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第1章
3.
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メロの下についてから、クレイズはあらゆる犯罪を学んだ。麻薬の取引や銃刀の売買。時には街の北を縄張りにしているマフィア達との抗争にも参加した。自分とは何の関わりもない人間を沢山殺し、いつしかそれが当然の事だと思えるようになっていた。
やがてクレイズがメロの下について、1年が経った。
「もう1年か。お前もよく頑張ってきたよな」
ある日、麻薬の売買を終えたメロが感慨深くそう漏らした。
「やらなきゃ生きていられないからな」
そう答えたクレイズは、20歳になっていた。相変わらず仮面はついたままで、異様な臭気がしている。その臭いにも、見てくれにも慣れたと言わんばかりのメロは、クレイズを兄弟のように可愛がってくれた。それには感謝こそすれど、それ以上はない。
メロは懐からタバコを取り出すと、黙ったまま火をつけた。辺りは静かで波の音がうるさい。
「お前さ、おれ達に隠してる事があるだろ?」
煙を吐きながら、メロは唐突に尋ねてきた。クレイズはゆっくりとメロを振り返った。
メロの背中越しに、黒い海が見える。
「何をだ?」
そう尋ね返すと、メロは、おれは知ってるんだぞ、と言わんばかりの視線を向けてきた。
クレイズは海を見ていた視線をメロに合わせると、もう1度、何をだ?と尋ねた。クレイズには知られて困るような事は1つもない。
「お前、女だろ?」
そう言ってメロは、まだ長いままのタバコを海に投げ入れた。
「実は先週、お前が夜中に風呂に入るのを見ちまってな。何で隠してた?」
何故かメロは苦しそうな表情だった。クレイズは、あぁ、と、呟いた。
「別に、隠しているつもりはない。ただ、女だと仕事がやりにくい」
メロから視線を逸らし、クレイズは少し右手側に延びている、街に続く道を見つめた。
「おれは、お前を本当の兄弟のように思ってた。だけど、お前が女だと分かっちまって、多少戸惑ってるんだ。分かるか?」
「さぁ分からないな。オレが女だと何が困るって言うんだ?」
メロの口調は少し怒気を含んでいた。その理由がクレイズには分からない。
「マフィアの仕事を、お前が女だと分かった以上、続けさせられねーよ」
そう言ってメロはクレイズの肩を掴んだ。
「なぁクレイズ、足を洗えよ。お前の面倒なら、この先おれがみてやる」
真剣な目をしていた。だがクレイズにはそんな言葉は迷惑だったし、マフィアからも足を洗うなんて事はしたくなかった。
──そろそろ行動に移してもいい頃だな。
そうクレイズは思った。
クレイズにはマフィアに入った時から抱いている、ある野望があった。仕事にも慣れ、回りが気を許し始めた時に組を潰す。そして資金を全部頂戴して、次の組に潜入する。そう言う計画を練っていた。
だから足を洗う、なんて事は微塵も考えてはいなかった。
「オレを女だと知っているのは、他にいるのか?」
クレイズはそうメロに尋ねた。するとメロは首を横に振った。
「いや、多分まだおれだけだ。ボスにはまだ話してない」
「そうか」
クレイズは少しだけ安堵した、と言う表情を作り、そしてこう思った。
──やはりオレは人を惑わせるらしい。
母の面影がぼんやりと脳裏に蘇った。
「ならば、簡単だな」
そう言って仮面の下で笑うが、メロは気付いていないらしい。
「何が簡単なんだ?」
そう言ったメロの腹に、クレイズはナイフを突き刺した。スーツのポケットに入れていた、刃の飛び出すタイプのナイフだ。
それは深くメロの腹部に突き刺さり、白いシャツをみるみるうちに赤く染める。
「クレイズ……お前」
目を剥き、メロは軽くクレイズを突き飛ばした。だがその力は弱々しく、クレイズは上体を僅かに揺らしただけだった。
