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1章
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「ダメだ」
執務室にはピンと張り詰めた空気が漂っている。目の前の机に座る人物は指を組んで頬杖をついている。いつもは柔和な雰囲気のお父様が厳しい表情で一言だけ言った。お父様の執務室には私とエヴァンお兄様、シリル、ハンナ、お父様とお母様、そしてメリダと執事長が控えている。
グレース様からの頼み事と自分の体質について、そして自分の体質をよく知るためにも黒精霊化しつつある精霊を救いたいことを言った。
お父様は一言だけ言ってからため息をついた。
「アリアに聖魔法が使えるかもしれないとはにわかに信じがたいが……」
「それはリクが身をもって証言しています。魔力が枯渇していた状態でアリアが育てていた花を食べただけですぐに魔法が使えるまで回復しているのを私も確認しました」
確かにリクは出会ったときすぐに風魔法で荒れた花壇の掃除を手伝ってくれた。本来ならば契約者でもない限り魔力が枯渇した状態で魔力を帯びたものを摂取するだけですぐに魔法が使えるのはありえないそうだ。人間ならばポーションなどで回復することができるのだが妖精にはポーションは使えない。
エヴァンお兄様はさらにたたみかけるように説得する。
「それに、今後アリアが万が一聖魔法が使えることを他に知られることがないように自分の力をよく知っておくべきです」
「う、うむ……しかしだな」
「それに私がついていけば問題ないでしょう」
「それが一番問題なのだが」
お父様がますます頭を悩ませる。確かにエヴァンお兄様についていってもらえるのはありがたいけど、今入学前で忙しい時期に申し訳ない。何よりお兄様はこの家の跡取りになるのだから今から人脈を作るのはとても大事なのは間違いない。
「エヴァンお兄様、私はリクがいるので大丈夫です。お兄様はここで入学前の準備に備えてください」
意を決してエヴァンお兄様に告げると室内は静寂に包まれた。
え?なんで?おかしいこと言ったかしら……。
「アリア! そんなことはできない! リクの実力は手合わせしたから同行させても問題ないのはわかるけど、僕は心配なんだ!」
エヴァンお兄様が私の手を取って懇願するように嘆く。その様子に一瞬だけ胸がいたんだが、それよりも聞き捨てならない言葉を聞いたような。
「エヴァンお兄様、リクと手合わせをしたって? 初めて聞いたのだけど」
首を傾げながらエヴァンお兄様に尋ねるとエヴァンお兄様は何食わぬ顔で「ああ、そういえばアリアには言ってなかったね」と言った。
「リクははぐれ精霊と聞いていたがとても戦い慣れた動きだった」
「風魔法でのかまいたちのような攻撃はすごかったですね」
「あれは私も悔しいけど完敗だったね、もっと精進しなければ」
お父様、シリル、エヴァンお兄様が口々に思い返しながら感想を言い合っている。
い、いつのまに……私も見たかった……。
ショックを受けていると、咳払いが聞こえてきて我に返る。咳払いをしたのはどうやら執事長だった。お父様達も話が脱線し掛けたことに我に返ったのか気まずそうな表情になる。
「どちらにせよ、危険なことには変わりないのです。まず、その黒精霊化しつつある精霊の居場所はわかっているのですか?」
執事長のセバスがエヴァンお兄様と私の顔を見て尋ねる。お兄様は少し表情を曇らせる。
「それについてはグレースの話によると『ハーベスト』の街の近くまではわかるらしいのですが……」
「ハーベストだと! ここから馬車で三日はかかるじゃないか!」
お父様が驚いて目を見開いている。
グレース様に眷属の精霊の居場所を見ることができた精霊の話によると居場所の詳細な特定は難しく、ハーベストの街周辺に反応が見られたということだけだった。
