恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

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天狗

天狗②

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 追いかけてくるハーピーからキュピエルは逃げる。
 飛び方を教えてくれる者はいなかったから、風を扱い、それで飛行を補っていた。
 だから、最初はどんどん距離を稼いでいたが、ジイジの言う魔力に似た力が減ってくると、一気に速度は落ちてしまう。

「ハァ、ハァ……」

 懸命に翼を動かした。
 カーとなった時と違って、今は気持ちが萎縮して、追いかけてくる怪鳥が恐ろしい。

「あはは、ほらほら、もっと逃げないと、アンタも殺しちゃうよ」

「どうしてやろうか? 仲間みたいに、首を絞めてやろうか」

 ぐっと歯を食い縛る。
 生き延びる事がジイジとの約束だから、それをジイジが望んでいるから、キュピエルは逃げた。

 お日様が見える方へと向かって飛んでいる。日は傾いて、地平に届きそうな高さになっていた。
 下を流れていく風景も変わっていった。小さな森を超えると、今度は前方に荒野が見えてくる。その先には、真っ黒なもっと広い森があった。

「馬鹿な子。あっちはあたしらの住処なのに」

「いい事思い付いた。あのチビ、痛めつけてから、巣に運ぼうよ」

「じっくり皆で食おう。あれ、絶対に美味いよ」

 そんな声が聞こえるまで迫られている。
 じゃあ、別の方へ逃げなきゃ。

 そう思って、向かう先を変えようとすると、とうとう捕捉されてしまった。
 鉤爪に身が削られる鋭い痛みが走る。

「うぁあ――」

 よろめき、高度が一気に落ちた。
 泣きながら、まだ頑張って飛ぼうとするが、ハーピーの爪が頬を掠める。自分の体から血が流れていくのが見えてしまうと、顔面は蒼白となった。

 怖い。死にたくない。

 優しい人たちに囲まれてきたキュピエルは、生きる事の必死さを現在進行形で教えられている。

「しぶといね!」

 真上から蹴られ、急降下した。

 刹那、意識を失ったが、地表に叩き付けられる前に取り戻し、翼を懸命に動かす。
 乾いた大地を滑りながら、緊急着陸。
 全身が擦り傷と打撲で痛くて堪らない。

「うわぁ、ジイジ、ジイジ……」

 泣きながら、どうにか立って、よたよたしながら歩きだした。

 それを上空にいるハーピーらは笑うのだ。

 五歳の女の子は考える。何処かに隠れよう。
 大きな岩の陰にキュピエルは座り込んだ。

「ぷははは、あいつ、あれで隠れているつもりだって」

 頭を庇うように両手を乗せたキュピエルにハーピーらが急降下して、襲ってくる。

 小さく身を丸めるようにしたキュピエルの腕が爪で傷付けられていった。
 手が痛い。でも、目や頭がやられるよりマシだと本能的に分かっている。

「あの岩、邪魔」

「誰かさ、下りて、あいつ連れてきて」

「えー、じゃあ、一緒に来てよ」

 二体が地面に立った。
 歩くのはそんなに得意ではないようで、近付いてくるのはゆっくりであったが、だからと言って岩場から出たら、他のハーピーに狙われる。

 直ぐ傍にやってきた。
 鉤爪の足で、腕が掴まえられた。

「ほら、チビ、ぐったりするまで、痛めつけてやっから、こっちに来な」

 嫌だ。座ったまま動かないようにしていたが、強引に引き摺りだされてしまう。
 突き飛ばされて、うつ伏せで地に倒れる。
 その小さな体を更に下りてきたハーピーらも一緒に蹴られ続けた。

「ジイジ、ジイジ、ジイジ、助けて……」

 やはりハーピーらは笑う。

「ジイジってあの人間の爺か」

「死体に助けてって、バッカじゃねえ」

 このまま死んでしまうの。
 死んだら、またジイジに会えるかな。
 それなら――、
 逃げて、生きて……、お前だけでも。

「約束……、守る」

 キュピエルはいい子だから。

「こいつ、まだ何か言ってるよ」

「五月蠅いから、まず、喉潰さねえ?」

「それじゃあ、泣き叫ぶ声、聞こえねえじゃん」

 足掻く。それで何が起きるか分からない。ハーピーから逃げられるとも思えない。
 それでも、前に向けて、手を伸ばした。

「妖怪の仲間から離れなさい、このゴミ鳥どもが」

 二本の角を持った女の子が、ハーピーの顔面を打ち砕いた。

 ――――

 閻鬼はオークどもを全て始末すると、北に向かって進む事にした。南から歩いて、人間の集落に辿り着いたのだ。
 だから、戻るという選択はしない。

 西側には広大な森があり、そちらに向かうという考えは浮かばなかった。とても文明的な場所には思えず、現代日本を一度知ってしまったら、ちゃんとした寝床と食事が欲しいものだ。

