恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

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化狸・ぬりかべ

化狸・ぬりかべ①

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 ベトランゼは小さな王国である。大陸の西方にあるこの小国は、今や数少なくなった魔物の住処の一つ、黒の森に隣接し、その動向を注視し続けてきた。
 ただ近年は、人間が襲われる事件も少なく、広い森の全てを監視する事も難しく、西方に駐留する兵の数は減っている。

 アウレックス・サファイアスは先代の王、即ち父を昨年に亡くし、二十二歳で即位した。短く少し癖のある金髪をした、精悍さも持つ美丈夫であり、また勤勉な青年であって、周囲の評判は良い。
 驕った雰囲気はなく、感謝を忘れない。そんな彼であるから、先代の時には反発の強かった貴族でさえも支持しているのだ。

 この一年は、特に大きな問題もなく、改革も進んでいる。
 改革の一つに、西方の開拓民への支援もあったが、ここだけは意見の対立があった。

「やはり、黒の森の近くに、新しい砦の建設は難しいのかい?」

 執務室で、招いた国土大臣と国防大臣に確認した。

「魔物の住む森への心配は分かります。ですが、陛下、兵の数にも限りがあるのです。東方の北の隣国ルダンが怪しい動きを見せているこの時、注意すべきはそちらなのです」

 先代の死は暗殺だった。
 犯人は分かっていないが、ルダンの間者と考えられていた。

「国土大臣の立場からも言わせていただくと、西は国境が曖昧なのです。もしも黒の森の近くに砦を建設した場合、かえって魔物を刺激するかもしれません」

 彼らの言いたい事は解かる。
 ただ、そこに確かに魔物がいるのだ。実際、ワイバーンが飛んでいる姿を見かけた者も多く、村の家畜が襲われた事件も後を絶たない。
 いつか、人的被害が出る。その前に、防衛手段を持つ必要があるとアウレックスは考えた。

「西の辺境に住む国民は、いつ魔物が襲ってくるかと怯えているのだ。どうにか、ならないのか?」

「陛下、この三十年、魔物が森から出てきた例はありません。せいぜい、ワイバーンが飛んでいるのが見掛けられる程度です。最後の勇者ユキコが三十五年前に現われ、己の命と引き換えに魔将を倒し、以来、魔物らは人里から追いやられていったのです」

「僕の産まれる前の話だね。美しい勇者であったと聞く」

 魔物が軍勢となって、人間に戦争を仕掛けてくるたびに、何処からともなく勇者が現われる。ヨシツネ、ノブナガ、ソウジなどが有名な勇者だ。

「これまでの例をとっても、早くても百年以上は魔物も大人しくしているでしょう。まだ、慌てる必要はありません」

「しかし、魔物の攻撃に耐えられるだけの砦となると、相応の時間が掛かろう」

「陛下……、民の隅々までお気を回されるのは立派です。ですが、もっと全体をご覧ください。魔物が大人しくしている間に、国力を付けようと企んでいる国も多いのです。隙を見せれば、この小さな国は大国に呑まれますぞ」

 大臣らも辺境を見捨てるつもりではない。優先して取り組むべき、を訴えているのだ。
 だからこの場は引く。説得できる材料を集めて、再び話し合うのだ。
 丁度、昼の休憩の時間だ。大臣らをこのまま引き留めておくわけにもいかない。

 解散した直後だ。
 慌てた様子で国防大臣が執務室の扉を開けて戻ってきた。

「陛下、早急にお話ししたい件が発生しました」

 説得の材料を大臣の方から提供されるとは、まるで考えていなかった。

 ――――

 カサブランダルはベトランゼ王国西方では最も大きな町で、かつて魔物の軍勢から王都への進軍を防ぐ要所であった事から、今も高い城壁に囲まれている。

 不穏な噂が流れ出したのは、一昨日からだ。更に西にある辺境の村や集落が次々に魔物の集団に襲われたというものである。

 街道と繋がる大通りを歩く人々から、不安そうな話し声が聞こえてきた。

「聞いたか。村が三つ、潰されたそうじゃないか」

「どうにか無事だったのは、二つだってな」

「いやいや、そのうち、獣人の村からは皆、逃げてきたらしいぞ。駐留部隊に保護され、王都に向かっているらしい」

「まさか、また……」

「大丈夫だって。いつだって、魔物を退けてきた。また、神様が勇者を送り込んでくださるさ」

 レベッカ・ハンリは聞き耳を立てながら歩き、隣の侍女に話しかけた。
 オレンジ色の髪を後頭部でお団子状に纏めた十七歳は、領主カサンド・ハンリの歳の離れた妹で、見目麗しい容姿でありながら少々がさつな一面も持つ。