ハーベストの街はリグレット領にあるここから東に行った大きな街だ。行きで三日かかり、グレース様の眷属の精霊を探すとなると長丁場になりそうなのは間違いなかった。エヴァンお兄様は家をそんなに空けることは難しい。ただの貴族令嬢である私もそんなに長い旅になりそうなことに正直不安はあるけれど、腹を括るしかない。けれど自分はどうしても非力な十歳であることは変わりない。危険を承知でわがままを言っているのはわかっている分何もできない自分がもどかしい。
グレース様からは行ってきてどうしても話を聞き入れてもらえなさそうだったらそのまま逃げてきていいと言われている。
ただ、私の力に賭けてみたいのだと申し訳なさそうな表情でそう告げるグレース様に私は何も言葉を返せなかった。契約者であるエヴァンお兄様が行くなら全力でサポートすると言われたけどそれはお兄様次第ということもわかっていてエヴァンお兄様はついてきてくれようとしているのだ。
「お願いします! 行かせてください! リクと二人だけでもいいのでどうしても行きたいんです」
私が頭を下げてお願いすると、エヴァンお兄様も続けて頭を下げた。
「僕もお願いします! アリアに着いて行きたいのです」
長い沈黙の後、お父様のため息が聞こえてきた。「二人とも頭を上げなさい」と言った後、厳しい表情で告げた。
「アリア、リクも同行するというなら許可を出す。しかし、他にもハンナと護衛をつける。エヴァン、お前はダメだ。お前は学園の入学を控えている、それにこの家を継ぐ者として社交は必須だ」
許可が取れたことに安堵するも隣のエヴァンお兄様を見るとお兄様は眉根を寄せて唇を噛み締めていた。お父様に「ありがとうございます」と告げ、エヴァンお兄様の方を見てお兄様の手を取った。
「エヴァンお兄様、心配しないで。リクもいるし、ハンナもついてきてくれるから大丈夫!」
エヴァンお兄様は不安げな表情で「危ないことはしないんだよ?」と小さな声で言った。
「アリア、私とてお前を行かせたくはないんだ。期限は二週間だ。その精霊の居場所がわからなかったらすぐに帰ってきなさい。いいね?」
「アリア、私の可愛い子。辛かったらすぐにでも帰ってくるのよ? リクとハンナがいるならなんとかなると思うけど心配だわ……」
お父様がそばに寄ってきて私の目線に合わせる。お母様は私を抱きしめる。心配されていることに少しくすぐったい気持ちになった。
執務室にはピンと張り詰めた空気が漂っている。目の前の机に座る人物は指を組んで頬杖をついている。いつもは柔和な雰囲気のお父様が厳しい表情で一言だけ言った。お父様の執務室には私とエヴァンお兄様、シリル、ハンナ、お父様とお母様、そしてメリダと執事長が控えている。
グレース様からの頼み事と自分の体質について、そして自分の体質をよく知るためにも黒精霊化しつつある精霊を救いたいことを言った。
お父様は一言だけ言ってからため息をついた。
「アリアに聖魔法が使えるかもしれないとはにわかに信じがたいが……」
「それはリクが身をもって証言しています。魔力が枯渇していた状態でアリアが育てていた花を食べただけですぐに魔法が使えるまで回復しているのを私も確認しました」
確かにリクは出会ったときすぐに風魔法で荒れた花壇の掃除を手伝ってくれた。本来ならば契約者でもない限り魔力が枯渇した状態で魔力を帯びたものを摂取するだけですぐに魔法が使えるのはありえないそうだ。人間ならばポーションなどで回復することができるのだが妖精にはポーションは使えない。
エヴァンお兄様はさらにたたみかけるように説得する。
「それに、今後アリアが万が一聖魔法が使えることを他に知られることがないように自分の力をよく知っておくべきです」
「う、うむ……しかしだな」
「それに私がついていけば問題ないでしょう」
「それが一番問題なのだが」
お父様がますます頭を悩ませる。確かにエヴァンお兄様についていってもらえるのはありがたいけど、今入学前で忙しい時期に申し訳ない。何よりお兄様はこの家の跡取りになるのだから今から人脈を作るのはとても大事なのは間違いない。
「エヴァンお兄様、私はリクがいるので大丈夫です。お兄様はここで入学前の準備に備えてください」
意を決してエヴァンお兄様に告げると室内は静寂に包まれた。
え?なんで?おかしいこと言ったかしら……。
「アリア! そんなことはできない! リクの実力は手合わせしたから同行させても問題ないのはわかるけど、僕は心配なんだ!」
