あなたとぼくと空に住むひと

シラサキケージロウ

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青前さんと僕

青前さんと僕 その11

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「鬼鹿毛っ! 新座の端まで連れてってくれっ!」

 私の声に応えるように、鬼鹿毛は走る速度を一段と上げる。見る見るうちに景色が変わり、あっという間に平林寺を抜ける。

 新座の市役所、薄汚れたドンペン、青前さんと共に自転車で駆け抜けた川越街道――。慣れ親しんだ景色が目に映るたび、私の中にこの町の思い出が蘇ってくる。

 私はこの町が好きだ。この町に住む人が好きだ。そして何より青前さんが大好きだ。だから何も失いたくない。だから私が犠牲にならなければならない。

 最早、迷いなどという軟弱な感情は私の中には欠片も存在しない。しかし多大な後悔はある。ひとつ、告白の行方を見届けられなかった。もうひとつ、青前さんとの約束を果たせなかった。

 青前さん、貴女には謝っても謝り切れません。しかし、これより他に方法がないのです。新座を救い、貴女を救うためには、私が犠牲にならねばならないのです。よろしければまた次の命でお会いしましょう。次は何に産まれるかまだわかりませんが、私は必ずこの地を目指しますから。たとえゾウキリンに生まれたって、気合で翼を生やしてやりますから。

 やがて新座を囲む高い壁が見えてくる。あれを超えれば私を待つのはどこまでも限りなく広がる青い空だ。そこを真っ直ぐ落ちていけば、新座の穴が口を広げて待っている。あの穴ならば爆弾が爆発しても多少の被害が出る程度で収まるであろう。

 私は鬼鹿毛のたてがみを引っ張り、「私を新座の外に投げ出すんだ!」と命令した。私の覚悟を感じ取ったのか、彼は小さく肯定するように鳴いた。

 フェンスまで残り10mというところで、鬼鹿毛は前脚に急ブレーキを掛けた。慣性を受けた後ろ足が大きく跳ね上がり、その反動で私はさながら投石器に乗せられる大岩のように鬼鹿毛の背から射出された。

 風を切る音だけが聞こえる。空がどんどん近づいていく。既に新座を囲む壁は超えている。後は眼下に口を開いて待っているあの大穴に目がけて落ちていくだけだ。

 勢いが弱り上昇が止まる。推進力を失った身体が落下を始める。私は固く目を閉じて、新座の思い出へ心中で別れを告げた。

 さようなら茂川先生。さようなら佐和田さん。さようなら郡司さん。さようならアマメ。さようなら父さん、母さん。さようなら、青前さん。

 私の短い人生は貴方達のおかげで、あまりに楽しかった。
「――なぁに思い出にひたってんのさっ! このバカっ!」

 こんな空では聞こえるはずのない声が聞こえる。白昼夢にしておくには現実感がありすぎる。しかし現実にしておくには現実感が無さすぎる。

 私は目を見開いた。目の前にいるのは私に向かって手を伸ばす青前さんであった。

「あ、青前さんっ! お店で待つと約束したじゃないですか!」
「ナリヒラくんこそ! 必ず帰ってくるって約束したでしょっ!」
「すいません! しかし、緊急事態だったのです!」
「そんなの知るもんかっ! 帰ったら許さないんだからねっ!」

 彼女は私の腕を掴むと、強引に自分の方へ抱き寄せた。それと同時に落下速度が徐々に緩んで、ついに私達は空中で浮遊した。

 仰向けに転がる私の背にはひんやりとした感触が、眼前には青前さんの顔が、さらに遠くの空を見てみると、新座から私のいる場所まで白くて長い道が伸びているのが見えた。その道を全力で駆けてくる影があって、それが鬼鹿毛を操る郡司氏であるとわかったのはすぐのことだった。

「ユキヒトっ、ユリっ! 今行くぞっ!」

 事態が二転三転として、何が何やらわけがわからない。ただでさえ混乱しているというのに、私の身体に巻いていた爆弾ベルトを取り外し、それを頭上に掲げて太陽の光に透かすようにして見始めたのがアマメだったので私はさらに混乱した。

「……どうなってるんだ、これは」
「こうなってるんだよ、お兄さん。それより、これはひとつ貸しだからね。大きいよ、これは」

 そう言って微笑んだアマメは空高く爆弾を放った。次の瞬間、視界の端から〝かしらなし〟の頭がにゅっと現れ、それを丸ごと呑み込んだ。

 呆気に取られる私は、青前さん、アマメと共に横からの衝撃にさらわれる。鬼鹿毛に乗って走り込んできた郡司氏が、私達の身体を三人纏めて左腕だけで抱え上げたのだ。

「相変わらずの馬鹿力ね、長勝」
「喋るなアマメっ! ここから先は全速力だっ!」
「へえ。わたしの名前、憶えてたんだ」
「……黙れっ!」

 鬼鹿毛は私達を乗せたまま、白い坂道を全力で駆け上る。四人も乗っているというのに、彼からはそれを苦にする様子は微塵も感じられない。

 ふと背後を見ると、白い道が〝かしらなし〟の頭部まで繋がっている。そこまできて私は、道だと思っていたものが彼の身体だということにようやく気が付いた。

 坂道を駆け上り、鬼鹿毛が着地したのは柳瀬川の土手であった。彼の背中から降りると同時に下の方から小さな爆発音が聞こえる。ぎょっと身体を竦めていると、私の眼前に白い何かがぽとりと落ちてきた。よく見るとそれは、何千分の一まで身体が縮んだあまりに小さな〝かしらなし〟であった。

「カッシー、ずいぶん小さくなっちゃったねぇ」とアマメは言った。黒い煙をけほけほと吐き出したかしらなしは、自らの健常をアピールするように立派なとぐろを巻いた。

「まあ、そのうち大きくなるからいいよね」

 何が起きたのかはわからないが、とにもかくにも助かった。私にそれを教えてくれたのは、強い力を込めて私の身体を抱きしめる青前さんの両腕だった。
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