あなたとぼくと空に住むひと

シラサキケージロウ

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茂川先生と私

茂川先生と私 その2

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 3限目の講義が終わったのが十四時半で、それから私は茂川先生の研究室へ向かった。

 2号館の17階までエレベーターで上り、降りたところから左へ伸びる通路を行けば、茂川先生の研究室の扉が見えてくる。表札などは掛けられていないのだが、扉にはゾウキリンというキャラクターのステッカーが貼られているのですぐにわかる。

 ゾウキリンとは新座のマスコットキャラクターである。のっぺりとした顔のゾウを、キリンのカラーで塗った珍妙なデザインをしており、その出自は全くの不明らしい。新座市に住む者以外からの知名度と人気は恐ろしく低く、くまモン辺りの一千分の一にも満たないであろう。

 扉を二度ノックしてから部屋に入ると、まず目に付いたのは部屋の半分以上の面積を占めるほど巨大な町のミニチュアであった。考えるまでもなく、新座をモデルとしたものであろう。ひと月ほど前に来たときはこのようなものは無かったはずなのに、いったいどこから持ち込んだのだろうか。そもそも、そこまで貰っていないはずの准教授の給料で、どうやってこんな高そうな物を購入したのだろうか。

 訝しげに思っていると、茂川先生が私の隣に立って「すごいだろう」と胸を張った。

「新座の模型なんだ。高かったんだぞ」
「まさか、これを買うために消費者金融から大金を借り入れたわけじゃないでしょうね」
「なんのための独身貴族だと思ってるんだい。このくらいなら屁でもないさ」

 茂川先生は部屋の隅から引っ張り出してきた折り畳み式のパイプ椅子をミニチュアの前に広げて、そこへ座るよう私に勧めた。お言葉に甘えてそこへ座り、小さな新座の中から自分の家を発見しようと頑張っていると、先生が私の隣に椅子を並べて腰掛けた。

「それにしても驚いたよ。まさか本当に在原くんが来てくれると思わなかったから」
「色々ありまして、新座浮遊の秘密を探らなくちゃならないんです」
「女の子絡みかい?」

「そんなところです」と答えると、茂川先生はからかうような笑顔を浮かべた。私はそんな先生のにやけ面をなるべく視界に入れないように努めた。

「さあ、早くその仮説とやらを聞かせてください」
「せっかちだなあ。女の子に嫌われるよ」
「帰りますよ」
「待って。わかった、わかったから」

 牽制のつもりで腰を浮かせた私の腕を茂川先生は強く掴んだ。渋々という感じを匂わせつつ、私が再び椅子に腰を落ち着けると、先生はなんとしても逃がさないよう保険をかけたいのか、棚からカステラを引っ張り出して、そのうちの一切れを私に差し出した。買収されているような感じが嫌で、私はそれを一度断ったが、先生が「どうしても」と言って中々本題に入ろうとしないものだから、なし崩し的に一口食べた。

 そこでようやくほっとしたのか、ふと立ち上がった茂川先生は新座のミニチュアを見下ろしながら語り出した。


「曰く、新座は切り分けられたカステラを皿に乗せて持ち上げるかの如く、すました顔で空へと浮かび上がったらしい。過去六十年、様々な学者がこの謎に挑み、そして破れてきた。それは何故か? 簡単なことだ。彼らは四六時中、下を向いてばかりいた。かつて新座があった場所に何か特殊な地場が発生しているのではないかと、あるいは地球から斥力が発生しているのではないかと、彼らはこぞってあの大穴を探索した。しかし、彼らは何の成果も得られなかった。それどころか、自分たちの無能を棚に上げて、〝あればかりは神のいたずらと呼ばざるを得ない〟だなんてカッコつけたことを言って、新座浮遊の謎解明を諦めた。まったく嘆かわしいことだ。そもそも、彼らは見るべき方向を間違っていたというのに。神はいつだって上を向く者を応援するというのに!」


 さながら、アジア人初のアメリカ大統領に就任したかのような熱い演説はまだまだ続きそうだったが、これ以上は特に聞きたいとも思わなかったため、私はぴしっと挙手をした上で「結論はまだでしょうか」と発言した。

 先生はめげずに人差し指を天に向けて立て、自信ありげに微笑んだ。

「つまり、必要なのはコペルニクス的転回なわけさ。在原くん、僕たちは上を向くだけでいい」
「ですから、結論を」
「新座は地面から浮いているわけじゃない。空の上から引っ張られてるんだ」
「馬鹿なこと言ってる」という言葉を、私は辛うじて呑み込んだ。
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