あなたとぼくと空に住むひと

シラサキケージロウ

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郡司さんと私

郡司さんと私 その5

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 立教大学を抜け出した私は、ゾウキリンを自転車のカゴに入れて必死にペダルを漕いだ。早いところ彼を引き渡してしまおうと、自転車を運転しながら茂川先生に電話を掛けると、通話はすぐに繋がった。

「もしもし、茂川先生ですね。いま大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど……ずいぶん息を切らして、どうしたんだい」
「心配ありません。それよりも、実は先ほどゾウキリンを見つけましてね。先生にお任せしようかと思いまして」
「ほ、本当かい?! すぐに行くよ!」
「そうして頂けると助かります。なにせ、彼を追っているふたり組から逃げているところでして」
「そんな。僕たち以外にゾウキリンを狙っている組織でもあるのかい?」
「組織というわけではありませんが、少々手ごわい相手なのは事実です。とにかくお早く。私の家でお待ちしています」

 それだけ言って通話を切った私は、ペダルを踏み込む足に一層の力を込めた。家に着くまで自転車を走らせる間、幸いなことに背後から郡司氏やアマメが追いかけてくることはなかった。

 私が家に着いたのと、茂川先生が家まで迎えにやってきたのはほとんど同じタイミングだった。私はゾウキリンを抱えたまま、先生の運転するデロリアンに乗り込んだ。

 車が宙に浮かび上がったところで、ようやく私は落ち着いてほっと胸を撫で下ろした。

「これから早速佐和田さんのところへ行って、ゾウキリンを返してあげることにしよう。構わないよね?」
「ええ、もちろん。この子は彼女の子どものようなものですからね」

 茂川先生は「そうだね」と言ってゾウキリンの頭をそっと撫でる。

「それにしても、在原くんはどこでゾウキリンを見つけたんだい?」
「立教大学のキャンパスです。まさかいるとは思っていませんでしたが」
「そんなところにいたのか。今さらながら、この町も結構広いものだね」
「ですねえ。長いことこの町にいる私でさえ、通ったことのない道だってまだ数多くあるのですから」

 私は窓からぼんやり新座を見下ろした。そのうちに私は、家々の中にアンリの屋根を見つけた。私の心に〝ホワイトデー〟という憂鬱な言葉がぱっと浮かび上がり、私は思わずため息を吐いた。

「どうしたんだい、ため息なんて吐いて」
「いえ……それが、ホワイトデーのお返しをまだ用意出来ていなくて」
「そりゃ大変だ。なにか考えはあるのかい?」
「彼女は新座浮遊について大変興味のある人でしてね。だから、浮遊の原因について何かわかればそれをと思ったのですが」
「それは今からじゃ無理な話だね。他に候補は?」
「わかりません。ですが彼女からは、〝心のこもっているものを〟と」
「なら、それでいいじゃないか。彼女が新座以外に好きなものは?」
「楽しいことなら、なんでも」
「それなら一緒に街へ遊びに出かければいい。映画を観たり、カラオケに行ったり、ゲームセンターに行ったり。それで、帰りは一緒に食事に行く。それだけでいいじゃないか」
「そんなものですかね」
「そんなものさ。君は若いんだ。考えすぎないでいい」

 茂川先生は自信ありげにそう言った。いつもはへっぽこな面が目立ち、頼りないと思われがちな先生も、今日ばかりは頼りがいのある大人に見えた。





 結局、私は佐和田さんの家に行く道中で引き返し、アンリの前で下ろしてもらった。茂川先生のアドバイス通り、明日のホワイトデーに青前さんを映画へ誘うためである。

 ちょうど昼の頃ということもあり、店内はそれなりに混み合っていた。空いているカウンター席に座った私は、あまりの緊張のせいか、水を注いだグラスを運んできてくれた青前さんに「景気はどうですか」などと調子はずれなことを聞いてしまった。

「なにそれ。どしたのナリヒラくん。体調でも悪いの?」
「いえ。ただなんとなく緊張してまして」
「緊張? なにさそれ」
「お伝えしなければならないことがありましてね」

 私はグラスの水を一気に飲み干した。胃の底に水が落ちると同時に、不思議と勇気が込み上げてきた。

「青前さん、ホワイトデーのお返しなのですが、どうしても貴女が本当に欲しいものを用意することは出来そうにありません」
「いいよ、そんなの。それで、代わりになにくれるの?」
「よろしければ、一緒に遊びに行きませんか? その……楽しいことを探しに」

 私の誘いに青前さんは数度目をぱちくりさせた。まるで、私の言葉が理解出来ていないかのような仕草であった。私が「青前さん」と彼女のエプロンを引くと、彼女は目が覚めたかのようにハッとして「ゴメンゴメン」と赤く染まった自らの頬を人差し指で掻いた。

「いいよ、行こうよ。そういうお返し、スッゴイいいと思うよ」
「それはよかった。ホッとしました。では、明日の十時にお迎えに上がります」

 それから私はいつものようにオムライスとコーヒーを注文した。料理が運ばれてくるのを待つ最中、ふらりと席を立った顔なじみの常連客がかわるがわるに私の肩をバシバシと叩いていった。

「手ぇ出すなよ」「手くらい握れよ」「男はオオカミだからな」「いいやトラだぞ」「草食系なんて逆に古いぞ」

 などと、半笑いで好き勝手なことを散々言った彼らは、なんのつもりなのか私のポケットに小銭をねじ込んでいった。もちろんそれらは一円残らず、彼らの元にお返しした。
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