あなたとぼくと空に住むひと

シラサキケージロウ

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青前さんと僕

青前さんと僕 その8

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 私がただ黙って事の成り行きを見守っていたのは、当初から「そうしよう」と決めていた以上の理由があった。

 私は青前さんに見惚れていたのだ。

 まったく臆せず郡司氏に啖呵を切る青前さんに。小学生並みの暴言を並べ立てる青前さんに。彼に平手打ちを浴びせる青前さんに。自らの目論見がまるっと当たってけたけたと笑いだす青前さんに。

 彼女の一挙手一投足は魅力に溢れ、きらきらとしていて非常に眩しい。彼女の笑顔はちらりと視界に映るだけでドキドキするので見ていられない。なのにどうしても見てしまう。

 そうだ。私は彼女に惚れていた。彼女と出会ったのがいつの話なのかは覚えていないが、きっと出会った時から惚れていたに違いない。

 だというのに私は、秘めた恋心を誰にも見られないように心の奥底にしまってきた。彼女が〝青前さん〟になった日以来、ずっと。恥ずかしかったというのもあるが、何より彼女との関係が壊れるのが怖かったのだ。

 しかし、こうなるともうダメだ。私の心すべてはいま、青前さんの比類なき魅力により桜色に塗りつぶされた。完成品の恋心だ。

 私は今日まで青前さんが好きだった。つい先ほどから、私は青前さんが大好きになった。これからはもっと彼女が好きになるだろうと、私は根拠も無く確信している。





 郡司氏と共にピラミッドから降りてきた青前さんを「お疲れ様です」と出迎えた私は、彼女の両肩に手を置いた。驚いた彼女はぎょっとした顔つきで固まり私を凝視し、郡司氏の方は怪訝そうな顔で私を見た。

「どうした、ユキヒト」
「これから彼女に大事なことを話します。郡司さんは少し席を外すか、遠巻きに眺めて頂けると幸いです」

 私の顔を見た郡司氏は察してくれたらしく、口角を吊り上げ微笑むと、「勝手にしろ」とだけ言って倉庫を出て行った。少し寂しくもどこか嬉しそうな彼の背中に「ありがとうございます」と礼を述べた私は、改めて青前さんをじっと見た。

「急に申し訳ありません。青前さん、話があるのです」
「……な、ナリヒラくん。突然どしたの?」
「この心をもう隠してはおけないことに気が付きました。私は貴女が好きです」

 突然の告白に「ぶは」と咳き込んだ青前さんは、反射的に私の頭を平手で叩いた。しかしこの程度では怯みすらしない。何せ、二十年近く拗らせ続けた恋心だ。今の私はたとえ弾道ミサイルを前にしたところで止まらないだろう。

「私は貴女の全てが好きなのです。ずっとずっと昔から。それを隠し続けてきたのは、私達の関係が崩れるのではないかと恐れたからです。しかし、もう限界です。この心を隠して生きることなどできません。青前さん、私は貴女が好きです。大好きなのです。こんな私で良ければ、お付き合いして頂けませんか」

 一字一句発音するたび、青前さんは顔の赤みを強くしていく。しかし私もそれは同じだ。顔が熱くて堪らない。いやそれどころか、頭のてっぺんからつま先まで溶鉱炉に放り込まれたように熱い。

 それにしても、人に好きと伝えることがこんなにも恥ずかしく、こんなにもどきどきして、そしてこんなにも素敵だとは考えてもいなかった。これを味わうだけのために、悪戯に〝好き〟を繰り返したいと思うほどだが、私の〝好き〟は青前さんのためにある。今はこれ以上、必要ない。

 トマトのように顔を赤くした青前さんは、まんじりと私を睨みつけていた瞳をふと下へ向けた。そのまま何やらぶつぶつ呟き始めた彼女は、おもむろに私の肩をぽこぽこと殴り始めた。微塵も痛くないどころか、ある種の心地よさすら感じた。

