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1章
34.研修合宿その2【自己啓発】
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先日のリースとの模擬戦。
私情が先行してしまった結果、自分で自分の首を締める依頼を受け、最終的に上司に止められるという散々なものだった。
これは全て俺の勝手な行動と、能力不足がもたらしたこと。
行動に関しては今後慎むことにして、問題なのは能力不足の方だ。
『この”イーノレカ”もトップギルド入り目指しているもの――』
シエラさんが俺達を下請けに勧誘してきた時、ファルが言った言葉。
この言葉がファルの目標だとするならば、今の俺では力になれない。会社の、上司の力になれない。居ても居なくても変わらない。それは俺にとっては一番堪えることだ。
だから俺は強くならなければならない。
そして強くなる為に、この研修合宿の合間にリースに鍛えて貰えるようファルに頼み込んでロイヤルブラッドへ依頼を出して貰った。
経費が掛かっている分、しっかりと成果を挙げたいところ――ではあるのだが。
「く、くそっ……!」
「はいざんねーん。これでまたボクの勝ちだねー」
リースの攻撃を堪えきれずに膝を付くと、勝ち誇った笑みを浮かべながらリースが言う。
どうしても速さを捉えきれない。何もすることが出来ず一方的にただ攻撃をくらう……そんなことをこれで3回も繰り返したことになる。
「にしてもー……キミってほんと不思議だねー」
立ち上がった俺の頭のてっぺんから足のつま先まで、何度も視線を往復させながら呟くリース。
「不思議って何がだ?」
「んー弱くないのに強くないところ?」
……それって普通ってことだろうか。言葉の意味がよくわからない。
「ほらキミって今日1日中穴掘って埋めたりする変なことばっかしてたじゃん? けど他の人みたいに、ぐでーってなってないし。ボクの攻撃ぼこすか受けてもすぐ立ち上がってくるし、ふつーに考えたらボクよりちょっと弱いかなー程度だと思うんだけど……うーん」
顎に人差し指を当て、あざとく首を傾げながら考え込む。
弱くないのに強くない……おそらくリースが言いたいのは。
「戦い方がなってない、ってことか?」
「おぉ! そーだよそれそれ! キミって動きがしろーとさんなんだよ!」
動きが素人臭いというのは前にファルにも言われたな……実際素人だから何も間違ってはないけども。
「じゃーまずは自分の身体の動かし方からだねっ」
「……さすがに身体ぐらいは普通に動かせるぞ」
「ほんとに? じゃちょっと両腕を水平にぴーんと伸ばしてみて」
言われた通りに水平に伸ばす。うん、完璧だ。
「じゃー次垂直」
今度は真上に伸ばす。
「今度は水平と垂直のちょーど真ん中」
斜め45°の位置へと伸ばす。
「もっかい水平。次垂直。今度は斜め。で水平。垂直。斜め。もっかい斜めで今度は垂直から水平――はいすとっぷー。ほら、ここちょっとズレてる」
言われて見てみると確かに下寄りに少しズレている。
一つ一つの動作は問題なかったようだが、指示が早くなったり順番が入れ替わったりするとどうしても混乱してしまうみたいだ。
「これはキミが自分の身体をちゃんと制御出来てないってことだね。戦いだとけっこー致命的だよ?」
なるほど。自分の腕さえ自分の思う様に制御できないのでは身体を動かせるうちには入らないってことか。
「けど逆に言えばそれさえできればイメージどーりに動けるよーになるよ。例えば――」
突然目の前にいたリースが消えたかと思うと、遠くの方で「やっほー」と手を振っているのが見えた。そしてまた消えたかと思ったら今度は目の前に現れて。
「と、まーこんなふーにねっ」
「いや無理だろ」
冷静に突っ込んだ。どこの戦闘民族だ。
「えー? キミも出来ると思うんだけどなー」
「いや、それは買いかぶり過ぎだ」
「そっかな? 一度でいーからちょっと試してみてよ。自分がどー動くのかしっかりとそーぞーしてさ」
今はこちらが研修を受ける立場にある。講師の言うことには逆らえない。
俺にあんな動きが出来るとは思えないが……ええと大事なのは身体の制御とイメージか。
