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鬼神
鬼神①
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叫び声が聞こえた気がして、レベッカは窓の外を見た。
広い館の敷地内を見渡し、門の向こうに赤いものが確認できる。
――血!? 門の前にいた衛兵さんが……殺られたのだわ。
動揺しないように庭へと視線を流し、右、左、前方、手前、と。
「いた!」
小さな魔物が一体。二体。
まだ潜みつつ、こちらへと近付いてきている。
「どうかなさいましたか、お嬢様」
「来たわ。魔物が」
「ヒ……。と、扉っ!」
侍女がクローゼットを移動させ始めた。すると、キュピエルがとことこと駆けていって、彼女を手伝っていく。
賢い子だ。天狗という妖怪だけあって、普通の人間の子供と違い、あの子が手伝うだけで、重いクローゼットが直ぐに扉の前に置かれる。
レベッカは護身用の短剣を持った。
ベッドを庇うように前に立ち、クローゼットや椅子で塞いだ扉を見詰める。
侍女はモップを持って構え、緊張感が増していった。
何も話せない。物音一つが、魔物に居場所を教えてしまうかもしれない。
――あれは、ゴブリンとかいう魔物だわ。一番弱い……けど、私よりも強いのは確か。
鍛えた兵士でも苦労すると聞く。
兄に習って、武術もした事はあるが、お転婆な性格に反して、才能はからっきしだった。
今は、そんな事は言っていられない。
不意にキュピエルが振り返った。
「いるよ」
振り返った直後、窓が割られ、魔物が飛び込んでくる。
「ここ、二階よ。く……」
この程度の壁ならよじ登ってくるのか。魔物の事を持って勉強しておくべきだったと後悔しても始まらない。
生き残る。そして、また眠ったままの彼女を守るのだ。
「や、や――――」
不格好な奇声を発して、威嚇して、両手で持った短剣をゴブリンに向ける。
小馬鹿にするような笑いを見せる魔物。
が、そいつをキュピエルが吹き飛ばしたのだ。
――今のは……疾風の魔法?
小さくとも彼女は妖怪なのである。
少し興奮気味のキュピエルだ。
――そうか、村の人たちを魔物に殺されて……。
寄りそって、小さな可愛い妖怪の肩を抱いた。
「キュピちゃん……」
魔物を吹き飛ばした方を睨み付けていたキュピエルが落ち着いていく。
スーと息を吸い込むと、
「大丈夫、お姉ちゃんたちは、キュピが守る」
と笑うのだ。
「うん、ありがとう」
そう答えたが、自分だけ守られてばかりでは、何の為にここに残ったのか。
ドンドンと激しく扉を叩く音が聞こえた。
重いクローゼットが邪魔で、簡単には入ってこられない様子である。
なら、後は窓に注意を向けなくてはならない。
先にそう思った侍女が、顔を外にだしたその時、忽然、姿が消えた。
魔物の手が侍女を掴んで、引き摺りだしたのだ。
「いやぁ――――っ!」
叫んでいる場合じゃない。助けねば。
キュピエルが窓から外へ飛び出した。
「キュピちゃん!」
落ち着け。あの子は飛べるのだ。
自分も窓の外を確認しようと思ったその時、扉を叩く音が大きくなって、クローゼットも椅子も移動し始めた。
「お、押さえなきゃ」
扉に近付こうとすると、バギっと響き、それの一部が破壊され、斧の刃が見えた。
「ヒ……」
慄いていては駄目だ。心を強く。
穴の空いた部分から魔物が手を出してきた。更に破壊して、中を覗き込んでくる。
ギョロッとした目が見えた。
「この!」
短剣を突き込んでやる。
返り血が飛んで、しっかりと魔物の目を抉ってやった。
悍ましい叫びが聞こえ、外でのたうっている。
――このままじゃいけない。いくらエンキ様でも、あんな斧で首を狙われたら。
火事場の馬鹿力か。クローゼットを自分だけで移動させ、外に飛び出す。
目を刺してやったゴブリンが、まだのたうちながら、もう一方の目で睨んできたが、思い切り蹴り上げてやる。
