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第3話 ずっと側にいて
ずっと側にいて その1
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夢から醒めると、なぜか自分が自分でなくなる気がする。初恋の人が出てきた夢を見た後だとなおさらだ。これはいったいどうしてか。
たとえば、夢の中ですら初恋の人に思いの丈を打ち明けられない不甲斐ない己を受け入れられないためだろうか。それとも、現実世界へ帰っていく初恋の人の背中をよほど恋しく思うゆえだろうか。あるいは、俺が夢の中だと思っているのが本当の世界で、本当の世界だと思っているのは野に咲く花に群がる蝶が見ている夢だからなのだろうか。
それらのどれもが正しい気がするし、それと同時に間違っている気もする。実際のところの理由はわからん。
わかることはただひとつ。俺は源尾にめっぽう惚れているということばかりだ。
〇
『2045』の扉を開けると、店の様相がガラリと変わっていた。
レトロな椅子やテーブルは消え、籐椅子とプラスチック製の透明なテーブルに置き換わっている。レコードプレーヤーの代わりに設置されたラジカセからは、沖縄民謡風音楽がゆらりと流れる。壁際の本棚の代打を務めるのは白いサーフボード。店の壁はハイビスカスの花輪やら、ヤシの実を半分に割って作ったお面やら、「海一番」と書かれたペナントやら、騒がしい小物で飾られている。急に夏仕様だ。「なんじゃこら」と呟きつつ一歩踏み出すと、涼しげな水色のラグマットが床に敷かれていることに気づいた。
とりあえず空いている手近な席に腰掛けると、「いらっしゃい」という声がキッチンの奥から聞こえてくる。いつもの水島嬢の声ではなく、大藪さんの声だ。
大藪さんとは『2045』にいる店員風の存在である。立派なひげを蓄えた大柄のたくましい男性であり、水島嬢と同じようにコーヒーを振る舞ったりカップを磨いたりしている姿を時々見るが、これまた水島嬢と同じように正式な店員ではない。
誰から聞いた話か忘れたが、大藪さんは親戚が経営を投げ出したこの喫茶店を趣味で勝手に切り盛りしているらしい。趣味なのだから、もちろん彼の懐に入るお金はゼロ、ないしはマイナス。だというのに彼が何不自由なくのんびりと暮らしていけるのは、保有する資産を運用するだけで人生を七回遊んで暮らせるほど彼が大富豪だからだという。羨ましい限りだ。
席に座って待っていると、大藪さんがアイスコーヒーのグラスを片手にやって来た。その顔に浮かんだ人畜無害そうな笑みからは、人生の勝者としての余裕が見え隠れしている。
「やあ、伊瀬冬くん。よく来たね」と大藪さんはコーヒーをテーブルに置きながら言った。大藪さんの用意するアイスコーヒーは水島嬢と比べて氷が少ないのが特徴である。しかし残念なことに、彼の淹れるコーヒーもまた色のついたカフェイン水で、つまるところは味が無い。
「どうも。店に出るのは久しぶりじゃないですか?」
「そんなことないさ。ほんの三日ぶりだよ。伊瀬冬くんは知らないかもしれないけどね」
そう言うと大藪さんは店の内装をぐるりと眺め回し、さらに続ける。
「それにしても、どうだい。ガラリと雰囲気を変えてみたんだ。ずばりテーマは海の家。悪かないだろう」
「……水島嬢、レトロであることこそ喫茶店とか言ってたから、たぶん後で怒られますよ」
「大丈夫。昨日、たっぷり怒られた」
「だから今日は店に顔を出してないんですか」
「いや、ちょっとした用事でね。本業、というべきかな」
本業というと学校行事か、そうでなければ友人と遊びに行っているのだろう。ここの店員として振る舞う時は大人びた態度で無闇に客を翻弄しようとするが、水島嬢もやはりまだまだ小学生。元気いっぱいの子どもである。
