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1章
31.公開模擬戦
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Aランク冒険者のリースに、Fランク冒険者の俺が模擬戦で勝つ。
これが今回の依頼だ。
そして俺達はその依頼を果たすため、ロイヤルブラッドが公開訓練を行っている訓練場へと足を踏み入れた。
『おいアイツって……』
『ああアレだろ、試験であのカマセイに勝ったっていう』
『なんでも依頼達成速度が半端ないらしいぜ。目ギラつかせながら凄い早さで薬草集めたり野獣狩ったり配達したりしてるって噂が』
『俺たまたま夜中に散歩してたらさ、すげえ形相したアイツが猫を追いかけ回してるの見たぜ。あの時はまじビビった』
『……一体何者なんだろうな』
訓練場に入った瞬間、周囲の視線が俺達へと集まる。ロイヤルブラッドのギルド員、公開訓練を見に来た街の人達が口々に噂する。イーノレカの経営が順調なお陰か俺達の知名度はなかなかのようだ。
「ひ、ひぃぃ……見られてる。あたし達見られちゃってますよー……」
「それだけ注目されてるってことね。しくじったら恥ずかしいわよ」
元よりしくじるつもりはない。
今日の仕事は、失敗してはいけない部類の仕事だ。
「お、きたきたっ。やっほーイトーくんっ」
「うおっ」
少し遠くに見えていたリースが、瞬間移動のような速さで俺の前へとやって来た。
……相変わらず捉えきれない程の速さ。勝つための絵は既に描いているとはいえ、いざ再び目の当たりにすると少し気持ちが揺らぐ。
「キミをボコボコにする日を楽しみにしてたんだよっ! さっそくやろーよ! ねっ?」
俺の腕をガシッと掴み、グイグイと引っ張ってくる。こんな小柄な身体のどこにそんな力があるのかわからないが、軽い抵抗だけでは振りほどけない。
「リースさん、失礼ですわよ。腕をお離しなさい」
マントをはためかせながらゆっくりと現れたシエラさんがリースを窘めると、「ちぇ」と口を尖らせながら言われた通りに腕を離してくれた。
「イトーさん先日といいご迷惑をおかけしました」
「いえ、そんな――」
「別に構わないわよ」
何故かファルが割って入ってきた。
「今日はうちのイトーがご自慢のAランク冒険者を叩き潰すもの。こちらこそ迷惑をかけることになるからお相子ね」
なるほど、宣戦布告もとい挑発がしたかったのか。
まぁ勧誘邪魔されたり色々あったからなぁ……好戦的になる気持ちもわかる。
「へー。そっちのマスターさんは変なこと言うんだね? まったくーこれだから育ちが悪い人は困るなー」
とファルの胸の辺りに意味深な視線を送りながら言うリース。
「…………どこ見て言ったのかしら」
「ん? おっぱ――」
「俺の方は準備出来てるぞ! さあ模擬戦をしよう!」
「いいのっ!? じゃーやろやろーっ」
余計なことを口走られる前に遮る。ふふ、これぞ出来る部下の気配りよ。
上手くやっておきましたとばかりにファルに視線を送る。睨まれた。何故だ。
『おい、リースちゃんと例のアイツが試合場の方に向かってるぞ』
『まじかよ。あの二人が模擬戦するって噂、本当だったんだな』
『どっちが勝つと思う?』
『そりゃリースちゃんだろ。アイツもかなりの実力者とは思うがさすがに……なぁ?』
『だよなぁ……まぁ一撃ぐらいなら耐えるかもしれんな。賭けるか?』
『いいぜ。俺は耐えられない方に』
『ちょ、俺も耐えられない方に賭けたいんだけど!』
移動中の間、周囲からはそんなやり取りが聞こえてくる。
誰も俺が勝つとは思っていない。
…………だが、それでいい。この空気も俺の描いた絵に含まれている。
「ふふふー。だーれもキミが勝つって思ってないみたいだよ?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべ、俺の表情を知りたいのか覗き込んでくる。
その時に気付いたのか「あれっ?」と声に出すと。
「キミ、武器は? 何も持ってないよーに見えるけど」
「使わない」
「ええー……? なにそれー実はもう諦めちゃってるの?」
