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第8章
4.
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愛してる人に抱かれるのは、こんなにも心地よいものなのかと、クレイズは改めて感じた。
ゲイナーが突き上げる度──ゴムの感触がして不服ではあるが──優しく激しい律動に、クレイズは溶けてしまいそうだった。
「ひっ……あぁ……ゲイナー……あっ……!」
強くしがみつき、何度も求め合うと、最後にゲイナーが額にキスをした。
終わりと共に訪れる別れを惜しむように、ゆっくりと服を着ていると、ゲイナーがクレイズの髪を撫でた。
「明日もここで待っているよ」
そう言われ、クレイズの胸は高鳴った。だがドーズの事を思うと、即答は出来ない。
「明日は、来られないかも知れない」
クレイズが俯いて答えると、ゲイナーはクレイズを背中から抱きしめた。
「構わない。君が来なくても、私はここで待っているよ」
「でも、それじゃあ」
そう言って振り返ろうとすると、ゲイナーは更にクレイズを強く抱きしめた。
「これは私の我が儘だ、気にしないでくれ」
そう言ってからゲイナーの腕から力が少し抜けると、クレイズは漸く振り返った。するとゲイナーは淋しそうに笑っていた。
「今まではオレが追い掛けて待ってばかりだったけど、今度は逆だな」
冗談めかして言うと、ゲイナーはそうだなと答えた。
ソファから立ち上がり一緒に玄関まで歩くと、扉に手をかけたままゲイナーが振り返った。
「送って行こう」
そう申し出たゲイナーに首を振ると、クレイズは笑顔を見せた。
「ハリスに送ってもらうから大丈夫だ」
「そうか。それならまた明日、会える事を願ってるよ」
そう言ってから片手を上げ、ゲイナーは屋敷から出て行った。
──永遠にないと思っていた。
ゲイナーに愛される事。それが叶った。
もう思い残す事はない。
これ以上ゲイナーを愛してしまえば、きっと家族から切り離したくなる。
それだけはまだ避けたい。
だが、募る想いを止められるだろうか?クレイズはそう思いながら携帯を取り出した。
外の景色は夕焼けのオレンジ色に染まり、ゲイナーと歩いた小道に影を落とし始めていた。
「で、どうだった?何か、話せた?」
屋敷へ戻る途中の車内で、ハリスがウキウキしながら尋ねて来た。西陽が眩しいのか、目を細めている。
半ば夢見心地だったクレイズは、あぁ、と短く答えた後、知らず知らずのうちに笑みを零していた。それを横目に見ていたハリスが──更に笑顔を作りながら──聞かせろとせっついて来た。
仕方なく、と言う訳ではないが、ハリスに有りのまま全てを話すと、信号待ちをしていたハリスはまるで自分の事のようにはしゃいだ。
「へー!そりゃ、凄いじゃん。もう両想いなんじゃないの?」
再びハリスが車を走らせながら言うと、クレイズは恥ずかしそうに笑った。
「そう……かな?」
「絶対そうだって!いやー、しかし、本当恋してる女の子って感じだよな」
しみじみ言いながら屋敷内の駐車場に車を停車させると、ハリスはクレイズを見つめた。
「バレなきゃいいけどね。幸せオーラが出まくってるよ」
「多分、バレるだろうな」
そう言うと、クレイズは体を捻りハリスに向き直った。
「バレたらすまない」
少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら言うと、ハリスは大袈裟に頭を抱えた。
「殴られちゃうよ」
屋敷に戻り部屋に入ると、ドーズが帰宅していた。いつもの帰宅時間より1時間は早い。クレイズは息を飲み、部屋へ足を踏み入れた。
「帰ってたのか」
出来るだけ感情を押し殺して言うと、ドーズがクレイズを見つめてきた。
「何処へ行っていたの?ここからは出ちゃ駄目だって、言ってた筈なんだけど」
そう言ってソファから立ち上がると、ドーズはクレイズへ歩み寄って来た。
「ハリスと食事をしてたんだ。外の空気が吸いたくなってな」
そう言いながら、デスクに置いたままになっていたノートパソコンへ視線を向けると、居場所を知られる1歩手間の作業のまま止まっているのが見えた。
「本当に、ハリスと食事をしてたの?」
目の前に立ったドーズは、冷ややかで疑うような目でクレイズを見下ろした。
「疑うならファミレスの店員に聞いてみるといい」
そう言ってドーズから放れようとすると、すかさず腕を掴まれた。
「本当ならいいんだけどさ。ところで何?その顔。高揚してるね」
顎を引き上げられ、間近に見つめられると、クレイズは嫌そうに首を振った。
「気のせいだろ」
「そう?なら、確かめさせてもらおうかな」
そう言うと、ドーズは乱暴にクレイズをベッドへ引き倒し上に跨がった。
「今は気分じゃないんだ」
そう言ったものの、ドーズはクレイズを放す様子は微塵もない。
「止めてくれ、ドーズ!」
抵抗し胸板を両手で突っぱねると、ドーズはその手を握った。
「クレイズ、まだ君は諦めてないんだろ?本部長の事。早く諦めてくれよ」
ドーズにしては少し弱気な声だった。クレイズは拒む手を止めてドーズを見上げると、切なそうに自分を見てくるその視線に合わせた。
「すぐには無理だ。だが、そのうち忘れるよ。だから」
「だから、何?早く諦めてよ。そうしないと、婚姻届も出せない」
そう言ったドーズの言葉に耳を疑い、そして目を丸くした。
──婚姻届も出せない?それってまだ出していない、と言う事か?