「お子ちゃまめが」と小さく呟いたその時、真鍮製のベルが鳴り、店の扉がゆっくりと開いた。現れたのは鹿間と江村である。鹿間の方は早々に店の内装を見て顔をしかめ、「うわ」と呟く。江村も似たような顔をしていたが、こちらは鹿間と違ってなにも言わなかった。
「いらっしゃい、鹿間さんに江村さん。調子はどうだい?」
「それよりも……なんですか、この内装は」
「海の家だよ。悪かないだろう」
「悪いですよ。よくやりましたね、こんな時にこんなくだらないこと」
「こんな時だからこそくだらないことをやるんだよ。じゃなきゃ、胃が潰れそうだ」
キッチンに戻った大藪さんは、手早くコーヒーを用意しながら「適当に座ってよ」と鹿間達に言う。呆れたように首を振った鹿間は俺の正面に座り、江村は定位置である窓際の席を選んで座った。
「大藪さんにも参りますね」と鹿間が真面目ぶった口調で言う。
「参るというか、よくやるよな。この模様替え、店閉めた後に昨日やったわけだろ。しかも、恐らくひとりで」
「まあ、ひとりでしょうね。少なくとも私や江村さんは手伝ってないですし、水島さんが手伝うはずがありませんから」
そんなことを話していると、大藪さんが鹿間のぶんのホットコーヒーを俺達の席に持ってやって来た。こんな夏真っ盛りみたいな内装に囲まれながらホットとは、よくやるもんだ。
コーヒーを喉に流し込みながら俺は、昨日見た夢の話を鹿間達に披露するべきか否かを思案していた。ああいった運命的な冒険譚は、自分の胸の中だけに留めておくのが素敵なのではないか。無理して他人と共有するべきものではないのではないか。いやしかし、現実主義で頭が凝り固まった鹿間にロマン主義の啓蒙活動をするのも必要なのではないか。俺と主義を同じくする江村に、話を聞かせてやるのは責務なのではないか。
そういった葛藤の中でうろうろとしていると、「なに変な顔してるんですか」と鹿間から指摘され、俺は反射的に「それがだな」と語りだしてしまった。こうなるともう自分の意思では止められない。俺は昨夜の夢についてひたすらに語って聞かせた。初恋の人との感動の再会に、巨大な中学校城。トラウマに巣食う悪魔的な女と、そいつを俺が退治した話。
鹿間が「また始まったぜこの馬鹿がよ」と言わんばかりのイヤな顔をする一方、江村は話が始まったタイミングで席をこちらへ移してきて、相槌すら打たずにひたすら黙って聞きながら、時折コーヒーをすすっていた。
話が一旦落ち着いたところで、鹿間はコーヒーを不味そうにすすりながら、「終わりですか?」と問うてきた。
「お前次第だ。望むならいくらだって続けられるぞ」
「勘弁してくださいよ。これ以上伊瀬冬さんの話を聞いたら頭がおかしくなりそうだ」
「ロマン主義に改宗すればそれ以上は苦しまずに済むぞ。江村はどうだ。まだ聞きたいか?」
「夢から無事脱出して、めでたしめでたしで終わったんでしょ? もういい」
淡々と言い放った江村は自らの定位置へとするする帰還していく。同志を失って寂しい気持ちになっていると、「いやいや、しかし興味深い話だったね」と大藪さんがキッチンからこちらに声を掛けた。
「そうでしょう。ほら見たか鹿間。やはりお前はマイノリティだ」
「私はもうここで市民権を得るのは諦めました。どうぞご自由に。変な模様替えを敢行した喫茶店の中でメルヘンなお話を存分にして盛り上がってください」
投げやりになる鹿間を「まあまあ」となだめた大藪さんは、白いタオルで食器を拭きながら言った。
「そうトゲトゲしなくたってじゃないか。メルヘンなのも悪くない」
〇
その日も家で学期末テストに向けての勉強をしていると、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。誰かと思いディスプレイを見れば、昨日と同じ電話番号。源尾からだ。気味悪くニヤけつつ電話を取って「もしもし」と言うと、ややあってから「もしもし」と声が返ってきた。夢以上にかわいい声だ。