意味の分からぬ声がして、見ればまだ数体のゴブリンが階段を上ってきたところだった。
「こっちよ、こっち!」
仲間を蹴ったところも見たはずだ。
頭に血を昇らせ、奴らは自分を追いかけてくる。
――部屋から引き離さないと。
キュピエルと侍女がどうなったか分からない。信じよう。無事なら部屋の戻ってくれるはず。
ゴブリンの返り血が衣服に付着して、臭いが引き付けていく。
遠くに逃げて時間を稼ぐ。
ハァ、ハァ、と息を切らし、恐怖感を決意で抑え込んだ。
正面、別の階段からもゴブリンが二体上ってきて、廊下で挟まれる。
「ぐ……」
後ろからも三体。
涎を垂らし、獲物を追い詰めた嗜虐的な瞳で、奴らが迫ってきた。
――どうしよう。どうすれば……。
決死の覚悟で一体なら殺せるかもしれない。
足が震えてきてしまった。
ケタケタと不気味に笑ってきて、ゆっくりと迫ってくるのだ。
こっちに逃げて――そう聞こえた気がした。
前から迫ってきた二体が、突然、転んだ。
その隙に、小さな体躯を跳び越えて、下に向かう階段に辿り着く。
一度振り返ると、スネコスリが前足の親指を立てていた。
一階のロビーから、外に向かう。
外にはキュピエルと侍女がいるから、合流できるかもしれないし、人間の姿をした者が集まれば、魔物らは向かってくるだろう。
先程のキュピエルの魔法のような技を見れば、彼女はきっとゴブリンなんかよりずっと強い。
正面の扉を開ける。
途端に、絶句し、腰が砕けそうになった。
大量のゴブリンとコボルトで、庭が埋め尽くされていた。
――――
鬼族の中で、彼女らは抜きに出た存在だった。
一人は棟梁たる羅鬼。
誕生から四百年という生は鬼にとっては、中年くらいの感覚か。
ただ、彼女は閻鬼よりも小さく、見た目もより若かった。三百年以上、その姿は変わっていない。
閻鬼の憧れる存在。
妖術を使った攻撃は苦手であったが、圧倒的な身体能力の高さと、破壊力を持ち、肉弾戦に特化している。
レベルを上げて物理で殴る、を体現したような存在だった。それはもう鬼から見ても常識外れな程に。
そして折れぬ心の持ち主であり、信念によって行動する。
彼女の持った信念が、妖怪と人との争いを失くし、現代日本において、人間社会に、ひっそりとではあるが、妖怪が入り込み、生活できるようになっていた。
心も体も閻鬼よりも遥か高みにあった。
もう一人は、鬼刹。
伝説の鬼神姫は、羅鬼の叔母にあたり、やはり小さく若すぎる姿をしていた。齢八百歳であって、その可憐な美しさは変わる事なし。
彼女の戦う姿は、苛烈にして優美であった。彼女が戦場で舞えば、死体の舞台ができあがる。敵さえ見惚れて、何もできない。
妖術も器用に使い、そして超大であった。
物理攻撃が苦手な訳でもなく、羅鬼に次ぐ程。なにせ、鬼の棟梁の師でもあるのだ。
閻鬼の目指すべき姿。
この二人は時に神さえ凌駕する。
何故か?
二人は神格を得ていた。
鬼神である。
閻鬼にはない。
その高みに、どうすれば届くのか。
手を伸ばす。必死に、どうしようもなく切ない顔で。
そう、私は弱い。地べたから、天空に輝く二つの太陽を眺めているだけ。
どうすればそこまで飛べるのか。
焦る事はないぞ。お前は、おぬしが今ある鬼の中で、最も我らに近付ける存在だ――羅鬼様はそう言った。
信じて、ゆっくりでも、ほんの少しでも前に進もうとしてきた。
けど――。
私の為に泣いてくれた人間がいる。ゆっくりとはしていられない。
羅鬼様、貴女は、ずっと人間と仲良くなりたくて、その理想の為に頑張って、今の世を作り上げられた。
なら、解ってくれますよね、今の私の気持ちが。
『ならば何故、目を覚まさねえんだ。』
起きても、今の力では勝てません。
『いいや、勝ち負けなんて関係ねえ。救える、救えない、なんて疑問を感じる前に戦え』
私は臆病なのです。
『臆病なのは、儂も一緒だ』
羅鬼様が?