身体の制御はまだ訓練不足なので不完全。だったら代わりにイメージを膨らませよう。せっかくなのでバトル漫画でよく見かける超高速で相手の背後を取って「後ろだ」ってやつの動きを目指してみるか。
ここから正面にいるリースの背後を取るには斜め移動を含めるなら斜め前方からの斜め前方への最低二手。直線直角的な動きであれば横、前、横の三手。超高速移動を目指すのだから今回は前者を選ぼう。シュッと飛ぶように右斜め前方に出て、シャッと左斜め移動しながら背後に付く。
…………よし、超高速で背後を取るためにイメージは固まった。あとは実践だ。
――いくぞ。
「ねーはやく試してみて――ってあれっ?」
…………………………まじかよ。
俺は自分の身に起こったことが信じられなかった。
目の前には俺を探しているのか、きょろきょろと左右に首を振るリースの後ろ姿が見える。リースがくるりと俺に背中を向けた訳ではないのは、周りの風景と俺の立ち位置が変わっていることからわかる。
つまり俺はバトル漫画でお馴染みの「後ろだ」を実践できてしまったことになる。
「うおわっ!? い、いつのまに!?」
背後の俺に気が付いたリースが飛び上がるように驚く。
「あー……まぁついさっき……かな」
「…………もっかいやってくれないかな。ボク、さっき瞬きしちゃってたみたいだから」
「お、おう」
妙な迫力に押され、思わず頷いてしまう。
まぁ俺としてももう一度確認しておきたかったから丁度いい。さっきの感じでもう一度イメージして……よしっ――と、行動を開始した次の瞬間には、もうリースの後ろ姿が見えていた。
「っ!」
慌てて背後を振り向くリース。
いつものように愛嬌を感じる表情ではなく、どこか悔しそうに見える。
「……今の…………見えなかったんだけど……」
「そ、そうか。まぁ俺もお前の速さを捉えきれないからお相子ってことで……」
何か不穏な空気を感じ取ってしまった俺はどうにか穏便な方向になるようにと誘導してみる。
「ボクと勝負して。手加減なしの、本気の。ボクも本気でいくから」
どうやら無駄だったらしい。既にリースは腰の剣を2本とも抜いている。講師の命令とあれば仕方ないし……俺も自分の力を少し確かめておきたい。
「わかった」
俺の動きを捉えきれなかったというリース。力に目覚めたっぽい今の俺なら、例の捨て身戦法を取らなくても勝てるという予感がある。
そしてその予感は――。
「ぐべあっ!?」
気のせいでした。
最初はよかった。イメージ通りにリースの背後へと回り込んだ。けどその後にどうするかを考えていなかった。次はどう動こうかをイメージしている途中でリースの短剣が俺の腹部へとグサリ。
そしてその結果。
「ごめんねー。まさか当たっちゃうとは思わなくてさー……」
こうしてリースに回復魔術をかけて貰う羽目になってしまった。いてえ……。
「でもどーして避けなかったの? あんなに早く動けるならよゆーでしょ?」
「それがどうも頭の中でイメージが固まってないと上手く動けないみたいでな……」
だから背後を取った瞬間に俺の動きは完全に固まってしまった。
「んーなるほどなるほど。きっとそれはけーけんぶそくだねー」
「経験不足……確かにそうだな」
殴り合いの経験もほとんど無ければ、この世界に来てからも大体ワンパンで沈む程度の奴しか相手していない。リースのような戦闘民族レベルを相手にした戦いの経験が不足しているのは間違いない。
「どんなじょーきょーでどーゆーふーに動くか。選択肢の多さも正解を選ぶ確率も選ぶまでの時間もけーけんを積めば多く、高く、短くなっていくからねー」
「なるほどなぁ」
ゲームによく使われる経験値。なんで敵を倒しただけで強くなるのか少し疑問だったが、そういう意味ならば少しだけ理解出来た。
「でさでさ、手っ取り早くけーけん積める方法があるんだけど、やってみる?」
「それは願ってもない話だな。ぜひ頼む」
「ふふふーそっかそっかー」
一瞬、ゾクリとするような笑みを浮かべるリース。
そして再び両腰の短剣を抜くと。
「やっぱり実戦が一番だよねー。あ、でも勘違いしないでよね? キミが一瞬ボクよりつよそーに見えて焦っちゃったことに対する腹いせとかじゃないよ? あくまで訓練だからね?」
明らかに訓練以外の他意がありますよね……とは口に出さないでおく。
とにかく実戦が一番だというのには同意する。
だから俺も腹を決め、ここは男らしく。
「――俺が怪我した時は、また回復魔術を頼む」