「いいや諦めていない。仕事である以上絶対に勝つ」
眼で捉えなれないほどの速度。仕事状態でなければたった一撃で膝をついてしまう程の攻撃力。おそらく防御力も相応に高いと予想できる。そんな相手に通用するかどうかは勿論のこと、扱い方すらわからない武器を持って挑むよりは――。
「もーしょーがないなー。だったらボクも武器なしでやってあげるよ」
という流れにして相手に武器を持たせない方が効果は高い。
AランクとFランク。先日の訓練場でのやり取り。そして誰もがリースの勝利を疑わない空気から、リース自ら武器を手放す確率は非常に高くなると予想し、実際にその通りになってくれた。
「んしょっと」
身に付けていた武器を慣れた手付きで外していくリース。
彼女の武器は両腰に差した短剣と、背中に差した長剣の三刀流。これに対応する技術を磨くには時間が足りなさすぎる。加えて武器分の威力がプラスされた攻撃をまともに受けてしまえば、さすがに「仕事だから」の精神でも耐えきれない可能性も出てきてしまう。
とにかくこれで土俵は整った。
「この模擬戦の立会はわたくし、シエラ・ルクセンベールが務めさせて頂きますわ」
俺とリースが向かい合う。
認定試験の時よりも距離が近い。剣道で言うところの一足一刀の間合いぐらいだ。
けれど今回は投擲作戦でいくわけじゃないので距離はどうでもいい。というよりも一瞬で間合いを詰める速さを持つリースを相手にする限り、距離はあってないようなものだ。
「かれーに可愛くたたかいまーす!」
「どんな仕事だろうと――必ず成し遂げよう」
やたらとあざといポーズを取るリースに合わせ、俺も台詞と共に用意していた手甲を付け、構える。
…………あの時、格好良い台詞の練習しておいて良かった。
「それでは――はじめっ!」
シエラさんの合図と共に、目の前にいた筈のリースの姿が見えなくなった。
だが開幕から仕掛けてくるのはこれまでのボコボコにしたい発言から予想していた。おそらく以前と同じように俺の背後へと周り仕掛けてくるのだろう。
意表をついてカウンターを狙ってもいいが、速度対決では向こうが圧倒的に有利。ここは一度回避して仕切り直すのが最も安全。
となれば横っ飛びで回避――っ!?
「ぐぅっ!?」
右にジャンプしようと踏み込んだ瞬間、背後から衝撃が飛んできた。
「あれ? もしかして今避けようとしてた? でもざんねーん。ボクの方が速かったねー」
…………ま、まじかよ。
カウンター狙いがどうとか以前の問題だ。
――速い。速すぎる。見えなくとも勘で適当に動けば回避ぐらいは出来ると思っていたのに、それすら許されないぐらいに速い。ここまで実力差があったというのか……。
「じゃー、この間の依頼通り、ボッコボコにさせて貰うねっ」
笑顔で宣言した瞬間、またリースの姿が消えた。
そしてどこかでタンっと地面を蹴るような音が聞こえたと思うと。
「ぐあっ」
右肩に衝撃が走った。
「どんどんいっちゃうよー」
声は聞こえるが姿は見えない。
その代わり――。
「くぅっ!?」
腹部への衝撃が訪れる。
見えない。気配すら感じ取れない。
かろうじて足音から方角はわかるがただそれだけ。音だけではどこを防げばいいのかもわからないし、音を聞いてから回避しようとしても相手の方が速い。
「がはっ」
前後左右。
ありとあらゆる場所から身体中の至る所に見えない攻撃が飛んでくる。
何も手を打てない俺はどうすることもできず、ただ致命的な箇所を守るだけで攻撃を受け続けるしかない。
――しかし、それも長くは保たなかった。
「く…………くそっ…………」
これ以上立っていられなくなり、膝をついてしまう。
「あららこれ以上は無理かー。でもキミ凄い耐えた方だよ? 多分Bランクの上位ぐらいの実力はあるんじゃないかな?」
ようやく姿を見せたリースが、まるで慰めるような口調で話す。
そして俺にトドメを刺すつもりなのか、ゆっくりと近付いてくる。
「じゃ、これで終わりだね。おやすみなさーい」
右手を手刀の形にし、立ち上がれない俺へと向かって振り下ろす。
その時俺は思った。
あの夜、格好良い台詞の研究をしていたファルに気付けて良かった。
何故ならアレのお陰で――Aランク以上の冒険者が戦い方に拘ることを知れたから。