『人間に嫌われるのが怖い。仲間にそっぽ向かれるのが怖い。一番怖いのは、好きな者がいなくなる事。おぬしは何を恐れている?』
私は、勝てない自分で、また彼女が泣いてしまうのが怖い。
『それが本当に一番怖い事か?』
はい。…………いえ、違う。
私も同じ。好きな者がいなくなるのが一番怖い。
『戦う理由があるなら、それで充分だ』
私に必要なのはそれだった。それは、そう、焦っても見付けられるものではなかった。
『行くのか?』
はい、参ります。
『んじゃ、街を一つ救って、神になってこい!』
羅鬼の指差した方向を見て気付く。
そうか、自分は横に進んでいただけだった。何と滑稽なのだろう。
今度こそ、確かな前を向く。
大きな一歩を踏み出した。
――――
玄関を出たところで、レベッカは立ち尽くす。
猛烈な風の舞う音に気付き、顔を向ければ、壁際に追い詰められながら、侍女を背に、キュピエルが迫りくる魔物らを凌いでいた。
彼女はまだ人間の大人一人を担いで飛べる程ではなく、また息があがっている表情から、力が尽きかけているように見えた。
「そんな……」
正面門からまた魔物が侵入してきて、数が増えている。
街の住民を避難させた事で、限られた人間のいる場所に奴らは集中してきたのだ。
目眩がしそうだった。
――駄目。ここで諦めちゃ……。
奮い立たせる。
たとえ、ここで自分が死んでも、希望だけは残そう。
少しでも時間を稼ぐ事ができたら、スネコスリがエンキを連れて、脱出してくれるかもしれない。奴らが正面に集めっているなら、上手くすれば、裏から逃げる道はある。
「す、直ぐには死んであげない!」
できれば幼いキュピエルも逃がしてあげたい。
大声を発して、天狗の子と侍女に向かっている連中の注意を引けるだろうか?
――ああ、神よ。どうか、私の大好きな方々を救って。
今にもゴブリンらは自分に飛び込んできそうだ。
時間はない。
スーと息を吸い込んで、声を発しようとした時だった。
重厚な波動のような物が、館一帯を包み込む。
「あ…………、こ、これは……」
物理的に押し潰されたかのように、魔物らが苦悶を見せて、次々と膝をついていった。
それは恐怖。
強烈な威圧が、それだけで魔物らを金縛りにして、なのに、レベッカには、温かみさえ感じるのだ。
波動の中心が近付いてくるのが分かった。
「五月蠅くて、眠れないのですけど」
階段から下りてくる姿を見て、レベッカは両手で口元を覆い、涙が溢れてくる。
そして――エンキ様――掠れた声に歓喜を込めた。
広い館の敷地内を見渡し、門の向こうに赤いものが確認できる。
――血!? 門の前にいた衛兵さんが……殺られたのだわ。
動揺しないように庭へと視線を流し、右、左、前方、手前、と。
「いた!」
小さな魔物が一体。二体。
まだ潜みつつ、こちらへと近付いてきている。
「どうかなさいましたか、お嬢様」
「来たわ。魔物が」
「ヒ……。と、扉っ!」
侍女がクローゼットを移動させ始めた。すると、キュピエルがとことこと駆けていって、彼女を手伝っていく。
賢い子だ。天狗という妖怪だけあって、普通の人間の子供と違い、あの子が手伝うだけで、重いクローゼットが直ぐに扉の前に置かれる。
レベッカは護身用の短剣を持った。
ベッドを庇うように前に立ち、クローゼットや椅子で塞いだ扉を見詰める。
侍女はモップを持って構え、緊張感が増していった。
何も話せない。物音一つが、魔物に居場所を教えてしまうかもしれない。
――あれは、ゴブリンとかいう魔物だわ。一番弱い……けど、私よりも強いのは確か。
鍛えた兵士でも苦労すると聞く。
兄に習って、武術もした事はあるが、お転婆な性格に反して、才能はからっきしだった。
今は、そんな事は言っていられない。
不意にキュピエルが振り返った。
「いるよ」
振り返った直後、窓が割られ、魔物が飛び込んでくる。
「ここ、二階よ。く……」
この程度の壁ならよじ登ってくるのか。魔物の事を持って勉強しておくべきだったと後悔しても始まらない。
生き残る。そして、また眠ったままの彼女を守るのだ。
「や、や――――」
不格好な奇声を発して、威嚇して、両手で持った短剣をゴブリンに向ける。
小馬鹿にするような笑いを見せる魔物。
が、そいつをキュピエルが吹き飛ばしたのだ。
――今のは……疾風の魔法?