「ねえ、本当に勇者様がまた現れるのかしら?」

「さあ……、それよりもお嬢様、食べ歩きは下品ですよ」

 露店で購入したばかりの甘い蜜を付けたパンを頬張っていた。

「いいじゃない。皆、庶民的でいい、と言ってくれるわ」

「はあ、嘆かわしい。貴族の令嬢は平民の憧れなのです。少しは憧れの淑女らしくしては如何です」

「お高くとまった女にはなりたくないわ」

「民の生活を肌で感じるのは良い事でしょう。ですが、お立場をお考えください」

「ああん、もう。誰にも迷惑は……、キャ!」

 ぶつかった。
 相手は酷い迷惑であろう。パンに塗られていた蜜が、ベットリと服を汚してしまったのだから。

「ご、ごめんなさい」

 大柄な男性である。

 どうにか愛想笑いで許してもらえないかと思うのだが、彼の形相は期待に反している。

「こ、この女……、ごめんで済むか!」

 怒鳴られてしまった。
 見たところ、武骨そうな皮鎧を身に付け、町の衛兵でもなさそうだ。商人等が雇っている護衛の傭兵がこんな感じだ。
 だから、レベッカが領主の妹だと知らないらしく、直ぐに腕を握ってきた。

「ちょ、ちょっと、痛い」

 へし折られそうに思えた。

「お嬢様! 貴方、お止めなさい。この方は――」

 侍女が叩かれると、倒れ込んで呻く。

「な――、女性に暴力とか、最低だわ」

 町行く人々もオロオロして、誰かが衛兵を呼びに走った。

「はん、悪いのはてめえだろ。そうだな、汚れた服の代わりに、てめえのドレスを引き裂いてやろうか。それ!」

 ビリっと胸元が破かれ、真っ赤になってレベッカは片手で隠す。

「こ、このゲス……」

「よく見りゃなかなか可愛いじゃねえか」

 もう一方の腕も取られ、乳房を覆う下着が晒されてしまう。
 男の顔が近付き、首筋に寄ってくると、ぎゅっと瞳を瞑って震えるのだ。

 ――誰か、助けて。

「いい加減にしたまえ」

 男の肩を掴んだ者がいた。
 四十前後に見える男性であったが、あまり見た事のない衣装を着ている。黄土色の長いコートで上質な生地のようだ。
 スキンヘッドではあるが端正な顔立ちで、渋い。

「んだ、てめえ」
 傭兵の手首を男性が握ると、それは震えながらレベッカから離れる。
 苦悶の表情が傭兵に見えた。

「ぐあ……、こいつ」

 拳を放つ傭兵であったが、男性の姿は既にそこになくて、反対側にあった。

「ふん……」

 軽い蹴りが一発。それだけで傭兵の脛を折り、地にのたうちさせるのだ。

 へたりこんだレベッカ。

「大丈夫かい、お嬢さん」

 ポーと男性を見てしまったレベッカであったが、差し出された手を掴みながら気付いてしまった。コートの前が肌蹴たそこ。

 ――こ、この方、物凄いモッコリ!

 股間が異常に膨らんでいる。
 令嬢は立ち上がると、頬を赤らめながら開いていた胸元を押さえた。

「あ、有り難うございます」

「礼には及ばん」

 男性が侍女の方にも声をかける。侍女も無事な様子で安堵した。

 そのまま立ち去ろうとする彼を止めた。

「ま、待ってください。あの……、何か、お礼をしたいのですが」

「うむ……、なら、食事と一泊でいいので、宿をお願いしたい。実は、ここに来るまでに路銀を使い果たしてしまってね」

「でしたら!」

 剣術や武道には詳しくないが、傭兵をあっさりと無力化した力があるなら、兄も気に入ってくれるだろう。
 レベッカが案内したのは自らの邸宅、伯爵家であった。

 ――――

 西方を中心に魔物が活発に動きだしたという報告は、カサブランダルの衛兵らの耳にも届いている。一応は、家族も含め、一般市民には内密にしておくようにお達しが出ていたが、既に噂は広まっている。

 夜は魔物がより活発になる時間帯であった。
 城壁の上から、監視の任に就いた兵の表情には緊張が色濃くでている。

「どうだ?」

 ベテランの衛兵がなりたての若者に交代時に聞いた。

「不気味なくらいに静かですよ。でも、事実なんですよね、村が三つ壊滅したのは?」

「ああ、獣人の村も全員が逃げてきたらしいから、壊滅と変わらない。まあ、人的被害がほぼ無かったのが、そこは幸いだな」

「ほぼ?」

「旅の魔導士がいて、住民を逃がす為に村に残ったそうだ。若い狐の獣人らしいが」

「では、その魔導士は?」

「未だに村人らとは合流ができていないらしい。何でも若くて美しい女だそうだ」

「それは……、生きていて欲しいですね」

 若い男子らしい、とベテランは微かに笑った。

「三つだけならいいが……、いや、一つたりとも壊滅は良くないな。だが、もっと他にも被害が出ている可能性だってある」

「こうしている間にも、何処か、襲われているのでしょうか?」

「魔物は主に黒の森から出てくる。この町との間には、他にも点在する村があるからな。かの賢者様の住む村なら、どうにか、持ちこたえてくれるだろうが」

 現国王は辺境の端まで考えてくださる。それでもやっと駐在兵を各村に数名配備するのがやっとだ。

 そこには、この小さな国を狙う周辺国との微妙な関係もあった。
 黒の森のある荒野の方面は別にして、安定した農業生産が見込める肥沃な土地である。魔物の脅威が取り除かれると、今度は人間同士の争いになるとは皮肉だ。

