ホワイト・ルシアン

たける

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第19章.我孫子弘之

3.

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夜道を1人歩く。邪魔をされたとは思わない。ただ、仕掛に上手く沢村が乗ってきたと、ほくそ笑む。


──今度こそ、逃がすなよ。


とは思うが、どうにも奥手──2人とも──なようだ。もっと押していかなければ、あぁ言うタイプはなかなか落ちないぞ、と思う。

「やれやれ……どうしたもんかね」

朋樹には悪いが──まだ若いのだし──父親に譲ってもらおう。
だとしても、次の作戦はどうするべきか。
若いからこそ、押して行く。父親だからこそ、遠慮する。駆け引きを知らなくては、恋をものには出来ない、と言うのが持論だ。

初めて沢村と会ったのは、全日本学生柔道優勝大会でだった。
当時オレは大学4年で、沢村は1年。対戦結果は言わずもがな──勿論オレが勝って優勝した──だが、それからあらゆる大会で対戦する事になろうとは。
顔を合わせる回数が重なれば重なる程、オレ達は仲良く──正反対だからか、妙にウマがあった──なっていき、オレは沢村の恋人を……

だから、と言う訳じゃない。罪滅ぼしでもない。
ただ単に、オレが沢村を好きだ、と言う事だ。
沢村の結婚式にも、朋樹が産まれた時にも側にいて、ずっと──アイツの人生の分岐点だ──その横顔を見つめていた。


──決して順風満帆ではなかった……


怪我をした時も、世界大会でなかなか優勝出来なかった時も、オリンピックでメダル圏内にも入れなかった時も、奥さんとの不仲の時も、沢村は愚痴や弱音など吐かなかった。自分に厳しく、他人には甘い。そんな男だから、オレは……


──眼中にない事など、よく分かってる。


そう言う方面には鈍い男だから。
不器用で、努力や涙を見られたくない男だから。

「参ったね」

そう呟いた視線の先に、海が見えた。




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