恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

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ハイダークエルフ

ハイダークエルフ③

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 周囲の空気が変わった事を敏感に察しながら、レベッカは窓に目を向けた。
 それからベッドにまた視線を向け直す。

 閻鬼が寝ている。
 傍にはキュピエルがいて、座ってベッドを見ている彼女の膝の上にはスネコスリがいた。

「閻鬼……」

 小さな天狗の子を助けたのが、閻鬼であったと聞いた。
 そっとキュピエルの頭を撫でて、微笑む。

「きっと、もう少ししたら起きてくれるわ」

「うん……」

 この世界では、ゴブリンは小鬼と呼ばれ、オークやオーガも鬼とされている。
 閻鬼は鬼。
 だけど、この世界で鬼と呼ばれる存在とは全く違う。

 ――こんな、優しい鬼がいる異世界……。きっと素晴らしい場所なのでしょうね。

 急ぎ走ってくる音が聞こえた。
 程なく、扉が開かれる。

「お嬢様、魔物が城壁を越え、街に入り込んだそうです。きっと、ここを狙ってきます。急いで、避難を」

 幼い頃から面倒をみてくれている侍女だった。

「いいえ、私はここに残ります。そう決めたと言ったでしょ。貴女だけ、逃げて」

 信じると言葉で言うのは簡単だ。
 ここに残っている事こそ、その証である。

「お嬢様……。最後までお付き合いします。旦那様も残っておいでですし」

「兄は、待っているのね」

「はい。王都からの増援が到着した時、状況を説明する者が必要だと」

 兄であるカサンド・ハンリ伯爵は東門の前で数名の護衛兵と共に、王都からの増援を信じて待っていた。彼もまた信じて留まっている。
 西門が破られたからには、東門は死守しなくてはならない。
 仮に街が魔物に占拠されても、東門を開けたままにできれば、王都からの増援が反撃の為に入り込む事ができるのだ。

 つまり、カサンドはカサブランダルを放棄したくないと考えている。
 決して諦めない。
 ここには大勢の人々の思い出があって、温もりが残っている。
 どんなに蹂躙されようと、それを最後には取り戻すと今、意志を示そうとしていた。

 ――私も意志を示してみせます。

 たとえ、魔物らが死を運んで迫ってきても。

 ――――

 小脇に抱えられている。
 対峙した悪魔は燃尾の放った炎を片手で振り払い、死なない程度の電撃で行動不能にしてくると、止めを刺す事無く、連れ去っていった。

 速い――流れていく下の景色を見てそう思った。
 耐久力、力、速さ、その全てが数段上をいっている。

 自分の弱さが憎かった。

 ――紅火様なら、こんな奴……。

 二代目タマモノマエにして、九尾の妖狐である敬愛してやまない一族の頂点を想い、手の届かぬ遥か先の存在だと思い知る。
 彼女のようになりたいと憧れ、高みを目指してきたのに、こんな異世界で力尽きるのか。

 林を抜けた先に降り立つ。
 そこには、椅子にふんぞり返っている見た事のあった男がいた。

 どざっと雑に落とされると、そいつを睨んだ。

「アンタ……、あの時の……」

 漆黒の鎧を着た耳の尖った男。確か、ベオルグ。

「全く、あいつらは女性のエスコートの仕方も知らないのか。ああ、愛しき君よ、怖い想いをさせた。怪我は……、うむ、さあ、こちらで治療をしよう」

 立ちあがる。が、近付きはしない。

「ふざけないでよ。何のつもり?」

「いいや、私は真剣だ。君を我が花嫁に迎えようと思っている」

「はあ?」

 明らかに敵対していた。戦争の真っただ中で、その最中にプロポーズとか、

 ――ないわぁ。

 敵軍には人狼が混じっていたし、こいつがボスで間違いないのだろう。

「大勢は決している。人間に勝ち目などあるまい。ヨウカイである君が、義理立てする必要はないのではないかね」

 言われなくても分かっている。
 人間が大きな顔をして世界の支配者のように振舞っているのが嫌いだった。
 強いものに靡くように見せて、色香で裏から操るのが妖狐として正しい姿なのだろう。