「昨日はとんでもない大冒険だったな。疲れてないか?」
「うん。大丈夫」と答える源尾の声はやけにしおらしい。というか、ひどく落ち込んだ様子で、電話の向こうでは涙ぐんですらいるように思われる。「どうしたんだよ」と訊ねると、源尾はただただ「ごめんなさい」とだけ言った。
どうにもこれは話を変えた方がよさそうだ。「疲れてるんだな」と笑いながら言って、気にしていないフリをした俺は、「ところで」と会話を繋ぐ。
「源尾、コーヒー好きか」
「うん。嫌いじゃないよ」
「そっか、よかった。もしよければなんだけどさ、今度、会わないか。昨日みたいに夢の中じゃなくて、現実で。行きつけの喫茶店があるんだ」
「……本当なら、私もそうしたい」
「だったら――」
「でも駄目なの。伊瀬冬くんとは会えない。あなたが、〝夢の私〟を救うまでは」
「……どういう意味だ、それ?」
俺の質問に源尾は答えず、黙って口をつぐんでいた。いくら待っても呼吸音以外の音が聞こえてくることはない。源尾の言い分はただの言い訳で、直接会えない特別な事情があるのだろうか。少なくとも、根掘り葉掘り聴けそうにないことは間違いない。
「ごめんなさい、伊瀬冬くん。また夢の中で」
そうして通話は切れてしまった。かけ直す勇気はあいにく湧いてこなかった。
〇
やがて夜も深くなり、いそいそと布団へ潜り込んだ。今日の夜もきっと源尾に会えるだろう。そして、また共にどこかへ出かけるのだろう。これは予想でも期待でもなく確信だ。
それにしても、昼間に掛かってきた源尾からの電話はなんだったのだろうか。いくら考えたところで、手元にある情報が少なすぎて答えが出てこない。しかし、夢の中で直接聞こうとも思えない。難しく考えない方がいいのだろう。解決しないでいい問題だってこの世界にはある。
まぶたで視界が覆われた瞬間、世界が閉じて現実が遠のいていく。
もうひとつの世界は、すぐそこにある。
たとえば、夢の中ですら初恋の人に思いの丈を打ち明けられない不甲斐ない己を受け入れられないためだろうか。それとも、現実世界へ帰っていく初恋の人の背中をよほど恋しく思うゆえだろうか。あるいは、俺が夢の中だと思っているのが本当の世界で、本当の世界だと思っているのは野に咲く花に群がる蝶が見ている夢だからなのだろうか。
それらのどれもが正しい気がするし、それと同時に間違っている気もする。実際のところの理由はわからん。
わかることはただひとつ。俺は源尾にめっぽう惚れているということばかりだ。
〇
『2045』の扉を開けると、店の様相がガラリと変わっていた。
レトロな椅子やテーブルは消え、籐椅子とプラスチック製の透明なテーブルに置き換わっている。レコードプレーヤーの代わりに設置されたラジカセからは、沖縄民謡風音楽がゆらりと流れる。壁際の本棚の代打を務めるのは白いサーフボード。店の壁はハイビスカスの花輪やら、ヤシの実を半分に割って作ったお面やら、「海一番」と書かれたペナントやら、騒がしい小物で飾られている。急に夏仕様だ。「なんじゃこら」と呟きつつ一歩踏み出すと、涼しげな水色のラグマットが床に敷かれていることに気づいた。
とりあえず空いている手近な席に腰掛けると、「いらっしゃい」という声がキッチンの奥から聞こえてくる。いつもの水島嬢の声ではなく、大藪さんの声だ。
大藪さんとは『2045』にいる店員風の存在である。立派なひげを蓄えた大柄のたくましい男性であり、水島嬢と同じようにコーヒーを振る舞ったりカップを磨いたりしている姿を時々見るが、これまた水島嬢と同じように正式な店員ではない。