と、依頼人側だから許されるであろうお願いをして、リースとの戦闘訓練を再開したのだった。
私情が先行してしまった結果、自分で自分の首を締める依頼を受け、最終的に上司に止められるという散々なものだった。
これは全て俺の勝手な行動と、能力不足がもたらしたこと。
行動に関しては今後慎むことにして、問題なのは能力不足の方だ。
『この”イーノレカ”もトップギルド入り目指しているもの――』
シエラさんが俺達を下請けに勧誘してきた時、ファルが言った言葉。
この言葉がファルの目標だとするならば、今の俺では力になれない。会社の、上司の力になれない。居ても居なくても変わらない。それは俺にとっては一番堪えることだ。
だから俺は強くならなければならない。
そして強くなる為に、この研修合宿の合間にリースに鍛えて貰えるようファルに頼み込んでロイヤルブラッドへ依頼を出して貰った。
経費が掛かっている分、しっかりと成果を挙げたいところ――ではあるのだが。
「く、くそっ……!」
「はいざんねーん。これでまたボクの勝ちだねー」
リースの攻撃を堪えきれずに膝を付くと、勝ち誇った笑みを浮かべながらリースが言う。
どうしても速さを捉えきれない。何もすることが出来ず一方的にただ攻撃をくらう……そんなことをこれで3回も繰り返したことになる。
「にしてもー……キミってほんと不思議だねー」
立ち上がった俺の頭のてっぺんから足のつま先まで、何度も視線を往復させながら呟くリース。
「不思議って何がだ?」
「んー弱くないのに強くないところ?」
……それって普通ってことだろうか。言葉の意味がよくわからない。
「ほらキミって今日1日中穴掘って埋めたりする変なことばっかしてたじゃん? けど他の人みたいに、ぐでーってなってないし。ボクの攻撃ぼこすか受けてもすぐ立ち上がってくるし、ふつーに考えたらボクよりちょっと弱いかなー程度だと思うんだけど……うーん」
顎に人差し指を当て、あざとく首を傾げながら考え込む。
弱くないのに強くない……おそらくリースが言いたいのは。
「戦い方がなってない、ってことか?」
「おぉ! そーだよそれそれ! キミって動きがしろーとさんなんだよ!」
動きが素人臭いというのは前にファルにも言われたな……実際素人だから何も間違ってはないけども。
「じゃーまずは自分の身体の動かし方からだねっ」
「……さすがに身体ぐらいは普通に動かせるぞ」
「ほんとに? じゃちょっと両腕を水平にぴーんと伸ばしてみて」
言われた通りに水平に伸ばす。うん、完璧だ。
「じゃー次垂直」
今度は真上に伸ばす。
「今度は水平と垂直のちょーど真ん中」
斜め45°の位置へと伸ばす。
「もっかい水平。次垂直。今度は斜め。で水平。垂直。斜め。もっかい斜めで今度は垂直から水平――はいすとっぷー。ほら、ここちょっとズレてる」
言われて見てみると確かに下寄りに少しズレている。
一つ一つの動作は問題なかったようだが、指示が早くなったり順番が入れ替わったりするとどうしても混乱してしまうみたいだ。
「これはキミが自分の身体をちゃんと制御出来てないってことだね。戦いだとけっこー致命的だよ?」
なるほど。自分の腕さえ自分の思う様に制御できないのでは身体を動かせるうちには入らないってことか。
「けど逆に言えばそれさえできればイメージどーりに動けるよーになるよ。例えば――」
突然目の前にいたリースが消えたかと思うと、遠くの方で「やっほー」と手を振っているのが見えた。そしてまた消えたかと思ったら今度は目の前に現れて。
「と、まーこんなふーにねっ」
「いや無理だろ」
冷静に突っ込んだ。どこの戦闘民族だ。
「えー? キミも出来ると思うんだけどなー」
「いや、それは買いかぶり過ぎだ」
「そっかな? 一度でいーからちょっと試してみてよ。自分がどー動くのかしっかりとそーぞーしてさ」
今はこちらが研修を受ける立場にある。講師の言うことには逆らえない。
俺にあんな動きが出来るとは思えないが……ええと大事なのは身体の制御とイメージか。
身体の制御はまだ訓練不足なので不完全。だったら代わりにイメージを膨らませよう。せっかくなのでバトル漫画でよく見かける超高速で相手の背後を取って「後ろだ」ってやつの動きを目指してみるか。