「知られて困る事じゃないが、面倒だからな。お前にも消えてもらう」
そう言って懐からもう1本ナイフを取り出した。
「お前……にも?」
早い瞬きをしながら、メロは出血する腹部を押さえている。ナイフは突き立ったままで、少し邪魔そうだ。
「知る必要はない」
そう言うと、クレイズはメロの喉元を真一文字に切り裂き、黒い海へその体を突き飛ばした。血飛沫が飛び散り、クレイズの黒いスーツを汚した。
大きな音を立ててメロが海に沈むと、ナイフの先についた血を振り払い、再び懐に仕舞った。
「そのナイフはお前にやるよ。世話になった礼だ」
何の感情も含まず、クレイズは海に沈んだ男に声をかけ、背を向けた。
今夜は忙しくなるな。そう思いながら、久しぶりに空を見上げた。
欠けた月が、雲間から顔を覗かせていた。
ボスを殺すのは他愛もない事だった。
クレイズの真面目な仕事振りを見ていたボスは──何の警戒の色を見せる事なく──床に血を流して倒れている。
ナイフを使い、音もなく心臓を突き刺した。叫ぼうとしたその口を塞ぎ、更に何度も刺し直した。
多少の血が着替えたスーツを汚したが、構わなかった。着替えなら部屋にある。
組の資金が全て銀行に預けてある事は知っていた。だからもうこのビルには用がない。ここを出た後受け取りに行けばいい。話しが拗れたら、後日盗みに入ればいいだけの話しだ。
クレイズは静かに部屋を出ると自室に向かい、再び着替えを済ませた。
廊下を歩きエレベーターでビルの外に出ると、鞄の中から小さなリモコンを取り出した。
この日の為に、誰にも気付かれないようビルのいたるところに爆弾を仕掛けておいたのだ。後は起爆スイッチを押せばいい。
クレイズはビルを見上げた。そして視線を落として街を見渡した。
夜の街はまだ賑やかで、たくさんの人が行き交っている。その中に姿を紛れ込ませると、スイッチを押した。
背中から大きな爆音が何回も響き、人々の悲鳴が上がる。
新しいスーツに身を包んだクレイズは、振り返る事なく歩き続けた。
──これで明日からは金に困る事はない。
そう思うだけで笑いが止まらなかった。
やがてクレイズがメロの下について、1年が経った。
「もう1年か。お前もよく頑張ってきたよな」
ある日、麻薬の売買を終えたメロが感慨深くそう漏らした。
「やらなきゃ生きていられないからな」
そう答えたクレイズは、20歳になっていた。相変わらず仮面はついたままで、異様な臭気がしている。その臭いにも、見てくれにも慣れたと言わんばかりのメロは、クレイズを兄弟のように可愛がってくれた。それには感謝こそすれど、それ以上はない。
メロは懐からタバコを取り出すと、黙ったまま火をつけた。辺りは静かで波の音がうるさい。
「お前さ、おれ達に隠してる事があるだろ?」
煙を吐きながら、メロは唐突に尋ねてきた。クレイズはゆっくりとメロを振り返った。
メロの背中越しに、黒い海が見える。
「何をだ?」
そう尋ね返すと、メロは、おれは知ってるんだぞ、と言わんばかりの視線を向けてきた。
クレイズは海を見ていた視線をメロに合わせると、もう1度、何をだ?と尋ねた。クレイズには知られて困るような事は1つもない。
「お前、女だろ?」
そう言ってメロは、まだ長いままのタバコを海に投げ入れた。
「実は先週、お前が夜中に風呂に入るのを見ちまってな。何で隠してた?」
何故かメロは苦しそうな表情だった。クレイズは、あぁ、と、呟いた。
「別に、隠しているつもりはない。ただ、女だと仕事がやりにくい」
メロから視線を逸らし、クレイズは少し右手側に延びている、街に続く道を見つめた。
「おれは、お前を本当の兄弟のように思ってた。だけど、お前が女だと分かっちまって、多少戸惑ってるんだ。分かるか?」
「さぁ分からないな。オレが女だと何が困るって言うんだ?」
