Dark Moon

たける

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転送装置に戻ったファイは台から下り、真っ直ぐリフトへと向かった。

「おかえり、ファイ。名残惜しそうだったけど?」

そう声をかけてきたカールを一瞥し、ファイはリフトのボタンを押した。

「それについてはノーコメントです」

リフトが到着し、乗り込むファイを、機関士官は黙って見守っていた。
扉が閉まると、ファイは一時目を閉じた。瞼にはまだフィックスの笑顔が残っている。
もう会えないのだと、脳に浸透していく。淋しさが込み上げてくるが、やはりそれを表情には出さない。
再度扉が開いた時には目的階に到着していて、ファイはリフトを下りた。通路を歩き、メインルームへと入る。

「おっかえり、ファイ」

指令席で出迎えた艦長はにこやかに笑い、スクリーンを指で示した。
ファイはスクリーンを見なかったが、何が映されているかは概ね予想はつく。

「見てらしたんですか?」

恥ずかしさも怒りもない。
ただ、ジョシュなら様子を見ているだろうと感じていたから、そう言った感情は湧いてはこなかった。

「気になってさ。また、会いに来よう、きっとさ」

そう言ったジョシュは、淋しげだった。ファイは表情を崩さずそのまま自分の席につくと、タッチパネルを操作しながら、出発の為の最終チェックを始めた。

「全デッキから出発準備が調ったと報告がありました、艦長」

メインスクリーンには、漂着した湖の青い水中が映し出されたままだ。

「よし。じゃあ、ワープ準備」

ジョシュが指示を出すと、すかさずファイは作業を行った。

「ワープ準備完了」
「操縦スラスターも準備完了してます、艦長」

操舵席からデルマも報告し、ジョシュは頷いた。

「では、出ぱ……」

途中でジョシュの言葉が止まってしまい、全員は何事か、と指令席を振り返り、そして困惑した。

「艦長……!」

ミューズが声を上げると、恐怖は瞬く間にブリッジ内へと広がった。

「だ……大丈夫だ、大丈夫」

艦長は不安を拭おうと微笑して見せた。しかしそれは引き攣っていて、逆効果だったかも知れない。
男はジョシュの喉を掴んでいる他に、武器は所持していないようだったが、迂闊に飛び掛かる事は躊躇われた。

「私は、アルテミス号の副艦長です。貴方は何者ですか?」

艦長を人質にしている者へと、ファイは平静を装いながら尋ねた。
男がどこから侵入して来たかについては、今ここで尋ねる必要はない。今ファイに求められているのは、優れた交渉のみだ。
艦長を無事解放させ、犯人を捕らえる。それがファイに与えられた任務だ。

「名前なんて、どーだっていいだろ、ファイ」

突然名前を言い当てられたファイは、表面にこそ出しはしないが、酷くうろたえた。何故この若者が自分の名前を知っているのだろうか。だがそれも、今は問題ではない。

「では、貴方の目的は何です?要求は?」

そう尋ねると、男は不敵に笑った。

「お前だ、ファイ」

口角を引き攣らせ、ファイは席から立ち上がった。

「ならば、人質の交換を要求します」

毅然とした態度には、恐怖は微塵も感じなかった。だが、彼以上に不安がっているのは、ファイの隣に立つホップスだった。

「副艦長、相手が艦長を解放する可能性は低いです」
「俺は約束は守る男さ」

ホップスの言葉にジョシュを解放した男は、次いで右手を突き出し、素早く引っ込めた。と、同時に、ファイの体が男へと引き寄せられる。
ジョシュと交代で男の腕に囚われたファイは、僅かだけ動揺を見せた。

「ちょっと借りる」

そう言い、男はファイと共にメインルームから姿を消した。跡形もなく。

「どうなってるんだ?」

皆を代表するように口を開いたのは、船医長だった。




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