45 / 91
2章
2−16
しおりを挟む
エプロンを貸してもらってハンナとフローラの三人で身につける。リクは近くで見学。手をしっかり洗って準備万端だ。
まずはカチカチになってしまったパンを手に取ってまな板に置き、包丁を当てる。それを見たフローラが慌てた様子で私に声をかけた。
「アリア! 包丁は危ないから私が変わるわ」
そのフローラの心配そうな様子を見て、初めて包丁を持った時のことを思い出す。
確かフルーツを切ろうとしたときに同じように止められたんだっけ……そのときは料理長とハンナが二人して真っ青な顔してたなあ……。
何回か包丁を扱ううちに何も言われなくなったが、今でもハンナは私が包丁を持つたびに心配そうに見つめてくる。
「大丈夫よ、フローラ。慣れてるから」
「そうなの? でも本当に固いから包丁が滑ったら指を切るかもしれないし、危ないから私が変わるわ」
そう言ってそっと優しく包丁を持つ手を押さえられて離された。フローラはお姉さんぽいが歳は多分そんなに変わらないと思う。
エヴァンお兄様と同じくらいだろうか。前世の女子高校生だった記憶があるせいかフローラがお姉さんぽくしているのが可愛らしいなあと思ってしまった。
思わず一人でふふふと笑っていると後ろにいたハンナがスッと前に出た。
「お二人とも、ここは私が」
そう言ってハンナが包丁を握ってパンに当てるもそのまま動かない。フローラと二人で黙って見つめているとハンナは静かに包丁を置いて申し訳なさそうな表情でこちらを向いた。
「パンが思っていた以上に固くて包丁が通らないです」
ハンナでさえ無理なのか……と思っているとフローラが「変わってくださいと」ハンナと交代している。
包丁を手に取ったフローラは目の前のパンをじっと見つめた。
「フローラ?」
フローラは真剣な表情をしたかと思うと「ふん!」と声を出した。するとザクっと音がしたかと思うと目の前のパンはきれいに真っ二つに切れていた。
驚いている私達を横目にフローラはふうっと息を吐いた。
「まな板まで切らないように力を抑えるの大変なのよね」
聞き捨てならないような言葉が聞こえた気がする。まな板まで切らないように? このまな板は普通に硬い木のまな板だ。包丁では切れるはずもない。
「今のは生活魔法?」
そうたずねるとフローラはふふふと笑った。そして恥ずかしそうに言った。
「まさか! 私、人より少し力があるだけよ」
まな板まで切れないようにしないといけないのは果たして「少し」というのだろうか……。それ以上触れないようにして残りのパンをフローラに切ってもらう。
そのあいだに割った卵をといて牛乳、砂糖と混ぜる。そして切ったパンを染み込ませるパンが硬いので十分染み込むのに時間おく。
「これだけでいいの?」
「うん! あとは時間を置いてから焼けば出来上がり」
フローラは出来上がりが今から楽しみなのか目を輝かせている。そこでマリウス神父の元へ行くことになっていたのをふと思い出す。
事後承諾になってしまうが厨房を使ったことを言わなければならない。
フローラにそう伝えれば時計を見ながら「確かこの時間だと、もう教会の方へ行っているかもしれないわ」と教えてくれた。
「では入れ違いになってはいけないので私が執務室にいきましょう。お嬢様は教会の方へリクと向かってください。マリウス神父がいらっしゃったらそのまま私が厨房の件を伝えますので」
そう言ってハンナはエプロンを外すと厨房から出ていった。教会へはフローラが案内してくれることになった。
リクが座っていた椅子から降りたのに気づいたフローラはリクに近づいて目の前でしゃがんだ。
「あなたも行くのよね?」
そうフローラがたずねるとリクは声を出さずにコクリとうなずいた。
それに少し驚いた表情を見せつつも「精霊を見たことないからわからなかったけどこんなにワクワクするのね」と笑顔を見せた。
「精霊を見える子がいるって聞いたけど」
「そうね。ここには四人……三人かしら」
人数を言い直したのはカイを思い出したのか。フローラの表情が少し曇る。
「私の弟も見えるのよ」
そう言ってフローラは微笑んだ。先程リクの姿を見て精霊だと言い当てた赤毛の可愛らしい顔立ちの男の子の姿が脳裏に浮かんだ。
「そうなんだ……。昨日『カイが喜びそう』って言っていたけど……」
フローラがピタリと動きを止めた。緊張感が一瞬走るもフローラは静かに話し出した。
「カイは私と同じ歳の男の子で魔力量が多いの。少しおっとりしているけど優しくて生き物が大好きな男の子……魔法学園に通うことが決まっていて、ここ出ることが決まっていたんだけど……いなくなってしまったの」