小さくとも彼女は妖怪なのである。
少し興奮気味のキュピエルだ。
――そうか、村の人たちを魔物に殺されて……。
寄りそって、小さな可愛い妖怪の肩を抱いた。
「キュピちゃん……」
魔物を吹き飛ばした方を睨み付けていたキュピエルが落ち着いていく。
スーと息を吸い込むと、
「大丈夫、お姉ちゃんたちは、キュピが守る」
と笑うのだ。
「うん、ありがとう」
そう答えたが、自分だけ守られてばかりでは、何の為にここに残ったのか。
ドンドンと激しく扉を叩く音が聞こえた。
重いクローゼットが邪魔で、簡単には入ってこられない様子である。
なら、後は窓に注意を向けなくてはならない。
先にそう思った侍女が、顔を外にだしたその時、忽然、姿が消えた。
魔物の手が侍女を掴んで、引き摺りだしたのだ。
「いやぁ――――っ!」
叫んでいる場合じゃない。助けねば。
キュピエルが窓から外へ飛び出した。
「キュピちゃん!」
落ち着け。あの子は飛べるのだ。
自分も窓の外を確認しようと思ったその時、扉を叩く音が大きくなって、クローゼットも椅子も移動し始めた。
「お、押さえなきゃ」
扉に近付こうとすると、バギっと響き、それの一部が破壊され、斧の刃が見えた。
「ヒ……」
慄いていては駄目だ。心を強く。
穴の空いた部分から魔物が手を出してきた。更に破壊して、中を覗き込んでくる。
ギョロッとした目が見えた。
「この!」
短剣を突き込んでやる。
返り血が飛んで、しっかりと魔物の目を抉ってやった。
悍ましい叫びが聞こえ、外でのたうっている。
――このままじゃいけない。いくらエンキ様でも、あんな斧で首を狙われたら。
火事場の馬鹿力か。クローゼットを自分だけで移動させ、外に飛び出す。
目を刺してやったゴブリンが、まだのたうちながら、もう一方の目で睨んできたが、思い切り蹴り上げてやる。
意味の分からぬ声がして、見ればまだ数体のゴブリンが階段を上ってきたところだった。
「こっちよ、こっち!」
仲間を蹴ったところも見たはずだ。
頭に血を昇らせ、奴らは自分を追いかけてくる。
――部屋から引き離さないと。
キュピエルと侍女がどうなったか分からない。信じよう。無事なら部屋の戻ってくれるはず。
ゴブリンの返り血が衣服に付着して、臭いが引き付けていく。
遠くに逃げて時間を稼ぐ。
ハァ、ハァ、と息を切らし、恐怖感を決意で抑え込んだ。
正面、別の階段からもゴブリンが二体上ってきて、廊下で挟まれる。
「ぐ……」
後ろからも三体。
涎を垂らし、獲物を追い詰めた嗜虐的な瞳で、奴らが迫ってきた。
――どうしよう。どうすれば……。
決死の覚悟で一体なら殺せるかもしれない。
足が震えてきてしまった。
ケタケタと不気味に笑ってきて、ゆっくりと迫ってくるのだ。
こっちに逃げて――そう聞こえた気がした。
前から迫ってきた二体が、突然、転んだ。
その隙に、小さな体躯を跳び越えて、下に向かう階段に辿り着く。
一度振り返ると、スネコスリが前足の親指を立てていた。
一階のロビーから、外に向かう。
外にはキュピエルと侍女がいるから、合流できるかもしれないし、人間の姿をした者が集まれば、魔物らは向かってくるだろう。
先程のキュピエルの魔法のような技を見れば、彼女はきっとゴブリンなんかよりずっと強い。
正面の扉を開ける。
途端に、絶句し、腰が砕けそうになった。
大量のゴブリンとコボルトで、庭が埋め尽くされていた。
――――
鬼族の中で、彼女らは抜きに出た存在だった。
一人は棟梁たる羅鬼。
誕生から四百年という生は鬼にとっては、中年くらいの感覚か。
ただ、彼女は閻鬼よりも小さく、見た目もより若かった。三百年以上、その姿は変わっていない。
閻鬼の憧れる存在。
妖術を使った攻撃は苦手であったが、圧倒的な身体能力の高さと、破壊力を持ち、肉弾戦に特化している。
レベルを上げて物理で殴る、を体現したような存在だった。それはもう鬼から見ても常識外れな程に。
そして折れぬ心の持ち主であり、信念によって行動する。
彼女の持った信念が、妖怪と人との争いを失くし、現代日本において、人間社会に、ひっそりとではあるが、妖怪が入り込み、生活できるようになっていた。
心も体も閻鬼よりも遥か高みにあった。
もう一人は、鬼刹。
伝説の鬼神姫は、羅鬼の叔母にあたり、やはり小さく若すぎる姿をしていた。齢八百歳であって、その可憐な美しさは変わる事なし。
彼女の戦う姿は、苛烈にして優美であった。彼女が戦場で舞えば、死体の舞台ができあがる。敵さえ見惚れて、何もできない。
妖術も器用に使い、そして超大であった。
物理攻撃が苦手な訳でもなく、羅鬼に次ぐ程。なにせ、鬼の棟梁の師でもあるのだ。
閻鬼の目指すべき姿。
この二人は時に神さえ凌駕する。
何故か?
