恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

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妖狐・すねこすり

妖狐・すねこすり②

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 この世界の人狼は、昼夜、月齢に関係なく、顔は狼で、胸板の上部までを体毛で覆われている姿をしている。満月に遠吠えして変身するというわけではないようだ。
 頭部付近は狼であるが、それ以外は人間と同じである。ただ、発達した筋肉に、強靭なバネを持ち、高い身体能力を有している。

 そういった魔物が、組織的に動けば、これはかなりの脅威だ。

 まずは、監視にあたっている奴らの数と配置を確認する。
 村を囲むように、十四体。身を潜め、獣人らからは見えないようにしているが、燃尾には捕捉できた。

 妖力をソナーのように放ち、周囲を確認する。西洋悪魔もそうだが、魔力を扱う連中は、妖力には気付きにくい。根本は同じと言われているが、まるで言語が違うそれは、意味のある物とは認識されない。
 大地や草木からも妖力や魔力の源になる物が発せられているから、それと勘違いするだけであろう。

「見付けた」

 先に場所さえ特定してしまえば、一体ずつ潰していけばいい。
 町まで使いを走らせなくてはならない事から、この世界の文明レベルは知れる。連中に素早く連絡する手段はないだろう。携帯電話はおろか、モールス信号すらなさそうだ。

 それを確認する為に、まず一体を暗殺し、様子を窺った。
 動きはない。
 魔術的な連絡手段もないようだ。
 奴らは自分の仕事に忠実にその場から離れない。
 それは背後に優れた将がいる証でもあったが、今は助かる。

 村の背後は森になっている。正面側はサバンナ。先に目立ちにくい森側の監視を黙らせた。
 続いて、サバンナ側だが、一度姿を完全狐に変えて、接近する。ある程度は雑草が生えていてくれるから、これで充分に身は隠せた。

 派手な妖術を使えば、周囲に気付かれる恐れがある。
 一瞬で喉元を食いちぎってやった。

 それを繰り返し、全ての監視を排除し終えた頃には、空が茜色に染まっている。

「皆、夜目は利くの?」

 村長に訊ねた。

「多くの者が大丈夫だ。利かぬ者もいるが、付き添ってやればいい」

「なら、決して火は使わないで移動して」

 おそらくは人狼の方が夜目は利く。それでも遠方の闇を完全に見通す事は難しいはずだ。

 二百名程の村人の移動が始まった。

「アンタは来ないのかい?」

「あたしはここで、連中を食い止めたげる。平気よ、大魔法使いだって、言ったでしょ。ただ、悪いけど……」

 村を戦場にしてしまうかもしれない。

「いいさ。生きて、また会おう」

「そうね」

 で、活躍を大いに宣伝して、王様の興味を引いてちょうだい。

 ――イケメンの若い王様……、やっば、もう、濡れてきた。

 玉の輿? いいや、狙うは権力の頂点。かつての初代九尾のように。

 日が落ちていく。満月が代わりに天空で淡く光を注いできた。
 もっと真っ暗闇の方が良かったが、どうにかなるだろう。

 問題は敵の戦力がどの程度が分からない事だ。
 人狼の二、三百程度なら問題なく殲滅できる。だが、それ以上になると簡単にはいかなくなるし、敵が果たして人狼だけなのかも分からない。

 最初から、逃げる基準を設定しておいた方がいいだろう。
 人狼どもが追いつけない距離まで、獣人が逃げられる距離を稼げた時。
 自分よりも強い魔物が現われた時。

 勿論、相手の強さによる。
 異世界から来たという白き衣の化物と同じ様な強さの魔物であったらなら、一目散に逃げよう。異世界にはそんな強さの存在もいるという事なら、遭遇する可能性もあった。
 だた、白き衣の化物は、強い相手を求めて時空を渡ったらしいので、彼女のいた世界では最強であったはず。
 故に、そんな化物に遭遇する可能性はきっと低い。
 そう思わないとやっていられない。

「さて……」

 獣人らがいなくなった村の中で、燃尾は隠しておいた尻尾を解放させる。毛先が燃えるように赤い色をした自分の名の由来となったそれは、今、四本あった。
 妖狐の各はこの尻尾の本数で決まる。
 二本で普通。三本で優秀。四本あれば、憧れられる強者だ。

 だから、九尾なんて伝説クラス。
 初代タマモノマエの事は知らないが、二代目には会った事があった。
 愛してやまない存在。
 二代目タマモノマエは、小さくて可愛い。だけど、とんでもなく強い。
 そのとんでもなく強い二代目タマモノマエをして、白き衣の化物には二度敗れている。以来、配下だった妖狐らは彼女の下から去ったが、燃尾はそれが許せない。
 いつか、自分が二代目様の一の子分となり、座椅子代わりとなって、なでなでして差し上げるのが夢だ。

「でへへ……。おっと……」

 人狼が二体、やってきた。
 返事を聞きにいたのであろうが、険しい顔をしている。怒りを抑えているようにも見えた。
 で、その二体、燃尾に気付き、しかし、周囲に他に気配がない事に怪訝な顔をした。