悲痛そうな表情で語るフローラに胸が苦しくなる。そうわかっていても手がかりがあるなら聞いておきたい。
予定通りならば明日にはここを立つ自分には少しでも情報を集めておいてレイ様に相談したいし、事件が解決するのが難しいならばお父様にハインツ子爵と連絡をお願いしたいとも考えていた。
辛そうなフローラに罪悪感を感じるが続けてたずねた。
「いなくなったって……町で噂になっていること?」
「そう。昨日いなくなった御者のとこの息子のヨシュアとも私達は仲がよかったのよ。ヨシュアはぶっきらぼうでガキ大将みたいなやつだけど優しくて面倒見がいいの」
「ヨシュアも魔力量が多いの?」
「そうね、カイほどはっきりとは見えないみたいだけど声もちゃんと聞こえるって言ってたわ」
二人とも時期はずれているが行方がわからない。そして魔力量が二人とも多い。少し鼓動が早くなった気がしながらも考えているとフローラは続けて言った。
「神父様は知らないけどカイはここを出たくないって言っていたの」
「王都に行って魔法学園に通えるのに?」
確かマリウス神父はカイは魔法学園に通えることを喜んでいたと言っていた。
「私もそう思ったんだけど『ここを出たら本当に王都へ行くかはわからないんだよ』って……それきりその話はしなくなってしまったんだけど」
本当に王都へ行くかわからない……。その言葉が気になりながらも続けてフローラにたずねた。
「フローラはカイがいなくなったのは自分からいなくなったって思っているの?」
「うん、なんとなくだけど。でもヨシュアもいなくなるなんて思っていなかったからわからなくて……町の人達ははぐれ精霊にさらわれたなんて言っているし……」
そう言って俯いてしまったフローラはギュッとスカートの裾を握りしめていた。
それを見た私は、思わずフローラの背中をそっと撫でた。
まずはカチカチになってしまったパンを手に取ってまな板に置き、包丁を当てる。それを見たフローラが慌てた様子で私に声をかけた。
「アリア! 包丁は危ないから私が変わるわ」
そのフローラの心配そうな様子を見て、初めて包丁を持った時のことを思い出す。
確かフルーツを切ろうとしたときに同じように止められたんだっけ……そのときは料理長とハンナが二人して真っ青な顔してたなあ……。
何回か包丁を扱ううちに何も言われなくなったが、今でもハンナは私が包丁を持つたびに心配そうに見つめてくる。
「大丈夫よ、フローラ。慣れてるから」
「そうなの? でも本当に固いから包丁が滑ったら指を切るかもしれないし、危ないから私が変わるわ」
そう言ってそっと優しく包丁を持つ手を押さえられて離された。フローラはお姉さんぽいが歳は多分そんなに変わらないと思う。
エヴァンお兄様と同じくらいだろうか。前世の女子高校生だった記憶があるせいかフローラがお姉さんぽくしているのが可愛らしいなあと思ってしまった。
思わず一人でふふふと笑っていると後ろにいたハンナがスッと前に出た。
「お二人とも、ここは私が」
そう言ってハンナが包丁を握ってパンに当てるもそのまま動かない。フローラと二人で黙って見つめているとハンナは静かに包丁を置いて申し訳なさそうな表情でこちらを向いた。
「パンが思っていた以上に固くて包丁が通らないです」
ハンナでさえ無理なのか……と思っているとフローラが「変わってくださいと」ハンナと交代している。
包丁を手に取ったフローラは目の前のパンをじっと見つめた。
「フローラ?」
フローラは真剣な表情をしたかと思うと「ふん!」と声を出した。するとザクっと音がしたかと思うと目の前のパンはきれいに真っ二つに切れていた。
驚いている私達を横目にフローラはふうっと息を吐いた。
「まな板まで切らないように力を抑えるの大変なのよね」
聞き捨てならないような言葉が聞こえた気がする。まな板まで切らないように? このまな板は普通に硬い木のまな板だ。包丁では切れるはずもない。
「今のは生活魔法?」
そうたずねるとフローラはふふふと笑った。そして恥ずかしそうに言った。
「まさか! 私、人より少し力があるだけよ」
まな板まで切れないようにしないといけないのは果たして「少し」というのだろうか……。それ以上触れないようにして残りのパンをフローラに切ってもらう。
そのあいだに割った卵をといて牛乳、砂糖と混ぜる。そして切ったパンを染み込ませるパンが硬いので十分染み込むのに時間おく。
「これだけでいいの?」
「うん! あとは時間を置いてから焼けば出来上がり」
フローラは出来上がりが今から楽しみなのか目を輝かせている。そこでマリウス神父の元へ行くことになっていたのをふと思い出す。
事後承諾になってしまうが厨房を使ったことを言わなければならない。
