を素直に褒めて喜ばせるのが上手だ。
他の貴族のお茶会に招かれては、よそのお嬢様方をメロメロにしているという。お兄様お付きの従者がこっそり教えてくれた。
十ニ歳でこの調子なら大人になったらどうなるか今から考えると恐ろしい気もする。とりあえず、修羅場とかにお兄様が巻き込まれないように祈っとこう。
「ありがとう、お兄様。シリルもおはよう」
お兄様の後ろに控えていた従者のシリルにも声をかける。シリルはニヤッと口の端を上げながら「おはようございます」と挨拶をする。
それを見ていたハンナがすかさずシリルの後ろに回り込む。
「なんですか、その態度は?」
「なんだよ! 普通に挨拶しただけじゃんか!って、痛てててて」
あれはどこかをつまみげているな……痛そう。
その様子を見ているとエヴァンお兄様は苦笑いしながら「さ、行こうか」と私の手を取った。
「あ! エヴァン様! 助けてくださいよお!」
先を行こうとした私達にすかさずシリルがお兄様に助けを求めた。
するとお兄様は「日頃の行いのせいじゃないか。ハンナに教育してもらいなよ」とどこか黒い笑みを浮かべる。
お兄様は女性には分け隔てなく紳士的だが男には冷たい。特に従者のシリルは常にヘラヘラしているので真面目なお兄様と正反対だ。
きっと私の知らないところで何かやらかしているのだろう……。剣の腕はいいのにどこか残念な従者である。
「あなたって人は日頃から従者としての自覚がなさすぎるのです! いつもいつも─」
ハンナのお説教が始まった。ハンナとシリルはこのサーナイト家に仕える一族で、お互い従兄弟同士である。
いつも残念なシリルはしっかり者のハンナには頭が上がらない。その様子に肩をすくめると、私はお兄様の手を引いて歩き出した。
ああなったハンナは長いし、先に行ってしまおう。
「そういえば、もうすぐティア姉さんが帰ってくるようだよ」
「そうなの? この間帰ってきたばかりじゃない?」
「姉さんはアリアが大好きだからね」
一番上のティア姉様は確か学園の中等部二年でこの間夏季休暇で帰ってきたはずだ。生徒会の総選挙に出るかもしれないと嘆いていた。
私としてはそのまま生徒会に入ってもらい、うちになるべく帰ってくる頻度を減らしてほしいと思っている。
お姉様の私に対する愛情表現はちょっと煩わしい。
帰ってくるたびにひっついてくるし、一緒にベッドで寝たがるし、まるで前世の年の離れた妹を思い出す。四歳離れた姉なのに五歳児と同じって……。
しかも姉様が帰ってくるってことはもちろん精霊も一緒にいるのだろう。
今からそのことを思うとなんだか気が重い。そんな私の様子を感じ取ったのかエヴァンお兄様が私の頭を撫でる。
「大丈夫だよ、精霊は呼ばなければ姿を表さないし、アリアには危害を加えることはないよ」
「それは、わかっているけど……いつか仲良くなれるかしら」
私は精霊に嫌われている。
特に姉様の守護精霊に毎回威嚇されるほど。
最初こそ人見知りと思って慣れるまで頑張ろうと思って色々対話を試みたけれど、いつもフンとそっぽを向いてどこかへ行ってしまう。
ティアお姉様がこんなに頻繁に家に帰ってくるのも、私に気を遣って精霊と仲を取り持つためもある。わかっているけど毎回辛辣な対応をされればへこんでしまう。
「僕が契約する守護精霊とはきっと仲良くなれるさ」
お兄様はそう微笑んで私の手を握りしめた。
だが、断片的にしか覚えていない。前世は16歳の女の子で普通の女子高校生だった。
ここより技術が発達していて、馬のいらない馬車とか、映像を映し出す薄い板とか不思議なもので溢れているけどこの世界にある魔法がない世界。
名前はアズって呼ばれていたこと。見た目だって今と全然違う。
前世では日に焼けて浅黒かった肌は今は陶器のように白いし、あんなに悩まされたおでこのニキビだってない。少し茶色がかった瞳は今は翡翠のような色の瞳だし、赤茶の傷んだ髪は今はつやつやのハニーブロンドだ。唯一共通しているのは胸が慎ましいことくらいだ。
まだ十歳なのでこれからの成長に期待したいところである。
「お嬢様、お支度ができましたよ」
鏡の中の自分の顔を見ながらそんなことをぼーっと思っているうちに、メイドのハンナが髪にお気に入りのグリーンにピンクの花が刺繍されたリボンを結び終えながら言った。
「ありがとう、ハンナは本当に器用ね」
にっこりと笑顔で鏡越しにハンナにお礼を言うとハンナは嬉しそうに微笑んだ。
「お嬢様だってお菓子作りがお上手ではないですか」
「私はお菓子を作るのは得意とも言えるかもしれないけれど、髪を自分で結うことはできないわ」