「ふん。まだ分からないわよ」

 だが、言葉を交わし、触れあえば、情も湧くというもの。

「おや、切り札でもあるのかな? 君を運んできたデーモンに対抗できるものがいるのかい? それに、ここには黒髪のオーガもどきを殺した悪魔もいるのだ」

 激情が燃える。

「閻鬼は……」

 嫌いだった。
 かつて、妖怪が反人間派と親人間派で戦った時、鬼は敵だった。
 学校で出会った時から、気にくわない存在。
 圧倒的に、彼女の方が強かったから、余計に反発したのだ。
 だけど――。

「君のような素敵な女性がこんなところで死ぬ必要はない」

 目指すべき、目標でもあった。自分には必要な存在だった。

「さっきから言葉ばっかり。女を本気で口説きたかったら、行動で示しなよ。ねえ、アンタ、そこの顔のない黒い奴より、全然弱いでしょ」

「む……」

「強い奴に命じて、さらってきて、それで愛を囁かれてもね。少しは男を見せてよ」

「……その通りだな」

「ん……」

 ベオルグが立ちあがった。

 ああは言ったが、この男は自分よりも強い。デーモンのように、手も足も出ない程ではないが。
 緊張感が高まった。

「では、男を見せよう。フェイノート」

「呼んだ?」

 上空から、一気に降下してきた女。
 その名、聞いている。

 ――こいつが、閻鬼を!

 ベオルグがいて、デーモンがいて、そして極め付きは閻鬼をもその手にかけた悪魔の女がいる。こいつらがその気になれば、瞬時に殺されるだろう。

「フェイノートよ、デーモンと合体させてくれ」

「ふーん、その気になったんだ」

 何をする気なのか。
 ベオルグが直ぐに説明してくれる。

「これから、私はこのデーモンと合体をする。力は格段に上がるだろう。だが、リスクもある。新たな魔物となった時、自分の精神がデーモンに飲み込まれているかもしれない」

「じゃ、じゃあ、止めたら?」

「いいや、男を見せよう。そして、私こそ、真に魔王に相応しいと証明してみせる」

 少し離れてから、フェイノートが両手を広げると、ベオルグとデーモンの下に魔法陣が描かれた。

 ――こいつは……、さっき、確か、合体って。

 周囲の大気が震え、地鳴りのような音が聞こえた。
 ただ呆然と見ている事しかできない。
 更にベオルグとデーモンの頭上にも魔法陣が出現して、それぞれが回転を始めた。
 回転が徐々に速くなっていくと、二体の姿が揺らいで見えてくる。まるで陽炎の向こうにいるように。
 すると、それぞれの上下にあった魔法陣が一瞬で重なって、ベオルグもデーモンも中に消えている。
 二つになった魔法陣も重なって一つになった。
 胎動が聞こえる。
 一つになった魔法陣が大きく、更に大きくなっていく。

「ふふ、出るよ」

 フェイノートがニヤっと笑うと、戦場まで響き渡る咆哮が聞こえてきた。

「あははは、感謝するよ、狐の妖怪。君のお陰で、新しい強力な魔物が誕生する!」

 閃光と共に爆風が発せられ、一帯の樹木が吹き飛んだ。

「ぐ……」

 燃尾は両手を前に防御をとり、刹那、両目をギュッと閉じる。
 完全な静寂となった。

 瞳を開く。
 ぶるっと震えた。

「こ、これは……」

 身に付けていた鎧が体の一部となってようで、より黒が濃厚になった体。
 顔はベオルグを残しているが、デーモンよりも大きな翼が広げられる。
 デーモンの持っていた不気味さが、禍々しさと変わって、口は裂け、鋭利な牙が見えた。
 そして額に瞳が増え、ギョロリと見詰めてくる。

