Prisoner

たける

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第11章

3.

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クレイズからの連絡が途切れ、30分が経った。ゲイナーから連絡をしても、クレイズは電話に出ない。
ゲイナーの脳裏に嫌な想像ばかりが巡る。
カルロスは、どうやらクレイズに好意を抱いているようだ。それなら、クレイズが怪我をさせられたり、殺されたりしている心配はないだろう。だがもし、クレイズを捕らえ解放しないでいたら?そう考えると、悠長にデスクへ座っていられない。
ホテルに行く事をきつく禁止されていたが、緊急事態ならそうも言っていられない。そう考え腰を浮かせると、不意に扉が叩かれた。
クレイズか?そう思って慌てて扉を開いたが、立っていたのはクレイズではなく、ハリスだった。

「やぁ、いいかな?」

あからさまに肩を落とし、ゲイナーはハリスを執務室に迎えた。

「何か用か?」

後回しに出来る用事ならそうしようと考えたが、椅子に腰掛けたハリスは書類の束をテーブルに置いた。

「これ、カルロスんとこの組の名簿なんだ」

ゲイナーは目を見開きハリスを振り返ると、デスクに座った。書類を取る手が僅かに震えている。

「確かなのか?」

そう尋ねると、ハリスは渋い顔をしながら、8割はね、と答えた。

「どこで手に入れたんだ?」
「ある筋から、としか言えないんだけど」

そう言うと、ハリスは立ち上がってゲイナーの横に並んだ。

「2割はコピーなんだ。だけどうちで調べた結果、どうやら本物からのコピーだから信頼は出来るよ」

書類をめくり、紙質の違う部分を指で示した。

「うちでも調べてみよう。だが名前だけしか書かれていない。これじゃあ」
「検挙は難しいだろうね」

ゲイナーの言葉に続けてハリスはそう言うと、髪をかきあげた。

「今はこれが精一杯。けどこれは、うちでもコピーを取らせて貰ったから時間をかけて罪を洗うよ」

ゲイナーはそれに頷くと、書類を持って執務室を出た。
今まで露見していない罪は数多くあるだろう。それが分かれば検挙出来る。部下に書類を託して執務室に戻ると、ゲイナーは腕時計を見た。
クレイズと連絡が取れなくなって40分。もう、待ってはいられない。

「ちょっと出てくるよ」
「どこへ?」

ハリスが尋ねてくる。

「クレイズが、カルロスと接触しているんだ」

そう言って扉に手をかけると、ノックする音が聞こえた。今度こそクレイズでありますようにと願いながら、勢いよく扉を開いた。すると扉の向こうには、クレイズが立っていた。