 だから、選択としては、北か東のどちらかしかない。
 いた場所から東にいけば、集落に戻ってしまうから、もう少し北に向かってから、東に進路を変えてもいいと考えた。

 こうして歩いていくと、微かに妖気を感じるのだった。

 やっと誰か、仲間に会えそうかと思い、ちょっと嬉しくなって進んでいくと、上空に何羽もの鳥が飛んでいるのが見えた。

 まるで、カラスがゴミ捨て場の近くにいるような光景である。

 だが、その下から微かな妖気を感じた。
 舌打ち。

「ああ、気に入りません。何ですか、あれは……。魔物の一種のようですが、集団で小さな妖怪を襲う。許されざる所業」

 遠目で見た感じでは、学校の仲間の妖怪ではなさそうだが、関係ない。

 全力で接近。
 ボロ雑巾のようにされている小さな女の子の妖怪を見てしまうと、

「妖怪の仲間から離れなさい、このゴミ鳥どもが」

 怒りのままに拳を放っていた。
 トマトのように簡単に潰れてくれる。

 同時に闘気を漲らせれば、ただの威嚇で済むはずもなかった。

「ひいい――」

 二体が泡を吹いて倒れた。

「な、なんだ、こいつ」

 飛び立とうとする一体の足を掴んで、そのまま地面に叩き付けてやる。
 汚い衝撃音と共に、鳥の魔物の体は粉々に砕け散った。

 上空から残りの鳥魔物が見下ろしている。

「あ、あいつ、なに?」

「あの角……オーガ?」

「何か、違う気もするけど、空から攻撃すれば――」

 疾風の魔法が放たれたようだが、

「ふん!」

 拳一つで全て振り払った。

「嘘……、でたらめな」

「落ち着きなよ。空にいるいじょう、あいつはこっちに攻撃できない」

 石を拾って、

「ばーか、そんなんで、攻撃されたって――へ?」

 ビュン――小石は鳥魔物の胸を貫通し、一体が落下した。

 焦る表情が見える。
 一気には殺さない。一瞬で、全滅させる事も可能だが、散々甚振った痕跡が、小さな妖怪には見えていた。だから、もっと恐怖させなくては煮えくり返った腸は治まらない。

「に、逃げ――」

 逃げだそうとする鳥から落としていく。
 一体たりとも逃しはしない。
 地獄で罪人を苛む鬼の本領。じわりじわりと絶望を味わってもらうのだ。

 同時に二体が逃げようとすれば、二つの小石を放つ。一つは頭を潰し、一つは背中を貫通していった。
 逃げれば殺される。鳥の頭にもそれは理解できたようだ。

 さあ、決死の覚悟で掛かってきなさい。

 急降下しながら、鋭い爪が立てられてきた。五体が同時に攻めてきている。
 だが、余りにも遅い。

 それらを軽く躱しながら、一体だけ逃げようとするのもちゃんと見ていた。
 小石を撃ちだしながら、迫ってきた一体を殴っている。
 どちらも一撃で粉砕。

 残りは四体。こいつらには更に恐怖を与えてやる。
 攻撃してきたところを手刀で翼だけを刻んでやった。

 ものの数秒で、四体全てを地に落している。
 飛べなくなった鳥どもは、必死で走って逃げようとするが、笑えるほどに遅かった。

「さあ、懺悔して、逝きなさい」

 一体ずつを追いかけて、今度は足を折ってやる。
 のたうつ四体が、泣きながら哀願してくるのだ。

「ゆ、許して……」

「なら……あの子が許すと言えば、見逃してあげる」

 まだ地に伏したままの女子が叫んだ。

「駄目! そいつらはジイジを殺した。許さない、絶対に……」

 冷めた目を鳥魔物へと向けた。

「だ、そうよ」

 一体ずつ、四肢を切断して、放置していく。心地好く叫び声が響き、鳥どもは涙も鼻水も垂らし、失禁し、脱糞するのだ。
 それから楽しそうに唄を口遊み、石を打って火を熾す。
 枝を拾って、火を移すと、瀕死の鳥魔物らをまた一体ずつ焼いていった。

「うぎゃぁあああ――――」

 怯える一体が呟いた。

「鬼……」

「まあ、貴女は知っているのね。豚どもは知らなかったみたいだけど……、そう、私は鬼よ」

 四体の焼き鳥が出来上がるまで、そんなに時間がかからなかった。

 子供の前でやり過ぎたか?

 まるで別の存在のような慈愛に笑みで、小さな妖怪へと近付いていく。
 怯える様子はない。ただ、憎しみの瞳が、焼け焦げた鳥魔物を見詰めていた。やはり、妖怪なのだ。

「あら、貴女、天狗なのね」

「テング?」

「待ってなさい。多少は、治癒術は使えるもの」

 体の傷は癒してやった。

「あ、ありがと」

「どういたしまして」

 頭を撫でてやる。
 すると、じわりと可愛らしい大きな瞳に涙が溢れ、大声で泣きだした。
 抱き付いてきたから、抱き締めてやる。
 落ち着くまでは何も聞かず、ただ優しく温もりを与えるのだ。
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