「他の連中は?」

「さあ?」

「来る途中、俺らの仲間が死んでたんだが、お前、何か知ってるか?」

 無音のまま最接近。

「こうやって、あたしが殺した」

 指先がそいつの頭蓋を貫通している。

「き、貴様ぁ――」

 もう一体が咆哮をあげた。
 そいつも始末すると、夜闇に包まれたサバンナの向こうに、無数に瞳が光っているのが見えてきた。

「へえ、さっきのが、進軍の合図だったんだ」

 数は、二百、三百、もっと増えていく。
 これは舌打ちをするしかない。

 どうしよう、逃げたい。

 しかし、今日は随分と血の臭いを嗅いでしまった。
 妖怪として、獣として、滾る。漏らしそうに濡れてしまっていた。
 発汗し、胸の頂で突起が強まっている。

 ――もっと、冷静にならないと……、ああ、誰か、鎮めてよ。

 片手を横に広げると、無数の狐火を発生させた。
 そいつを放って、列を作らせるようにして、獣人らが逃げたのと反対方向へと向かわせる。
 遠くからは松明のように見えるはずだ。

 真っ直ぐにこちらに走ってくる数百の光る瞳が、狐火を追い始める。
 本当ならそこに罠を仕掛けておきたかったが、そんな時間がなかった事が悔やまれる。
 暫くは様子見だ。

「さあ、馬鹿みたいに追い続けなさいよ」

 この世界に人狼は固定された姿のようだが、それでも夜の方がより力を発揮するのは間違いないだろう。
 戦いになった場合、必死になった獣人に抵抗されるのは厄介だと考え、夜を選んでやって来たのだろうが、こちらにとって好都合だ。

 ――最初から全員で向かってこられたら、どうしようもなかったけどね。

 しかし、これだけ戦力を増やしたがっているところを察すれば、本気で人間と戦争するつもりでいるのか。
 まだ、こちらの人間の力は知らないが、村の様子からすれば、産業革命よりもずっと遅れている事は確かだ。
 少なくとも銃があるとは思えない。殺した人狼の皮膚の硬さを考えると、剣で切れないことはないだろうが、その素早さを捉えるのは至難の技だ。

 あれ、着く側を間違えた?
 今更か。

 二代目タマモノマエも今は人間側につき、現代妖怪の多くは、共存を基本に考えるようになっている。その為に、燃尾も学校に通ったのだから。
 やっと卒業できる。この三年間が無駄だったとは思いたくはない。
 ここが異世界でも、曲げてはいけない事はあった。

「まっ、馬鹿な魔物を化かすだけの簡単なお仕事だけどね。ん!?」

 見ている奴がいる。
 真っ直ぐにこちらを見詰めている。
 乾いた大地の向こう側。闇の中から、じっと見られ、全身からドッと冷や汗が溢れてきた。

「ぐ……、いるじゃない、強いのが」

 狐火を追いかけていた連中が、こちらに進路を変えてきた。

 ――――

 魔王候補が一体。魔物が隠れ住む時代にあって尚、恐怖と共に広く、魔物と人に知れ渡っているのが、黒の森の支配者である。
 名を持つ魔物、べオルグ。

 元はダークエルフであったこの男は、魔導の中の外法を極め、やがて魔に憑りつかれた。英雄にもなれははずの魔力を歪んだ方向に伸ばし、やがて唯一無二の魔物に変貌する。
 そんな男が人の住まう場所で生きられるはずはなく、森に入った。
 昼間も暗い森の奥で、幾多の魔物を制し、数多くの部族を支配する。

 後はオークを手中に収めるだけの時、破滅神の声を聞いたのだ。

 人狼を先兵として、人間の居住地へと進軍を決める。
 主戦力は森に残したままであったが、小さな獣人の村を配下にするだけ。戦いになっても簡単に蹂躙できる。

「ふむ、判断を誤ったか。いや、あれは、やはり私が直接出向いて正解だったか」

 獣人どもが逃げだすのは想定内。その為に、監視を置いたが、どうやらあっさりと潰されたようだ。
 配下の人狼らは血気に走ったが、ベオルグに感傷はない。

 黒い鎧を纏ったこの魔人は、後方から悠々と状況を見ているだけでよかったはずが、妙な感覚を覚えた。
 まずは、逃げていく村人らの松明がやけに速い。
 距離から考えて、もっと早くに人狼なら追いつくはずなのに、一向に捉えきれない。
 それに、方角も変だ。
 真っ直ぐに近くの――といっても二日は掛かるだろうが――町まで避難するのなら、森を抜けていくはずだ。

 これらの違和感に、監視の全てが殺されていたという報告が届けば、考えるというもの。
 人狼を殺せるだけの強者がいるのは決定だ。

 報告が今頃届いたのは、気付かせずに殺したという事だろう。
 なら、どうして、真っ向から戦ってこない。暗殺術だけに特化した強者がいるのか。

 風が異様な魔力に似た物を届けてくる。
 その中心が村にあった。

「いるな……」

 そして、見てやった。
 遠見の魔法を使い、確認したのは、女が一人。その女、ここらが見ている事に気付いたではないか。

「この女……エロ!」

 つい、口にしてしまって、周りの人狼らが首を傾げた。

「ああ、こほん。あの火は偽物だ。何らかの魔法で作ったのに違いない。敵は、まだ村にいるぞ」

 狼の咆哮で、指示を伝えていく。

 ――しかし、報告にはなかったな、獣人にあんな女がいるとは。狐の獣人か?

 妖艶な美少女。大きくて、柔らかそうな胸。それが透けるような白い生地の衣装だけで隠されている。むっちりした太股。
 鼻血が出ていた。

 魔人ベオルグ。暗黒の魔導を極めようとして、数百年。ずっと女っ気なし。童貞。
 初めて、女が欲しいと思ってしまった。
 股間の膨らみを鎧の中に隠し、自ら、村に向けて歩みだした。
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