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たける

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1.村上ハヤト

3.

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僕にとって朝も夜も関係ない。
だけど看護婦は、就寝時間だからと言ってカーテンを引く。

「おやすみなさい、村上君。明日は精密検査をしますからね」
「……はい。おやすみなさい……」

精密検査の必要なんてない、とは言わなかった。
僕は看護婦が出て行く音を聞いてから、そっとベッドから抜け出した。カーテンを開けて、窓もそっと開く。夜風の冷たい感触に、軽い寒気を覚える。
だけどもう、そんな感覚だって分からなくなるだろう。

僕は絶望していた。悲しみの縁にいて、後悔ばかりが胸を締め付ける。

刑事が帰った後──ほんの少ししてから──ミノルの母親が僕を訪ねてきた。そしていきなり僕に、罵声を浴びせたのだ。

『息子があんな風になったのは、貴方のせいよ!貴方なんかとドライブに行かなければ……仲良くしてなんかやらなければ、あんな目に遭う事はなかったのよ!』

息子を返して、息子の意識を戻して、と訴える母親の声は、ヴァイオリンが奏でる悲壮な音色に似ていて、僕の胸を抉り取った。
僕は謝る事しか出来ずにいたが、騒ぎを聞き付けた誰かが、喚く母親を病室から連れ出したようだった。遠く離れたところから、母親の泣き叫ぶ声は届いていたけれど、僕にはどうしようもない。

ミノルは母1人子1人の母子家庭で育ったと話してくれた事があった。何故父親がいないかは、あまりに幼かったミノルには当時説明はされなかったが、どうやら愛人を作って出て行ったようだと、苦笑しながら教えてくれた。

もう、大きくて少し垂れた目を細めて笑う顔も、風に吹かれ、濡れ羽色の髪が揺れる姿も見る事が出来ない。


──僕のせいだ……!


ギプスに固められた足が痛むのを堪えながら、手探りで椅子を引き寄せてその上に登る。
ここが何階かも分からないけれど、打ち所が悪ければ僕は死ぬか、ミノルと同じ様に植物状態になるかも知れない。

「さようなら……」

窓枠に手をかけて身を乗り出す。

『死んじゃ駄目だ!』

ミノルの、少しハスキーな声が聞こえた。
幻聴だろう。更に身を乗り出すと、その声は尚大きく聞こえた。

『ハヤト、死なないでくれ!』

風が一際大きく吹き、僕の体が揺れて床にしりもちをついた。

「ミノル……?」

もしかして、意識が戻ったのだろうか?
そんな期待に胸を高鳴らせ、辺りに手をやる。だけど僕の手は、椅子やらベッドやらに触れるだけで、ミノルの存在に当たらなかった。

「ミノル、いるんでしょ?意識が戻ったんでしょ?いるなら僕の手を握ってよ!僕はもう、君を見る事が出来ないんだ!」
「村上君、どうしたの?」

看護婦の声がした。だけど僕はミノルを呼び続けた。

「ミノル!ミノル、いるんだろ?ねぇ、ミノル!」
「村上君、ミノル君は……」
「さっきミノルが僕を呼んだんだよ!」

暫しの沈黙の後、看護婦が言った。

「ミノル君はさっき、亡くなったの……」
「え……?亡くなった?」

足元に穴が空いたように、スッと力が抜けた。


──ミノルが……死んだ……?


「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!」
「村上君、落ち着いてちょうだい!」
「嘘だ!さっきミノルが僕を呼んだんだ!」
「誰か先生を呼んで!」

そんな筈はない。ミノルは死んでなんかいない。だってさっき、飛び降りようとした僕を引き留めたじゃないか。もし死んだのが本当なら、あれは何だったって言うんだ?

まだ喚く僕の腕に、小さな痛みが走った。そして突如、酷い眠気に襲われ、僕は意識を手放した。




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