頭の中が混乱し始めた。てっきりサインをした日に、役所へ提出しに行ったのだと思っていた。ドーズ自身も出しに行く、と言って屋敷を出た。なのに何故?クレイズは混乱する頭で考えたが、提出しなかった理由は分からなかった。
「何故まだ出していないんだ?婚姻届にはサインした筈だ」
そう言うとドーズはフッと息を吐き、体を起こした。
「僕もあの日、出すつもりで家を出た。だけど出せなかった」
背中を向けているドーズは、囁くようにそう言った。クレイズは体を起こすと、そんなドーズの背中を見つめた。
「出しに行けなかったのは、どうしてなんだ?」
「君が」
ドーズが振り返った。その顔は淋しくて堪らない、と訴える子供のように見えた。
「君の心がまだ僕に向いてないから。向いてないのに、書類の上だけで夫婦になったって、意味がないと思ったから」
そう言うとドーズはゆっくりと立ち上がり、部屋の真ん中へと歩いた。
「体だけじゃなく、君の心も欲しいんだ」
クレイズに背中を向けたままそう言うと、ドーズは部屋を出て行った。クレイズはドーズが出て行った後の扉を見つめたまま、ベッドに座っていた。
──何も言ってやる事が出来なかった。
何か言ってやればよかったと後悔しながらも、クレイズは内心まだ婚姻届が出されていない事を喜んだ。
──まだ、自分は自由だ。
そう思った。
ゲイナーが突き上げる度──ゴムの感触がして不服ではあるが──優しく激しい律動に、クレイズは溶けてしまいそうだった。
「ひっ……あぁ……ゲイナー……あっ……!」
強くしがみつき、何度も求め合うと、最後にゲイナーが額にキスをした。
終わりと共に訪れる別れを惜しむように、ゆっくりと服を着ていると、ゲイナーがクレイズの髪を撫でた。
「明日もここで待っているよ」
そう言われ、クレイズの胸は高鳴った。だがドーズの事を思うと、即答は出来ない。
「明日は、来られないかも知れない」
クレイズが俯いて答えると、ゲイナーはクレイズを背中から抱きしめた。
「構わない。君が来なくても、私はここで待っているよ」
「でも、それじゃあ」
そう言って振り返ろうとすると、ゲイナーは更にクレイズを強く抱きしめた。
「これは私の我が儘だ、気にしないでくれ」
そう言ってからゲイナーの腕から力が少し抜けると、クレイズは漸く振り返った。するとゲイナーは淋しそうに笑っていた。
「今まではオレが追い掛けて待ってばかりだったけど、今度は逆だな」
冗談めかして言うと、ゲイナーはそうだなと答えた。
ソファから立ち上がり一緒に玄関まで歩くと、扉に手をかけたままゲイナーが振り返った。
「送って行こう」
そう申し出たゲイナーに首を振ると、クレイズは笑顔を見せた。
「ハリスに送ってもらうから大丈夫だ」
「そうか。それならまた明日、会える事を願ってるよ」
そう言ってから片手を上げ、ゲイナーは屋敷から出て行った。
──永遠にないと思っていた。
ゲイナーに愛される事。それが叶った。
もう思い残す事はない。
これ以上ゲイナーを愛してしまえば、きっと家族から切り離したくなる。
それだけはまだ避けたい。
だが、募る想いを止められるだろうか?クレイズはそう思いながら携帯を取り出した。
外の景色は夕焼けのオレンジ色に染まり、ゲイナーと歩いた小道に影を落とし始めていた。
「で、どうだった?何か、話せた?」
屋敷へ戻る途中の車内で、ハリスがウキウキしながら尋ねて来た。西陽が眩しいのか、目を細めている。
半ば夢見心地だったクレイズは、あぁ、と短く答えた後、知らず知らずのうちに笑みを零していた。それを横目に見ていたハリスが──更に笑顔を作りながら──聞かせろとせっついて来た。
仕方なく、と言う訳ではないが、ハリスに有りのまま全てを話すと、信号待ちをしていたハリスはまるで自分の事のようにはしゃいだ。
「へー!そりゃ、凄いじゃん。もう両想いなんじゃないの?」
再びハリスが車を走らせながら言うと、クレイズは恥ずかしそうに笑った。
「そう……かな?」