二人は神格を得ていた。
鬼神である。
閻鬼にはない。
その高みに、どうすれば届くのか。
手を伸ばす。必死に、どうしようもなく切ない顔で。
そう、私は弱い。地べたから、天空に輝く二つの太陽を眺めているだけ。
どうすればそこまで飛べるのか。
焦る事はないぞ。お前は、おぬしが今ある鬼の中で、最も我らに近付ける存在だ――羅鬼様はそう言った。
信じて、ゆっくりでも、ほんの少しでも前に進もうとしてきた。
けど――。
私の為に泣いてくれた人間がいる。ゆっくりとはしていられない。
羅鬼様、貴女は、ずっと人間と仲良くなりたくて、その理想の為に頑張って、今の世を作り上げられた。
なら、解ってくれますよね、今の私の気持ちが。
『ならば何故、目を覚まさねえんだ。』
起きても、今の力では勝てません。
『いいや、勝ち負けなんて関係ねえ。救える、救えない、なんて疑問を感じる前に戦え』
私は臆病なのです。
『臆病なのは、儂も一緒だ』
羅鬼様が?
『人間に嫌われるのが怖い。仲間にそっぽ向かれるのが怖い。一番怖いのは、好きな者がいなくなる事。おぬしは何を恐れている?』
私は、勝てない自分で、また彼女が泣いてしまうのが怖い。
『それが本当に一番怖い事か?』
はい。…………いえ、違う。
私も同じ。好きな者がいなくなるのが一番怖い。
『戦う理由があるなら、それで充分だ』
私に必要なのはそれだった。それは、そう、焦っても見付けられるものではなかった。
『行くのか?』
はい、参ります。
『んじゃ、街を一つ救って、神になってこい!』
羅鬼の指差した方向を見て気付く。
そうか、自分は横に進んでいただけだった。何と滑稽なのだろう。
今度こそ、確かな前を向く。
大きな一歩を踏み出した。
――――
玄関を出たところで、レベッカは立ち尽くす。
猛烈な風の舞う音に気付き、顔を向ければ、壁際に追い詰められながら、侍女を背に、キュピエルが迫りくる魔物らを凌いでいた。
彼女はまだ人間の大人一人を担いで飛べる程ではなく、また息があがっている表情から、力が尽きかけているように見えた。
「そんな……」
正面門からまた魔物が侵入してきて、数が増えている。
街の住民を避難させた事で、限られた人間のいる場所に奴らは集中してきたのだ。
目眩がしそうだった。
――駄目。ここで諦めちゃ……。
奮い立たせる。
たとえ、ここで自分が死んでも、希望だけは残そう。
少しでも時間を稼ぐ事ができたら、スネコスリがエンキを連れて、脱出してくれるかもしれない。奴らが正面に集めっているなら、上手くすれば、裏から逃げる道はある。
「す、直ぐには死んであげない!」
できれば幼いキュピエルも逃がしてあげたい。
大声を発して、天狗の子と侍女に向かっている連中の注意を引けるだろうか?
――ああ、神よ。どうか、私の大好きな方々を救って。
今にもゴブリンらは自分に飛び込んできそうだ。
時間はない。
スーと息を吸い込んで、声を発しようとした時だった。
重厚な波動のような物が、館一帯を包み込む。
「あ…………、こ、これは……」
物理的に押し潰されたかのように、魔物らが苦悶を見せて、次々と膝をついていった。
それは恐怖。
強烈な威圧が、それだけで魔物らを金縛りにして、なのに、レベッカには、温かみさえ感じるのだ。
波動の中心が近付いてくるのが分かった。
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