「ほへっ?」
振り下ろされようとしたリースの左手を、俺はガシリと右手で力強く掴んだ。
今行っているのは公開訓練の模擬戦。
観客の前だもんな。これ以上動けそうにない相手にトドメを刺す時ぐらいみんなの前に姿を見せて、みんなにわかるようなトドメの刺し方をするのは、ファンの多いAランク冒険者なら当然のファンサービスだもんな。
俺はずっと――リースに勝つ為の絵を描いた時から、ずっとこの瞬間を狙っていた。
「やっと……捕まえたぞ」
文字通りようやく掴んだ俺の唯一の勝機。
この手は何が何でも離すつもりはない。
「へー。まだ動けるのにはちょっとびっくりしたけど、こっからどーするつもり? もしこの掴んでる手の力がキミの全力だとしたら、フツーにボクに攻撃しても通じないよ?」
リースの表情からは余裕が感じ取れる。
腕を掴んでいる力は全力という訳では無いが、普通に攻撃したところで通じるとも思えない。
だから俺は――普通じゃない攻撃をする。
空いている左手を、右手の甲に重ねる。
「え? ちょ、ちょっとそれってまさか――」
俺が右手にしている手甲に何が描かれているのか、今になって気付いたようだ。
けれど遅い。
描かれているのは、ルミエナから教わった魔術陣。
これを組込魔術として即座に発動する。
「炎よ――翔べっ!」
俺が発動ワードを口にした瞬間、俺達を中心に爆発が起こった。
「ぐああっ!」「ぎゃー!」
この魔術陣は遠距離用の魔術。それを適正射程をぶっちぎった零距離で使ったのだから、全く減衰されず威力は相当なものになる。現にこの魔術の一撃の方がこれまで受けたリースからの攻撃よりもキツイ。
「はぁっ……はぁっ……」
「な、なに考えてるんだよキミ……ばかじゃないの……」
苦しそうに肩で息をするリース。
さすがにこれを受けて平気、というわけではなさそうだ。
…………が、もっとダメージを与えないと俺の勝ちにはならない。
「炎よ――」
「え、いや。まさか、え? もう一回? じょ、冗談だよねー!?」
残念。冗談でも脅しでもないんだなこれが。
遠距離用の魔術を、自爆覚悟で零距離で撃ち続ける。それであとはお互いの体力と根性の勝負。それが俺の描いた絵の勝ち筋だ。
「――翔べっ!」
リースが実力で耐えきるか、それとも仕事状態の俺が気合いで耐えきるか。
耐久勝負といこうじゃないか――。
これが今回の依頼だ。
そして俺達はその依頼を果たすため、ロイヤルブラッドが公開訓練を行っている訓練場へと足を踏み入れた。
『おいアイツって……』
『ああアレだろ、試験であのカマセイに勝ったっていう』
『なんでも依頼達成速度が半端ないらしいぜ。目ギラつかせながら凄い早さで薬草集めたり野獣狩ったり配達したりしてるって噂が』
『俺たまたま夜中に散歩してたらさ、すげえ形相したアイツが猫を追いかけ回してるの見たぜ。あの時はまじビビった』
『……一体何者なんだろうな』
訓練場に入った瞬間、周囲の視線が俺達へと集まる。ロイヤルブラッドのギルド員、公開訓練を見に来た街の人達が口々に噂する。イーノレカの経営が順調なお陰か俺達の知名度はなかなかのようだ。
「ひ、ひぃぃ……見られてる。あたし達見られちゃってますよー……」
「それだけ注目されてるってことね。しくじったら恥ずかしいわよ」
元よりしくじるつもりはない。
今日の仕事は、失敗してはいけない部類の仕事だ。
「お、きたきたっ。やっほーイトーくんっ」
「うおっ」
少し遠くに見えていたリースが、瞬間移動のような速さで俺の前へとやって来た。
……相変わらず捉えきれない程の速さ。勝つための絵は既に描いているとはいえ、いざ再び目の当たりにすると少し気持ちが揺らぐ。
「キミをボコボコにする日を楽しみにしてたんだよっ! さっそくやろーよ! ねっ?」
俺の腕をガシッと掴み、グイグイと引っ張ってくる。こんな小柄な身体のどこにそんな力があるのかわからないが、軽い抵抗だけでは振りほどけない。
「リースさん、失礼ですわよ。腕をお離しなさい」
マントをはためかせながらゆっくりと現れたシエラさんがリースを窘めると、「ちぇ」と口を尖らせながら言われた通りに腕を離してくれた。
「イトーさん先日といいご迷惑をおかけしました」