メロの口調は少し怒気を含んでいた。その理由がクレイズには分からない。
「マフィアの仕事を、お前が女だと分かった以上、続けさせられねーよ」
そう言ってメロはクレイズの肩を掴んだ。
「なぁクレイズ、足を洗えよ。お前の面倒なら、この先おれがみてやる」
真剣な目をしていた。だがクレイズにはそんな言葉は迷惑だったし、マフィアからも足を洗うなんて事はしたくなかった。
──そろそろ行動に移してもいい頃だな。
そうクレイズは思った。
クレイズにはマフィアに入った時から抱いている、ある野望があった。仕事にも慣れ、回りが気を許し始めた時に組を潰す。そして資金を全部頂戴して、次の組に潜入する。そう言う計画を練っていた。
だから足を洗う、なんて事は微塵も考えてはいなかった。
「オレを女だと知っているのは、他にいるのか?」
クレイズはそうメロに尋ねた。するとメロは首を横に振った。
「いや、多分まだおれだけだ。ボスにはまだ話してない」
「そうか」
クレイズは少しだけ安堵した、と言う表情を作り、そしてこう思った。
──やはりオレは人を惑わせるらしい。
母の面影がぼんやりと脳裏に蘇った。
「ならば、簡単だな」
そう言って仮面の下で笑うが、メロは気付いていないらしい。
「何が簡単なんだ?」
そう言ったメロの腹に、クレイズはナイフを突き刺した。スーツのポケットに入れていた、刃の飛び出すタイプのナイフだ。
それは深くメロの腹部に突き刺さり、白いシャツをみるみるうちに赤く染める。
「クレイズ……お前」
目を剥き、メロは軽くクレイズを突き飛ばした。だがその力は弱々しく、クレイズは上体を僅かに揺らしただけだった。
「知られて困る事じゃないが、面倒だからな。お前にも消えてもらう」
そう言って懐からもう1本ナイフを取り出した。
「お前……にも?」
早い瞬きをしながら、メロは出血する腹部を押さえている。ナイフは突き立ったままで、少し邪魔そうだ。
「知る必要はない」
そう言うと、クレイズはメロの喉元を真一文字に切り裂き、黒い海へその体を突き飛ばした。血飛沫が飛び散り、クレイズの黒いスーツを汚した。
大きな音を立ててメロが海に沈むと、ナイフの先についた血を振り払い、再び懐に仕舞った。
「そのナイフはお前にやるよ。世話になった礼だ」
何の感情も含まず、クレイズは海に沈んだ男に声をかけ、背を向けた。
今夜は忙しくなるな。そう思いながら、久しぶりに空を見上げた。
欠けた月が、雲間から顔を覗かせていた。
ボスを殺すのは他愛もない事だった。
クレイズの真面目な仕事振りを見ていたボスは──何の警戒の色を見せる事なく──床に血を流して倒れている。
ナイフを使い、音もなく心臓を突き刺した。叫ぼうとしたその口を塞ぎ、更に何度も刺し直した。
多少の血が着替えたスーツを汚したが、構わなかった。着替えなら部屋にある。
組の資金が全て銀行に預けてある事は知っていた。だからもうこのビルには用がない。ここを出た後受け取りに行けばいい。話しが拗れたら、後日盗みに入ればいいだけの話しだ。
クレイズは静かに部屋を出ると自室に向かい、再び着替えを済ませた。
廊下を歩きエレベーターでビルの外に出ると、鞄の中から小さなリモコンを取り出した。
この日の為に、誰にも気付かれないようビルのいたるところに爆弾を仕掛けておいたのだ。後は起爆スイッチを押せばいい。
クレイズはビルを見上げた。そして視線を落として街を見渡した。
夜の街はまだ賑やかで、たくさんの人が行き交っている。その中に姿を紛れ込ませると、スイッチを押した。
背中から大きな爆音が何回も響き、人々の悲鳴が上がる。
新しいスーツに身を包んだクレイズは、振り返る事なく歩き続けた。
──これで明日からは金に困る事はない。
そう思うだけで笑いが止まらなかった。
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