「あぁ、君か。連絡が途中で途切れたから、今からホテルへ向かおうと思っていたところだ」

心底安堵し、そう言うと、ゲイナーはクレイズを中へ招き入れた。

「クレイズ、大丈夫?」

椅子から立ち上がり、ハリスがクレイズを見遣った。

「お前も来ていたのか」

そう言って椅子を引き寄せ、クレイズはハリスの隣に腰を下ろした。それを見てからハリスも椅子に座り、ゲイナーもデスクに腰掛けた。
まだ、心臓が痛い。

「うん。カルロスの件でたまたま来たら、さっきゲイナーから、クレイズがカルロスに接触してるって聞いてさ」

整った顔立ちのハリスは、心配そうにクレイズを見つめながら言った。

「カルロスの件?何だそれ」

クレイズもハリスを見返しながら尋ねると、ハリスは苦笑いを浮かべた。その奥にいるゲイナーは、そんな2人に背中を向け紅茶を入れる事にした。

「さっきゲイナーに、カルロスの組の名簿を渡したんだよ」

そうハリスが言うと、紅茶を入れたゲイナーは、2人にカップを手渡した。それを受け取りながら、クレイズは首を傾げている。

「と、言う事は、検挙出来るって事か?」
「いや、それはまだだ。私達も今その書類を調べているが、名前だけしか記載されていない。それでは、逮捕は出来ないんだよ」

カップを両手で覆うようにしながら、ゲイナーはクレイズにそう説明した。

「そうか。それは残念だな」

そうクレイズは言うと、紅茶に息を吹き掛けた。それを見ながら、そう言えばクレイズは猫舌だった事をゲイナーは思い出した。

「まぁ、隠蔽されてる罪をこれから洗えば、逮捕に繋がるだろうさ」

そう言って、ハリスも紅茶を啜った。

「ところで、クレイズ。カルロスとはどんな話しを?」

2人が一息入れたのを見計らってから、ゲイナーはずっと聞きたかった事を尋ねた。するとクレイズは、ハリスからゲイナーへと視線を移すと苦々しい顔をした。

「リリは戻ったのか?」
「あぁ、戻ったんだが、気分が悪いと言って、早退したよ」

頭痛がすると言っていた。そうゲイナーが言うと、クレイズはデスクに両腕をつき体を前屈みにすると、睨むような鋭い目つきをゲイナーに向けた。

「ゲイナー、リリの事は信用するな、危険だ」

耳を疑いたくなるような言葉に、ゲイナーは何故クレイズがそう言うのか分からなかった。リリはカルロスに脅迫されているかも知れないと、ゲイナーは思っていた。

「何故危険だなんて言うんだ?リリは私の部下だぞ?それに、カルロスに脅迫されているんじゃあ」

そう言うと、クレイズは困ったように眉根を下げた。

「脅迫はされてない。カルロスの話しを信じるのなら、リリから話しを持ち掛けたそうだ」
「そうなの?リリちゃんから?でも、それってカルロスの嘘とかじゃないの?」

ハリスがクレイズに尋ねた。するとクレイズは厳しい表情になり、2人を交互に見てきた。

「例えそれがカルロスの嘘だったとしても、リリはカルロスと通じている。現に、カルロスはリリにオレを連れて来るように命じ、リリはそれに従った」
「そんな事が……」

俄かに信じられないが、クレイズが言うのだから真実なのだろう。

「そうだよね、ちょっと、警戒ぐらいした方がいいんじゃない?」

ハリスもそう言った。
部下を。しかも自分の右腕のような存在を疑うのはとても辛かった。

「お前が信じようが信じまいが……それは勝手だ。だがそれで、危険な目に合ったら誰が困る?誰が辛い目に合う?ゲイナー……もう1人で勝手に行動するのは止めろ」

窘めるようにクレイズがそう言った。自分の心を見透かされているようだった。

「そうだな、私が軽率だった、すまない」
「分かればいい」

クレイズは、そう言うと紅茶に口をつけた。

「で、クレイズ。カルロスの狙いって、何だったの?」

ハリスがクレイズへと視線を移しながら、そう尋ねた。ゲイナーもクレイズへ視線をやり、言葉を待った。
何の為にカルロスがリリを使って、クレイズを呼び寄せたのか。自分の命を狙う割に、やり方が回りくどい気がする。

「カルロスの狙いは、どうやらオレらしい」

まるで人事のように、クレイズはそう言った。するとハリスが、驚きに目を丸くした。ゲイナーは差ほど驚かなかった。
結婚式当日、自分を囮にクレイズを拉致し、カルロスが行った行為や言葉を思うと、それが真の目的だと言える。

「えっ?それってどう言う事?ね、カルロスはクレイズの事が好きって事?」

ハリスがいやらしく目を輝かせている。それを一瞥したクレイズは、ゲイナーへと視線を向けた。そして手に持っていたカップをデスクに置くと、ため息を吐いた。

「だろうな。お前が欲しいと言われた」

今度ばかりはゲイナーも驚きを隠せなかった。
あの日トランクで聞いた会話には、そんな事を匂わせるような言葉はなかった筈だ。確か、いい女だ、だとか、勿体ない、と言っていたように思う。

「そ……それは、本当なのか?クレイズ」
「オレも疑ってる。そしたら、信じないならそれで構わないと、ゲイナーを消すと言われた」

そう言いながらクレイズはどこか遠くを見るような目をした。

「わ……私を……消す……?」

諦めているとは思っていなかったが、それを口に出されると更に現実味を帯びる。

「お前の事はオレが守ってやるぞ」

そんなゲイナーの内心を悟ったのか、クレイズは優しくそう言った。

「私なら大丈夫だ。むしろ心配なのは君だ、クレイズ」

守るのが自分の役目であり、職務であり、義務であり、そして願いだった。

「それこそ心配ないさ。カルロスの狙いはオレなんだからな」

そう言ってクレイズは悪戯に笑った。その笑顔が強がっているようにも見える──いや、実際強がっているのだろう。相手はマフィアだ──怖くない筈がない。クレイズは女性なのだから。

「とにかく、何か行動する時はまずオレに相談しろ」

念を押すように、クレイズはゲイナーにそう言った。

「あぁ、分かってる。君には心配ばかりかけてしまってすまない」

そう言ってゲイナーは、クレイズに小さく頭を下げた。

「で、どうするのさ?カルロス対策」

紅茶を飲み終えたハリスが、カップを持て余しながら尋ねてきた。それにクレイズは冷めた紅茶を啜ると、小さく唸った。

「どうにも出来ないさ。こちらからはな。ただ、今言えるのは現在南のマフィアを牛耳っているカルロスの部下は、以前に比べ随分と減っている筈だ。どう行動するにしても、奴自身が動かなければならない、と言う事だ」