「いえ、そんな――」
「別に構わないわよ」
何故かファルが割って入ってきた。
「今日はうちのイトーがご自慢のAランク冒険者を叩き潰すもの。こちらこそ迷惑をかけることになるからお相子ね」
なるほど、宣戦布告もとい挑発がしたかったのか。
まぁ勧誘邪魔されたり色々あったからなぁ……好戦的になる気持ちもわかる。
「へー。そっちのマスターさんは変なこと言うんだね? まったくーこれだから育ちが悪い人は困るなー」
とファルの胸の辺りに意味深な視線を送りながら言うリース。
「…………どこ見て言ったのかしら」
「ん? おっぱ――」
「俺の方は準備出来てるぞ! さあ模擬戦をしよう!」
「いいのっ!? じゃーやろやろーっ」
余計なことを口走られる前に遮る。ふふ、これぞ出来る部下の気配りよ。
上手くやっておきましたとばかりにファルに視線を送る。睨まれた。何故だ。
『おい、リースちゃんと例のアイツが試合場の方に向かってるぞ』
『まじかよ。あの二人が模擬戦するって噂、本当だったんだな』
『どっちが勝つと思う?』
『そりゃリースちゃんだろ。アイツもかなりの実力者とは思うがさすがに……なぁ?』
『だよなぁ……まぁ一撃ぐらいなら耐えるかもしれんな。賭けるか?』
『いいぜ。俺は耐えられない方に』
『ちょ、俺も耐えられない方に賭けたいんだけど!』
移動中の間、周囲からはそんなやり取りが聞こえてくる。
誰も俺が勝つとは思っていない。
…………だが、それでいい。この空気も俺の描いた絵に含まれている。
「ふふふー。だーれもキミが勝つって思ってないみたいだよ?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべ、俺の表情を知りたいのか覗き込んでくる。
その時に気付いたのか「あれっ?」と声に出すと。
「キミ、武器は? 何も持ってないよーに見えるけど」
「使わない」
「ええー……? なにそれー実はもう諦めちゃってるの?」
「いいや諦めていない。仕事である以上絶対に勝つ」
眼で捉えなれないほどの速度。仕事状態でなければたった一撃で膝をついてしまう程の攻撃力。おそらく防御力も相応に高いと予想できる。そんな相手に通用するかどうかは勿論のこと、扱い方すらわからない武器を持って挑むよりは――。
「もーしょーがないなー。だったらボクも武器なしでやってあげるよ」
という流れにして相手に武器を持たせない方が効果は高い。
AランクとFランク。先日の訓練場でのやり取り。そして誰もがリースの勝利を疑わない空気から、リース自ら武器を手放す確率は非常に高くなると予想し、実際にその通りになってくれた。
「んしょっと」
身に付けていた武器を慣れた手付きで外していくリース。
彼女の武器は両腰に差した短剣と、背中に差した長剣の三刀流。これに対応する技術を磨くには時間が足りなさすぎる。加えて武器分の威力がプラスされた攻撃をまともに受けてしまえば、さすがに「仕事だから」の精神でも耐えきれない可能性も出てきてしまう。
とにかくこれで土俵は整った。
「この模擬戦の立会はわたくし、シエラ・ルクセンベールが務めさせて頂きますわ」
俺とリースが向かい合う。
認定試験の時よりも距離が近い。剣道で言うところの一足一刀の間合いぐらいだ。
けれど今回は投擲作戦でいくわけじゃないので距離はどうでもいい。というよりも一瞬で間合いを詰める速さを持つリースを相手にする限り、距離はあってないようなものだ。
「かれーに可愛くたたかいまーす!」
「どんな仕事だろうと――必ず成し遂げよう」
やたらとあざといポーズを取るリースに合わせ、俺も台詞と共に用意していた手甲を付け、構える。
…………あの時、格好良い台詞の練習しておいて良かった。
「それでは――はじめっ!」
シエラさんの合図と共に、目の前にいた筈のリースの姿が見えなくなった。
だが開幕から仕掛けてくるのはこれまでのボコボコにしたい発言から予想していた。おそらく以前と同じように俺の背後へと周り仕掛けてくるのだろう。
意表をついてカウンターを狙ってもいいが、速度対決では向こうが圧倒的に有利。ここは一度回避して仕切り直すのが最も安全。
となれば横っ飛びで回避――っ!?