「くく……、ベオルグって、元からエルフを止めちゃってたけど、これは何かな? まあ、ハイダークエルフ、とでも呼んでおこうか」

「ハイダークエルフ……」

 これがデーモンと合体した成れの果て。
 奴は言葉を発せず、ベオルグの精神が残っているのかは、分からない。

 確かめる前に、ハイダークエルフは、目で追えない瞬発で、空へと飛び立った。

 ――――

 東門を開け放ったまま、カサンドはじっと街道へと瞳を向けていた。

 兵らは彼が最前線に立つ事を許さなかった。領主は魔物の軍勢を退けた後に必要な存在だから。

 かつては豪快な槍の使い手として名を馳せたものだ。

 居ても立っても居られなかったが、西門には向かわずに、代わりにこちらへとやってきている。

 ――援軍はまだか。

 分かっている。どんなに急いでくれてもあと一日はかかる。
 それでも待った。

 上空を鳥の魔物が飛んでいる。

「ここを開けている事を知られたか」

 護衛についてきてくれたのは三人。皆、老騎士で、最前線には向かないが、ここに近付く魔物を退けるだけの力は残っていると自負している。

「伯爵、お気をつけて。嫌な気配が……」

「ああ、こっちに向かってきているな」

 伝令から、西門が破られた事は聞いていた。
 遠からず、全ての門の制圧に向かってくるだろう。そして、領主がいると思っている館も狙ってくるはずだ。

 ――レベッカ……、無事でいてくれ。

 西門が破られた時点で、死守する為に兵が向かってくれたとは思う。だが、愛する妹を思えば、心を落ち着かせるのも苦労した。

「来ます!」

 ゴブリンが四体。コボルトが三体。

 カサンドも槍を構えた。

「いいか、昔の小鬼どもと同じと思って侮るな。ヘルハウンドも強くなっていた。おそらくは、こいつらも……」

 三体のゴブリンが老騎士らへと突進してくる。
 速い。老いた目、老いた反応、老いた腕、それらで対応できる相手ではない。

 カサンドは自分が前に出て、まずは一体の喉を突いた。

 残りの二体の襲撃を老騎士が盾で防ぐ。

 その間にもコボルトどもが脇から攻め込んできて、もう一体のゴブリンが飛んでカサンドの頭部を狙ってきた。

「むん!」

 ゴブリンの死骸が付いたままの矛先で、叩き落とした。

 老騎士らは――。
 フルアーマーの彼らは、反撃はできずとも防御に徹して、凌いでいる。

 老騎士らを攻め立てる魔物らをカサンドは背後から一体ずつ、防具に覆われていない部分を狙って、確実に仕留めた。
 それでもう息が上がってしまったが。

「やれやれ、政治ばかりで、衰えたか」

 それでもどうにか凌いだ。

 が、安堵を覚えている暇はない。
 今度は十体が迫ってきていた。

「なかなか、きつな、これは……」

「伯爵様、我らが盾になります。抑えているうちに、頼みまずぞ」

「ああ……」

 先程と同じように――そう簡単にはいくまい。
 上空に鳥の魔物が増えてきている。いよいよ、奴らも情報を伝えるだけでなく、攻撃に参加してくるのか。

 予見したまま、鳥の魔物の一体が急降下してきて、同時に正面に集まってきていたゴブリンらが突撃してきた。

「ぐ……」

 無傷で門を守りきれるとは思っていない。

 老騎士らが並べた盾を跳び越えて、ゴブリンが一体、向かってきた。
 同時に鳥の魔物の鉤爪が襲い掛かる。

 目の一つくらい、潰されようと――。

 が、ゴブリン一体の対処で済んだ。
 鳥の魔物が矢を受けて、即死。落下していた。

 何が起きたか。

 背後から、土煙をあげて馬車が一台迫ってきていた。

「どけ! このまま突っ込む!」

 反射的にカサンドも老騎士らも横に飛び退く。
 勢いそのままに、馬車が東門から入り込み、ゴブリンの二体を轢くと、中から二人が飛び出してきた。
 鋭い剣技で、魔物を蹴散らす。

 それだけでなく、どうも魔物らの動きが急に鈍くなっていた。

 驚きは、それよりも他にあった。

「あのお方は……っ!」

 援軍は来た。
 たった馬車一台であったが、カサンドに希望を持たせるのには充分であった。
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