誰から聞いた話か忘れたが、大藪さんは親戚が経営を投げ出したこの喫茶店を趣味で勝手に切り盛りしているらしい。趣味なのだから、もちろん彼の懐に入るお金はゼロ、ないしはマイナス。だというのに彼が何不自由なくのんびりと暮らしていけるのは、保有する資産を運用するだけで人生を七回遊んで暮らせるほど彼が大富豪だからだという。羨ましい限りだ。
席に座って待っていると、大藪さんがアイスコーヒーのグラスを片手にやって来た。その顔に浮かんだ人畜無害そうな笑みからは、人生の勝者としての余裕が見え隠れしている。
「やあ、伊瀬冬くん。よく来たね」と大藪さんはコーヒーをテーブルに置きながら言った。大藪さんの用意するアイスコーヒーは水島嬢と比べて氷が少ないのが特徴である。しかし残念なことに、彼の淹れるコーヒーもまた色のついたカフェイン水で、つまるところは味が無い。
「どうも。店に出るのは久しぶりじゃないですか?」
「そんなことないさ。ほんの三日ぶりだよ。伊瀬冬くんは知らないかもしれないけどね」
そう言うと大藪さんは店の内装をぐるりと眺め回し、さらに続ける。
「それにしても、どうだい。ガラリと雰囲気を変えてみたんだ。ずばりテーマは海の家。悪かないだろう」
「……水島嬢、レトロであることこそ喫茶店とか言ってたから、たぶん後で怒られますよ」
「大丈夫。昨日、たっぷり怒られた」
「だから今日は店に顔を出してないんですか」
「いや、ちょっとした用事でね。本業、というべきかな」
本業というと学校行事か、そうでなければ友人と遊びに行っているのだろう。ここの店員として振る舞う時は大人びた態度で無闇に客を翻弄しようとするが、水島嬢もやはりまだまだ小学生。元気いっぱいの子どもである。
「お子ちゃまめが」と小さく呟いたその時、真鍮製のベルが鳴り、店の扉がゆっくりと開いた。現れたのは鹿間と江村である。鹿間の方は早々に店の内装を見て顔をしかめ、「うわ」と呟く。江村も似たような顔をしていたが、こちらは鹿間と違ってなにも言わなかった。
「いらっしゃい、鹿間さんに江村さん。調子はどうだい?」
「それよりも……なんですか、この内装は」
「海の家だよ。悪かないだろう」
「悪いですよ。よくやりましたね、こんな時にこんなくだらないこと」
「こんな時だからこそくだらないことをやるんだよ。じゃなきゃ、胃が潰れそうだ」
キッチンに戻った大藪さんは、手早くコーヒーを用意しながら「適当に座ってよ」と鹿間達に言う。呆れたように首を振った鹿間は俺の正面に座り、江村は定位置である窓際の席を選んで座った。
「大藪さんにも参りますね」と鹿間が真面目ぶった口調で言う。
「参るというか、よくやるよな。この模様替え、店閉めた後に昨日やったわけだろ。しかも、恐らくひとりで」
「まあ、ひとりでしょうね。少なくとも私や江村さんは手伝ってないですし、水島さんが手伝うはずがありませんから」
そんなことを話していると、大藪さんが鹿間のぶんのホットコーヒーを俺達の席に持ってやって来た。こんな夏真っ盛りみたいな内装に囲まれながらホットとは、よくやるもんだ。
コーヒーを喉に流し込みながら俺は、昨日見た夢の話を鹿間達に披露するべきか否かを思案していた。ああいった運命的な冒険譚は、自分の胸の中だけに留めておくのが素敵なのではないか。無理して他人と共有するべきものではないのではないか。いやしかし、現実主義で頭が凝り固まった鹿間にロマン主義の啓蒙活動をするのも必要なのではないか。俺と主義を同じくする江村に、話を聞かせてやるのは責務なのではないか。
そういった葛藤の中でうろうろとしていると、「なに変な顔してるんですか」と鹿間から指摘され、俺は反射的に「それがだな」と語りだしてしまった。こうなるともう自分の意思では止められない。俺は昨夜の夢についてひたすらに語って聞かせた。初恋の人との感動の再会に、巨大な中学校城。トラウマに巣食う悪魔的な女と、そいつを俺が退治した話。