 それから少しして、私の右肩に幾度とぶつけていた右拳をぴたりと止めた青前さんは、私の胸に額を当てた。世界一優しい頭突きであった。

「……本当だよね、ナリヒラくん」
「疑うのならば、証明のためにもう一度言いましょうか。青前さん、私は貴女が――」
「もーいいってばぁっ!」

 青前さんは私の胸に額を当てたまま、上目遣いでこちらを見上げた。ちらりと見えた彼女の瞳は僅かに涙で濡れていた。

「……ナリヒラくん。その……なんて答えればいいのかわかんないけど、とにかく、あたしにも一言だけ言わせて」
「構いません。どんな答えでも」
「……ナリヒラくん、あたしだってさ――」

 その時、青前さんの言葉を遮るように私の携帯が鳴り響いた。電話を掛けてきたのは誰だかわからないが、こんな大事な時に電話を掛けてくるなんてどうせろくな相手ではない。

 胸ポケットから携帯を取り出した私は、着信相手すら見ずにそれを床に叩きつけようとしたが、直前のところで青前さんがその行動を「出ていいから!」と止めてくれた。

 本当は出なくてもいいのだが、彼女が言うのならば話は別だ。私は「申し訳ありません」と一礼し通話を繋げた。聞こえてきたのは茂川先生の声だった。

「在原くん! 大変なんだよ!」
「私だって立て込んでいるのです。では、また後ほど」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 本当に大変なんだってば!」
「わかりましたよ、わかりました。一体何が起きたというのですか」
「実は、佐和田さんについてなんだけど――」
「待ってください。恋愛相談でしたらする相手を間違っていますよ」
「そういうんじゃないんだって!」

 佐和田さんに何が起きたのかは知らないが、告白の行方を放置しておくことの方が私にとっては死活問題だ。とにかく一秒でも早くこの電話を切ってしまおうと、私が先生を適当にあしらっていると、車同士が正面衝突したかのような暴力的な音が倉庫の壁を揺らした。驚いた私が青前さんと顔を見合わせていると、外に市内放送が流れているのが聞こえた。話しているのはなんと佐和田さんであった。


「新座市民の諸君、落ち着いて聞いて欲しい。先ほど、大きな音が聞こえたと思う。あれは爆弾が爆発した音だ。信じられないかもしれないが、先の爆発では怪我人が出ていないことは保証するから、一応は心配しないで欲しい。……さて、ここからが重要でね。先ほど爆発した爆弾の威力をおよそ千倍にした爆弾が、この町のどこかに仕掛けられている。爆発は三時間後だ。是非とも逃げて欲しい。繰り返す。爆発は三時間後だ。三時間後に、この天空のまちは消えて無くなる」


 佐和田さんの放送が終わると同時に、携帯の受話器から茂川先生が悲しそうに息を吐く音が聞こえてきた。

「……説明するまでもなかったね。彼女、本気だ」
「どうやらそのようですね。茂川先生、佐和田さんを止めましょう。彼女が新座を爆破しようとする理由はわかりませんが、会って話せば、きっとわかってくれるはずです」

 それから私達は佐和田さんの家で一旦合流することを決めて、手短に通話を終えた。今の彼女を救えるのは、私達しかいないと思った。

 私は大きく深呼吸して覚悟を決めると、青前さんの手をきゅっと握った。

「青前さん、申し訳ありません。今日の話はまた後でということで、今は一刻も早くここから逃げてください」
「……ナリヒラくんはどうするのさ」
「私は会わなければならない人がいますので、一緒には逃げられません。でも大丈夫。必ず戻ってきますから」
「だったら、あたしアンリで待ってるから」
「そ、それは困ります! 逃げて頂かないと――」
「だって、必ず戻ってきてくれるんでしょ? なら別にいいじゃん」

 言い返す言葉が見つからなかった。非の打ち所がない正論によって言い負かされたというのもあるが、何より私は昔から、本気になった彼女の瞳に逆らえないのだ。
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