そうクレイズが言うと、ハリスは理解したような、しないような、曖昧な返事をした。

「じゃあ、リリちゃんについては?どうするつもり?」

ハリスは、今度はゲイナーに直接尋ねてきた。その問いに対しゲイナーは僅かに戸惑った。そんなゲイナーの代わりに、クレイズが口を開く。

「リリは……そうだな、クビにはしない。このまま継続して、ゲイナーの元で働いてもらおう」

クレイズはそう言いながら、ゲイナーを見つめてきた。その目は同意を求めている。

「そうしよう」

ゲイナーが同意すると、クレイズは自身の顔の前で人差し指を立てた。

「クビにはしないが、監視はさせて貰うからな」

そう言うと──空になったカップをハリスに押し付け──デスクの上でノートパソコンを広げた。

「まさか、リリを盗撮するんじゃないだろうな?」

ゲイナーはそう言ったが、クレイズはそのつもりなのか、ゲイナーの方を向かなかった。
低い機械音を響かせながらパソコンが起動すると、クレイズはフォルダをクリックし、マウスを巧に操りながら次々と新たなフォルダを開いていく。

「きっとカルロスは、またリリと連絡を取る筈だ」

そう言いながらクレイズがマウスをクリックすると、画面の左側にリリが映し出された。どうやら自宅リビングのソファに腰掛けているらしい。

「自宅謹慎とは、敢えて言わなかったな?」
「あぁ。まだ、謹慎だとは言ってない」

ゲイナーの返事を聞くと、クレイズはスピーカーの音量を上げ、ゲイナーを一瞥した。

「じゃあ、次に何かあったら謹慎だ、と言って灸を据えてやるんだな」

ゲイナーが答える前に、クレイズは画面へと視線を戻した。その時不意にリリの携帯が鳴り響いた。画面の中では、リリが慌てて携帯を手に取る姿が映っている。
ゲイナーは息を飲んだ。まさか、カルロスからの連絡だろうか?胸が騒ぐ。
パソコンに新たな画面が自動で開くと、何かを読み込むように画面中央にLOADINGの文字が現れた。

「多分カルロスだ」

そうクレイズが言うと、LOADINGの文字が消え、代わりに解析完了、の文字が一瞬だけ表示された。

「ほらな?」

クレイズは得意げにそう言うと、右側に新たに開いた画面をつついた。そこにはカルロスが映し出されている。


『もしもし……?』
『俺だ』
『カルロス……!本部長は、本部長はどうなったの?』


そう言ったリリの声は切実で、ゲイナーは胸が苦しくなった。


『安心しろ、大丈夫だ。それよりまた、お前にしてもらいたい事がある』
『な……に?もう、本部長に何もしないなら、手伝うわ』
『電話では話さん。またホテルに部屋を用意しておくから、そこへ今度はゲイナーを呼び出すんだ』
『何て言えばいいの?もう本部長を裏切りたくないの』
『心配するな。悩みがあると言えばいい』


そこで電話が切れた。
ゲイナーは頭を抱えた。
自分の為にリリまでもが悩み、苦しんでいる。辛くない筈がない。
そんなゲイナーを見ながら、クレイズはノートパソコンを閉じた。ゲイナーはゆっくりと顔を上げると、そんなクレイズと見つめ合った。

「電話がきたら、自分で出向くつもりか?」

ゲイナーの覚悟を察したのか、クレイズは心配そうに目を細めながらそう言った。

「勿論だ。リリが心配だ」

命が狙われていると言えど、じっとしていられない。いくら嗜められようとももう引けない。

「1人で?」
「あぁ」

即答したゲイナーに、クレイズはため息を吐いた。そして、苛立たしげにノートパソコンを突いた。

「ゲイナー。お前、さっき約束したばかりだろう?1人では行動しないと」

確かに約束はした。

「すまない」

謝るより他になかった。するとクレイズは腕を組み、ゲイナーへ体を向けた。

「まぁ、心配する気持ちも分からないでもない」

そうクレイズが言った時、ゲイナーの携帯が鳴った。慌ててゲイナーが携帯を手に取ると、クレイズもノートパソコンを開いた。

「私だ」
『本部長』
「リリ、どうしたんだ?」

ノートパソコンから聞こえてくる会話を聞きながら、クレイズがゲイナーを見遣ってくる。

『実は、悩みがあるんです』
「聞こうじゃないか」
『電話ではちょっと、言いにくい事なんです。ですから、よろしければベイサイドホテルに部屋を取るので、来て下さいませんか?』

カルロスの指示した通りに、リリはゲイナーにそう告げた。それを聞いたゲイナーは、クレイズを見遣った。

「構わん。行くと言え」

そうクレイズに言われ、ゲイナーはリリに、すぐに向かう、と言って電話を切った。

「じゃあ、行ってくるよ」

椅子から立ち上がったゲイナーを、クレイズが睨んでいる。

「強情な男だな。何かあれば、オレを呼ぶんだぞ?」

そう言ってクレイズはゲイナーの頬に触れると、困った顔で微笑んだ。




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