鹿間が「また始まったぜこの馬鹿がよ」と言わんばかりのイヤな顔をする一方、江村は話が始まったタイミングで席をこちらへ移してきて、相槌すら打たずにひたすら黙って聞きながら、時折コーヒーをすすっていた。
話が一旦落ち着いたところで、鹿間はコーヒーを不味そうにすすりながら、「終わりですか?」と問うてきた。
「お前次第だ。望むならいくらだって続けられるぞ」
「勘弁してくださいよ。これ以上伊瀬冬さんの話を聞いたら頭がおかしくなりそうだ」
「ロマン主義に改宗すればそれ以上は苦しまずに済むぞ。江村はどうだ。まだ聞きたいか?」
「夢から無事脱出して、めでたしめでたしで終わったんでしょ? もういい」
淡々と言い放った江村は自らの定位置へとするする帰還していく。同志を失って寂しい気持ちになっていると、「いやいや、しかし興味深い話だったね」と大藪さんがキッチンからこちらに声を掛けた。
「そうでしょう。ほら見たか鹿間。やはりお前はマイノリティだ」
「私はもうここで市民権を得るのは諦めました。どうぞご自由に。変な模様替えを敢行した喫茶店の中でメルヘンなお話を存分にして盛り上がってください」
投げやりになる鹿間を「まあまあ」となだめた大藪さんは、白いタオルで食器を拭きながら言った。
「そうトゲトゲしなくたってじゃないか。メルヘンなのも悪くない」
〇
その日も家で学期末テストに向けての勉強をしていると、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。誰かと思いディスプレイを見れば、昨日と同じ電話番号。源尾からだ。気味悪くニヤけつつ電話を取って「もしもし」と言うと、ややあってから「もしもし」と声が返ってきた。夢以上にかわいい声だ。
「昨日はとんでもない大冒険だったな。疲れてないか?」
「うん。大丈夫」と答える源尾の声はやけにしおらしい。というか、ひどく落ち込んだ様子で、電話の向こうでは涙ぐんですらいるように思われる。「どうしたんだよ」と訊ねると、源尾はただただ「ごめんなさい」とだけ言った。
どうにもこれは話を変えた方がよさそうだ。「疲れてるんだな」と笑いながら言って、気にしていないフリをした俺は、「ところで」と会話を繋ぐ。
「源尾、コーヒー好きか」
「うん。嫌いじゃないよ」
「そっか、よかった。もしよければなんだけどさ、今度、会わないか。昨日みたいに夢の中じゃなくて、現実で。行きつけの喫茶店があるんだ」
「……本当なら、私もそうしたい」
「だったら――」
「でも駄目なの。伊瀬冬くんとは会えない。あなたが、〝夢の私〟を救うまでは」
「……どういう意味だ、それ?」
俺の質問に源尾は答えず、黙って口をつぐんでいた。いくら待っても呼吸音以外の音が聞こえてくることはない。源尾の言い分はただの言い訳で、直接会えない特別な事情があるのだろうか。少なくとも、根掘り葉掘り聴けそうにないことは間違いない。
「ごめんなさい、伊瀬冬くん。また夢の中で」
そうして通話は切れてしまった。かけ直す勇気はあいにく湧いてこなかった。
〇
やがて夜も深くなり、いそいそと布団へ潜り込んだ。今日の夜もきっと源尾に会えるだろう。そして、また共にどこかへ出かけるのだろう。これは予想でも期待でもなく確信だ。
それにしても、昼間に掛かってきた源尾からの電話はなんだったのだろうか。いくら考えたところで、手元にある情報が少なすぎて答えが出てこない。しかし、夢の中で直接聞こうとも思えない。難しく考えない方がいいのだろう。解決しないでいい問題だってこの世界にはある。
まぶたで視界が覆われた瞬間、世界が閉じて現実が遠のいていく。
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