「お嬢様が身の回りのお支度がご自分でできるようになってしまってはハンナの仕事がなくなってしまいます」
実は服は自分で着ることができるとは言わないでおこう。ハンナは知ってしまったらショックを受けかねない。
でも、平均的な貴族の十歳ってどこまで自分でやるものなのかしら。そんなことをつらつらと考えているうちに部屋にノックの音が響きわたった。
「アリア! おはよう。迎えにきたよ、食堂まで一緒に行こう」
エヴァンお兄様が私ににこやかに笑いかけた。二つ上のエヴァンお兄様は妹の私から見てもとても美形だ。
私と同じハニーブロンドの髪に瞳も同じ翡翠の色でスッと綺麗な鼻筋に薄い唇、少し背がまた伸びて私より頭ひとつぶん高い。
いつもニコニコしていて優しいし、前世では長女だった私は兄というものに憧れていたぶんエヴァンお兄様が大好きだ。
「今日も可愛いね、リボンとお揃いにしたのかな? グリーンのワンピースが素敵だね」
エヴァンお兄様のお褒めの言葉にハンナも嬉しそうだ。エヴァンお兄様はさりげなくこうやって女性を素直に褒めて喜ばせるのが上手だ。
他の貴族のお茶会に招かれては、よそのお嬢様方をメロメロにしているという。お兄様お付きの従者がこっそり教えてくれた。
十ニ歳でこの調子なら大人になったらどうなるか今から考えると恐ろしい気もする。とりあえず、修羅場とかにお兄様が巻き込まれないように祈っとこう。
「ありがとう、お兄様。シリルもおはよう」
お兄様の後ろに控えていた従者のシリルにも声をかける。シリルはニヤッと口の端を上げながら「おはようございます」と挨拶をする。
それを見ていたハンナがすかさずシリルの後ろに回り込む。
「なんですか、その態度は?」
「なんだよ! 普通に挨拶しただけじゃんか!って、痛てててて」
あれはどこかをつまみげているな……痛そう。
その様子を見ているとエヴァンお兄様は苦笑いしながら「さ、行こうか」と私の手を取った。
「あ! エヴァン様! 助けてくださいよお!」
先を行こうとした私達にすかさずシリルがお兄様に助けを求めた。
するとお兄様は「日頃の行いのせいじゃないか。ハンナに教育してもらいなよ」とどこか黒い笑みを浮かべる。
お兄様は女性には分け隔てなく紳士的だが男には冷たい。特に従者のシリルは常にヘラヘラしているので真面目なお兄様と正反対だ。
きっと私の知らないところで何かやらかしているのだろう……。剣の腕はいいのにどこか残念な従者である。
「あなたって人は日頃から従者としての自覚がなさすぎるのです! いつもいつも─」
ハンナのお説教が始まった。ハンナとシリルはこのサーナイト家に仕える一族で、お互い従兄弟同士である。
いつも残念なシリルはしっかり者のハンナには頭が上がらない。その様子に肩をすくめると、私はお兄様の手を引いて歩き出した。
ああなったハンナは長いし、先に行ってしまおう。
「そういえば、もうすぐティア姉さんが帰ってくるようだよ」
「そうなの? この間帰ってきたばかりじゃない?」
「姉さんはアリアが大好きだからね」
一番上のティア姉様は確か学園の中等部二年でこの間夏季休暇で帰ってきたはずだ。生徒会の総選挙に出るかもしれないと嘆いていた。
私としてはそのまま生徒会に入ってもらい、うちになるべく帰ってくる頻度を減らしてほしいと思っている。
お姉様の私に対する愛情表現はちょっと煩わしい。
帰ってくるたびにひっついてくるし、一緒にベッドで寝たがるし、まるで前世の年の離れた妹を思い出す。四歳離れた姉なのに五歳児と同じって……。
しかも姉様が帰ってくるってことはもちろん精霊も一緒にいるのだろう。
今からそのことを思うとなんだか気が重い。そんな私の様子を感じ取ったのかエヴァンお兄様が私の頭を撫でる。
「大丈夫だよ、精霊は呼ばなければ姿を表さないし、アリアには危害を加えることはないよ」
「それは、わかっているけど……いつか仲良くなれるかしら」
私は精霊に嫌われている。
特に姉様の守護精霊に毎回威嚇されるほど。
最初こそ人見知りと思って慣れるまで頑張ろうと思って色々対話を試みたけれど、いつもフンとそっぽを向いてどこかへ行ってしまう。
ティアお姉様がこんなに頻繁に家に帰ってくるのも、私に気を遣って精霊と仲を取り持つためもある。わかっているけど毎回辛辣な対応をされればへこんでしまう。
「僕が契約する守護精霊とはきっと仲良くなれるさ」
お兄様はそう微笑んで私の手を握りしめた。
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