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1章
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私が不安に思っていることを悟ったのかグレース様は「アリア」と私の名前を呼んで頬に触れて顔を上げさせた。すぐ近くにグレース様の顔があって思わず「ひゃいっ」と変な声が出てしまう。
「案ずることはない、この私が特別にまじないをかけてやろう」
そう言ってグレース様は私のおでこに自分のおでこをくっつけた。ドキドキしながらもされるがままじっとしていると、ひんやりとした魔力が触れたところから流れ込んできた。ひんやりとした魔力が身体を巡ってすうっと体内に吸収されていくのがわかった。
「これで良い。アリアの魔力が暴発しそうになったら私の魔力で霧散させる保護をかけた」
「ありがとうございます!」
お礼を言うとグレース様は「心配なく訓練に励むと良い」と笑った。グレース様の保護ならば心配いらないだろう。保護をいただいたことにありがたいと思いながらも、心から安堵して思わずふううと息を吐いた。それをみたエヴァンお兄様は苦笑した。
「懸念が少し減ったところでもう少しいいかい? 実は、今回旅に同行する冒険者の方が運よく予定より早くこちらに着いたんだけど」
「その方のおかげで救われた……」
「うん、人柄はともかく腕は確かだよ」
一瞬エヴァンお兄様の言葉に不穏なものを感じたが疑問に思いながらも聞き流した。
「それでその冒険者の方がね、アリアの目が覚め次第準備ができたらすぐにでも出発すると言っているんだ」
エヴァンお兄様がすまなそうに私の顔色を伺った。正直急だとは思ったが、グレース様に治療してもらって身体は治ったし、保護だってかけてもらった。冒険者という職業は自営業みたいなものだろうし時間が惜しいだろうと考えがつく。
「私はこの通り大丈夫、準備が出来次第すぐに出発しましょう」
「僕としては行かせたくないんだけどね、やっぱり意思は変わらないかい?」
苦笑しながら尋ねてくるエヴァンお兄様に「お兄様」と呼びかけた。
「エヴァンお兄様、私どうしても行きたいの。わがままなこと言っているって自分でもわかってる。でも、この屋敷から一歩踏み出すことで何かが変わりそうなの」
「エヴァン様、不肖ながらこのハンナがアリア様を命に変えてもお守りいたします」
ハンナが前へ出てエヴァンお兄様にそう告げるとお兄様は「まいったな、二人にそこまで言われちゃ何も言えないじゃないか」と笑った。
「そういえばリクは魔物に追われて森を出たと聞くが、腕が立つのなら魔物に追いかけ回されることなんてないのではないか?」
エヴァンお兄様がグレース様に尋ねる。グレース様は今気づいたかのような表情を見せる。ふと思ったことを私はリクに尋ねた。
「そういえば、なんの魔物に追いかけ回されたの?」
リクは言いづらそうに「そ、それは……」言葉を濁す。やがて周囲の視線に負けたのか話してくれた。
「……ハニービーです」
ハニービーとは森に生息する蜂の魔物だ。ハニービーの蜂蜜は大変美味で王宮に献上されるくらいの高級品だ。まず滅多に見かけない上、ただ蜂蜜を採取するのは難しく、野生の物を手に入れようとするとA級以上の冒険者に依頼して採取することになる。そうするとギルド仲介料や、冒険者に支払われる報酬はその難易度から高額になるため、依頼するのはもっぱら王室御用達の商会ぐらいだ。味は野生のものと数段落ちるが養蜂で採取するのが一般的になっている。
「ハニービー? ハニービーは巣をつつかない限り温厚な魔物だって聞いたけど」
「その……ちょうど腹が空いていて少し蜜を拝借しようと思ったらその場で長爪熊と鉢合わせしまして……」
「長爪熊……それは災難だったわねえ」
長爪熊とは同じく森に生息するその名の通り長い爪を持った熊の魔物だ。凶暴で体格も2mからなる上、足も速い。そして一度敵と定めたものに対して仕留めるまで追いかけ回す習性がある。息を潜めていても鼻が恐ろしく効くので遭遇したら厄介な魔物だ。冒険者達は長爪熊に遭遇すると匂いの強いラフレシアから採取した素材で作った特殊な煙幕で目眩しをしてその隙に逃げる。はぐれ精霊であるリクは煙幕なんて持っていないだろうし、逃げるのに一苦労だったはずだ。そして力尽きて鳥に咥えられてこの屋敷の庭に落ちたのか……。思わずこの部屋の誰もが気の毒そうな視線を向ける。ただ一人を除いては。
「くっふふふふ」
グレース様だけはお腹を抱えて笑っていた。その様子を見てげんなりした様子でリクは「これだから話したくなかったんだ」と呟く。
「おぬしは昔から精霊にしては珍しくハニービーの蜂蜜が好物だったものなあ」
リクはハニービーの蜂蜜が好物なのか。私もお父様が王宮の晩餐会でのお土産に頂いたものを食べたことがあるくらいだ。いつかリクに食べさせてあげたいな。そんなことを思いながら笑っているグレース様と呆れ顔のリクを見て、やっぱりグレース様とリクは昔からの知り合いだと察した。