フローラにそう伝えれば時計を見ながら「確かこの時間だと、もう教会の方へ行っているかもしれないわ」と教えてくれた。
「では入れ違いになってはいけないので私が執務室にいきましょう。お嬢様は教会の方へリクと向かってください。マリウス神父がいらっしゃったらそのまま私が厨房の件を伝えますので」
そう言ってハンナはエプロンを外すと厨房から出ていった。教会へはフローラが案内してくれることになった。
リクが座っていた椅子から降りたのに気づいたフローラはリクに近づいて目の前でしゃがんだ。
「あなたも行くのよね?」
そうフローラがたずねるとリクは声を出さずにコクリとうなずいた。
それに少し驚いた表情を見せつつも「精霊を見たことないからわからなかったけどこんなにワクワクするのね」と笑顔を見せた。
「精霊を見える子がいるって聞いたけど」
「そうね。ここには四人……三人かしら」
人数を言い直したのはカイを思い出したのか。フローラの表情が少し曇る。
「私の弟も見えるのよ」
そう言ってフローラは微笑んだ。先程リクの姿を見て精霊だと言い当てた赤毛の可愛らしい顔立ちの男の子の姿が脳裏に浮かんだ。
「そうなんだ……。昨日『カイが喜びそう』って言っていたけど……」
フローラがピタリと動きを止めた。緊張感が一瞬走るもフローラは静かに話し出した。
「カイは私と同じ歳の男の子で魔力量が多いの。少しおっとりしているけど優しくて生き物が大好きな男の子……魔法学園に通うことが決まっていて、ここ出ることが決まっていたんだけど……いなくなってしまったの」
悲痛そうな表情で語るフローラに胸が苦しくなる。そうわかっていても手がかりがあるなら聞いておきたい。
予定通りならば明日にはここを立つ自分には少しでも情報を集めておいてレイ様に相談したいし、事件が解決するのが難しいならばお父様にハインツ子爵と連絡をお願いしたいとも考えていた。
辛そうなフローラに罪悪感を感じるが続けてたずねた。
「いなくなったって……町で噂になっていること?」
「そう。昨日いなくなった御者のとこの息子のヨシュアとも私達は仲がよかったのよ。ヨシュアはぶっきらぼうでガキ大将みたいなやつだけど優しくて面倒見がいいの」
「ヨシュアも魔力量が多いの?」
「そうね、カイほどはっきりとは見えないみたいだけど声もちゃんと聞こえるって言ってたわ」
二人とも時期はずれているが行方がわからない。そして魔力量が二人とも多い。少し鼓動が早くなった気がしながらも考えているとフローラは続けて言った。
「神父様は知らないけどカイはここを出たくないって言っていたの」
「王都に行って魔法学園に通えるのに?」
確かマリウス神父はカイは魔法学園に通えることを喜んでいたと言っていた。
「私もそう思ったんだけど『ここを出たら本当に王都へ行くかはわからないんだよ』って……それきりその話はしなくなってしまったんだけど」
本当に王都へ行くかわからない……。その言葉が気になりながらも続けてフローラにたずねた。
「フローラはカイがいなくなったのは自分からいなくなったって思っているの?」
「うん、なんとなくだけど。でもヨシュアもいなくなるなんて思っていなかったからわからなくて……町の人達ははぐれ精霊にさらわれたなんて言っているし……」
そう言って俯いてしまったフローラはギュッとスカートの裾を握りしめていた。
それを見た私は、思わずフローラの背中をそっと撫でた。
10
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。
【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する
ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。
きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。
私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。
この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない?
私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?!
映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。
設定はゆるいです
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる