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1章

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 「夢か……」

 目が覚めると、そこはいつもの見慣れた自分の部屋の天井だった。先程まで見ていた不思議な夢にまだ浸っていたくて寝返りを打つと、隣に見知った顔がにっこりと笑っていた。

 「おはよう、どんな夢を見ていたの?」
 「ティアお姉様、あれほど私のベッドに潜り込まないで欲しいとお願いしたのに……」

 ため息をついて起き上がるとタイミング良く部屋をノックする音が響いた。返事をするとハンナが水桶の乗ったワゴンを引いて入ってきた。
 「おはようございます、ティア様、アリア様」
 「おはよう、ハンナ。ところで、ティアお姉様はいつからここに?」
 「はい、ちょうど15分ほど前からです」 

 ということは15分間も私のベッドで寝顔を見られていたのか……。 いくらティアお姉様でもベッドに潜り込まれて寝顔を見られるのはいい気がしない。
 うんざりしつつティアお姉様の方を見ないようにして水桶で顔を洗う。水が冷たくて気持ちがいい。先程までの夢をとりあえず頭の片隅に置いて顔を洗う。だんだん意識がはっきりしてきて、さっぱりした顔をサッと差し出されたタオルで拭う。視線を感じて横を見ると、ニコニコしながらティアお姉様が私を見ていた。

 「ティアお姉様、着替えをするので出て行ってもらえないかしら」
 「アリアが今日着るものを選びたいな」

 少しキツく言ったのに全然聞いてないお姉様に少しイラッとしながらも、選んだら出ていくことをお願いすると嬉しそうにハンナとクローゼットの方へ向かっていった。その姿をグラスに入ったレモン水を飲みながら見送る。頭の中は先程見た夢の内容を思い出していた。
 もともと前世の記憶は曖昧なものが多い。前世家族や友達だった人の顔や名前はなんとなく覚えているけど、過ごした記憶はうっすらとしかない。
 不思議なのはよく遊んだ記憶がある幼馴染の男の子がいたのは思い出せるが、ぽっかりと抜けているのがその男の子の名前と顔が思い出せない。
 そして今朝の夢だ。獣人のような出立ちの神秘的な白銀の髪の人物。
 思い出してないだけで実は人間以外にも種族がいたのかも……それにしても前世の私ときたら……。
 今の自分より幼いとはいえ、初対面の人物の頬にキスするなんて。恥ずかしくなって思わず頭を抱えていると、「アリア!」とティアお姉様が慌てて駆け寄ってきた。

 「顔が赤いわ、熱があるんじゃない?」

 そう言って私の横に腰掛けて、心配そうな表情でおでこに手を当てられる。私は慌てて訂正した。

 「違うの! ただ、ティアお姉様に寝顔を見られたことが恥ずかしくて……」
 「まあ! かわいい!」

 ティアお姉様はガバッと私に抱きついた。お姉様のダークブラウンの髪からほのかに薔薇の香りがした。ふと思ったことを口にする。

 「ティアお姉様、髪が伸びたわね」
 「そうなのよね、私としては剣術の稽古の時とか邪魔だから切ってしまいたいのだけれどお母様が絶対に駄目って言うのよ」
 「お姉様の髪は綺麗だから切ってしまうと私が悲しいわ」
 「ふふ、ありがとう。私としてはあなたたちと同じような髪の色が良かったのだけどね」

 私たちの両親はお父様がダークブラウンでお母様がハニーブロンドの髪色だ。
 エヴァンお兄様と私がお母様譲りの髪色でティアお姉様がお父様と同じダークブラウンの髪色だ。
 毛先を指で遊ばせながら毛先を見つめるティアお姉様は少し苦笑する。

 「私はお姉様の髪の色は艶やかでまるで溶かしたチョコレートの色みたいで好きよ」

 そう言うとティアお姉様は少し目を見開いてから嬉しそうに笑った。

 「チョコレートと同じ髪の色だなんて思いもしなかったわ」
 「この間、チョコレートを溶かしているときにお姉様を思い出したの」
 「アリアにそう言われると自分のこの髪も好きになれそうね」
 「それに、お父様が拗ねちゃうわ」
 「そういえばそうね」 

 二人で笑い合っていると部屋にノックの音が響き渡った。

 「失礼いたします。アリア様おはようございます。」
 「おはよう、サラ」
 「どうしたの?サラ」
 「ティア様、旦那様がお呼びです」

 ティアお姉様お付きの侍女のサラが入室してお姉様に告げる。ティアお姉様は「わかったわ」と返事をするとスッと立ち上がる。

 「それでは後でね、アリア」
 「はい」

 長い艶やかなダークブラウンの髪を靡かせながら背筋を伸ばして颯爽と歩くティアお姉様はかっこいい。
 出て行ったのを確認するとハンナが「アリア様」と声をかけてきた。ハンナが今日のお召し物ですとティアお姉様が選んドレスを持ってきた。
 それはピンクのフリルがたくさんあしらわれた普段の私なら絶対選ばないようなドレスだった。 
 見覚えのないドレスに首を傾げて「これは?」とハンナに尋ねるとハンナはニコニコしながら「先程ティア様がアリア様にプレゼントとお持ちくださいました」と言った。
 お姉様は私になぜかフリフリのドレスを着せようとしてくる。普段のドレスに華美な装飾が施されているとお菓子作りや庭いじりに支障をきたすので私は滅多に選ばない。それこそお茶会の時くらいだ。今日はゆっくり庭いじりをするつもりだったのでどうしたものかと頭を悩ませているとハンナが「これもお嬢様にプレゼントだそうです」と箱を差し出してきた。箱を開けるとそこには蝶を象ったピンクの小粒の石が装飾されたバレッタだった。
 髪飾りは好きな私は思わず「可愛い」と呟く。

 「ドレスは薄いピンクのワンピースタイプのものを出して」
 「かしこまりました」

 ハンナは少し苦笑しながらフリフリのドレスを持って下がろうとする。「それと」と続けてハンナに声を掛ける。

 「髪飾りはこのバレッタをつけて」

 ティアお姉様には悪いがこの髪飾りだけつけることで許してもらおう。


 
  
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