エヴァンお兄様が私の手を取って懇願するように嘆く。その様子に一瞬だけ胸がいたんだが、それよりも聞き捨てならない言葉を聞いたような。
「エヴァンお兄様、リクと手合わせをしたって? 初めて聞いたのだけど」
首を傾げながらエヴァンお兄様に尋ねるとエヴァンお兄様は何食わぬ顔で「ああ、そういえばアリアには言ってなかったね」と言った。
「リクははぐれ精霊と聞いていたがとても戦い慣れた動きだった」
「風魔法でのかまいたちのような攻撃はすごかったですね」
「あれは私も悔しいけど完敗だったね、もっと精進しなければ」
お父様、シリル、エヴァンお兄様が口々に思い返しながら感想を言い合っている。
い、いつのまに……私も見たかった……。
ショックを受けていると、咳払いが聞こえてきて我に返る。咳払いをしたのはどうやら執事長だった。お父様達も話が脱線し掛けたことに我に返ったのか気まずそうな表情になる。
「どちらにせよ、危険なことには変わりないのです。まず、その黒精霊化しつつある精霊の居場所はわかっているのですか?」
執事長のセバスがエヴァンお兄様と私の顔を見て尋ねる。お兄様は少し表情を曇らせる。
「それについてはグレースの話によると『ハーベスト』の街の近くまではわかるらしいのですが……」
「ハーベストだと! ここから馬車で三日はかかるじゃないか!」
お父様が驚いて目を見開いている。
グレース様に眷属の精霊の居場所を見ることができた精霊の話によると居場所の詳細な特定は難しく、ハーベストの街周辺に反応が見られたということだけだった。
ハーベストの街はリグレット領にあるここから東に行った大きな街だ。行きで三日かかり、グレース様の眷属の精霊を探すとなると長丁場になりそうなのは間違いなかった。エヴァンお兄様は家をそんなに空けることは難しい。ただの貴族令嬢である私もそんなに長い旅になりそうなことに正直不安はあるけれど、腹を括るしかない。けれど自分はどうしても非力な十歳であることは変わりない。危険を承知でわがままを言っているのはわかっている分何もできない自分がもどかしい。
グレース様からは行ってきてどうしても話を聞き入れてもらえなさそうだったらそのまま逃げてきていいと言われている。
ただ、私の力に賭けてみたいのだと申し訳なさそうな表情でそう告げるグレース様に私は何も言葉を返せなかった。契約者であるエヴァンお兄様が行くなら全力でサポートすると言われたけどそれはお兄様次第ということもわかっていてエヴァンお兄様はついてきてくれようとしているのだ。
「お願いします! 行かせてください! リクと二人だけでもいいのでどうしても行きたいんです」
私が頭を下げてお願いすると、エヴァンお兄様も続けて頭を下げた。
「僕もお願いします! アリアに着いて行きたいのです」
長い沈黙の後、お父様のため息が聞こえてきた。「二人とも頭を上げなさい」と言った後、厳しい表情で告げた。
「アリア、リクも同行するというなら許可を出す。しかし、他にもハンナと護衛をつける。エヴァン、お前はダメだ。お前は学園の入学を控えている、それにこの家を継ぐ者として社交は必須だ」
許可が取れたことに安堵するも隣のエヴァンお兄様を見るとお兄様は眉根を寄せて唇を噛み締めていた。お父様に「ありがとうございます」と告げ、エヴァンお兄様の方を見てお兄様の手を取った。
「エヴァンお兄様、心配しないで。リクもいるし、ハンナもついてきてくれるから大丈夫!」
エヴァンお兄様は不安げな表情で「危ないことはしないんだよ?」と小さな声で言った。
「アリア、私とてお前を行かせたくはないんだ。期限は二週間だ。その精霊の居場所がわからなかったらすぐに帰ってきなさい。いいね?」
「アリア、私の可愛い子。辛かったらすぐにでも帰ってくるのよ? リクとハンナがいるならなんとかなると思うけど心配だわ……」
お父様がそばに寄ってきて私の目線に合わせる。お母様は私を抱きしめる。心配されていることに少しくすぐったい気持ちになった。
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