「絶対そうだって!いやー、しかし、本当恋してる女の子って感じだよな」
しみじみ言いながら屋敷内の駐車場に車を停車させると、ハリスはクレイズを見つめた。
「バレなきゃいいけどね。幸せオーラが出まくってるよ」
「多分、バレるだろうな」
そう言うと、クレイズは体を捻りハリスに向き直った。
「バレたらすまない」
少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら言うと、ハリスは大袈裟に頭を抱えた。
「殴られちゃうよ」
屋敷に戻り部屋に入ると、ドーズが帰宅していた。いつもの帰宅時間より1時間は早い。クレイズは息を飲み、部屋へ足を踏み入れた。
「帰ってたのか」
出来るだけ感情を押し殺して言うと、ドーズがクレイズを見つめてきた。
「何処へ行っていたの?ここからは出ちゃ駄目だって、言ってた筈なんだけど」
そう言ってソファから立ち上がると、ドーズはクレイズへ歩み寄って来た。
「ハリスと食事をしてたんだ。外の空気が吸いたくなってな」
そう言いながら、デスクに置いたままになっていたノートパソコンへ視線を向けると、居場所を知られる1歩手間の作業のまま止まっているのが見えた。
「本当に、ハリスと食事をしてたの?」
目の前に立ったドーズは、冷ややかで疑うような目でクレイズを見下ろした。
「疑うならファミレスの店員に聞いてみるといい」
そう言ってドーズから放れようとすると、すかさず腕を掴まれた。
「本当ならいいんだけどさ。ところで何?その顔。高揚してるね」
顎を引き上げられ、間近に見つめられると、クレイズは嫌そうに首を振った。
「気のせいだろ」
「そう?なら、確かめさせてもらおうかな」
そう言うと、ドーズは乱暴にクレイズをベッドへ引き倒し上に跨がった。
「今は気分じゃないんだ」
そう言ったものの、ドーズはクレイズを放す様子は微塵もない。
「止めてくれ、ドーズ!」
抵抗し胸板を両手で突っぱねると、ドーズはその手を握った。
「クレイズ、まだ君は諦めてないんだろ?本部長の事。早く諦めてくれよ」
ドーズにしては少し弱気な声だった。クレイズは拒む手を止めてドーズを見上げると、切なそうに自分を見てくるその視線に合わせた。
「すぐには無理だ。だが、そのうち忘れるよ。だから」
「だから、何?早く諦めてよ。そうしないと、婚姻届も出せない」
そう言ったドーズの言葉に耳を疑い、そして目を丸くした。
──婚姻届も出せない?それってまだ出していない、と言う事か?
頭の中が混乱し始めた。てっきりサインをした日に、役所へ提出しに行ったのだと思っていた。ドーズ自身も出しに行く、と言って屋敷を出た。なのに何故?クレイズは混乱する頭で考えたが、提出しなかった理由は分からなかった。
「何故まだ出していないんだ?婚姻届にはサインした筈だ」
そう言うとドーズはフッと息を吐き、体を起こした。
「僕もあの日、出すつもりで家を出た。だけど出せなかった」
背中を向けているドーズは、囁くようにそう言った。クレイズは体を起こすと、そんなドーズの背中を見つめた。
「出しに行けなかったのは、どうしてなんだ?」
「君が」
ドーズが振り返った。その顔は淋しくて堪らない、と訴える子供のように見えた。
「君の心がまだ僕に向いてないから。向いてないのに、書類の上だけで夫婦になったって、意味がないと思ったから」
そう言うとドーズはゆっくりと立ち上がり、部屋の真ん中へと歩いた。
「体だけじゃなく、君の心も欲しいんだ」
クレイズに背中を向けたままそう言うと、ドーズは部屋を出て行った。クレイズはドーズが出て行った後の扉を見つめたまま、ベッドに座っていた。
──何も言ってやる事が出来なかった。
何か言ってやればよかったと後悔しながらも、クレイズは内心まだ婚姻届が出されていない事を喜んだ。
──まだ、自分は自由だ。
そう思った。
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