ここから正面にいるリースの背後を取るには斜め移動を含めるなら斜め前方からの斜め前方への最低二手。直線直角的な動きであれば横、前、横の三手。超高速移動を目指すのだから今回は前者を選ぼう。シュッと飛ぶように右斜め前方に出て、シャッと左斜め移動しながら背後に付く。
…………よし、超高速で背後を取るためにイメージは固まった。あとは実践だ。
――いくぞ。
「ねーはやく試してみて――ってあれっ?」
…………………………まじかよ。
俺は自分の身に起こったことが信じられなかった。
目の前には俺を探しているのか、きょろきょろと左右に首を振るリースの後ろ姿が見える。リースがくるりと俺に背中を向けた訳ではないのは、周りの風景と俺の立ち位置が変わっていることからわかる。
つまり俺はバトル漫画でお馴染みの「後ろだ」を実践できてしまったことになる。
「うおわっ!? い、いつのまに!?」
背後の俺に気が付いたリースが飛び上がるように驚く。
「あー……まぁついさっき……かな」
「…………もっかいやってくれないかな。ボク、さっき瞬きしちゃってたみたいだから」
「お、おう」
妙な迫力に押され、思わず頷いてしまう。
まぁ俺としてももう一度確認しておきたかったから丁度いい。さっきの感じでもう一度イメージして……よしっ――と、行動を開始した次の瞬間には、もうリースの後ろ姿が見えていた。
「っ!」
慌てて背後を振り向くリース。
いつものように愛嬌を感じる表情ではなく、どこか悔しそうに見える。
「……今の…………見えなかったんだけど……」
「そ、そうか。まぁ俺もお前の速さを捉えきれないからお相子ってことで……」
何か不穏な空気を感じ取ってしまった俺はどうにか穏便な方向になるようにと誘導してみる。
「ボクと勝負して。手加減なしの、本気の。ボクも本気でいくから」
どうやら無駄だったらしい。既にリースは腰の剣を2本とも抜いている。講師の命令とあれば仕方ないし……俺も自分の力を少し確かめておきたい。
「わかった」
俺の動きを捉えきれなかったというリース。力に目覚めたっぽい今の俺なら、例の捨て身戦法を取らなくても勝てるという予感がある。
そしてその予感は――。
「ぐべあっ!?」
気のせいでした。
最初はよかった。イメージ通りにリースの背後へと回り込んだ。けどその後にどうするかを考えていなかった。次はどう動こうかをイメージしている途中でリースの短剣が俺の腹部へとグサリ。
そしてその結果。
「ごめんねー。まさか当たっちゃうとは思わなくてさー……」
こうしてリースに回復魔術をかけて貰う羽目になってしまった。いてえ……。
「でもどーして避けなかったの? あんなに早く動けるならよゆーでしょ?」
「それがどうも頭の中でイメージが固まってないと上手く動けないみたいでな……」
だから背後を取った瞬間に俺の動きは完全に固まってしまった。
「んーなるほどなるほど。きっとそれはけーけんぶそくだねー」
「経験不足……確かにそうだな」
殴り合いの経験もほとんど無ければ、この世界に来てからも大体ワンパンで沈む程度の奴しか相手していない。リースのような戦闘民族レベルを相手にした戦いの経験が不足しているのは間違いない。
「どんなじょーきょーでどーゆーふーに動くか。選択肢の多さも正解を選ぶ確率も選ぶまでの時間もけーけんを積めば多く、高く、短くなっていくからねー」
「なるほどなぁ」
ゲームによく使われる経験値。なんで敵を倒しただけで強くなるのか少し疑問だったが、そういう意味ならば少しだけ理解出来た。
「でさでさ、手っ取り早くけーけん積める方法があるんだけど、やってみる?」
「それは願ってもない話だな。ぜひ頼む」
「ふふふーそっかそっかー」
一瞬、ゾクリとするような笑みを浮かべるリース。
そして再び両腰の短剣を抜くと。
「やっぱり実戦が一番だよねー。あ、でも勘違いしないでよね? キミが一瞬ボクよりつよそーに見えて焦っちゃったことに対する腹いせとかじゃないよ? あくまで訓練だからね?」
明らかに訓練以外の他意がありますよね……とは口に出さないでおく。
とにかく実戦が一番だというのには同意する。
だから俺も腹を決め、ここは男らしく。
「――俺が怪我した時は、また回復魔術を頼む」
と、依頼人側だから許されるであろうお願いをして、リースとの戦闘訓練を再開したのだった。
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