 魔物に荒らされ、兵力は各国とも減っている。特に黒の森に近かったベトランゼは多大な被害を被った。
 対して、周辺の大きな国は、勇者が魔物の王を倒した直後から軍備の再編がなされている。そんな情報が届けられれば、先に隣国との国境に兵を回すのは仕方がない。

「また、魔物との大きな戦争になるのでしょうか?」

「決まったわけではないさ。魔物は強靭だが、人間ほど繁殖力が高いわけでもない。三、四十年で、それ程数が増えるとも思えない」

「ですよね。よし、俺、この後、人間の繁殖に協力します」

「おっ、そんな相手が見付かったのか?」

「いえ……、娼婦の可愛い子がいて……」

 避妊や堕胎がされたら、繁殖にはならない。

 さて、いつもまでも休憩にいかせないと、若者からうざく思われそうだ。
 交代時の儀礼を交わそうかと表情を変えたその時だった。

 ウオォオオオオオ――――。遠吠えが聞こえてきた。

 それもただの野犬の遠吠えではない。巨大で、威圧の魔力の込められたような、不気味なそれであったのだ。
 一気に緊張が高まる。

 城壁から、西方に視線を送った。

「あ、あれ……」

 若者が震えながら指を向けたそこに、無数の光る瞳を見た。

「魔物……か」

 一瞬で喉がカラカラになるのを感じながら、ベテランは衛兵本部へと若者を走らせた。

 ――――

 カサンドは豪快に笑う。
 恰幅の良い男で、実年齢は三十を超えた程であるが、見た目は、あと十歳は老けて見える。ただ、精気に満ちたような豪快さもあって、酒をぐびぐびと飲んでご機嫌だ。

「いや、カラハ殿と言ったか、本当に妹が世話になった」

「もう、お兄様ったら、何度目よ、それ言うの」

「礼は何度言っても問題ない」

 この辺りではみない奇妙は姿ではあるが、精悍な顔立ちに歴戦の凄みを持ち合わせているような男。加えて、寡黙な男っぽさが良い。
 男が憧れそうな雰囲気に、もっと語り合いたいと思うのだが、どうやら妹の方が随分と気に入った様子である。

「ごめんなさい、カラハ様、兄はがさつですので」

 それをお前が言うか――と思ったが、気になる男の前なら、猫も被らせてやろう。

「いえ、気持ちのいいお方だ。うむ、食事も大変美味しかった。こちらこそ、礼を述べなくてはなりますまい」

 ここで自分も会話に入りたいが、少し妹に譲ってやろう。なにせ、これまで男に色目を使った事など皆無なのだ。
 見た目は良い。だが、どうにも色恋には疎い、それがレベッカのイメージだった。

「喜んで頂けて、嬉しい。ところで、気になっていたのですが、その服はなんと言いますの?」

 黄土色のコートを脱いだその下も初めて見る服装であった。

「スーツですが……、私の故郷では大人の一般的な衣装ですよ」

 しかし、妹が気に入った相手があんなに年上の男とは。これは、身近に年上の素敵な男性がいた影響だろうな。

「どのようなお国ですか?」

「二ホンと言います」

「ごめんなさい、聞いた事がないわ」

「はは、かなり遠くの国ですからね」

 その国の名は確かに知らない。が、何処かで聞いた事がある。

 気になったのは、カラハが持っている得物だ。
 これだけは我慢できずに、聞いてみる。

「カラハ殿、その腰にあるのは剣ですかな?」

「ああ、これですか」

「その、差支えなければ、見せては頂けないだろうか?」

 客人が立ちあがるので、礼儀としてこちらも立って、傍に寄っていく。
 受け取った彼の得物は確かに剣であろうが、細身で、鞘を抜いてみると、美しい刃が輝いていた。

「これは、見事な……」

「カタナといいます」

「カタナ……、ハッ、もしや……」

 礼を言って、獲物をカラハに返すと、自分の席に戻って、思い出そうとする。
 そう、二ホンという国にも聞き覚えがあった。
 何処か? それは勇者の御伽噺。
 歴代の勇者は皆、二ホンという国から来たと言っていた。
 そして、あの剣だ。
 ヨシツネもノブナガもソウジも皆、カタナという剣を使っていたらしい。

「魔物が次々に村を襲いだしたタイミングで、二ホンから来たカタナを持つ男。妹が目で追えないような素早い動き……、これは……」

 ぶつぶつと独り言を発してしまっていると、

「どうかなされたの、お兄様?」

「ん? いや、何でもない」

 これは早急に確認したくて堪らない。
 いっそ、魔物がこの町を襲ってくれたら分かるかもしれない。
 領主にあるまじき考えがよぎってしまった。

 扉が激しく開けられ、慌てた様子で執事が飛び込んでくる。

「何事か。お客人の前だぞ」

「も、申し訳ございません。ですが……、およそ、二百の魔物の群が、西側の城壁を今にも食い破ろうと――」

 血の気が引いた。
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