「ぐぅっ!?」
右にジャンプしようと踏み込んだ瞬間、背後から衝撃が飛んできた。
「あれ? もしかして今避けようとしてた? でもざんねーん。ボクの方が速かったねー」
…………ま、まじかよ。
カウンター狙いがどうとか以前の問題だ。
――速い。速すぎる。見えなくとも勘で適当に動けば回避ぐらいは出来ると思っていたのに、それすら許されないぐらいに速い。ここまで実力差があったというのか……。
「じゃー、この間の依頼通り、ボッコボコにさせて貰うねっ」
笑顔で宣言した瞬間、またリースの姿が消えた。
そしてどこかでタンっと地面を蹴るような音が聞こえたと思うと。
「ぐあっ」
右肩に衝撃が走った。
「どんどんいっちゃうよー」
声は聞こえるが姿は見えない。
その代わり――。
「くぅっ!?」
腹部への衝撃が訪れる。
見えない。気配すら感じ取れない。
かろうじて足音から方角はわかるがただそれだけ。音だけではどこを防げばいいのかもわからないし、音を聞いてから回避しようとしても相手の方が速い。
「がはっ」
前後左右。
ありとあらゆる場所から身体中の至る所に見えない攻撃が飛んでくる。
何も手を打てない俺はどうすることもできず、ただ致命的な箇所を守るだけで攻撃を受け続けるしかない。
――しかし、それも長くは保たなかった。
「く…………くそっ…………」
これ以上立っていられなくなり、膝をついてしまう。
「あららこれ以上は無理かー。でもキミ凄い耐えた方だよ? 多分Bランクの上位ぐらいの実力はあるんじゃないかな?」
ようやく姿を見せたリースが、まるで慰めるような口調で話す。
そして俺にトドメを刺すつもりなのか、ゆっくりと近付いてくる。
「じゃ、これで終わりだね。おやすみなさーい」
右手を手刀の形にし、立ち上がれない俺へと向かって振り下ろす。
その時俺は思った。
あの夜、格好良い台詞の研究をしていたファルに気付けて良かった。
何故ならアレのお陰で――Aランク以上の冒険者が戦い方に拘ることを知れたから。
「ほへっ?」
振り下ろされようとしたリースの左手を、俺はガシリと右手で力強く掴んだ。
今行っているのは公開訓練の模擬戦。
観客の前だもんな。これ以上動けそうにない相手にトドメを刺す時ぐらいみんなの前に姿を見せて、みんなにわかるようなトドメの刺し方をするのは、ファンの多いAランク冒険者なら当然のファンサービスだもんな。
俺はずっと――リースに勝つ為の絵を描いた時から、ずっとこの瞬間を狙っていた。
「やっと……捕まえたぞ」
文字通りようやく掴んだ俺の唯一の勝機。
この手は何が何でも離すつもりはない。
「へー。まだ動けるのにはちょっとびっくりしたけど、こっからどーするつもり? もしこの掴んでる手の力がキミの全力だとしたら、フツーにボクに攻撃しても通じないよ?」
リースの表情からは余裕が感じ取れる。
腕を掴んでいる力は全力という訳では無いが、普通に攻撃したところで通じるとも思えない。
だから俺は――普通じゃない攻撃をする。
空いている左手を、右手の甲に重ねる。
「え? ちょ、ちょっとそれってまさか――」
俺が右手にしている手甲に何が描かれているのか、今になって気付いたようだ。
けれど遅い。
描かれているのは、ルミエナから教わった魔術陣。
これを組込魔術として即座に発動する。
「炎よ――翔べっ!」
俺が発動ワードを口にした瞬間、俺達を中心に爆発が起こった。
「ぐああっ!」「ぎゃー!」
この魔術陣は遠距離用の魔術。それを適正射程をぶっちぎった零距離で使ったのだから、全く減衰されず威力は相当なものになる。現にこの魔術の一撃の方がこれまで受けたリースからの攻撃よりもキツイ。
「はぁっ……はぁっ……」
「な、なに考えてるんだよキミ……ばかじゃないの……」
苦しそうに肩で息をするリース。
さすがにこれを受けて平気、というわけではなさそうだ。
…………が、もっとダメージを与えないと俺の勝ちにはならない。
「炎よ――」
「え、いや。まさか、え? もう一回? じょ、冗談だよねー!?」
残念。冗談でも脅しでもないんだなこれが。
遠距離用の魔術を、自爆覚悟で零距離で撃ち続ける。それであとはお互いの体力と根性の勝負。それが俺の描いた絵の勝ち筋だ。
「――翔べっ!」
リースが実力で耐えきるか、それとも仕事状態の俺が気合いで耐えきるか。
耐久勝負といこうじゃないか――。
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