聞いていいものか悩んでいるとハンナが驚いたように言った。
「グレース様はリクと知り合いなんですね」
グレース様は笑いすぎたのか目尻の涙を指先で拭いながら「まあな、それはいつか話してやる」と微笑んだ。
「案ずることはない、この私が特別にまじないをかけてやろう」
そう言ってグレース様は私のおでこに自分のおでこをくっつけた。ドキドキしながらもされるがままじっとしていると、ひんやりとした魔力が触れたところから流れ込んできた。ひんやりとした魔力が身体を巡ってすうっと体内に吸収されていくのがわかった。
「これで良い。アリアの魔力が暴発しそうになったら私の魔力で霧散させる保護をかけた」
「ありがとうございます!」
お礼を言うとグレース様は「心配なく訓練に励むと良い」と笑った。グレース様の保護ならば心配いらないだろう。保護をいただいたことにありがたいと思いながらも、心から安堵して思わずふううと息を吐いた。それをみたエヴァンお兄様は苦笑した。
「懸念が少し減ったところでもう少しいいかい? 実は、今回旅に同行する冒険者の方が運よく予定より早くこちらに着いたんだけど」
「その方のおかげで救われた……」
「うん、人柄はともかく腕は確かだよ」
一瞬エヴァンお兄様の言葉に不穏なものを感じたが疑問に思いながらも聞き流した。
「それでその冒険者の方がね、アリアの目が覚め次第準備ができたらすぐにでも出発すると言っているんだ」
エヴァンお兄様がすまなそうに私の顔色を伺った。正直急だとは思ったが、グレース様に治療してもらって身体は治ったし、保護だってかけてもらった。冒険者という職業は自営業みたいなものだろうし時間が惜しいだろうと考えがつく。
「私はこの通り大丈夫、準備が出来次第すぐに出発しましょう」
「僕としては行かせたくないんだけどね、やっぱり意思は変わらないかい?」
苦笑しながら尋ねてくるエヴァンお兄様に「お兄様」と呼びかけた。
「エヴァンお兄様、私どうしても行きたいの。わがままなこと言っているって自分でもわかってる。でも、この屋敷から一歩踏み出すことで何かが変わりそうなの」
「エヴァン様、不肖ながらこのハンナがアリア様を命に変えてもお守りいたします」
ハンナが前へ出てエヴァンお兄様にそう告げるとお兄様は「まいったな、二人にそこまで言われちゃ何も言えないじゃないか」と笑った。
「そういえばリクは魔物に追われて森を出たと聞くが、腕が立つのなら魔物に追いかけ回されることなんてないのではないか?」
エヴァンお兄様がグレース様に尋ねる。グレース様は今気づいたかのような表情を見せる。ふと思ったことを私はリクに尋ねた。
「そういえば、なんの魔物に追いかけ回されたの?」
リクは言いづらそうに「そ、それは……」言葉を濁す。やがて周囲の視線に負けたのか話してくれた。
「……ハニービーです」
ハニービーとは森に生息する蜂の魔物だ。ハニービーの蜂蜜は大変美味で王宮に献上されるくらいの高級品だ。まず滅多に見かけない上、ただ蜂蜜を採取するのは難しく、野生の物を手に入れようとするとA級以上の冒険者に依頼して採取することになる。そうするとギルド仲介料や、冒険者に支払われる報酬はその難易度から高額になるため、依頼するのはもっぱら王室御用達の商会ぐらいだ。味は野生のものと数段落ちるが養蜂で採取するのが一般的になっている。
「ハニービー? ハニービーは巣をつつかない限り温厚な魔物だって聞いたけど」
「その……ちょうど腹が空いていて少し蜜を拝借しようと思ったらその場で長爪熊と鉢合わせしまして……」
「長爪熊……それは災難だったわねえ」
長爪熊とは同じく森に生息するその名の通り長い爪を持った熊の魔物だ。凶暴で体格も2mからなる上、足も速い。そして一度敵と定めたものに対して仕留めるまで追いかけ回す習性がある。息を潜めていても鼻が恐ろしく効くので遭遇したら厄介な魔物だ。冒険者達は長爪熊に遭遇すると匂いの強いラフレシアから採取した素材で作った特殊な煙幕で目眩しをしてその隙に逃げる。はぐれ精霊であるリクは煙幕なんて持っていないだろうし、逃げるのに一苦労だったはずだ。そして力尽きて鳥に咥えられてこの屋敷の庭に落ちたのか……。思わずこの部屋の誰もが気の毒そうな視線を向ける。ただ一人を除いては。
「くっふふふふ」
グレース様だけはお腹を抱えて笑っていた。その様子を見てげんなりした様子でリクは「これだから話したくなかったんだ」と呟く。
「おぬしは昔から精霊にしては珍しくハニービーの蜂蜜が好物だったものなあ」
リクはハニービーの蜂蜜が好物なのか。私もお父様が王宮の晩餐会でのお土産に頂いたものを食べたことがあるくらいだ。いつかリクに食べさせてあげたいな。そんなことを思いながら笑っているグレース様と呆れ顔のリクを見て、やっぱりグレース様とリクは昔からの知り合いだと察した。
聞いていいものか悩んでいるとハンナが驚いたように言った。
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